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2025年7月6日日曜日

地球温暖化と霊的真理


7月5日に大災害が起きるかもしれないと噂が流れましたが、結局何も起こりませんでした。

けれども、人間が作り出した大災害が、すでに地球規模で起きています。



私の住む町では、連日のように気温が35度を超えています。

以前は異常気象と言っていましたが、今ではそれが当たり前になっています。

「ゆでガエル現象」と呼ばれるものがあります。

温度が少しずつ上がる鍋の中でカエルが逃げずにゆであがってしまうという寓話に由来していますが、徐々に悪化する状況に気づかずに対応を怠り、手遅れになるのを意味しています。

私たちは、「ゆでガエル」になりつつあるのではないでしょうか。



異常気象の原因ははっきりしています。

温室効果ガスである二酸化炭素の大気中の濃度が高くなったからです。



何故、大気中の二酸化炭素の濃度が高くなったのでしょうか?

人がたくさんの物を欲しがり、たくさん移動するようになり、快適な暮らしをするようになったことが原因と考えられます。

それにより、工場が稼働し、乗り物が動いて、電力が消費されて、たくさんの二酸化炭素が排出されることになります。



たくさんの物を欲しがるようになったのは、何故でしょうか?

物を手に入れることに、人は喜びを感じるからだと思います。



気に入ったものを手に入れると、私も喜びを感じます。

けれども、その喜びは束の間です。

しばらくすると別のものが欲しくなります。

物的なものは、いくら手に入れても切りがありません。



何故、物的なものを追い求めてしまうのでしょうか?

私たちは、地上の自我(エゴ)を前面に出して生活しています。

エゴの働きによって、目に見えるもの、触れるものに関心が行くようになります。

目に見える何かを所有することで、エゴの欲求が満たされます。



私たちには、霊的な自我も存在しています。

物をいくら手に入れたとしても、霊的な自我からは喜びは生まれません。



霊的な自我から生まれる喜びとはどんなものでしょう?

まず挙げられるのは、愛する喜び、愛される喜びです。

役に立った時もそうです。

親切にして喜ばれた時に、自分もうれしくなりますが、それもそうです。

自分の欲求が満たされた時にエゴが喜びを感じるのに対して、霊的な自我は他者の喜びの中に喜びを見出します。

霊的な喜びを感じたい人は、物的なものに対してそれほど興味を示さなくなります。



エゴの働きが強くなっている人は、霊的な自我はその奥で眠っています。

けれども、心の奥深くにまで響く出来事を経験すると、それまで眠っていた霊的な自我が目覚めることがあります。

目覚めると、今までとは違うものに喜びを見出すようになります。

そんな人たちが多くなると、世の中は変わります。



2020年初頭からコロナウィルスの流行が始まりました。

この未知のウィルスの流行により、世界中の人は外出を控え、人との接触を避けました。

生命を脅かし、生活を一変させたこの出来事が、心の奥底にまで響いた人は、決して少なくなかったと思います。


非常事態宣言下の東京

非常事態宣言下の東京の街は、走る車は激減しました。

工場や会社も休業して、経済活動が抑えられました。

その結果、何十年ぶりかに澄み切った空気と空の青さを取り戻しました。

世界の二酸化炭素の排出量は、統計を取って以来、最大の減少幅だったそうです。

これ位のレベルで行動変容が起きないと、温暖化は食い止められないのかもしれません。



温暖化が進んだことで生態系が変わり、そして自然を破壊して開発したことにより、未知のウィルスを保有した動物たちと接触した可能性があります。

もしそうであれば、人間が物的な豊かさを追い求めたことが原因で、ウィルスの流行が起きたことになります。

警告が発せられても、聞く耳を持たない身勝手な人間を、強制的に行動変容を起こさせるような大自然のプログラムが仕組まれていたのかもしれません。



残念ながら、地球温暖化は今も進行しています。

コロナウィルスは、変異を繰り返しながら未だに流行しています。

このまま温暖化が進むと、さらに行動変容を強いるようなウィルスが登場するプログラムが仕組まれているのかもしれません。

それによって多くの人の霊的な自我が目覚めて、内から行動変容が起こるでしょう。



エゴの働きが強くなると意識は自分に向き、霊的な自我が目覚めると意識は全体を向くようになります。

より多くの人が全体に意識を向けるようになって、初めて温暖化に歯止めがかかるような気がします。



危機的な状況に目を瞑り、自分の欲求を満足させることを優先させているのは一種の利己主義です。

因果律の働きによって、利己主義はいずれ正されて行きます。

けれども、それまでの間に多大な犠牲が払われることになります。

何よりも心が痛むのは、動物たちが人間以上に、苦痛を強いられていることです。

人間の欲望やわがままで、何の罪もない動物たちの生存が、どうして脅かされなければいけないのでしょうか。

出典:SeppFriedhuber/Getty Images


Materialism(物質万能主義)に打ち込む楔が、Spiritualismです。

霊的真理を知っている者、霊的能力がある者の責任は、想像以上に大きいのかもしれません。

時間は限られています。

直ぐに受け入れてもらえなかったとしても、一人でも多くの人に伝えて行こうと思います。



2024年9月8日日曜日

この世界は良い方向に向っている


小学生の頃でしょうか、歩行者専用信号が青の時にメロディーが流れるようになりました。

それ以前は、目の見えない方がどのようにタイミングを見計って渡っていたのか、想像もつきません。

駅のホームや歩道には、黄色の点字ブロックが埋め込まれて行きました。

視覚に障がいのある方にとって、外出は命の危険を伴うものでしたが、安全に配慮されるようになって来ました。


昔は、女性は結婚して職場を離れて家庭を守るのが当たり前でした。

今は、女性がトップに就いている企業も多くなりました。

近いうちに女性の首相が誕生するかもしれません。



残念なことに、人種差別は依然としてあります。

ただ100年前と比較すれば、隔離や法律によるあからさまな差別をしている国は見られなくなりました。



悲しいことに、今も戦争は続いています。

ただ世界中を巻き込むような大きな戦争は80年近く起きていません。



この変化は偶然ではなく、自然法則の働きによるものです。

自然法則を創ったのは「神」と呼ばれる存在です。

神の心が自然法則の中に顕現しています。



私たちの魂にも神が宿っています。

より多くの神性が表現されるほど、この世界は良い方向へと向って行きます。

エゴが大きくなり神性が閉じ込められてしまうと、調和が乱れて争いが起こります。

争いによる苦痛を味わうことで魂が目覚め、閉じ込められていた神性が表に出て、平和な世界を築こうとします。

一進一退を繰り返しながら、平和で平等で優しい世界になって行きます。



一昔前は、死は怖く、忌まわしいものでした。

臨死体験者により、死後がどのような世界なのか語られるようになり、恐いものではなさそうだと思う人が増えて来ました。



霊的なことはオカルトの範疇でした。

話題になるのは、(地上近くにいる低級霊が関係している)心霊現象のことばかりでした。

今は、私たちを良い方向に導いている守護霊や高級霊の存在についても語られるようになりました。



死は人間の本質である魂が肉体から完全に分離する現象です。

愛情で結ばれた人と死後に再会できることが、多くの人に認知されるようになりました。

魂の存在を信じない人は相変わらずいますが、そんな事実を自然に受け入れられる人が増えて来たと感じています。



留まることなく、世界は変化しています。

そして意識も変化しています。

目に見えない世界に意識を向ける人も多くなりました。

それに伴い、真理を求めている人も多くなっています。

求めている人に、対話やネットや書籍を通して伝えることになります。

地道な行程のため、世界中の人に行き渡るのには、膨大な年月がかると思っていました。



シェルドレイクの仮説」という論文がイギリスで発表されました。

個人の記憶や体験が、時間と空間を超えて他者に伝搬し影響を与えると言うのが、その内容の一部ですが、発表当時は科学的根拠のない学説と非難されました。

1983年、テレビ局の協力により大規模な検証実験が行われましたが、立てられた仮説の通りの現象が起きました。

唯物的な科学では説明できませんが、霊的な観点(生命のつながり)から考えると、不思議なことではありません。

この仮説が正しければ、ある一定数以上の人に真理が伝わると、どこかでブレークスルーが起こり、急速に広まって行く可能性があると言うことになります。



魂に準備が整わないと真理は受け入れられないので、ブレークスルーが起きる可能性は高くないのかもしれません。

ただ、真理が広まることで、全体の意識が変わり、この世界が良い方向に向って行くのは確かです。

1人でも多くの人に伝えようとする意志を持ち続けることが大切です。






2023年10月22日日曜日

今、始まろうとしている戦争で思うこと


起きてはいけないことが、また中東の地で起こりました。

破壊された建物と傷ついた人、泣き叫ぶ子供が画面に映る度に、心が痛み、やり切れない思いを感じます。



このままでは、争いは収まりません。

報復が繰り返されるだけです。



歴史に詳しくはありませんが、少し振り返ってみます。

約2000年前、イスラエルの地に住んでいたユダヤ人は、ローマ帝国に追われて世界各地に散らばりました。

散らばったユダヤ人は異教徒として疎ましがられていたようです。

その極めつけがホロコーストです。

そんなユダヤ人たちは、安住の地を求めて、遠い昔に住んでいたパレスチナの地に国家を創ろうとしました。



しかし、そこにはアラブ人(パレスチナ人)が住んでいました。

それでも、国連や欧米諸国の後押しもあって、多くのユダヤ人が移り住んで、1948年にイスラエルが建国されました。

それまで住んでいたパレスチナ人は土地から追われ、決められた地域に強制的に移住させられることになります。

当然のことながら、パレスチナ人は激しく抵抗します。

建国から現在まで70年以上に渡り、両者の間で大小の争いが繰り返されています。

今回のテロもその一環です。



安全に暮らせる自分たちの国家を創りたい、そんなユダヤ人の気持ちは分からなくはありません。

けれども「ここは2000年前、自分たちの土地だったので、直ぐに出て行ってもらいたい」と言われて納得する人はいません。

話し合いも、了解もなく、住んでいた人たちを追い出すのはあまりに身勝手です。


出典:長周新聞

罪のない人たちを殺し、人質として連れ去っているテロ組織の行為は決して許されるものではありません。

しかし、その行為の元々の原因は、74年前に力ずくでパレスチナ人を追い出したことにあると考えられます。

原因を正さない限り、この戦争は解決しないと思います。


左側が白人居住地区、右側が黒人居住地区 南アフリカ

今から30年ほど前まで、南アフリカ共和国ではアパルトヘイト(人種隔離政策)が行われていました。

先住者が追いやられ、隔離され、徹底的な差別が行われていました。

それと似たようなことが、現代のイスラエルで行われているように見えます。



ロシアがウクライナに侵攻してから1年半以上経ちます。

多くの国はロシアを非難して、国交を断絶しています。

侵攻の動機があまりに自己中心的なのは明白です。

強い国が弱い国を力により屈服させようとしている姿に反発を覚えます。



テロ組織は、人の心理を良く観察していると思います。

74年前にパレスチナで起きた出来事は、今、ウクライナで起きている出来事と、何ら変わりがないことを、世界中の人に想起させようとしている気がします。

軍による攻撃で、子供たちが傷つき、家族を失った人が泣き叫び、罪のない弱い人が死んでいく姿を映像として発信して、世界に訴えるしたたかな戦略を展開しているような気がします。



人間には良心があります。

どちらが良い、悪いかの理屈を超えて、罪のない者、弱い者が傷つけられ殺されて行く姿を見ると、何とかしなければという衝動が生まれます。

世界各地で起きているデモも、良心の顕れだと思います。



テロ組織さえ壊滅すれば戦争は終わると思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。

敵に大切な人を殺された人たちが、次から次へとテロ組織に入ると考えられます。

怒りや憎しみや恨みの想いがなくならない限り、テロ組織はなくならないと思います。



繰り返しになりますが、テロ行為は決して許されるものではありません。

けれども、74年前の出来事がなければ、テロ組織など存在せず、平和な地であったはずです。

根本原因をなくすには、パレスチナ人から奪った土地を返して、ユダヤ人は出て行かなければいけません。

それが非現実的ならば、少なくても限られた地域に閉じ込められたパレスチナ人を解放しなければいけません。

恐れから自由を奪うことが許されるはずはありません。



宗教や人種が異なっても、共存できるはずです。

もし無理と考えるならば、アラブ人の国家を認めるべきです。

74年前のユダヤ人と同じように。


イスラエル(エルサレム)は、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の3つの宗教の聖地です。

そこには現代の宗教が抱ええている問題の縮図があるようです。

真理は1つです。

同じ神を見ていたはずです。

けれども、人間が作ったドグマにより真理が塗り固められてしまい、それぞれの宗教は似ても似つかないものになりました。

宗教の本来の目的は、地上の人を霊的に目覚めさせ、お互いを慈しみ合うためにあると考えられます。

現実は、宗教間で争いが起きています。



シルバーバーチの霊訓には、こう書かれています。

「地上最大の罪とは、神の存在を知りながら、神の意思に背く生き方をすることです。」

神を信じ、忠実であろうとしている人たちは、神の意思に背く行為、人を殺したり傷つけたりすることをどう考えているのでしょうか?

今、始まろうとしている戦争は、私たちが考えているよりも愚かで罪深いことであり、霊界も憂いているでしょう。



戦争は最も愚かな行為と言われるのは、信頼関係を破壊し、人と人とのつながりを断ってしまうからです。

多くの人や国に霊的に大きな負債を作り、引いては人類全体の進化を妨げてしまうからです。



既存の宗教からドグマを取り除いたものが、霊的真理です。

宗教が機能不全に陥り、見切りをつけた霊界は、計画的に霊的真理を地上に降ろしました。

それを広めようとしている人は、宗教とは無縁の人たちです。



遠い国にいて何もできませんが、この文章がたった一人でも良いですから、争いの最中にいる人に届くことを願っています。


「どうか気付いて下さい。

あなたが銃の引き金を引いて作り出されるものは、平和ではなく悲しみであることを。

どうか知って下さい。

あなたの怒りから生み出されるものは、痛みとなって返ってくることを。

どうか分かって下さい。

私たちは霊的につながっていて、1つであることを。

信じ合うこと、許し合うことでしか平和は訪れません。

平穏な日々を取り戻すことを心から祈っています。」


「אנא היו מודעים לכך.

מה שאתה יוצר כשאתה לוחץ על ההדק של אקדח זה לא שלום, אלא עצב.

תדע בבקשה.

זכרו שמה שיוצא מהכעס שלכם יחזור אליכם בצורה של כאב.

בבקשה תבין.

שאנחנו מחוברים רוחנית ואחד.

שלום יכול לבוא רק כאשר אנו מאמינים אחד בשני וסולחים אחד לני.

אני מתפלל בכנות שיחזרו ימים שלווים.」


「يرجى أن يكون على علم بذلك.

ما تخلقه عندما تضغط على زناد البندقية ليس السلام، بل الحزن.

يرجى العلم.

وتذكر أن ما يخرج من غضبك سيعود إليك على شكل ألم.

من فضلك إفهم.

أننا مرتبطون روحياً وواحداً.

السلام لا يمكن أن يأتي إلا عندما نؤمن ببعضنا البعض ونسامح بعضنا البعض.

أدعو الله بصدق أن تعود الأيام الهادئة.」




2022年10月2日日曜日

真理を伝えるために



世界には、信じられない制度が今もあります。

インドのカーストです。

カーストとはヒンズー教の身分制度であり、昔ほどではありませんが、農村部を中心に根強く残っています。

カーストがあるために起こる事件には、いつも胸を痛めます。

先日も10代の女の子がレイプされて、生きたまま焼き殺されたそうです。

この女の子はカーストに入らない、「不可触民(ダリット)」と呼ばれる最下層に属していました。

また、ダリットに属するある若者が、カーストの上位にいる人たちの前で食事をしたというだけで殺されたそうです。

インドではこのような事件が、度々起きています。

こんな凄惨な事件が起きても、警察はまともに取り合ってくれないそうです。




約3000年前に作られた制度が、今も脈々と受け継がれています。

詳細はわかりませんが、作った人間にとって都合が良い制度だったと思います。

上位にいる者の既得権益は守られ、下位の者を服従させるための理由付けになっています。




ヒンズー教では輪廻転生の考えがあります。

それを逆手にとって、事件を起こした加害者は、こんな信じられないことを言います。

「被害者は前世の行いが良くなかったのでダリットとして生まれることになった。罪深い人間なので、このような仕打ちを受けて当然だ。」




カーストの最上位にいるのがバラモンです。

バラモンとは司祭階級の人たちであり、いわば宗教家です。

宇宙の真理に精通した人とされています。




もし宇宙の真理に精通しているのであれば、制度や階級は地上だけのものであり、必要のないものと判っているはずです。

即刻、廃止をして、真理に反した蛮行は止めるように働きかけるはずです。

そうしようとしないのは、制度があった方が自分に都合が良いからではないかと考えてしまいます。




日本では仏教が普及しています。

私も親しみを感じていますが、何を1番伝えたいのかが、未だにわかっていません。

伝えることよりも、儀式の方が大切になっているような気がします。

死後の世界に精通しているのなら、戒名は全く不要で、お墓もそれほど重要なものでないことが分かっているはずです。

「故人の魂は生きていて見守っています」と、遺族に伝えてやる方が、よっぽど大切だと思います。




ロシアはキリスト教国家です。

自国のウクライナの侵攻をどう思っていたのでしょうか?

ロシア正教のトップは、プーチン大統領と親密な関係にあり、侵攻を支持しています。

少し前に「侵攻で戦死した人の全ての罪は清められる」と言っていました。

たしなめるべき人が、権力に迎合してしまったようで、哀れみを感じます。




人は苦しい時に救いを求めます。

しかし、求めて辿り着いた宗教が間違ったことを教えていれば、害悪になります。

1度洗脳されてしまえば、そこから抜け出すのは極めて困難です。




あの世は存在しているのか?

生きる目的は何なのか?

そこが宗教の核心だと思います。

ドグマ(教義)で塗り固められて、真理が見えなくなってしまった、宗教に携わる人たちを、霊界の人たちは見限っていると考えられます。




本来、宗教など必要ありません。

自分自身が神の一部です。

本気で望むなら、自分(魂)の中に仕舞われている真理を見つけることができます。




人生のどこかで、1度は魂が目覚める機会が訪れると言われています。

深刻な病気になった時、大切な人を失った時、あるいは絶体絶命の窮地に陥った時がその好機と考えられます。

その時、強力にアシストするのが霊能者の役目です。

眠っている魂に、霊力を吹き込み、目覚めさせます。

目覚めた後に、受け入れられるのが真理です。

しかし、肝心の真理を知らない霊能者が多いため、せっかくの機会を逸してしまい、霊界も嘆いていると思います。




真理の根幹をなすのは「因果律」です。

因果律の働きを知らない人が権力を振りかざして、愚行を重ねています。

動機が自然法則に適っていなければ、最終的に頓挫します。

力でねじ伏せようとしたら、力によりねじ伏せられます。




自分が想ったこと、言ったこと、行ったこと、全てに因果律が働いています。

過ちを犯したら、苦痛によって償わなければいけません。

高い立場にいて、影響力の大きい人ほど、功罪は大きなものとなるので、真理を知っておかなければいけないのですが、残念ながら全く知らないようです。




ところが、霊的なことを教える立場にいる人の多くが真理を知りません。

そのために、宗教を介さないで、直接、1人1人に真理が伝えられるように方向転換されたと考えられます。




戦争、虐待、貧困、差別など、心を痛める出来事の多くは、霊的無知から起きています。

宗教とは関係ない真理を知っている者への期待は、想像している以上に大きいかもしれません。

同時に、責任も重いのかもしれません。




必要としている人が、いかにしたら真理に辿りつけるのかが重要な問題です。

多くの人は自分に必要な知識をインターネットで見つけようとします。

さまざま情報が錯綜する中で、何が正しいのか判らないのが実情だと思います。




人には正しいもの、間違っているものを判別する直感的な能力が備わっていると思います。

背後霊も、真理に辿り着くように導いています。

辿り着いたら、これだと思わせるようなインスピレーションを送り、素通りさせないようにしていると思います。




ホームページ、ブログ、ツイッター、インスタグラム、なんでも良いので、伝えるための受け皿を作っておく必要があると思います。

内容ですが、初めはプロフィールで、次に霊的真理に辿り着くまでの軌跡でも良いと思います。

何よりも必要なのは、伝えたいと言う想いです。

その想いに霊界が感応して、インスピレーションを送ってくれると思います。

頭の中に浮かんで来たものを文字にして行けば良いと思います。

文字にしたものを、霊的真理に照らし合わせて、正しいと判断したのなら、アップすれば良いと思います。





霊界の人たちは、真理を必要としている人、受け入れる時期が来た人が判っています。

真理を伝えようとしている、地上の人も判っています。

両者をつなぐために、あらゆる可能性を模索していると考えられます。

受け皿が増えることで、必要としている人は見つけやすくなり、つながる確率が高くなります。

それによって、真理に辿り着く人が増えます。

伝えようとする人が現れなければ、霊界は導きようがありません。




それとは別に、自分の生活圏にいる人で、真理を求めていると思われる人がいたら、積極的に伝えて行きたいです。

必要なかったとしても、その後の人生で必要な時が来たら、連絡があるかもしれません。




霊的真理の実践で最も大切なことは、まだ知らない人に真理を伝えることだと思います。

伝えようとする人が、真理に適う生き方をしているほど、説得力があります。




必要としている人がたくさんいるのに、真理を伝えられる人があまりに少ないことを、霊界は憂いていると思います。

伝えられるように祈れば、霊界の計らいにより、その機会が必ず訪れます。

その時のために、自分の受け皿を準備しておきましょう。




繰り返しになりますが、霊的な知識の深さよりも、真理を伝えたい、真理で救ってやりたいという想いの強さの方が大切です。

それさえあれば、あとは霊界が何とかしてくれます。








2014年2月6日木曜日

私の治癒力について その2



前回(その1)の続きです。

1848年、米国の田舎町で不思議な現象が起こりました。
引っ越してきたばかりの家で、物音がしているのを、家族全員が毎日のように耳にするのです。あまり気になるので、一家は意を決して、その音の正体を突き止めようと考えました。音は何らかの意志を持ってしているのを感じていたため、こちらの質問に音の回数で答えて欲しいと言ったのです。家族の年齢などを質問したところ、音による合図が返ってきましたが、その答えはどれも正確なものでした。そして、町中の人たちの知るところになり、音の主が誰なのかを、尋ねることになりました。音の数でアルファベットの文字を知らせるという方法により、この音の主が判明しましたが、そこには惨劇がありました。この音の主は、この家に以前住んでいた家主に、500ドルを奪われて殺された行商人の霊であり、地下に埋められていると告げてきました。後日、地下を掘り返したところ、遺体の一部が見つかりました。以前から、音を鳴らすという、ラップ音現象は、世界各地で起こっていたと思われますが、今回は、霊がこの世の人に向けて音によりメッセージを送り、立ち会った人すべてが、目に見えない知性の存在、魂の存在を認めざるを得なくなった、初めての出来事と言われています。

その後は、英国の地において、唯物的な近代科学に挑戦するかのように、次々と心霊現象が起きることになります。特筆すべきことは、それらの現象を、気味悪がったり、怖れたり、あるいはインチキと決め付けたりするのではなく、ノーベル賞級の科学者の手により、真摯に検証した点にあります。心霊現象研究協会という非営利団体を設立して検証していくことになりますが、歴代会長には、首相も務めたバルフォア、蛍光灯の原理を発見したクルックス、アレルギーの父として有名なノーベル医学・生理学賞を受賞したリシェなどがいることからも、少なくても、いかがわしい団体ではないことがわかります。

心霊現象は多岐にわたり、数十年間、英国各地で起こりました。最も印象に残るものとして、「エクトプラズム」という心霊現象があります。40年近く前ですが、私が中学生の頃、同級生がオカルト本を学校に持ってきました。みんなで騒ぎながら見た覚えがあります。その中に、いすに座る女性(霊媒)の前に、別の女性が立っていて、雲みたいなものでつながっている写真があり、「エクトプラズム」と説明文に書いてありました。それを見た時に、信じられないけど、だましているようにも見えない、と感じた覚えがあります。この現象は、クルックス管(蛍光灯)を発明した化学者である、クルックスにより検証されることになります。

もしかしたら当初クルックスは、この現象をトリックだと思っていたのかもしれません。いすに座っている女性と、エクトプラズムとして出現した女性は、同一人物と考えていたようです。しかし、明らかに別人であることが分かったばかりか、驚くことに、出現した女性の皮膚を触った感触は、生体とほとんど変わらず、脈も触れたのです。英国医師会のガリーという外科医が、出現した女性の脈をとっている写真が残っていますが、生きた人間にしか見えません。数年間にわたり、検証を重ねた結果、クルックスが出した結論は、「信じがたいことだが、紛れもない真実」というものでした。霊魂の存在の肯定論者になったクルックスは、その後、科学者仲間からは、異端児扱いされますが、生涯自身の考えを撤回することはありませんでした。

科学者に否定されていた霊魂の存在を、目に見える形(物理的)の現象を顕現させて認めさせるという計画が遂行されて、それを目の当たりにした科学者は、唯物的な考えを、改めざるを得なくなったのです。

あまり知られていませんが、日本でも同時期に、常識では考えられない現象が起きていました。
中でも、長南年惠という山形の女性は、目をみはるような数々の霊的現象を起こしたとされています。それは、彼女が10分程度祈願すると、空ビン数十本が様々な色の水で満たされるというものでした。この水は、霊水として万病に効いたと言うことですが、試しにやらせてみようといった考えの人のビンには、なぜか水が入らなかったようです。故郷を出て、大阪にしばらく滞在しましたが、うわさが広まり、その驚異的な現象を、多くの人が知るところとなります。そして、新聞記事として取り上げられましたが、そのすぐ後に、当局の捜査を受けて、(民衆をかどわかした等の罪だと思われますが)裁判を受けることになります。1900年に神戸地方裁判所で公判が行われ、裁判長から空ビンに水を入れるという現象を、この場で再現できるかと尋ねられ、お易いことと、彼女は快諾します。裁判所が用意した封印された空きビンが手渡され、厳重な監視の下、検証が行われました。そして、公の場で、うわさ通りの現象が起きて、空ビンは茶褐色の水で満たされることになります。立ち会った、裁判官、検察官、弁護士等すべての人が、その現象がトリックではなく、真実であることを認めざるを得なくなりました。当然のことながら、彼女の疑義は晴れることになります。

説明が長くなってしまいましたが、このように19世紀後半から20世紀前半にかけて、世界各地で、常識や科学では説明ができない現象が起きました。時期が重なったのは偶然ではなく、目に見えない偉大な力が存在することを認めさせるために、綿密な計画が霊界で立てられて実行されたのです。この先、あらゆる科学(技術)が格段に進歩して、大きな戦争(世界大戦)が起きてしまうことを予見した霊界が、人類に向けて鳴らした警鐘だったのかもしれません。そして、時代の変化とともに、目に見える物理現象は起こらなくなり、代わって霊媒を通して霊界からのメッセージが届けられるようになりました。「シルバーバーチの霊訓」に代表される、全人類を啓発するための、高級霊からの霊言もあれば、亡くなった愛する人から、遺された人へのメッセージもあります。そして、病気を癒すヒーリングも、世界のいたるところで、行われていると思われます。これらのことすべてに共通する目的は、見えない力(霊力)がこの世に顕現することにより、魂が目覚め、人間は霊的な存在で、生命は魂であり死後も生きつづけること、愛が最も大切であることを、気付かせるためにあります。

人間には理性があるため、自らが経験しなければ信じない人がほとんどです。しかし、病気で長い間、苦痛を経験してきた人や、愛する人を喪い深い悲しみを経験してきた人は、魂に受け入れる用意ができつつあります。(霊的な)治癒力は、病気が癒されることにより、この世のものではない力が働いたことを認めさせます。亡くなった愛する人からのメッセージは、死後にも生があることを認めさせます。どちらも、魂を目覚めさせるためにあります。魂が目覚め、霊的真理がもたらされ、この世に生まれてきた意味を自覚し、本来の目的を成就していくことになります。

私も、霊界でこの計画が立てられたなどとは、空想のように感じられ、信じられませんでした。しかし、これまでのヒーリングを通じて、病気が癒されていくのを目の当たりにしていくうちに、目に見えない力が存在することは、動かしがたい事実となりました。その力を届けているのは、この世を慈しむ霊界の人であり、その始原が神であることを、徐々に得心していくことになります。「生命は魂」であり、「魂は神の一部」であり、「神は愛」であるという事実を、より多くの人に伝えるための手段として治癒力が存在し、私はその通路です。    

この潮流は急速に世界中に広まりつつあり、真実であるがために、その流れを留めることは、誰にも出来ません。






                                      

2014年2月2日日曜日

私の治癒力について その1



少し前までは、宗教とは無縁の人生でした。

宗教から連想するものは、変わった風貌の教祖であり、荒唐無稽とも思える教義であり、すごく立派な教団施設でした。関心があったのは、日々の仕事であり、生活だけでしたので、その様な世界とは、一生接点を持つことはないだろうと、考えていました。

しかし、7年前に、突然、治癒力が左手から出始めました。別に願っていたことでもありませんでしたし、そんな力が存在することすら知りませんでした。手を当てると病気が癒されるという現象は、不思議であり、未知のものであり、とても興味をひかれた覚えがあります。人が喜んでくれて、笑顔になりますので、歓迎される力であり、うれしい力であることは確かです。

治癒力について、知識を求めていたところ、幸運にも「シルバーバーチの霊訓」(潮文社)という本との出会いがありました。繰り返し読んでいるうちに、私の身に起こっていることについて、合理的な解釈をすることができました。そして、治癒力には、想像もしなかった、大きな目的と計画、そして責任が託されていることを知ることになります。私の解釈が正しいのか分かりませんが、その目的と計画について書いていきます。

治癒力は、霊力であり、心身の病気を癒すためにあります。しかし、真の目的は人間の奥深い部分に働きかけ、霊的な覚醒を促すためにあります。眠っている魂を目覚めさせるためです。

近年の科学の進歩はめざましいものがあります。ライト兄弟が飛行機を作り、空を飛んでから、夜空に浮かぶ月に、人類はわずか60数年で到達しました。あらゆる分野の科学が、これほどまでに急激に進歩した時代は、かつてありません。科学の進歩は、人類に多くの恩恵をもたらしたことは、紛れもない事実であり、その上に私も生活しています。車と電話がないだけでも、日常生活はきわめて不便なものとなります。しかし、急激な進歩は、ひずみを生じさせることにもなります。

科学(技術)は、人類の幸福のためにあるはずですが、時として使い方を誤ってしまい、人類を不幸にしてしまいます。アインシュタインの偉大な発見(E=MC²)は、40年足らずで原子爆弾という破壊兵器を作り出し、広島と長崎に投下されてしまいました。その凄惨な結果は知っての通りです。また、科学的にすべてのことは説明がつくという、科学万能主義という弊害をもたらしました。それは、科学的に説明できない、証明されないものは、否定されることを意味します。「心」や「魂」の存在は、あらゆる機器をもってしても、証明できる次元のものではありません。「心」については、誰にでもあることがわかりますので、たとえ証明されなくても、否定するわけにはいきません。しかし、「魂」については、実感もなく、証明もできないため、存在を否定されることになります。

科学者が、魂の存在を否定したならば、世の中の多くの人は、その意見に従います。「魂なんかは、やっぱり存在しない」という考えになります。魂が存在しなければ、死後の世界も否定され、「死ねば終わり」ということになります。そして、「死ねば終わり」ならば、生きているうちに、精一杯、楽しい思いをしよう、という考え方になるのは、当然かもしれません。その考えのすべが悪いわけではありませんが、自分の楽しみに関心が向けられると、周囲のことはあまり気にしなくなってしまうかもしれません。さらに「自分さえ良ければ、人はどうでも良い」という風潮が生まれないとも限りません。その風潮が蔓延すれば、世の中は殺伐としたものになり、犯罪が多くなり、あちらこちらで争いが生まれます。人を押しのけて、われ先に、という我欲むきだしの世界になってしまったら、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に描写されている地獄の世界そのものだと思います。そんな世の中を、望んでいるわけではありませんが、進んでしまう危険性をはらんでいます。

魂の存在の否定は、向こうの世界にも、良からぬ影響を与えることになります。死ねば終わりだと思っていた人が死んだとします。向こうの世界に行っても、肉体がないだけであり、意識はあり、考え方はそのままですから、この世でまだ生きていると、錯覚してしまいます。すでに亡くなっている家族が、喜んで迎えにきていても、そのことを認めようとしません。何かの幻覚を見ていると思ってしまうのかもしれません。死んだら終わりだと頑なに信じていたので、終わりでなかったことを理解し、受け入れることが、なかなかできないのです。この世で、「死ねば終わり」だと思っている人が増えれば増えるほど、向こうの世界では、適応できない、孤立した魂が増えていくことになります。

今、生きている世界は、大切なことを学ぶための、学校であり、向こうの世界(霊界)は、学んだことを活かす、言わば実社会です。この世で、さまざまな悲しみや苦しみを経験して、「愛」より大切なものはないこと、他者への奉仕が最も価値を持つことを、長い年月をかけて、少しずつ学んでいきます。向こうの世界は、肉体はありませんので、生活するために働くことはありません。働くということは、他者への奉仕になります。お互いがお互いのために、自分を役に立てる世界です。奉仕をする原動力は他者への「愛」であり、その力を神から受け取りますので、「神は愛」ということを、この世とは比較にならないほど、実感することになります。夢物語に思えてしまうかもしれませんが、これは多くの人に訪れる現実です。

しかし、「死ねば終わり」と思い、「自分だけが今を楽しく生きれればいい」という考えからは、苦難に立ち向かっていくことも、他者への奉仕の気持ちも、生まれなくなります。この世に生まれてきたのは、魂を向上させるためであり、魂の向上は苦難を乗り越えていくことで得られますので、生まれてきた意味を、大きく失ってしまいます。また「愛」の大切さを、学び損ねたことにもなります。この世での「魂の向上」は予定していた通りにはならず、向こうの世界で、活かすまでには至りません。また、ある国が他国との協調を忘れて、「自国だけが良ければいい」、さらに「もっと富や領土を得たい」という考えに陥れば、戦争という悲劇が起こってしまうかもしれません。

昔から「魂」が存在し、この世をどう生きれば良いのかを説いてきたのは、宗教でした。愛する者を失った人に、永遠の生命を説いて悲しみを癒したり、霊的能力がある聖職者は、向こうの世界からのメッセージ(啓示)を伝えたりして、生き方を説いていたと思われます。しかし、現在、世界にある宗教のほとんどが、昔とは違い、儀式や教義にこだわってしまっている様に見えます。日本でも、お坊さんを見かけるのは、葬式やお盆に、お経を上げてもらう時だけであり、説法を聞いても、仏様(魂)は生きているという実感を持ったことは、残念ながらありません。お坊さん自身が、魂の存在を心から信じているかどうかも、定かではありません。魂は存在しないという科学に、対抗するだけの信頼や、説得力を、今日の宗教が持ち合わせているとは思えません。

科学は、証拠をもとに理論を構築していきます。まず魂が存在する証拠の提示を、要求してきます。当然のことながら、魂は物理的次元のものではないので、あらゆる機器で検出することはできず、証拠はないということになります。これでは完全に、科学に軍配が上がってしまいます。魂は存在するにもかかわらず、事実がねじ曲げられ、存在しないと結論付けられてしまいそうです。そこで、向こうの高次の世界において、そのようなことにならないための計画が立案されました。それは、全世界の人々に、検証に耐えられるだけの、魂が存在する「証拠」を提示していくというものでした。

その計画は、約160年前の米国で始まり、その後、英国を中心に展開されていきました。〈つづく〉