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2025年11月16日日曜日

クマの駆除について思うこと


連日のように、人里にクマが出没し、人が襲われるニュースが報道されています。

今年、日本でクマに襲われて命を落とした人の数は13名で、過去最高です。

生息地域周辺に住む人にとって生命に関わる問題であり、早急な対策が望まれます。



なぜ、クマが人の住んでいる地域にまで入って来るのでしょうか。

その大きな理由として、山でドングリなどの食糧が採れなくなったことが挙げられます。

通常、冬眠前のクマはたくさんの木の実を食べて、皮下脂肪を蓄えて丸々と太っていますが、ニュースの映像を見る限り、ほっそりとしていることからも、そのことが窺えます。



十分な皮下脂肪を蓄えないと、クマは冬眠に入れません。

冬眠に入れなければ、食糧の乏しい冬は越せません。

生命に関わる深刻な状況にクマも陥っています。



クマが狂暴になったと言われますが、果たしてそうでしょうか?

人間も空腹になると(血糖値が下がり)イライラしたり、怒りっぽくなります。

クマも同じだと思います。

寒い冬が迫って来て、焦りのようなものも感じているのかもしれません。



クマは警戒心が強く、臆病な動物です。

食べないと冬が越せないので、やむを得ず食糧のある人里まで降りて来ていると考えられます。

山にいると飢えて死んでしまい、人里に下りて餌を探すと撃ち殺されてしまう、どちらにしても過酷な運命が待っています。



何故、このような状況になってしまったのでしょうか?

木の実が採れなくなった原因は、気候変動にあると考えられます。

気候変動の大元に、地球温暖化があるのは間違いありません。



ドングリやナラなどの実は、一定間隔で豊凶作を繰り返していますが、気温が高くなると凶作が短い期間で起きると言われています。

特に、猛暑の年は花芽の発育が不良になり、翌年は凶作になるようです。

猛暑が続く限り、凶作も続くと考えられます。



地球温暖化は、人間が過剰に作り出している二酸化炭素によって起きています。

つまり、クマが人里に下りて来る大きな原因を作っているのは人間と言うことになります。


地球温暖化により被害を被っている動物は他にもいます。

気温上昇のために北極圏の氷が溶け出して(過去40年で40%消失)、アザラシなどを捕食しているシロクマは移動できないために、飢餓状態に陥っています。

私たちが知らないだけで、たくさんの生き物たちが生命の危機に晒されています。

痩せたシロクマ

全ての生き物に神性が宿っています。

霊的に同じ価値があります。

けれども、多くの人間は自分たちが最も価値のある生き物だと思っています。

そのために、人間中心に考え、他の生き物にまで関心が及びません。



人間の行いの1つ1つに、自然法則が働いています。

傲慢で利己的な行いには、苦痛を伴う結果が返って来ます。

(ケガをした人や亡くなった人に非があるわけではありませんが)クマに襲われるのは人間の身勝手な行いが原因と考えられます。



人家に入ったクマを撃ち殺す銃声がニュースで流れて、心が痛くなりました。

もちろん自分の身を守る権利はありますが、人間の諸業の被害者であるはずのクマが、一方的に撃ち殺されている現実に矛盾を感じずにはいられません。



私も日常生活で、車に乗り、電気を使い、二酸化炭素を出しているので、責任の一端があります。

非現実的かもしれませんが、人間とクマの命を守るための対策を、私なりに考えてみました。

〈短期的対策〉

・クマの食糧となるものを屋外に置かない。(柿や栗などの実も早期に収穫)

・無用な接触を避ける。(生息地域周辺の登山やハイキングなどの自粛)

〈中期的対策〉

・人里に現れたクマを射殺するのではなく、麻酔銃(吹き矢)で捕獲して、人間が恐い存在であることを自覚させて、位置情報が得られる発信器を装着して山に帰す「キャッチ&リリース」を繰り返す。(都道府県単位でクマGメンを組織してこの業務に当たらせる。)

・「クマアプリ」を開発し、一定範囲内にクマが近づいて来たらスマホに通知するようにする。

〈長期的対策〉

・放置されている人工林(スギ・ヒノキ)を間伐し、ブナなどの広葉樹を植えて、実り豊かな森林にする。

⦿学校の授業の一コマに「地球を考える(仮称)」を組込み、その中で野生動物との共生について考える。

その中で、自我(エゴ)がまだ発達していない子供たちに、こんな霊的真理が伝えられれば、どんなにか良いでしょう。

「愛が愛として本来の威力を発揮するようになれば、すべての創造物が仲良く暮らせるようになります。地球という生活環境を毒し問題を発生させる不協和音と混沌のタネを蒔くのは、人間という破壊主義者、人間という殺し屋です。すべての問題は人間が拵えているのです。神が悪いのではありません。動物が悪いのでもありません。人間が自由意志の行使を誤り、勝手に優越性を誇ったためです。」

子供たちに分かりやすく書くとこうなります。

「みんなの心の中にある「愛」がちゃんと働くようになれば、この世界の生きものは、みんな仲よくくらせるようになります。でもね、人間は地球をよごしたり、あらそったりしています。神さまが悪いわけでも、動物たちが悪いわけでもありません。人間が「ぼくたちが一番えらいんだ」と勘違いをして、好き勝手にしてしまったから、いろんな問題が起きているのです。」



「人間が悪いのに、クマを殺しても良いの?」と子供たちに問いかけたらどうでしょう?

「だめ!」と多くの子供は答えるでしょう。

「動物たちを助けるためにはどうすれば良いの?」と投げかければ、おのずと地球温暖化に関心が向くと思います。

そこで、二酸化炭素を減らすために、社会でするべきこと、自分にできることを、みんなで話し合います。

答えが出たら、今日から実行に移してもらいます。



同じような問題が世界中で起きています。

日本だけでなく世界中の学校で、今起きている問題を通して、地球温暖化について話し合います。

同じ想いを、世界中の子供たちに共有してもらいます。


射殺された母クマの乳を吸う赤ちゃんクマ(日本熊森協会HPより)


「クマを駆除する」

山にいて平和的に共存していたクマを、人里に下りて来なければならない状況を作った人間に、そんな権利があるのでしょうか。

その場しのぎで、人間のことしか考えない、エゴの強くなった人たちにいくら言っても無駄なような気がします。

動物たちの窮状と、なぜこうなったのかを教えれば、子供たちの良心に響いて、真剣に考えてくれるでしょう。

子供たち一人ひとりの意識が、人間だけでなく動物たち、そして地球全体に向かうことで、世界は確実に変わって行きます。






2025年7月6日日曜日

地球温暖化と霊的真理


7月5日に大災害が起きるかもしれないと噂が流れましたが、結局何も起こりませんでした。

けれども、人間が作り出した大災害が、すでに地球規模で起きています。



私の住む町では、連日のように気温が35度を超えています。

以前は異常気象と言っていましたが、今ではそれが当たり前になっています。

「ゆでガエル現象」と呼ばれるものがあります。

温度が少しずつ上がる鍋の中でカエルが逃げずにゆであがってしまうという寓話に由来していますが、徐々に悪化する状況に気づかずに対応を怠り、手遅れになるのを意味しています。

私たちは、「ゆでガエル」になりつつあるのではないでしょうか。



異常気象の原因ははっきりしています。

温室効果ガスである二酸化炭素の大気中の濃度が高くなったからです。



何故、大気中の二酸化炭素の濃度が高くなったのでしょうか?

人がたくさんの物を欲しがり、たくさん移動するようになり、快適な暮らしをするようになったことが原因と考えられます。

それにより、工場が稼働し、乗り物が動いて、電力が消費されて、たくさんの二酸化炭素が排出されることになります。



たくさんの物を欲しがるようになったのは、何故でしょうか?

物を手に入れることに、人は喜びを感じるからだと思います。



気に入ったものを手に入れると、私も喜びを感じます。

けれども、その喜びは束の間です。

しばらくすると別のものが欲しくなります。

物的なものは、いくら手に入れても切りがありません。



何故、物的なものを追い求めてしまうのでしょうか?

私たちは、地上の自我(エゴ)を前面に出して生活しています。

エゴの働きによって、目に見えるもの、触れるものに関心が行くようになります。

目に見える何かを所有することで、エゴの欲求が満たされます。



私たちには、霊的な自我も存在しています。

物をいくら手に入れたとしても、霊的な自我からは喜びは生まれません。



霊的な自我から生まれる喜びとはどんなものでしょう?

まず挙げられるのは、愛する喜び、愛される喜びです。

役に立った時もそうです。

親切にして喜ばれた時に、自分もうれしくなりますが、それもそうです。

自分の欲求が満たされた時にエゴが喜びを感じるのに対して、霊的な自我は他者の喜びの中に喜びを見出します。

霊的な喜びを感じたい人は、物的なものに対してそれほど興味を示さなくなります。



エゴの働きが強くなっている人は、霊的な自我はその奥で眠っています。

けれども、心の奥深くにまで響く出来事を経験すると、それまで眠っていた霊的な自我が目覚めることがあります。

目覚めると、今までとは違うものに喜びを見出すようになります。

そんな人たちが多くなると、世の中は変わります。



2020年初頭からコロナウィルスの流行が始まりました。

この未知のウィルスの流行により、世界中の人は外出を控え、人との接触を避けました。

生命を脅かし、生活を一変させたこの出来事が、心の奥底にまで響いた人は、決して少なくなかったと思います。


非常事態宣言下の東京

非常事態宣言下の東京の街は、走る車は激減しました。

工場や会社も休業して、経済活動が抑えられました。

その結果、何十年ぶりかに澄み切った空気と空の青さを取り戻しました。

世界の二酸化炭素の排出量は、統計を取って以来、最大の減少幅だったそうです。

これ位のレベルで行動変容が起きないと、温暖化は食い止められないのかもしれません。



温暖化が進んだことで生態系が変わり、そして自然を破壊して開発したことにより、未知のウィルスを保有した動物たちと接触した可能性があります。

もしそうであれば、人間が物的な豊かさを追い求めたことが原因で、ウィルスの流行が起きたことになります。

警告が発せられても、聞く耳を持たない身勝手な人間を、強制的に行動変容を起こさせるような大自然のプログラムが仕組まれていたのかもしれません。



残念ながら、地球温暖化は今も進行しています。

コロナウィルスは、変異を繰り返しながら未だに流行しています。

このまま温暖化が進むと、さらに行動変容を強いるようなウィルスが登場するプログラムが仕組まれているのかもしれません。

それによって多くの人の霊的な自我が目覚めて、内から行動変容が起こるでしょう。



エゴの働きが強くなると意識は自分に向き、霊的な自我が目覚めると意識は全体を向くようになります。

より多くの人が全体に意識を向けるようになって、初めて温暖化に歯止めがかかるような気がします。



危機的な状況に目を瞑り、自分の欲求を満足させることを優先させているのは一種の利己主義です。

因果律の働きによって、利己主義はいずれ正されて行きます。

けれども、それまでの間に多大な犠牲が払われることになります。

何よりも心が痛むのは、動物たちが人間以上に、苦痛を強いられていることです。

人間の欲望やわがままで、何の罪もない動物たちの生存が、どうして脅かされなければいけないのでしょうか。

出典:SeppFriedhuber/Getty Images


Materialism(物質万能主義)に打ち込む楔が、Spiritualismです。

霊的真理を知っている者、霊的能力がある者の責任は、想像以上に大きいのかもしれません。

時間は限られています。

直ぐに受け入れてもらえなかったとしても、一人でも多くの人に伝えて行こうと思います。



2025年5月25日日曜日

意識が変わる時


地上にいる私たちは、肉体(物質)しか見えません。

そのため、自分と他の人を全く別なものとして認識しています。

当たり前のことを言うなと叱られそうですが、そうではない世界にいづれ赴くことになるのです。



死ぬと地上を離れて霊界に行きます。

そこでは、肉体(物質)は見えなくなり、代わって霊(魂)が見えるようになります。

そして、人と人(魂と魂)の間にあるつながりを意識するようになります。


死ななくても、意識するようになった人もいます。

エドガーミッチェルは、アポロ14号に搭乗して、6番目に月面を歩いた宇宙飛行士です。

彼はこう語っています。「宇宙から地球を見下ろした時、私の中で何かが変わった。私は自分が宇宙の一部であり、宇宙が私の一部であることを感じた。」

そして「地球へ帰還するあの3日の旅程で私が経験したことは、宇宙の一体性(ユニティ)という圧倒的な感覚に他ならない。」と言っています。



宇宙に行くという特別な体験をしたので、考え方が変わったと言う人もいるでしょう。

全ての人は、死の際に宇宙飛行士よりもはるかに強烈な体験をします。

そして意識は激的に変わります。

個は全体を構成する一部であり、全体はつながっていて1つであることを、自然に意識するようになります。



2020年初頭、新型コロナウィルスが流行し始めました。

ロックダウンなど、人との接触を断つ対応が取られましたが、そんなことなどお構いなしに世界の隅々にまで、ウィルスは拡がって行きました。

人とのつながりを断つことは不可能であることを物語っていました。



2011年3月に東日本大震災が起こりました。

悲惨な現実を前にしながらも、被災者同士が食料や水、毛布などを分け合い、支え合いました。

知らない人同士でも「大丈夫?」と声をかけ合いました。

「自分だけが助かれば良い」ではなく「みんなで乗り越えよう」という意識が生まれました。

こんな様子が各地で見られました。



神秘的な体験をしたり、危機的な状況に直面すると、普段とは別の意識が現れる時があります。

別の意識が、命あるもの同士の間に存在する、目に見えないつながりを感識することがあります。



大切な人を亡くすと、もう姿を見ることも、声を聞くことも、体に触れることもできなくなったと嘆き悲しみます。

悲しみの末に、導かれるようにして、亡くなった人の存在を見出す人がいます。

肉体はなくなっても、霊的なつながりは失われていなかったことを知ります。



地上では、五感で感じられるものに意識が向きます。

眠っていた魂が目覚めるような体験をすることによって、物的なものから霊的なものへと意識が向くようになります。

お金や地位を追い求めるのをやめて、人間関係を大切にするようになった人を見かけますが、そんな人は意識に変化が起きていたのかもしれません。



見かけは違っていても、人間(生命)の本質は同じ魂です。

魂に内在する神性によって、私たちは1つに結ばれています。

広大な宇宙の中で、地球という同じ空間に住んでいる同胞です。

それぞれが全体のために何らかの役割りを果たすために存在しています。

死んでからではなく、生きているうちにそのことに気付くべきです。


1つに結ばれているものを、分断しようとする考えや行いは、明らかに間違っています。

本質は同じなのに、優劣を付けたり、不平等に扱うのは、明らかに間違っています。

間違っていると思うけど、根拠がないので確信を持てない人が少なくありません。



多くの人が漠然と感じていることを、明文化したものが霊的真理です。

真理に出会ってから20年経ちます。

さまざまな実体験に基づいて、私なりに検証して来ましたが、その内容に矛盾や疑問を感じたことは1度もありません。

少なくても私にとって確固たる根拠となっています。

真理に照合すれば、対象となるものが正しいのか、間違っているのか、直ぐに答えが出ます。



シルバーバーチの霊訓にはこうあります。

「魂が開発され進歩するにつれて、自動的に他人に対して寛大になり、憐れみを覚えるようになります。これは悪や不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという認識から生まれる、一種の我慢です。人間はたいていの場合、自分のしていることの意味が分らず、全くの無知から行動しているものです。それがあなたの我慢のしどころです。しかし、その我慢は悪を放任し黙認することではありません。それは我慢ではなく、目の前の現実に目を瞑ることです。」

最近になり、この言葉の存在が大きく感じられます。



間違った行い(悪)は、因果律の働きによっていずれ正されて行きますが、それまでに多大な犠牲が払われることになります。

間違っていることを確信しているのに、何もしなければ目を瞑っているのと同じような気がしてなりません。

真理を知った者同士が一致団結して、声を上げれば1つの力になるのかもしれません。



シルバーバーチの霊訓にはこうも書かれています。

「大自然の働きの基調は革命(レボリューション)ではなく、進化(エボリューション)です。進化の過程はゆっくりと着実に進行します。」

  「神の摂理は完璧ですから、地上の人間が一人の例外もなく、生涯に一度は真の自分を見出すチャンスに巡り合えるように配慮されております。」

さまざまな体験を通して、真の自分を見出し、意識が変わろうとしている時に、真理を伝えるのは極めて重要なことです。

一人ひとりの意識が変わり、真理を知ることで、望ましい世界へと変わって行きます。      



けれども、変わろうとしている人が、容易に真理に辿り着ける環境にあるとは言えません。

もっと身近で、手に届く範囲に置かれていなければいけません。

今は、書籍よりもSNSを利用して知識を得る時代です。

より多くの人が参画した方が、必要としている人が辿り着ける可能性は高まります。

可能性が高まることを、一人ひとりが追求して、導き先が構築されることを霊界は望んでいると思います。





2025年1月5日日曜日

伝えたい真理


今から20年前、突如ヒーリングの力が出て、直ぐ後に霊的真理と出会いました。

そこには、全く知らなかったことが書かれていました。

本当にそうなのか?と思っていたところに、自分の過ちが原因で大きな問題が起こりました。(詳しいことは過去のブログに書いてあります。)

「因果律の働き」を思い知らされました。

窮地に追い込まれて行く中で「乗り越えらえない出来事は起きない」という真理にしがみつきました。

この2つの真理をきっかけにして、他の真理も受け入れて行くことになります。




こここまで自分が変わるとは思いませんでした。

望ましい方向に自分を変えてくれた真理を、他の人にも伝えたいという欲求が生まれました。

伝えた人の中に、真理を受け入れてくれた人たちがいます。

その人が伝えることによって、また受け入れる人たちがいます。

このようにして真理は少しずつ広まって行きます。





家の電灯が点くのは、発電所から電線でつながっていて、電気が流れて来るからです。

離れていてもヒーリングが成立するのは、送り手と受け手との間に目に見えないつながりががあって、それを通して力が伝わるからです。

言葉を超えて分かり合える瞬間があるのも、霊的につながっているからです。





無限に広がる宇宙の中で、地球は1つのユニットです。

地球には、たくさんの生命が存在しています。

それぞれの生命にそれぞれの役割りがあります。




例えば、血を吸う蚊にも、植物を受粉させる役割りがあります。

幼虫のボウフラにも、バクテリアや有機物を摂取して水を浄化する役割りがあります。

道端の雑草も、動物が生きて行くために必要な酸素を作り出す役割りがあります。

人間が知らないだけで、全ての生命に役割りがあります。




他の生命と関わり合うことで、役割りを果たしています。

動物たちは人間を癒しています。

人間は愛情を注ぐことで、動物たちの進化を促しています。




身体には、さまざまな種類の細胞があります。

それぞれの細胞は、身体を維持するために必要不可欠な存在です。

それと同じで、それぞれの生命は全体を支えるために必要不可欠な存在です。

同じ血液が流れることで全細胞が生かされ、つながっているように、それぞれの生命に同じ(生命)力が流れることによって全生命は生かされ、つながっています。

全生命が、1つの生命と言えます。




地球で最も進化した生命は人間です。

他の生命と違うのは、全体を意識できるところです。

全体を意識して、全体を考える役割りが与えられているのです。




全体を意識することなしに、自分たちのことばかりを考えていたら、調和が失われます。

周囲の組織を押しのけて拡がるガン細胞のような存在になってしまいます。

全体のために何ができるのかを考えれば、調和を取り戻すことができます。





「私たちは霊的につながっていて1つである」

この真理が広まれば、戦争や飢餓や動物の虐待など痛ましい出来事は起こらなくなるでしょう。

利己主義、唯物主義は影をひそめ、平和で平等な望ましい世界に変わって行くはずです。

絵空事のように思う人がいたとしても、多くの人に伝えたいと思います。

個が変わることで、世界が変わると信じているからです。







2024年6月30日日曜日

分け与えることで進化する

 

シルバーバーチの霊訓に、こんな一文があります。

「地球は宇宙の惑星の中で最も進化の程度の低い部類に属します。」

人類は宇宙へロケットを飛ばせるくらいなので、かなり進化していると思っていたので意外でした



科学技術の発達は、どうでも良いことなのかもしれません。

進化の程度は霊性の発達によって決まります。



地球はどうでしょう?

最も進化していると言われる人間が、お互いに傷つけ合っています。

他の生命を虐げています。

そして、多くの生命が暮らしている地球を汚しています。

霊界から見ると、とても進化しているようには見えないのでしょう。



高度に進化している惑星はどうなっているのか想像してみました。

争いなどなく、助け合いながら生きているでしょう。

それぞれの生命が果たしている役割りを知っていて、互いに尊重し合っているでしょう。

文明に溺れることもなく、自然と調和した生き方をしているでしょう。

物的世界に生きていながら、神の摂理(自然法則)の働きを遵守していると思います。



人類が一足飛びに進化するとは考えられません。

摂理の働きに反した行いをして、因果律の働きにより苦しみや痛みを味わい、摂理を学びながら、少しずつ進化して行きます。

その行程が、霊界から見ると歯痒く感じられるのでしょう。

初めから摂理の働きを知っていれば、無用な苦痛を味合わずに済むので、あらゆる手段を講じて地上に霊的真理を普及させようとしていると思います。



けれども、真理の普及は容易ではありません。

地上に生まれると、五感により外部を認識するようになり、それに伴い霊的な感覚が失われ、目に視える物が絶対的なものになるからです。



意識は自分(肉体)に向かうようになります。

自分が1番可愛くなり、他者への関心が薄れて行きます。

戦争が起きても、飢餓で死んでいく人がいても、自分には関係がないように思えてしまいます。



人間の重要な役割りの1つに、地上にいる動物の進化を促すことがあります。

愛を与えることによって進化が促されますが、現実は多大な苦痛や恐怖を与えています。

おびただしい数の牛や豚やニワトリが、酷い環境で飼育され、恐怖を味わいながら殺されています。

人間の食料になるために創られたわけではありませんし、人間の身体も肉を食べるように創られていません。

動物たちが果たしている真の役割りを、まだ知りません。



多くの物を持っていると、豊かになったような気がします。

悲しいことに、物質的な欲望には際限がありません。

手に入れても、しばらくすると飽き足りなくなり、もっと欲しくなります。

物を持つことで豊かになったという錯覚が、地球環境を壊しています。



シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

「唯物主義はその本質が貪欲、強欲、自分第一主義に根ざしています。同じ天体に住んでいながら、自分以外の者への思いやりも気遣いも考えず、ひたすら快楽と蓄財に励みます。敵対関係、戦争、怨念ーこうしたものを生み出すのは唯物主義です。物質がすべてである、死はすべての終わりである、だったら自分の思うままに生きて何が悪い、と言う論法です。こうした自己中心の考えが地上界に暗黒と困難、闘争と暴力と憎み合いを生み出すのです。」

目に視えるこの世界がすべてだと思うと、利己的になりがちです。

目に視えない世界が存在し、死んだら誰もがそちらに移行します。

そのことが客観的に証明されれば、世界は大きく変わるでしょう。

けれども証明されたら、この世に見切りをつけて、そちらの世界に行こうとする人が後を断たなくなると思います。

未熟な人間がそのような過ちを犯さないために、神の配慮によって証明されないようになっていると考えられます。



世の中は急速な勢いで、2極化が進んでいます。

同じ惑星の中で、貧困で飢えて死にそうな人もいれば、莫大な富を持っている人もいて、その差が著しくなっています。



イエス・キリストがこんなことを言っています。

「金持ちが神の国に入るより、ラクダが針の穴を通る方がやさしい」

持てる者が持たざる者に分け与えないのは、想像以上に罪なことなのかもしれません。

生活して行くためにはお金は必要であり、あるのに越したことはないと思ってしまいますが、利己主義に陥らないように気を付けなければいけません。



支えになっている言葉が、シルバーバーチの霊訓にあります。

「あなた方の人生は楽ではありませんし、これまでも楽ではありませんでした。しかし、そうした問題に関わる法則があります。施す人は決して困窮することはない、必要なものは必ず与えられるというものです。そのためには、経験によって得たことを人生の中で精一杯表現することです。そうすることで神との絆が強くなることを悟るでしょう。その絆を強くすればするほど、援助と力が流れる通路として、今まで以上に役立つことができるのです。」

人や社会のために役に立とうとしていれば、贅沢はできないけれども、生活して行くことはできるようです。



「神の愛の宣教者会」という組織があります。

1950年にマザーテレサによりコルカタに創設されましたが、その後、拠点は増え続けて、現在世界145か国にあります。

貧しい人、困っている人、弱った人たちを救うためにと言う動機が摂理に適っているために、神から援助の力が与えられていると思います。

援助の力は、人間に内在している神を通して、奉仕活動や寄付という形で与えられていると考えられます。



社会においても、摂理の働きは認められます。

社会貢献を目的にし、利益を社会に還元している会社は、摂理に適っているので、末永く発展して行くと考えられます。

一方、利益だけを追求している会社は、動機が利己的で摂理に適っていないために、一時的に発展しても、いずれ衰退して行くと考えられます

せかけの社会貢献は通用しません。

神を欺くことは不可能であり、奥底にある動機に摂理が働いているからです。



私の家の裏に、ある乳飲料製造販売会社の保育所がありました。

保育料は格安で、小さなお子さんのいるお母さんたちに、安心して働いてもらう配慮がありました。

商品に価値があるのは当然ですが、時代に先駆けて外で働きにくい女性の雇用を創出し、守り続けて来たことも、会社が長く存続している大きな理由になっていると考えられます。



人や社会や国、そして人類全体にも神の摂理が働いています。

摂理を遵守することで、繁栄して行くようになっています。



「四海同胞、協調、奉仕、寛容─こうした精神こそ人生の基本であり、これを基礎としない限り真の平和はあり得ません。持てる者が持たざる者に分け与えることによって互いに奉仕しあい、睦みあい、援助しあうこと─この単純な真理は繰り返し繰り返し強調しなければなりません。」

シルバーバーチはこう言っていますが、争いに費やされる人やお金を、困窮している国や人のために分け与えれば、世界はどんなに良くなるだろうかと思ってしまいます。



分け与えるもので、もっとも価値のあるものは、やはり霊的真理(神の摂理)です。

真理を知れば、物的なものも分け与えるようになり、人や動物を傷つけたり、苦しめたり、悲しませることができなくなります。



真理が広まるのに従い、進化の速度は早まり、地球は「最も程度の低い部類」から抜け出すことができるでしょう。

進化をしながら、霊的に1つになって行きます。




2024年6月16日日曜日

運命共同体


HD1(出典: Harikane et al.)

四角の中の赤い点のようなものが、現在観測されている中で最も遠い銀河です。

何と135億光年の彼方にあります。

地球が誕生したのが46億年前なので、そのはるか前に発せられた光を見ていることになります。



遠くの銀河で起きていることを、私たちが知る必要はありません。

知らなければいけないのは、この地球で起きていることです。


NASA公開画像

地球上には、たくさんの国があります。

それぞれの国には法律があり、それを守りながら人々は生活しています。

守らなければいけないのは法律だけではありません。



宇宙の隅々まで「法則」が働いています。

法律をすり抜けて、罪を逃れる人はいますが、法則をすり抜けることはできません。

霊的な存在である私たちは、法則の働きによる報いを必ず受けます。



戦争が終わる気配がありません。

多くの人を傷つけ、苦しませる戦争は法則に反しています。

残念なことに、戦争を首謀している人たちは、法則が働いているなど思ってもいません。

死後に、自分の行いによりもたらされた結果を目の当たりにして、愕然とするでしょう。



戦争に関わっている人、それを傍観している人に伝えたいことがあります。

それは、私たち人間は霊的につながっていて、1つだと言うことです。



生命のつながりは、生態系として学校で習いました。

生態系(出典:浦安市HP)

生態系は、物質的なつながりを表しています。

最も重要なのは、図で表すことのできない、霊的なつながりです。

人と人との霊的なつながりについて、シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

「肌の色・民族・宗教の違いはあっても、全人類は等しく神性を吹き込まれ、目には見えなくとも永遠に切れることのない霊の絆で結ばれております。それゆえ全人類は未来永劫、あなたの神聖なる家族の一員であり続けるのです。すべての大霊の子供たちの中に、互いを結びつける霊の絆が存在するという事実は、人間に共通の霊的資質があることを認識させることになります。それは戦争も混乱も流血も悲劇も存在しない社会体制を確立し、平和の中で霊的本性に秘められた才能と美と豊かさを開発する生き方を可能にしてくれるのです。」

戦争で怪我をした子供たちや、破壊された建物の映像を見る度に、哀しみや腹立たしさを覚えるのも、良心という神性によって私たちはつながっているからです。



人間の身体には、37兆個もの細胞があると言われています。

1つ1つの細胞に無駄なものはなく、身体(全体)の中で何らかの役割を果たしています。

全身の細胞は、同じ血液が流れることによって、つながっています。

そのために、一部分が悪くなれば、全身に影響を及ぼします。



地球は1つの生命体です。

1人ひとりの人間は、地球を構成している1部分です。

全体(地球)の中で、それぞれが役割りを果たすために存在しています。



自分はどんな役割りを果たしているのだろうか? 

分からない人は少なくありません。



上の写真はタイヤで、車のパーツであることは直ぐに分かります。




それでは、このパーツは何のためにあるのでしょうか?

直ぐに分かる人は少ないと思います。



答えは、タイヤを車軸に固定するナットです。



地球を生きている人の役割りは、多種多様です。

タイヤのように誰にでも分かる役割りをしている人もいれば、ナットのように目立たない役割りをしている人もいます。

しかしながら、ナットがなければタイヤはその役割りを果たせません。

全体にとって必要不可欠であり、大切さに変わりがありません。



車のナットではありませんが、自分しか見えていないと、自分の役割りは分かりません。

他者との関わり合いの中で、初めて分かります。

それは他者との関わり合いの中で、自分の役割りが発揮されるからです。



死んで霊界に行くと、霊的な目が見開き、視野が格段に広くなります。

全体の中で、自分がどんな役割を果たしていたのかが、はっきりと分かるようになります。





道端に生えているタンポポにも、ちゃんと役割りがあります。

二酸化炭素を酸素に変えることで、動物が生きて行くために一役買っています。



神の創った設計図は完璧です。

この世の中に、無駄なものは何1つありません。

全体の中で役割りを果たしています。



爪と皮膚は性質の違う組織です。

それぞれに役割りがあり、調和しています。

戦争は、調和が完全に失われた状態を指します。

同じ身体の中にある指の爪と指の皮膚が、それぞれの存在を主張することで、ひどい炎症を起こしているようなものです。

自分で自分を傷つけている、極めて愚かな行為です。



傷ついた人、苦しんでいる人がいても、自分には関係ないと思うのは、自分の足の指にひどい炎症が起きているのにも関わらず、自分には関係ないと思うのと同じです。

遠く離れた場所で起きていても、少なからず全体に影響を及ぼしていて、自分にも関わっていることを忘れてはいけません。



地球で起きていることは、全員で共有することになります。

人間だけではなく、他の生命とも共有することになります。



全ての生命は、運命共同体です。

人間の罪に対する代償を、罪のない動物たちが共有しています。

温暖化の被害を受けたホッキョクグマ 出典:NATIONAL GEOGRAPHIC


たとえ形として見えなくても、それぞれが何らかの役割りを持っている、かけがえのない存在です。

地球と言う限られた空間の中で、助け合うことで進化成長して行く存在であることを、しっかりと自覚しなければいけません。





2024年5月26日日曜日

神の心


神の存在は信じていませんでした。

宗教上の産物であり、一生無縁と思っていました。

20年前に霊的真理と出会い、その考えは一変しました。



神は存在しています。

ただ、宗教で言われているような、第3者的な存在ではありません。

霊的真理(シルバーバーチの霊訓)で「神は法則」と知りました。



もし法則がなければどうなるでしょう?

石を空に向かって投げると、ある時は地面に落ちて来て、ある時は大気圏外まで飛んで行ってしまいます。

この世界は偶然に支配され、極めて不可解なものになるでしょう。

宇宙の秩序は、法則の働きによって保たれています。



全宇宙と全法則の総称を神と考えています。

神のエネルギーによって全てが創られ、神の法則の働きによって全ての事象が起きます。

神とは全てです。



神には心があります。

神の心を一言で表現するならば「愛」です。

私たちは神の心を表現する、神の一部として存在しています。

人を傷つけたくない、人を助けてやりたい、誰に教えられたわけでもなくそう思うのは、生まれながらに良心と言う神が宿っているからです。



神の心は、法則の働きの中にも顕現しています。

神の心(愛)に反した行いをすると、法則の働きにより苦痛が生じます。

わがままばかり言っていると、仲間外れにされて、孤独という苦痛を味わいます。

神の心(法則)に適った行いをすると、喜びが生じます。

人を助けて喜ばれると、自分まで喜ばしい気持ちになります。

私たちは、痛みと喜びを通して法則の働きを学びながら、愛を表現する方向へと導かれています。



愛は五感に触れません。

地上ならでは経験を通して、愛を認識することになります。



病気や障がいによって、愛の大切さに気付くことがあります。

ベートーヴェンは音楽家としてこれからと言う時に聴力を失いました。

絶望の中で死も考えましたが、苦しみの末に家族や友人そして自分自身への愛を見い出し、生き続けることができたそうです。(第九の中にその過程が表現されていると思います)



医学で為す術がなくなり、追い詰められた人がいます。

ヒーリングを受けて病気の痛みから解放された人の中には、人智を超えた神の愛に感謝する人もいるでしょう。

苦しみや痛みや悲しみの経験は、愛を認識するために、欠くことのできない触媒になっています。



作家の三浦綾子さんの代表作の1つに「塩狩峠」があります。

主人公の青年を乗せた汽車が、峠の頂上に差し掛かった時に連結部が外れてしまい、客車がゆっくりと下り始めてしまいます。

鉄道員でありクリスチャンでもある主人公が、暴走を防ごうとレールと車輪の間に自分の身体を挟んで、大惨事になるのを防いだという物語です。

これは実話であり、イエスの説く自己犠牲を究極の形で体現したものとして書かれていますが、実際に客車に乗っていて命が助かった人たちは、愛について深く考えさせられたのに違いありません。

死によって、愛の意味を知る人もいます。



神の心(愛)を表現すると、神と同調して、神的なエネルギーが流れ込みます。

人に優しくすると、自分の心がほのかに温かくなるのを感じるのはそのためです。



東日本大震災があった直後のワールドカップで、なでしこジャパンは奇跡的な優勝を果たしました。

ダメージを負った日本のためにと奮闘している時、神の心と同調して、神的なエネルギーが流れ込んで、想像以上の力が発揮されたと考えています。



塩狩峠で殉死した青年ですが、乗客を助けようと言う想いが、神の心と同調して、神的なエネルギーが流れ込んで、死の恐怖から免れていたと考えられます。

イエスの「全き愛は恐れを知らない」と言う真理を実践していました。

これ以上、地上を生きる必要がないほど、霊的に進化していたと考えられます。


死んで霊界に行くと肉体はなくなり、五感は消滅します。

地上で視えている物は視えなくなり、地上で視えない思念が視えるようになります。

愛が光輝となって、魂から放たれているのが分かります。



地上で愛を深く知ることで、より高い愛を表現できるようになっています。

試練を乗り越えて来たことで、より強い愛を表現できるようになっています。

生れる前より光輝を放つようになっていたのなら、地上の経験は活かされたことになります。



愛を表現することが何故必要なのでしょう?

創造的なエネルギーが物的なエネルギーに変換された瞬間、宇宙が誕生したと考えています。

物的なエネルギー(肉体)に、霊的なエネルギー(魂)が宿った瞬間、生命体が誕生したと考えています。



物的な存在が引力により引き付け合うように、霊的な存在は愛により引き付け合います。

ばらばらになった個々の生命が、愛によって引き付け合い、霊的に1つになって行く、それが宇宙を創造した神の意志と考えています。



愛が引き付け合うのに対して、愛に反する想いは反発し合います。

今、世界で起きている争いは、愛に反する想い(怒り、憎しみ、恨み)が表現された結果です。


怒りや憎しみの想いに駆られて争いをしている人たちに、宇宙空間から地球を眺めてもらいたいです。

地球が1つの生命体であり、強烈なオーラを放っているのを感じるでしょう。

人を傷つけるのは、自分を傷つけるのと同じであり、最も愚かな行為であることに気付くでしょう。



個々の生命は、全体のためになくてはならない存在です。

運命共同体であり、霊的につながっています。

全体が見えなくなってしまうと、そのことに気付けなくなります。



苦しみや痛みを伴いながら、愛を表現する方向へと向かっています。

長い、長い年月をかけて、法則の働きによって、世界は1つになって行きます。




2023年11月12日日曜日

自然法則の働き

 

「人に親切にしましょう」

子供の頃、親や先生から良く聞かされた言葉です。

「何で親切にするの?」と、子供に聞かれたらどうでしょう?

善いことだからと、答える人もいるでしょう。

自分がしてもらいたいことを、人にしてあげるのよと、答える人もいるかもしれません。



一般的に、法律に触れることは悪いとされています。

人の身体をナイフで傷つければ、法律に触れて罪が問われます。

けれども、人の心を傷つけても、罪を問われないことが多々あります。



この世では、善悪の基準は実にあいまいです。

それでは、真の善悪の基準とは何でしょう?



この宇宙の隅々にまで自然法則が働いています。

自然法則に適っていれば「善い」行いであり、反していれば「悪い」行いと定義できます。

今、子供に聞かれたとしたら、「人に親切にするのは、自然のきまり(自然法則)に適った行いなので、どんどんするべきだよ。人を傷つけるのは反する行いなので、決してしてはいけないよ」と答えるでしょう。

そして「自然のきまりに適った行いには善い報いが、反した行いには悪い報いが必ずあるんだよ。だから、いじめなどしてはいけないんだ」と付け加えるでしょう。



自然法則には、いくつかの種類があります。

万有引力の法則など、物質的な自然法則は検証が可能であり、本から学ぶことができます。

霊的な自然法則は検証が不可能であり、経験を通して学んでいます。



霊的な自然法則の根幹を為しているのは「愛」です。

我がままを言ったり、自分勝手なことをすると、仲間外れにされて痛い思いをします。

それは自然法則の働きによるのものであり、愛に反した行いをしたからです。



親切にして喜ばれると、こちらまで喜ばしい気持ちになります。

それも自然法則の働きによるものであり、愛に適った行いをしたからです。

私たちは、自然法則の働きによって生まれる痛みと喜びを通して、愛を表現する方向に進んでいます。



同じ行為であっても、動機によって自然法則の働き方は違ってきます。

愛に根差した動機であれば、その行いによって人は成長します。

恵まれない人たちのためにと、お小遣いを溜めて寄付した子供たちは成長しています。

周りから評価されたいなど動機が利己的ならば、いくら多額の寄付をしても、子供たちのような成長は得られません。



毎日の仕事や家事はどうでしょう。

多くの人は、生活して行くために、必要に迫られて行っています。

動機が自分の生活のためであっても、結果的に社会や組織や家族に奉仕をしていることになり、長い間、続けていれば相応の成長が得られると考えられます。

何かをしなければ、生活して行けないのが地上です。

半ば強制的に何かをしている中で、私たちは成長しています。

同じ行いでも、生活のためではなく、誰かのために(という動機で)することができたのならば、より大きな成長が得られると考えられます。



一昔前は、利益を追い求めるだけの会社が多かったです。

今は、社会貢献をして利益を得るという意識に変わって来ました。

それは、自然法則の働きにより、社会が進化しているからと考えられます。

私が子供の頃は、障がいがある人は家で過ごしている人が多かったです。

今は、外で活躍する場が増えて来ました。

それも、自然法則の働きにより、世の中が進化しているからと考えています。

女性が社会で活躍し、男性が家事をするようになったのも、時代と共に人や社会が進化しているからと考えています。

自然法則の働きにより人や社会は、より自由で平等で利他的な方向へと向かっています。



今から500年前、日本は戦国時代でした。

県よりも小さい領土が1つの国となっていて、国同士で争っていました。

それが、長い年月をかけて1つにまとまり、日本と言う国家になりました。



世界も同じです。

初めは小さな領土から始まり、争いを繰り返しながら、次第に大きな領土となって行き、現在の国となっています。

小さな枠組みから大きな枠組みへと進んで行くのも、自然法則の働きによるものです。



現在の枠組みで終わりではありません。

さらに進んで、国という枠組みが、少しずつ取り払われて行くと思います。

どれ位、先になるのか想像も付きませんが、最終的に国という概念はなくなり、世界全体が1つの共同体になると考えられます。

その流れを、最も妨げてしまうものが「戦争」なのです。



余談ですが、宇宙には知的生命体が存在する惑星が無数にあると考えられます。

高度に進化した生命がいる惑星では、全体が1つの共同体になっているので、争いは全く起きないと想像しています。

争いがあるかどうかは、その惑星の進化の程度を的確に反映していると思います。



自然法則は人だけでなく、国に対しても働いています。

国のエゴ、あるいは過ちによって生じる苦痛を享受するのは、そこに住んでいる人たちです。

国を構成しているのは、個々の人だからです。

利己的な人が多くなるほど、国も利己的になり、争いが起きやすくなります。

他者を思いやる人が多くなるほど、他国を思いやるようになり、平和な国になります。

平和な世界を望んでいながら、自分のことしか考えないのでは、つじつまが合わないのです。



道端のタンポポは、ただ咲いているのではありません。

太陽の陽を浴びて、大気から二酸化炭素を吸収して、酸素を放出しています。

その量はわずかであっても、酸素を必要としている動物が生きるために、立派に役割りを果たしていることになります。

1人ひとりの人間も同じであり、全体のために何らかの役割りがあるはずです。



自分ひとりでは生きられません。

全体に支えられて生きています。

全体に支えられていると同時に、全体を支えながら生きています。

持ちつ持たれつ、相互扶助の関係です。

この意識は、地上に生まれる前に誰もが持っていましたが、肉体に宿り、五感で世界を感識するようになって、極度に薄れています。


宇宙から地上を見れば、国境線はありません。

陸地や海や空を通して、全てがつながっています。

地球全体が1つです。



個々が集まって、全体を形成しています。

地球全体が運命共同体です。

お互いがお互いのために生きています。

そのことを認識していれば、戦争は絶対に起こりません。



戦争がない世界を望むのならば、その一部である自分が変わるしかありません。

エゴを鎮めて、違いを認めて、寛容であるように努めなければいけません。

平和な世界を望むのならば、自分自身が平和な心でいるように努めなければいけません。

1人ひとりが変わって行けば、世界も変わって行くはずです。




2023年9月3日日曜日

真の幸せは他者の悦びの中にある


世界は2極化が進んでいるようです。

経済的に豊かな国と人はさらに豊かになり、貧しい国と人はさらに貧しくなっているように感じています。



そして、世界は急速にデジタル化しています。

スマホやパソコンなしの生活は考えられません。

この2極化とデジタル化は、関係しているのではないかと思っています。



デジタルの世界は、0か1のどちらかです。

中間が存在しません。

デジタル化が進むことで、曖昧さの許されない、白黒のはっきりとした社会になって来ているように感じています。



チャットGPTというAIが登場しました。

人間に変わってAIが作業をすることで効率化が計られ、生産性が向上します。

けれども、AIが社会を動かして行く存在になることに、大きな懸念を抱いています。



「経済的に豊かになるためにはどうすれば良いのか?」

こんな質問をAIにすると、即座に答えが返ってきます。

その答えは妥当なものであり、そのままに実行したのならば、実現して行く可能性があると思います。



この世界は競争原理が働いています。

勝者がいれば、敗者がいることになります。

それが進んで行くと、限られた勝者と、多数の敗者が生まれることになります。

それまでの敗者の取り分は勝者のものとなります。



人間の頭脳がAIに勝てなくなる様子を、プロ棋士との対局で見せつけられました。

AIは、膨大なデータを元に瞬時に状況を分析して、戦略を提示するようになるでしょう。

最先端のデジタル技術を駆使して、豊富な資金により盤石なシステムを構築した者が勝ち残って行くと予想しています。

それに伴い、また多くの敗者が生まれることになります。

AIの出現と競争原理によって、2極化はますます進んで行くと思われます。



AIになくて人間にあるもの、それは生命です。

生命とは魂です。

魂に神性が宿っています。

神性のないAI(デジタル)に頼り過ぎてしまうと、愛の欠如した殺伐とした世の中になってしまう可能性があります。



「物的な面で、全ての人に行き渡るだけのものが、地上にある」と、シルバーバーチの霊訓には書かれています。

それが2極化することで、偏在しています。

経済的な勝者になろうとする欲望と、自分さえ良ければという利己的な考えにより、富める人がより富んだ分、物的な貧しさに苦しむ人たちが生まれています。

「自由競争の世界だから仕方がない」と言う人もいるでしょう。

埋めようのない差がついてしまった今、それは虚しい言い訳に過ぎません。



「金持ちが神の国に行くのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」

このイエス・キリストの言葉の意味を、富める人たちが理解するのは難しいでしょう。

分け与えることなしに、富める人に幸せな未来は待っていないと思います。



成長するために、人はこの世に生まれて来ています。

降りかかる困難や障害を乗り越えようとすること、そして他者に愛を表現することで、人は成長して行きます。

少しでも豊かになって欲しいと分け与えるのは、愛を表現していることになります。

富める人たちは、成長する機会を与えられているのですが、そんなことを知る由もなく、容赦なく2極化は進んでいます。



地位や富を得た人たちは、この世では幸せそうに見えます。

私たちは死んで霊界に行きます。

地位はなくなり、蓄えていたお金は失われます。

生きて行くお金さえあれば、それ以上必要なかったことに気付いて、自分が持っていたものを活かせなかったことを後悔します。



優しさや思いやりを忘れないで生きて来た人は、幸せになれます。

地上で、どんな気持ちで、どんなことをして来たのかが、魂に刻み込まれています。

誰かのために何かをしたことは、次の世界に持って行ける霊的な財産となります。



この真実を知っている人が増えれば、2極化は解消されて行くはずです。

知っている人が、まだ知らない人に真実を分け与えることによって、物的に不均一な世界はなくなって行くはずです。

お金だけではなく、持っている知識を活かせないと後悔することになると考えられます。






無限に広がる宇宙の中で、地球は1つの生命体です。

宇宙空間から地球を眺めると、そのことを実感するようです。

地上にいると全体が視えなくなってしまうために、自分さえ快適に暮らせれば良いと考え、物的なものを追い求めてしまいます。

その考えは自然法則の働きに反しているので、因果律の働きによって、苦しみや痛みを伴う事象が起こります。

昨今の異常気象や自然災害は、人間が過った生き方をして来たことに対する結果です。




地球全体で考えない限り、状況は悪化して行きます。

1人ひとりが、全体の一部です。

全体のために何ができるのかを、1人ひとりが考えなければいけません。




自分だけ幸せになろうと思っても限界があります。

私たちは霊的につながっているからです。

他者の悦びの中に、真の幸せを感じるようになっているからです。







2023年5月28日日曜日

子供たちにも霊的真理を


学校に通っている時に1番緊張したのは、通知表を渡される瞬間でした。

5段階評価でしたが、この数字を見て自分よりも親が一喜一憂していました。

親が喜ぶため、あるいは叱られるのが嫌なので、頑張って勉強をしているお子さんは、今も多いのではないでしょうか。



ところで、通知表の「科目」の評価の右側には、「生活のようす」と言う評価があります。

「子どもと一緒に成長する毎日」より

その項目には「思いやり」「自主性」「責任感」「公平性」などがあります。

学科の評価ばかりに目が行き、当時は全く気にしていませんでした。

今は、こちらの評価の方が大切ではないかと思っています。



どんなに難しい数式が解けても、漢字をたくさん知っていても、それが活かせるのはせいぜい100年くらいです。

死んであの世に行けば意味がなくなってしまいます。

けれども、「思いやり」などの資質は失われることはありません。

あの世では、頭の良し悪しではなく、通知表の右側に書いてあるような資質が問われると考えられます。



小学生の時のことです。

借りた鋏を返すのに、持つを方を前にして手渡したクラスメートのことを、みんなの前で先生が褒めていました。

そうしていなかった私は、ハッとしました。

クラスメートは、褒められたことを忘れないでしょう。

テストの成績が良かった時よりも、こんな思いやりのある行動ができた時に、もっと褒めてあげれば、子供たちの霊的な意識は高まって行くのではないでしょうか。




霊的真理をもっと早く知っていれば、子供が小さい時に教えられたのにと残念に思う時があります。

もし、私がこれから子供を育てるとしたら、少なくても次の2つのことは教えておきたいと思います。

1つは、良心の声に従うこと。

自我が発達していない子供たちの方が、良心の声は良く聞こえているはずです。

最初に心の中でする良心の声に素直に従えば、その後しばらくは大変になるかもしれないけれど、最後には必ず良い方向に向かうと伝えるでしょう。



もう1つは、目に視えない守護霊が付いていることを教えます。

友達とケンカ別れをしても、家族がいなくなってしまっても、守護霊がいなくなることはありません。

いざという時に力になってくれるので、強く信じるように伝えます。



あと1つ、教えておきたいことがありました。

それは、生まれて来た目的です。

何で生まれて来たのか、何で生きているのかは、子供にとって興味があることですが、先生に質問しても答えてくれません。

小さな子供であれば「この世にいる人は、良いところもあれば、悪いところもあるんだよ。自分の良いところをもっと伸ばして、悪いところを直して行くために生まれて来たんだよ。」と伝えようかと思います。

併せて「目に視えない自然のきまりがあるんだ。そのきまりを破ると痛い思いをして、守るとうれしい思いをするんだ。いろんなことを経験して、痛い思いやうれしい思いをしながらきまりを学び、自分を良い方向に変えて行くんだ。」と伝えたいです。

良心の声に素直に従い、守護霊と共に生きていることを自覚していれば、横道にそれることなく、正しい人生を歩むことができると教えてやりたいです。



人はより良く生きたいものです。

より良く生きるためには、自分だけではなく、周りも良くしなけければいけません。

そんなことを知っているのか、周りのことを真剣に考えるようになった子供たちが増えているような気がします。


「何かおかしいぞ」「いけないんじゃない」世界で起きている出来事を見て、良心がそう訴えている子供たちは少なくありません。

差別ってどうしてあるの?

戦争は何でなくならないの?

飢えている人が何でいるの?

地球で人間は1番偉いの?

動物たちは人間よりも劣っているの?

自我の働きが強くなってしまった大人よりも、魂で生きている子供たちの方が、そんな素朴な疑問を持っていると思います。



疑問を持っている子供たちに質問されたら、こう答えてみたいです。

「人体を考えてごらん。

脳、筋肉、皮膚などの、いろいろな組織があるよね。

それぞれの組織には、それぞれの役割りがあるよね。

脳は、筋肉より優れているわけではないんだ。

筋肉がなければ脳がどんなに命令をしても、体を動かすことはできないからね。

身体の中のそれぞれの組織が、それぞれの役割を果たすことで、生きているんだ。

互いがお互いのために必要なんだ。

大切さは同じで、どれ1つ欠けても健全に生きていけないんだ。


地球の生命も、実は同じなんだよ。

人も動物も植物も、それぞれが何らかの役割を持っていて、この地球に生きているんだ。

役割がないように見えるものもあるけど、それは分かっていないだけなんだ。

人体のそれぞれの組織には、同じ血液が流れて生きているように、地球のどの生命にも同じ生命(霊)力が流れて生きているんだ。

頭のてっぺんの組織と足先の組織は遠く離れているけど同じ体の一部であるように、自分も他の人も他の生き物も地球の一部には変わりないんだ。

全体の一部としてつながっているんだ。


周りのことを考えずに、自分さえ良ければと思って生きているのは、体の中で周りを押しのけてどんどん大きくなる「がん細胞」みたいなものだよ。

それでは、全体が悪くなってしまうんだ。

偉いはずもないのに、1番偉いと思って生きている人間は、地球を悪くしているがん細胞なのかもしれないね。



がん細胞になりたくはないよね。

そう思ったら、地球全体のことを考え、みんなと一緒に生きていることを忘れてはいけないよ。



いじめをしている人がいるけど、それは自分をいじめていることになるんだ。

人を助けている人がいるけど、それは自分を助けていることになるんだ。

自分は全体の一部なのだから、当然だよね。



何か才能があれば、それは全体のために活かすためにあるんだ。

全体が良くなることで、自分も良くなれるんだ。

何度も言うけど、みんな全体の一部だから、自分だけが良くなることはできないんだ。

みんな一緒に良くなるしかないんだ。

自分だけ良くなろうとする人が増えると、世の中がおかしくなってしまうんだ。



自分のことだけを考えて、わがままばかりを言っているとどうなる?

仲間外れになり、嫌な思いをするよね。

それは、自然のきまりが働いているからなんだ。

いけないことだと教えているんだ。

全体のことを考えれば、自然のきまりを守っていることになるから、もっと仲良くなって、みんなが幸せになれるんだ。」



もし学校で話す機会が与えられたのなら、子供たちの前でこんな話をすると思いますが、宗教のようなものを持ち込むなと反発を受けてしまうかもしれません。

それでも、子供たちの未来を幸せにする、何よりも大切な知識であることに違いはありません。



最後になりますが、シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

「子供には、宗教とは人のために自分を役に立てることであること、ややこしい教義に捉われることなく、まじめで無欲の生活を送り、自分が生活している社会のために尽くすことであること、それが神に対して真に忠実に生きるという意味であることを教えてやらねばいけません。」

道徳の授業で教えられていることの根拠が、霊的真理の中にあります。



子育てをしている人は、無垢な心に真理の種を蒔く機会が与えられた人です。

その好機を逃さないで下さい。





2022年12月25日日曜日

霊的真理とこの1年

 

早いもので、今年ももうすぐ終わろうとしています。

コロナの流行が続く中で、ロシア軍のウクライナへの侵攻が起きました。

不穏な空気に包まれ、長く感じられた1年でした。



戦争は言うまでもありませんが、コロナも人災だと思います。

人間の過った行いに対して、何かしらの因果律が働いて、コロナウィルスが発生したのではないかと考えています。

もしそうだとすれば、その過ちを改めない限り、流行は収まらないと思います。


中国の発電所(出典:カベージニュース)
地球温暖化の被害を受けた北極海のシロクマ

人間の過った行動で、地球環境が危機的な状況に陥っています。

私たちは、そのことに気付いているのですが、行動を改めようとしません。

そのために、罪もない動物たちが、多大な被害を被っています。



人間は最強です。

いかなる動物も、人間を制御することは不可能です。

2020年春、コロナウィルスが流行し始めました。

すると、未知のウィルスに恐怖を抱き、街から人は消えました。

道路を走る車は少なくなり、飛行機も飛ばなくなり、工場も稼働を停止しました。

ほとんどの人が家の中でじっとしていました。

この生物とも言えない、極小のウィルスが、人間を制御する力を持っていたのです。



その結果、何が起きたでしょうか?

CO₂の排出量は、産業革命以降、最も減少したそうです。

わずかの間でしたが、世界中の都市の空気が澄み渡り、空が青さを取り戻しました。

緊急事態宣言下の東京
これが本来の姿です。

今までが、異常だったのです。

異常に慣れ切ってしまい、何とも思わなくなってしまっていたのです。




霊的に最も進化しているのは人間です。

その人間が、地球全体のことを考えていません。

自己中心的な行動をして調和を乱し、環境を壊し続けています。




利己的な行いは、自然法則に反しています。

その報いは、因果律の働きによって、人間に返って来ます。




自然法則は、あらゆる事態を想定して創られています。

人間が原因でこのような事態に陥った時、人間の行動を制御するウィルスが大流行するように、自然法則が創られているような気がします。




生きて行くために、本当に必要なものは、それほどありません。

けれども、多くの人が必要のないものまで欲しがります。

ウィルスの流行と言う大惨事を経験して、魂が目覚めた人はきっと多くいるでしょう。

魂が目覚めれば、今までの価値観が一変します。

物質的なものから、霊的なものに意識が向かうようになります。

お金や物に捉われない生き方をするようになります。

自己中心的な考えから、全体のことを考えるようになります。

多くの人の意識を変革するのも、ウィルスの流行という自然現象の中に組み込まれていた目的の1つのような気がします。




流行が始まって、もうすぐ3年です。

コロナにも慣れて、普段通りの生活をするようになってきました。

もし、コロナの流行にそのような隠された意図があるのなら、以前と何も変わらずに行動をしていると、もっと強烈な自然現象が起きるかもしれません。

想像したくもありませんが、感染力が強く、致死率が高く、ワクチンも効かないようなウィルスが、因果律の働きによって出現するのではないかと危惧しています。

あの時と同じように、人間を震え上がらせ、家に籠らせるような流行が起きない限り、地球温暖化を根本的に止められる手段はないような気がします。





出典:読売新聞オンライン
ウクライナで起きている戦争が終わる気配はありません。

1人の人間の自由意志の行使によって、ここまで世界が変わってしまうことに驚きました。

なぜ、こんな取り返しのつかないことをしてしまったのでしょうか。




一線を越えて行動に移してしまった理由は、「強い怖れ」だと思います。

人間が信じられなくなると、他者に怖れを抱きます。

そして、自分を守ろうとします。

過剰に自分を守ろうとするあまり、攻撃につながってしまったように思います。




目に視えるものが全てで、死んだら終わりだと思っているのでしょう。

そんな人は、好きなように生きようとします。

富や権力を得ることに快感を覚えるようになります。

地上でしか意味のないものを必死に守ろうとして、利己的な行動を取ってしまいます。




自分の行いに、自然法則が働いていることなど、知る由もありません。

どれくらいの人を苦しませ、悲しませ、人生を狂わせてしまったのかも知りません。

因果律の働きからは、何人たりとも逃れることはできません。

償いが待っているのを知っていたら、恐しくてできるはずはありません。




人間は肉体を超えた存在です。

霊的な存在であり、霊力によって生かされています。

そして霊的につながっています。

国や人種の違いなど、全く関係ありません。




ヒーリングをするたびに、そのことを実感しています。

霊力とは生命力そのものであり、湧き出し、流れて行くものです。

国も人種も関係なく、人だけでなく動物たちにも、ヒーリングの力は届きます。

それは、私たちは霊的な存在であり、目に視えないつながりがあるからです。




霊的な無知により起きるのは、戦争だけではありません。

貧困や飢餓もそうです。

全ての人間は地球を生きている同胞であり、物的に持てる者が持たざる者に分け与える責務があるのを忘れているからです。




世の中で起きている事件もそうです。

自らの命を絶ってしまう人も、後を絶ちません。

この世の人生で終わりではない、乗り越えられない出来事は決して起きない、そして自らの行いに自然法則が働いていることを知っていれば、踏み留まることができたのかもしれません。




世の中をより良くするため、いらぬ苦痛を生まないために、霊的真理を伝えることは、想像している以上に重要だと感じています。

霊界は真理の普及を何より望んでいます。

何故なら、地球の隅々まで真理が行き渡り、実践したのならば、世の中を悩ませている全ての問題は立ちどころに解決するからです。




伝えようとする意志を持ち、それを行動に移さなければ、地上では何も始まりません。

僅かではありますが、このブログを通して伝えられたことに感謝しています。

来年は、霊界に祈りながら、新しい扉を開けてみようと思います。