私たちは自分とは違う人たちに囲まれながら生活しています。
違う人たちと接することで、自分にはない良いところを学ぶことができますが、時に腹立たしい思いをする時もあります。
死んであの世に行くと、周囲には自分と同じような人間しかいません。
腹立たしさを感じる要素が取り払われ、平穏に過ごすことができる反面、周囲から学ぶことも少なくなります。
地上でしか学べないことがあったので、生まれて来たと考えられます。
ところで、人に騙されたとしたらどうでしょう?
腹立たしくなります。
騙したり、嘘を付くのは、自然法則に反した行いです。
自分の中にある「良心」が反応して、過ちを質したくなる衝動が生まれます。
人と意見が対立したらどうでしょう?
腹立たしさを覚えるかもしれませんが、その時は良心とは別のところが反応していると考えられます。
地上の人間には自我(エゴ)が存在します。
エゴは、自分と違うものを認ようとしないところがあります。
他者との違いに反応して、腹立たしさを覚えたり、排除しようとすることがあります。
差別的な行為が起きるのも、エゴがあるためです。
家庭内のいざこざも、世界で起きている戦争の多くも、元を正せばお互いの違いから起きています。
他者の意見や考え方を認められず、腹立たしさを感じるのであれば、それは自分のエゴが反応しています。
エゴから生まれた感情を表現してしまうと、相手に同様の感情が生じ、因果律の働きにより、一層、腹立たしさを感じる言動が返って来るでしょう。
エゴから生まれる感情の応酬をしているうちに、争いに発展してしまう可能性があります。
過去の自分が、原因を作っていることもあります。
私たちは無意識のうちに、エゴから生まれた感情を表現しています。
それが時を経て、自分に返って来ることがあります。
自分に原因はなく、相手のエゴから生じた言動を受けることもあります。
それにより、感情が高ぶってしまうこともあります。
そんな時は、エゴではなく、自らの中に存在する「神性」で対応するのが良いと考えられます。
神性とは、親切、同情、寛容、慈悲、哀れみ、友情、無私の愛を表現しようとする自分(魂)の中にある神の部分です。
生まれてから身に付けるものではなく、初めから備わっています。
助けたい、悪いことをしたくないと理屈なしに思うのも、私たちの生命(魂)の中に、良心と言う神性が組み込まれているからです。
エゴは、外部の環境に影響され、絶えず揺れ動いています。
神性は、何事にも動じず、何人にも侵されることはありません。
自分の中にある聖域です。
たとえ実感がなくても、そんな聖域があります。
不完全な自分の中にある、完全なる部分である神性を強く意識しましょう。
そうすることで、相対的にエゴから意識が逸れ、心が穏やかになって行くのを感じられるはずです。
他者のエゴを意識すると、自分のエゴが反応します。
他者の神性を意識することによって、自分の神性が意識されて、無用な感情が生じるのを抑えることができます。
神の力は無限です。
エゴから生まれる好ましくない感情を、自分の中にある神性によって鎮めることができます。
感情を抑圧するのとは違います。
神性に心を委ねることにより、エゴから感情が生じなくなります。
憎しみを哀れみに変えることができます。
全ての人に神性があります。
エゴにより埋もれてしまっているだけです。
エゴの働きが強くなり過ぎると、因果律が働いて、苦痛を伴う出来事が起きることがあります。
それにより、魂が目覚め、埋もれていた神性が顔を出すようになるのかもしれません。
親友が去年、悪性度の高いガンになり、命が危ぶまれました。
幸いにして、今は病状が落ち着いていますが、心境に変化がありました。
全く興味のなかったボランティア活動を始めようとしています。
また、保健所から犬を引き取り、飼い始めようとしています。
病気の苦痛により、友人の中にあった神性が顔を出して、そんな気持ちになったと思います。(ヒーリングに参加した下さった同志の方に、本人に代わり改めて御礼申し上げます。)
神性が発揮されると、時に奇跡のようなことが起こります。
2004年に新潟中越地震が起きました。
震源地に近いトンネル内で、親子3人が乗った車が岩盤崩落に巻き込まれました。
レスキュー隊が現場に到着した時「子供がいます」と、お母さんと思われる声を聞いたそうです。
そのため「3名の生存を確認」と長岡市の災害対策本部に連絡したそうです。
懸命な救助作業の末に、生存リミットを超えた4日後に、2歳の男の子だけが救出されました。
タイヤの下と岩盤の間に、男の子は紙おむつの姿でいたそうです。(下図)
お母さんとお姉さんは、崩れ落ちた岩盤の下敷きになり即死状態だったそうです。
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| 出典:STORIES OF SURVIVORS |
その後、お母さんの生存情報は誤報とされましたが、こんな緊迫した状況の中で、隊員が聞いた声は空耳だったのでしょうか?
(閉じ込められている時)怖くなかった?との問いかけに、お母さんが歌をうたってくれていたので怖くなかったと答えていたそうです。
2歳の子供が、車内からどうやってタイヤの下の狭い空間に移動したのでしょうか?
我が子を想うお母さんの神性が最大限に発揮され、その想いが霊界を動かして、数々の物理的な現象が起きたと考える方が明らかに自然です。






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