2020年1月5日日曜日

神の存在を感じる時


今の小学生の男の子がなりたい職業は何でしょうか?

1位はプロのサッカー選手です。

2位はユーチューバーだそうです。



私が小学生だった1970年を振り返ってみると、1位がエンジニアで、2位がプロ野球選手、3位がサラリーマン、4位がパイロットでした。

当時は、宇宙飛行士になりたいと言う男子も多かったと思います。

パイロットであり、エンジニアであり、そして科学者でもある宇宙飛行士に、私も憧れていました。




アポロ11号のオルドリン宇宙飛行士
1969年7月、人類は初めて月面に立ちました。

50年も前に月に行っていたのは、改めて考えてみると凄いことです。

ライト兄弟が、初めて空を飛んだのが1903年です。

それから僅か66年で月面に立つことが出来たのであり、科学技術の進歩の速さは驚異的としか言いようがありません。



テレビの白黒画面に、分厚い宇宙服を着た飛行士が、月着陸船から降りる姿が映っていました。

その後もアポロ計画は続き、月面をピョンピョンと跳ねたり、ゴルフをしたり、バギーの様な探査車で走っている姿が、今も記憶に残っています。

その映像を観て、現実に起きていることとは思えませんでした。



月に立った宇宙飛行士は、ファーストマンであるニール・アームストロングを始め、全部で12人います。

地球以外の天体に立ったのは、後にも先にもこの人たちしかいません。

彼らは、アメリカいや世界中から敬意と賞賛を受けました。

しかし、その後の人生は皆、波乱万丈のようです。



この12人は、月面に立った後、人生観や価値観が大きく変わりました。

その中でも、アポロ15号に搭乗したジェームズ・アーウィン(1930年~1991年)は劇的に変わった一人です。



ジェームズ・アーウィン
アーウィンは地球に帰還して、しばらくするとNASAを辞めて、牧師になりました。

彼は日曜日に教会へ行っていたようですが、特に信心深かったわけではありません。

何が、そこまで変えたのでしょうか?



月に行く前、彼はミッションで頭が一杯で、内面的なことに意識を向けるなど考えていませんでした。

ところが、月面に降り立つと、神の存在をはっきりと感じたそうです。


少し長くなりますが、その時の様子をこう表現しています。

「人は神に祈る。様々なことを祈る。
しかし、神に祈った時に、神が直接的に答えてくれたという経験を持つ人はどれだけいるのか。いくら祈っても、神は無言だ。直接的には何も答えない。すぐには何も答えない。それが普通だ。神と人間の関係はそうしたものだと私も思っていた。
しかし、月では違った。祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。
祈りと言うより、神に何か問いかける。するとすぐ答えが返って来る。
神の声が声として聞こえてくると言うわけではないが、神がいま自分にこう語りかけているのがわかる。それは何とも表現が難しい。超能力者同士の会話はきっとこう言うものだと思われるようなコミュニケーションなのだ。
神の姿を見たわけではない。神の声を聞いたわけではない。しかし、私の傍に生きた神がいるのが判る。そこにいる神と自分の間に本当にパーソナルな関係が現に成り立ち、現に語り合っているのだと言う実感がある。
これはどうしたって、すぐそこに神は実際にいるはずだ。姿が見えなければおかしいと思って、何度も振り返って見たくらいだ。しかし、その姿を見ることはできなかった。
それにもかかわらず、神が私のすぐ脇にいるというのは事実なのだ。私がどこに行っても神は私のすぐ脇にいる。神は常に同時にどこにでもいると遍在者だと言うことが、実感として判ってくる。
あまりにもその存在を身近に感じるので、つい人間の様な姿形をした存在として身近にいるに違いないと思ってしまうのだが、神は超自然的にあまねく遍在しているのだと言うことが実感として判る。」

アポロ15号による月探査
そして、月面でのミッション中に、予期せぬ問題が生じてしまうことがありました。

ヒューストン(地上基地)に問い合わせると時間がかかり、間に合わなくなってしまうので、自分で判断を下さなければならない時がありました。

「どうすれば良いのですか」と神に問いかけると、直ぐに答えが返ってきたそうです。

誰か人間に尋ねて答えてもらうのとはプロセスが違い、一瞬であり、まるでどうすれば良いのかが判っていたようだと、その時の様子を語っています。



ミッションの1つに、地質学的調査のために月面にある石の採取がありました。

太陽系の惑星や衛星は、45憶6千万年前に同時に誕生したと言われています。

彼が月から持ち帰った石は、その後の調査でほぼ同時期(45億年前)のものと判明し、それまでの仮説が正しかったことが証明されました。

彼はその時の様子について、

「私には、その石がそこにそうしてあったこと自体が、神の啓示と思われた。分析の結果、ジェネシス・ロック(創世期の岩)と命名された時、それが神の啓示であったこと、神が私に地球に持ち帰らせるために、そこに置いて下さったものであることを確信した。」と言っています。

ジェネシス・ロック
こうも語っています。

「探検家が苦労に苦労を重ねてついに発見したと言うのではない。我々はいささかも迷うことなくそこに行き、それを手に取った。まるでそこにそれがあるのを前から知っていたみたいだった」

彼は、月面での体験を十分に言葉で表現しきれないために、作家か詩人であったならと嘆いていたそうです。






宇宙から地球を見ると、1つの生命体のように感じるようです。

そして、人間は地球を構成している一部に過ぎないと感じるようです。

月面に立つと、否が応でも宇宙にいることが意識され、無限に広がる宇宙の一部であることを実感するようです。

地上的な意識(自我)は弱くなり、それに伴って宇宙に遍在している存在が強く感じられるようになり、得も言われぬ一体感が得られたと考えられます。

アーウィンは宇宙に遍在している何かを、神と感じたのだと思います。



月面探査で、彼がジェネシスロックを手にしたのは、偶然ではないと思います。

ただし、導いていたのは神ではなく、この偉大な事業に携わっていた、目に視えない存在(指導霊)と考えられます。

トラブルが発生した時に得られた回答も、同じ存在からのもの考えられます。



アポロ計画は未知への挑戦です。

人類に夢と希望と勇気をもたらすものなので、霊界から惜しみのない援助があったと考えられます。

夢を実現して行く過程で、成果(叡智)を手にする資格が得られて、その1つが彼を通して与えられたと考えられます。

それは同時に、アーウィンにとって人生を大きく変える啓示となりました。



他にも、人生が大きく変わった人がいます。

アポロ14号に搭乗したエド・ミッチェル(1930年~2016年)です。

彼は非公式ですが、ユニークな実験を船内で行っていました。
エド・ミッチェル
それは、宇宙船から数回に渡り、地上にいる特定の人に意念を送り、届いているのかを検証すると言うものでした。

当てずっぽうにやって20%の確率で正解するところ、結果は50%の正解率でした。

統計学的に有意な差があり、テレパシーの存在を示唆するものでした。

もし、正規のミッションとして行っていたならば、もっと結果は良かったと考えられます。

そして、月面上で船長のシェパードと共同でミッションを行っている時に、語らずとも相手が何を考えているのかが判っていたそうです。(前述のアーウィンも同じことを言っています。)



彼は帰還後、NASAを辞めてESP(超感覚的知覚)研究所を設立しました。

超能力研究など、日本ではいかがわしく思う人が多いでしょうが、アメリカではスタンフォード研究所など、一流と言われる機関でも行っています。

その実験結果は、世界屈指の科学雑誌である「ネイチャー」に掲載され、科学的に説明不可能な現象が確かに起きていて、科学的研究の立派な対象であると結論付けています。



ミッチェルはこんなことも言っています。

「ESPは潜在的には万人が持っている能力だ。それだけでなく、サイコ・キネシス(念力)、心霊治療、予言などと言ったいわゆる超能力も、人間の精神能力の一環だ。」

誰でもその能力を開発して行くことが出来るのかと言う問いに対して、

「基本的には出来る。しかし、あらゆる能力の開発と同じ様に、努力と修練が必要だ。それに天分の問題もあるだろう。しかし、何より大切なのは懐疑心を持たず確信してやることだ。出来ると信じなければ出来ない。」

心から信じなければ何も起こらない、私もそう思っています。



そして、こんな興味深いことを言っています。(長文になりますがそのまま引用します)

「月探検の任務を無事果たし、予定通り宇宙船は地球に向かっているので、精神的余裕もできた。落ち着いた気持ちで、窓からはるかかなたの地球を見た。無数の星が暗黒の中で輝き、その中で我々の地球が浮かんでいた。地球は無限の宇宙の中では1つの斑点程度にしか見えなかった。しかしそれは美しすぎるほど美しい斑点だった。
それを見ながら、いつも私の頭にあった幾つかの疑問が浮かんで来た。私と言う人間がここに存在しているのはなぜか。私の存在に意味があるのか。目的があるのか。人間は知的動物に過ぎないのか。何かそれ以上のものなのか。宇宙は物質の偶然の集合に過ぎないのか。宇宙や人間は創造されたのか、それとも偶然の結果として生成されたのか。我々はこれからどこに行こうとしているのか。全ては再び偶然の手の中にあるのか。それとも、何らかのマスタープランに従って全ては動いているのか。こう言ったような疑問だ。
いつも、そう言った疑問が頭に浮かぶたびに、ああでもないこうでもないと考え続けるのだが、その時は違った。
疑問と同時に、その答えが瞬間的に浮かんで来た。
問いと答えの2段階のプロセスがあったと言うより、すべてが一瞬うちだったと言ったが良いだろう。それは不思議な体験だった。宗教学で言う神秘体験とはこう言うことかと思った。心理学で言うピーク体験だ。詩的に表現すれば、神の顔にこの手で触れたと言う感じだ。とにかく、瞬間的に真理を把握したと言う思いだった。
世界は有意味である。私も宇宙も偶然の産物ではあり得ない。すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。生命は目的を持って進化しつつある。個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。全ては一体である。一体である全体は、完璧であり、秩序付けられており、調和しており、愛に満ちている。この全体の中で、人間は神と一体だ。自分は神と一体だ。自分は神の目論見に参与している。宇宙は創造的進化の過程にある。この一瞬一瞬が宇宙の新しい創造なのだ。進化は創造の連続である。その意味において、人間の一瞬一瞬の意識の動きが、宇宙を創造しつつあると言える。
こう言うことが一瞬にしてわかり、私は例えようもない幸福感に満たされた。それは至福の瞬間だった。神との一体感を味わっていた。」

この概念は、思考による産物ではなく、インスピレーションによるものです。

思考とインスピレーションの違いは、前者は時間を必要とするのに対し、後者は一瞬です。

思考は頭脳を介した能動的な作業ですが、インスピレーションは霊的次元から受動的に生まれるものだからです。



ミッチェルは、神の顔に直に触れたと言っていましたが、外部に充満する霊的なエネルギーを魂が感じていたのかもしれません。

神は、特定の人を選んで真理を伝えているわけではありません。

真理を求め、条件が整った人に、内在している叡智が明かされていると思います。

全ての真理は、自らの中(魂)にあることになります。




宇宙飛行士は、極めて優秀なパイロットであると同時に、宇宙航学などを修めた科学者です。

精神をコントロールすることに長け、論理的な考え方をする人でなければ務まりません。

面での体験は、そんな人間を変えてしまいました。





月着陸船には、船長とパイロットの2名が乗り込みます。

興味深いことに、意識に大きな変化があったのは船長ではなく、パイロットばかりです。

宇宙では、一瞬の判断が生死を分けます。

そのため、船長には現状認識力と分析力、的確な判断力が、高い次元で常に要求されています。

それに比べて、パイロットは精神的に余裕があるようです。

このことから、精神が活発に働いている時には、別次元の意識は働いていないと考えられます。


別次元の意識を働かせるためには、頭脳の働きを極力弱める必要があると考えられます。

アポロ11号の船長であるアームストロングには、意識の変化は起こらなかったように見えます。

それは人類初のミッションを成し遂げるために、頭脳が休まることなく働いていたためと考えていますが、アーウィンは「月に立った全員が何らかの意識の変化があったはずだが、自分のキャリアを傷つけてしまうために、公にしていない」と言っています。

もしかしたら、そうなのかもしれません。



宇宙人がいるのか、いないのかを論じている人がいます。

そんな人は、自分も宇宙人であることを忘れています。


地上にいると、自分が宇宙にいることをすっかり忘れています。

極めてローカルな見方しか出来なくなり、それが正確な現状認識を妨げています。




子供の時、250mの高さにあるに東京タワーの展望台から、眼下に広がる景色を初めて見た時、ほんの少しですが地上とは異なる感覚を味わいました。


地球から37万キロのかなたにある月面は、それとは比較にならないほど異次元的な空間であったと想像されます。

荒涼とした月面にあるのは完全な静寂であり、頭上には漆黒の宇宙空間が広がり、そこに美しい地球が浮かんでいます。

荘厳な美の世界であると想像されます。

この世のものとは思えない異次元的な空間にいる時、人間は通常とは違う次元の意識に切り替わると考えられます。

奥深くにいる本当の自分、霊的な意識(魂)が覚醒していたと思います。



霊的な意識に切り替わった時、生命についての深い洞察が生まれます。

生命(魂)とは神そのものです。

自分と神を隔てるものは、何も存在しません。

言いようのない一体感を感じると思います。



神は遍く存在しています。

地上では、五感が優位になり、精神(この世の自我)の働きにより遮蔽されて、認識出来ないだけです。

特異な体験によって、この世の自我が取り払われ、魂が剥き出しになった時、感じられるようになります。

この世で、そんな体験をすることは稀です。

次の世界では、肉体とこの世の自我がなくなります。

魂だけになるので、誰もが神の存在を鮮明に感じられるようになります。



今でも月面から地球を観てみたいと思っています。

それは実現不可能なので、それよりもはるかに荘厳な美を感じる世界が先に待っていると信じて、今年も生きて行こうと思います。





引用した書籍:「宇宙からの帰還」立花 隆 中央公論社