2014年10月13日月曜日

愛する人を亡くした人へ




もう、どれ位の涙を流したのでしょうか。

いくら涙を流しても、悲しみから解放されるはずもなく、現実は少しも変わることはありません。

ありふれた笑顔、何気ない会話、いつもの仕草、どれ1つとして忘れられるものではないと思います。

愛する人の存在の大きさに、圧倒されるばかりで、代わるものは、この世のどこにもないのかもしれません。



この世に生きている限り、別れは付き物です。

はっきりしていることは、愛する人が自分より早く死んだということです。

「何で自分より早く死んだんだ」と、思うかもしれませんが、あなたが代わりに早く死んだのであれば、愛する人がこの世で、今のあなたと同じように、悲しんでいたでしょう。

何かの理由があって、あなたがその役を引き受けたのです。



底がないと思われるほどの深い悲しみであれば、それだけ愛する想いも深かったということです。

この世で、それほどまでに、愛するものに出会えたのは、とても幸せなことなのですが、そんなのは慰めにもならないでしょう。

本当に大切なもの、かけがえのないものは、ありふれた存在となってしまうために、悲しいことに失って初めて気付くことが多いと思われます。



愛する人は、すでにこの世にいませんが、次の世界で間違いなく、生きています。

それは、また逢うことが出来るということを、意味します。



肉体を失っても、魂として生き続けています。

これは宗教でも何でも無く、自然現象です。

発想の転換が必要です。

生命の本質、本当の自分は、肉体ではなく魂です。

今の深い悲しみも、魂から生み出されます。

悲しみの想いも、目に見えないように、魂も目に見えるものではありません。

悲しみが確かに存在するように、魂も確かに存在しています。

たとえ、魂が存在したとしても、愛する人の肉体はすでに骨になり、この目で愛する人の姿を見たり、声を耳で聞いたり、手で触れられるわけではありません。

それは、悲しい現実です。

しかし、愛する者同士の魂と魂はつながっているため、双方の想いは伝えられるはずです。

厄介なのは、この世の人には肉体があるために、愛する人の想いが伝わりにくくなってしまっていることです。

この世に残してきた愛する人へ、想いを伝えようと、必死で頑張っているのに、どうしてもうまく伝えることができない、そのもどかしさは、想像を絶するものと思います。

海の中にいる人に、海上の人がいくら大声で叫んでみても、水に阻まれて伝わらないのと、似ているのかもしれません。

ただ、海の中にいる、この世の私達が、海上に出られる時があります。

眠っている時です。

眠っている時に、本当の自分である魂は、からだから離れて、愛する人と同じ世界に行っています。

いわゆる、体外離脱と言われる現象です。

眠っている時に、愛する人と、実際に逢っています。

夢に出てきたという話は、良く耳にしますが、そのほとんどが、愛する人がいる世界で、実際に逢っていると思われます。

お互いの想いを伝え合っているはずです。

そのことを、もっとはっきりと覚えていれば、違う世界で生きていると確証が持てるのにと、考えてしまいます。

愛する人がいる世界は、想いの世界であり、言葉は必要としない世界です。

あなたに伝えたのは、言葉ではなく、あなたへの想いです。

従って、朝起きた時に、言葉を思い出そうとしても無理かもしれません。

この世を生きている人は、頭で考えてしまっていることが多いので、魂に伝わった愛する人の想いを、言葉で思い出そうとするために、無理が生じているのだと思います。

けれども、交わし合った想いは、微かかもしれませんが、残っているはずです。



眠っている間に逢って、想いを確認し合っているはずですが、朝になって目が醒めると、愛する人の姿は目に映らなくなります。

姿が見えないという現実が襲い、すぐに悲しみに包まれてしまいます。

愛する人は、その様子を見ていて、「今まで逢っていたのに、なぜすぐ忘れてしまうの」と、あきれているかもしれません。



愛する人と夢で逢ったのは、紛れも無い事実であり、逢いたいと思う願望が作り出す、幻影ではありません。

愛する人は生きていて、次の世界に移り、元気にしているのです。

そのことを、あなたにどうしても、どうしても伝えたいのです。

なぜなら、悲しんで、涙を流している姿を見るのが、あなたを愛しているので、とてもつらいのです。

生きているという真実を、しっかりと伝えたいのです。



もし仮に、あなたがちゃんと生きているのにもかかわらず、いなくなってしまったと勘違いをして、愛する人達がとても悲しんでいるとしたら、どう思うでしょう。

きっと 「元気でいるから、心配しないで」と、伝えたくなるのではないでしょうか。

向こうに行った愛する人も、それと全く同じ想いです。

元気に暮らしています。

そして、見守っています。

迷った時、悩んだ時、困った時には、向こうから想いを伝えて、導いてくれるはずです。

心を穏やかにして、つながっているという確信を持っていれば、愛する人の想いは、魂に伝わってくると思います。



愛する人が生きていることは、時が来ればはっきりするのですが、なるべく早いうちに、その事実を知っておいた方が、お互いに安心し、悲しみも少なくて済みます。

この世からいなくなってしまったこと、次の世界で生きていることは、ともに現実です。

愛する人のために、どうぞ現実を受け入れて下さい。



もう1つ、はっきりしていることは、あなたもいつか死ぬということです。

その時には、今か今かと待っていた愛する人が、両手を広げて、満面の笑顔で迎えてくれるでしょう。

今の悲しみからは、信じられないほどの喜びに満たされるでしょう。

その歓喜の時が来るまで、衝動を抑えて、生き抜いて下さい。



神は愛です。

神が愛ならば、なぜ、最愛の人と、死によって離れ離れにさせて、ここまで悲しみを与えるのかと思ってしまいます。

もし、愛する人が今も生きているとしたら、ここまで愛していたこと、愛されていたことに、気付いたでしょうか?

愛すること、愛されること以上に、大切なことは、この世にあるのでしょうか?

深い悲しみには、魂を目覚めさせ、愛より大切なものはないことに気付かせるという、深甚な意味があります。

それが、神の摂理であり、神の心だと考えられます。



最も大切なのは愛だと気付き、この先の人生で表現していけたなら、愛する人の死はとても大きな意味を持ちます。

それは、愛する人が最も喜ぶことでもあると思います。





参考ページ: 「亡くなった愛する人とつながる」




37 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつも読ませてもらっています。

私の想いは確かなものですが、亡くなった愛する人の想いに自信がない時は、どうしたら良いですか…。
いつも見守っていてね
いつかまた会おうね
ずっと想ってるよ
そんな風に思っても、ひとりよがりなんじゃないかと思うとき
どうしようもなく虚しくなります。
想われてた
そう自信がもてる程、過ごした時間も長くなく、私の立場もその要因の一つですが
相手がどう思っていようとも私は
思い続けても良いのでしょうか。

イクミ さんのコメント...

匿名さんへ

拙いブログを読んでいただいてありがとうございます。
愛する人が亡くなられて、悲しい想いをずっとされているのですね。
生命は魂であり、次の世界に移り、元気にしているは間違いありません。
残念ながら、その姿は目には見えませんので、おとぎ話、夢物語のように思っている人が多いのですが、事実です。
あなたは、その方が存在していることを理解されているようなので、本当に良かったと思います。
質問に対する私の考えです。
自分が先に亡くなった時のことを考えてみたらどうでしょうか。
その方が、この世から愛する想いを送り続けてくれたとしたら、あなたはとてもうれしいはずです。
この世には、その方に親愛の想いを向けている人は、他にもいると思いますが、たくさんの愛をもらって、嫌がる人はいません。
その1つ1つの想いが、とてもうれしいと感じ、向こうの世界で生きて行く力になっていると思います。
過ごした時間や、立場を気にされている様ですが、そんなことを超越した、想いだけが真実の世界です。
この世で1番愛していた、そして愛してくれた人は誰なのか、はっきりと分かる世界です。
こちらの想いは、光となって、届いています。
その方が、あなたのことをどれ位想っているのかは分かりませんが、ひとりよがりではないと思います。
なぜなら、この世から去ってもなお、あなたが想い続け、今も愛されているのは、その方が、あなたのことを、深く愛されていたことの証だと思うからです。
あなたの想いと同じくらい、その方は今もあなたのことを愛されていると、私は思います。
愛する想いは、頭脳からではなく、魂から生みだされるものなので、死んで肉体はなくなっても、あなたへの想いは続いています。
無用な心配や、勘違いをして欲しくないと、強く思っているのではないでしょうか。
あなたの想いは、愛する人にとって、大きな喜びとなっていると思います。
自信を持って下さい。

匿名 さんのコメント...

ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
少ない言葉だったのにも関わらず、全てを理解して頂いたように思います。
救われました。
押し殺していたものが溢れ出して止まりませんでした。
頂いた言葉を大切にこれから生きて行きます。

イクミ さんのコメント...

少しはお役に立てたのなら、私も本当にうれしいです。
愛する人は、あなたの想いが続いている限り、いつも寄り添って、見守っていてくれるでしょう。愛は次元を超えて、魂を結びつける力であることを、心に留めておいて下さい。
向こうに行った時に、愛する人に褒められ、抱きしめてもらえるように、あなたらしく生き抜いて下さい。

匿名 さんのコメント...

とても安心しました
主人を亡くして10年も過ぎたのに悲しくて辛くて死にたいとばかり思っていました。
そばに居てくれる 実感できました‼
ありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

ご主人を亡くされて、10年経つのですね。
人には言えぬ、つらい日々を過ごされてきたと、お察しします。

目には見えませんが、ご主人はあなたの側で見守っています。
姿は見えなくなっても、魂として、生きています。
魂は、荼毘に付されて、無くなりません。
魂から生じている愛も、全く失われていません。
そのことが、はっきりと判るのは自分が死んだ時なのですが、今、実感できて本当に良かったと思います。
少し先になるかもしれませんが、また逢えるので安心して下さい。

あなた以上に喜んでいるのは、ご主人ではないでしょうか。
「今頃気付いたのかよ、遅すぎるよ。でも本当に良かった!」と、苦笑しているような気がします。

あさよ さんのコメント...

亡き主人を魂を感じて生きられるように
イクミ様のお話でなりましたが
時々とても寂しい思い悲しい思いになります。
私のわがままでしょうか?

主人に話しかけたりしていますが
また きっと逢えますね‼
そう 信じていきます。

イクミ さんのコメント...

あさよ様

はじめまして、イクミです。
私の拙いブログを読んでいただき、ありがとうございます。

きっと逢えますねと心配されていますが、あなたがこの世に別れをする時に、ご主人のことを愛していれば、もちろん逢えます。
正確に言わせてもらえば、毎日のように逢っているのですが、あなたの肉眼に姿は映らないので、認知されていないだけです。
眠っている時にも、同じ次元で逢っているのですが、あなたが覚えていないだけです。
ご主人はあなたの魂が視えるので寂しくないのですが、あなたはご主人の姿が見えないので寂しくなってしまいます。
魂と魂は、離れ離れになっていないのです。

ご主人がどうしているのか知りたいのでしょうか?
そうであれば、あなたがご主人を残して死んでしまった時のことを想像して下さい。
あなたの肉体は無くなり、心だけになったと思って下さい。
ご主人があなたのことを思い浮かべながら、悲しみの涙を流しています。
その姿を見たら、あなたはどのような想いになり、行動をするでしょうか。
ご主人の傍に寄り添い、「ここに私はいるでしょう。そのことに早く気付いて」と、想いを投げかけ続けるでしょう。

今のご主人の想いも全く同じであり、「おれはいつでもここにいるぞ。何で気付かないんだ。そろそろ判ってもいい頃だぞ」と、もしかしたらちょっと怒っているかもしれません。
あなたが悲しむ姿を見て、どれだけ肩を抱いて、慰めてやりたいことでしょうか。
愛は死を超越しています。
あなたはご主人に今も愛されています。

語りかけは、ご主人の魂に間違いなく届いて、ご主人は想いを返して来ているはずですが、その想いを受け取るのは、耳ではありません。
あなたの魂が受け取るのですが、頭であれこれ考えたり、感情に支配されていると、感度が極端に悪くなってしまいます。
穏やかな心になり、頭を空っぽにして、降って来る想いを、どうにかして受け取って欲しいです。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。こんばんは。

いつもありがとうございます。
今日はイクミさまにお聞きしてみたいことがあって
こちらのページからコメントを投稿させていただいています。

ずっと前から考えていた事なのですが…
死別のグリーフケアに係わる活動の中に、霊的真理をどのように関連付けられるか、
どのような形なら、霊的真理を受け入れやすいだろうか、と考えています。

私は、二つのグリーフケアの活動団体の集まりに参加しています。
参加していると、死後の世界についてを具体的に語るのは難しいものなのだな…と感じています。
(寺社や教会等が催されているものには参加したことがないのでわからないのですが)

そういう集まりで、同じ悲しみを抱いている方々と安心して話せる事には意味があると感じています。
でも、それぞれの思いに共感しあったり、ワークを通じて自己分析をしたり
「悲しみの中にいるのは私だけではない」とは思えても、悲しみが無くなるわけではありません。

私は、自分の愛するひとは死んでいない、違う世界で生きている、と確信できて初めて
悲しみ、喪失感が癒されました。
なので、霊的真理は、最愛のひとを亡くしたひとには一番知ってほしい真理だと思います。
イクミさまのブログの記事、イクミさまからのお返事は、究極のグリーフケアだと思います。
読まれている方は皆さんそう思われていて、とても感謝されていると思います。
でも、なかなか巡り合えない方、そういう環境を持たない方も多くいらっしゃいます。

私は、参加している会で、夫からのメッセージを感じ取れた事、不思議な出来事のいくつかを話しています。
皆さん、少し驚かれますが、信じてくださいます。
近い事を経験した方もいらっしゃいますし、自分も感じ取りたいと思う方が多いからだと思います。
でも霊的真理の話まではなかなかいたれません。いろんな考え方の方々がいらっしゃいます。

私は、自分の経験から、同じように救われる方がたくさんいるだろうと思っていますので、
会に参加されている方には、霊的真理について少しでもお伝えしたいな、どのように話すと良いのかな、と
いつも考えるんです。
最愛の方を亡くして、悲しみ、苦しんでいる方は受け入れる準備ができているとも思うからです。

すみません。長々と書いてしまいましたが、イクミさまのご意見をお聞きしたかったのは冒頭に書いた
死別のグリーフケアに係わる活動の中に、霊的真理をどのように関連付けられるか、
どのような形なら、霊的真理を受け入れやすいのか、という事です。

いつも皆さんや私のコメントに、愛を持って丁寧にお答えくださって、
お仕事もお忙しいのにと、いつも感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちでおります。
そんな中、またこんな事を聞いてしまいすみません。
このコメントへのお返事は、お時間の許す時で構いません。よろしくお願いいたします。

イクミ さんのコメント...

NOB様

おはようございます。
グリーフケアに参加されていると、以前お聞きしました。
同じ想いを共有できる、安心して話せる場があることは、とても意義深いことだと思っています。
私も少し興味があり、どの様な活動をしているのか調べてみましたが、霊的なことには触れていないようでした。
参加者それぞれの宗教観があり、それを尊重しようとしているのかもしれません。
しかし、死とはあの世に移行するための自然現象であり、死んでも生きているというのは、紛れもない事実です。
そのことを確信出来たら、どれほど悲しみや苦しみが癒やされるか判りません。
ただ、天国で生きているよ、他人から言われても何の説得力もありません。
NOB様の様に、同じ体験をした人から言われたら、素直に信じる人もいます。
しかし、どんなに悲しくても、魂の存在を信じられない人もいます。
百人いれば、百通りの受け止め方があると思います。

霊的真理(シルバーバーチの霊訓)には、死後の世界の存在だけでなく、生命について、この世を生きる意味、苦難の意味などが書かれています。
何故、別れなければならなかったのか、霊的真理の中に答えを見出す人もいます。

真理を受け入れる時期が来ている人、残念ながらまだの人もいますが、外から判別は出来ません。
どんなに価値のある真理で、丁寧に説明をしても、時期が来ていなければ、受け入ることは出来ません。
言葉がきついのですが、豚に真珠なのです。
時期が来ている人は、全てを得心し、救われることになります。

しかし、たとえ時期が来ていなくても、真理のありかを教えるのは大切なことです。
時期が来た時に、直ぐ辿り着くことが出来るからです。
(真理の)種を蒔いておけば、いつかは芽を出します。

あなたが集まりの中で、霊的真理について語った時に、興味を示す人がいると思います。
そんな人に、彼との今の状況を取り入れながら、さらに話を進めて行けば、新しい世界の扉を開いてやることができるかもしれません。
悲しみが癒やされ、後悔が取り払われて、新しい人生が始まるかもしれません。

シルバーバーチも言っていましたが、押し付けるのではなく、そっと側に置いてやるような感じで良いのではないでしょうか。
時期が来た人は、ありかを教えて欲しいと、向こうからやって来ます。

霊的真理は、究極のグリーフケアになると、私も信じています。
彼との別れ、真理の受け入れ、特別な関係、人のために役立つようにつながっていると、強く感じています。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。

お返事ありがとうございました。

お返事をお読みして、私が思っていた事と近い内容でしたので、やはりそうだな…と思いました。
ありがとうございました。
自分もシルバーバーチの霊訓をまだ全巻読み終えてもいないのに、私は少し前のめりに考えてしまっていたように思います。自分が救われたと思えたものだから、他の方にも早く、と思ってしまいました。
イクミさまのお考えをお聞きすることで、落ち着きます。

イクミさまがおっしゃるように、心理を受けいれる時期が来ている人か、そうでないか外見からはわかりませんね。そっと側において差し上げるような感じが良いですね。
確かに時期が来た人は、向こうからやってくるのだと思います。
今は種を撒いておく形を考えようと思います。

私の郷里は東日本大震災の被災地なので、家族が未だに行方不明で、ご遺体とも対面できず、
悲しみ、懺悔の気持ちから抜け出せずにいる遺族の方々がいらっしゃいます。
そういう方はグリーフケアの会にも参加されないようです。理由はなんとなくわかります。
そして、もうご遺体が見つかる可能性はとても低くても探し続けています。無理もないと思います。

夫が病気になる前に、私はよく彼にこの事について話していました。彼は黙って聞いていましたが。
なんとかその心を救ってあげられないのだろうか。宗教は何か役に立っているのだろうか。
行方不明の方は、家族に自分の遺体をずっと探し続けてほしいと思うだろうか。
その頃私は、ご遺体が見つからなくても、亡くなった方は、家族を恨んだりしていない
その事で自分を責めないでほしい…と思っているだろうな、と思いました。
その頃はそう思うしか救われない…と思っていました。今は、そうだ。と信じています。
でもこちらでは、そういう考え方を交換し合ったり、お伝えしたりするのは躊躇する空気があります…。

次のグリーフケアの会の時には、私なりにまた少し種を撒こうと思います。

話は変わるのですが、昨日から今まで、彼の想いが感じ取れずにいます。
私はいつもと同じように想いを送っているのですが…。
想いだけではなく、そばにいてくれてるって思う時の、あのホワッとした感じも感じられないです。
私は昨日からとても現世的な、慣れない作業をしていてとてもストレスを感じています。
そのせいだと思っています。

でも、そのうち返事が伝わってくるだろうと、結構自信があるので、安心しています。
感じ取れないと、自分がどういう状況なら感じ取れるのか逆に良くわかります。
落ち着く場所で雑音を避け、心を穏やかに保つこと、心を空っぽにして澄ませることは
難しいものなのだと感じています。

でも彼を信じているので大丈夫です。また投稿させていただきます。ありがとうございました

イクミ さんのコメント...

おはようございます。

あなたの気持ちは良く判ります。
霊的真理を知ると、自分の中で大きな変化が起こります。
悦びも湧き上がります。
それを、多くの人にも伝えてやりたいと思う、強い衝動が起きます。
最愛の人を亡くし、2年の間暗闇の中にいたあなたは、真理の光の眩しさは相当なものでしょう。
グリーフケアで集まる人にも、自分と同じように光を見つけて欲しいと思うのは、当然かもしれません。
また、被災地に住むあなたは、まだご遺体が見つかっていない遺族に、魂は家に帰ってきて、共にいることを、伝えてやりたいと思います。
以前ですが、交通事故で長男を亡くした知人に、生きていることを伝えましたが、となりにいた奥さんが泣き出してしまい、もう帰ってくれと言われてしまいました。
また、ご主人を突然死で亡くして1年経つ、私の仕事上の患者さんに、シルバーバーチの本をお渡ししましたが、後日電話があり、真理を受け入れたことを告げられ、感謝されました。
どの様に、受け止めるのか、伝えてみなければ判りません。
難しいところがありますが、真実は真実なので、機会があればお伝えしようと思っています。

一昨日から、彼の想いを感じ取れずにいるのですね。
慣れない作業をして、心が少し乱れて、同調しにくくなっているのではないでしょうか。
もしかしたらですが、ほとんどの人は、昔のあなたと同じ様にコミュニケーションが出来ずに、孤独で寂しく、不安な思いをしているのを忘れずにいることを、霊界はあなたに望んでいるのかもしれません。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。

お返事ありがとうございます。

真理を受け入れられる準備ができているのか、受け入れられる時期なのか、という事は
ほんとうに一概にはわからないのですね…。
イクミさまの過去のブログを読んでいる時から、そう思ってはいました。
私も夫を亡くした直後、きっとしばらくの間は、受け入れられなかったと思います。
悲しみが大きすぎて…どのような慰めも受け入れられなかったと思います。
うまく言えないのですが、私は悲しみつくしかったんだな、と思い出しています。

前のお返事にあったように、少し何かの光が差した時に、思い出してもらえるように
真理のありかを伝える事、種を撒く事、が今の私が出来る事だと思います。少しずつやってみます。

今日もあわただしく過ごしていて、彼の想いは感じ取れていません。
イクミさまがおっしゃるように、つながれない寂しさ、不安を忘れないように…と言われているのかも知れません。でも、なぜか大丈夫と思えています。
彼も、私の守護霊さまも、毎日話せなくても、もう私も大丈夫だろうと思いはじめたのかもしれませんね。
彼が生き続けていて、私を見守っていてくれているという感覚はもう揺るぎません。
私がするべき事への導きは続いていると思いますし、
何か迷ったりする時にも導いてくれることを信じて生きていられます。
こういう風に思えること自体が幸せなのだと思います。ほんとうに感謝しています。

またいつものページから投稿させていただこうと思っています。ありがとうございました。

あさよ さんのコメント...

イクミ様
お久しぶりです…
主人が側に居てくれる実感を貴方様のお言葉から 実感できました

でも やはり 寂しさは日々続きます。

愛が深すぎたと思いますが

主人と出会う時まで頑張らなくてはと思うます
イクミ様にお会いすることは可能でしょうか?
お話をお聞きしたいです。

イクミ さんのコメント...

NOB様

こんばんは。
種を蒔いておけば、準備が整った時に、向こうから訪ねて来ると思います。
少しずつで良いですから、真理のありかを、必要としている人に教えて下さい。

彼の想いを感じ取れないのも、何か意味があるはずです。
その意味は今は判りませんが、良きに計らわれていることだけは確かでです。



イクミ さんのコメント...

あさよ様

こんばんは。
以前、ここにコメントをしていただいた方ですね。お久しぶりです。
ご主人がいてくれることを、少しでも実感していただけて良かったです。
寂しい日々が続いているのですね。
11年の年月が経っても、愛おしい気持ちは少しも変わらないのですね。

会って話をすることは出来ます。
ただ、私は群馬県に住んでいて、平日はフルタイムで仕事をしていますので、予定の入っていない休日ということになりますが、それでよろしいでしょうか?

あさよ さんのコメント...

イクミ様
ありがとうございます…
連絡させて頂きます。

まだまだ寂しく悲しい日々ですが
両親の介護があり 忙しくしているおかげで なんとか生きています

もう自ら死ぬ事はしません。

イクミ様 その時お逢いする時はイクミ様のご都合とを連絡させて頂きます

本当にイクミ様とこうして 知り合えて良かった
感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

あさよ様

失ったものの大きさが、ほんの少しですが判るような気がします。
ご両親の介護で忙しいのですね。
今のつらさは、先にある悦びのためにあると、強く信じて下さい。
私は、あなたのような人に真実お伝えするために、この世に生まれてきたと思いますので、そう言っていただけると本当にうれしいです。
また遠慮なく連絡して下さい。

Harunasyouta さんのコメント...

イクミさん。

初めまして。長文になりますが、説明するのに難しく。

無くしてから気付く。本当ですね。

私は3カ月前に別れた元旦那の死を1週間前に亡くしました。
亡くしましたと言うより、1週間前に知りました。
旦那の正確な死亡は8月の頭だそうです。
それまで、車の中で亡くなったまま、放置されていたがため、見つけた時には旦那の顔も分からないほどひどく。誰も旦那の顔は見せてもらえませんでした。

離れた理由は色々ありましたが。離れた後も好きだったこと、愛してる事、ずっと会いたいと思っていましたが、色々あって、互いにに気持ちのあるまま、私は旦那の手を離してしまいました。

もう旦那に、会えないこと。
やり直すことも、私の気持ちも伝えられないこと。
旦那の気持ちも知ることも出来なくなってしまった事。
一人で逝かせてしまった事。
私が手を離してしまった事。

旦那がまだ私を愛してくれてたか、わかりません。

でも、あの人が居ない世の中は自分には辛すぎて。
子供達もいるので前を向かなくてはと思いつつも、
顔も見ていないので、受け入れることも出来ず。

自殺なのか病死なのかも、今だお義母さんから、教えてもらってません。

泣いては、責めては、あの人に会いたくて。
今は何故泣いているのか。あの人への気持ちさえも疑心暗鬼に、なってしまって。

あの人なら、こうするとか、こんなときこうするとか。

考えては、居ない事に、落ち込み、自分を責める毎日です。
全てが疑心暗鬼になり。あの人が次の世界で私に会ってくれてるのかも、今の私にはわかりません。

前を向いて、あの人に会うときは、子供達をちゃんと育てたよって。貴方がずっと好きだったと、言えるようにしたいと思っても、全ては自分の責任ではないのか?っていう罪悪感と、虚無感に飲まれそうです。

それでも、あの人は私に会ってくれてるのでしょうか?
あの人を感じられないんです。

イクミ さんのコメント...

Harunasyouta 様

初めまして、イクミです。
コメントを拝見して、あなたの心中を察すると言葉がありません。

いなくなって、自分のご主人への気持ちが、はっきりと判ったのですね。
お互いに気持ちがあるまま、事情があって別れたのですね。

まず、お伝えしなければいけないのは、ご主人はこの世の人ではなくなりましたが、命は続いていると言うことです。
あなたの気持ちは、あの世にいるご主人に伝わっていると思います。
ご主人の今の状況は、亡くなり方によって変わってきます。
病死であれば問題はありませんが、自殺であれば、その動機によって置かれている状況が違ってきます。
もし、生きていることに絶望して自殺したのであれば、今は深く後悔をしているかもしれません。

あなたは自分が手を離してしまったために、ご主人が死んでしまったと思っているのかもしれません。
あなたと別れることになった原因と、死んでしまった原因は、もしかしたら同根であり、ご主人の弱さから来ているのかもしれません。
そんなご主人の手を離すべきではなかったと思うかもしれませんが、手を離さない限り、お互いにそのままで変われなかったと思います。
愛情が完全に失われてしまい、結局は離れて行ったと思います。
あなたにとっても、ご主人にとっても、その選択しかあり得なかったと思いますので、後悔はしないで下さい。

ご主人こそ、自分のせいで、あなたに迷惑をかけてしまったと思っているのではないでしょうか。
自分さえしっかりしていれば、こんなことにはならなかったと、深く反省していると思います。
もう1度お子さんたちと一緒に暮らしたかったと思っているでしょう。

ご主人は、亡くなってから日が浅く、自分が死んだことにも気付いていない可能性があります。
また、死んだはずだと思っても生きているので、混乱している可能性もあります。
魂は、愛する人のところに赴きます。
あなたとお子さんの元に来ている可能性は高いと思います。
率直な気持ちを、目に見えないご主人に、語りかけてみてはどうでしょうか。
ご主人に、今の気持ちを伝えれば、何よりの救いになると思います。
ご主人は生きていて、そばにいる可能性が高いことを、どうぞ承知しておいて下さい。
あなた自身が混乱していたり、悲しみや後悔の想いを抱いているうちは、ご主人を感じることは難しいと思います。

今は、お子さんを大切に育てて下さい。
それがあなたの今生の大切なお務めなので、早く以前のあなたを取り戻して下さい。

あなたがこの世を去る時に、お互いに親愛の想いがあれば、また会えます。
人生は死の後もずっと続いていますので、取り返しの付かないことはありません。
深く反省し、あなたへの想いを新たにしたご主人と、もう1度やり直す機会が、この先きっと与えられると思います。

鵜飼恵子 さんのコメント...

ご返信ありがとうございます。

まだ気持ち的に落ち着いていない事。
後悔と虚無感しかないので、そうなのかもしれません。
そして、旦那に会いたくて、死にたい。
でも、子供達のおかげで、私は生きています。

今は、母親としてより、女性としての気持ちが強く。
旦那に会いたくて、会いたくて。

子供達に、心配をかけてばっかりです。
子供達の方がしっかりしています。

朝目覚めた時は旦那は居ないんだと、何故か思うのに、少し時間がたつと、居ない事に、ひどく落胆し、考えてしまい、悲しくて、涙がとまりません。

イクミさんに言われた通りに、旦那が居ると思って、気持ちを語りかけて見ようと思います。

今日は子供の誕生日なので、きっとお祝いに、来てくれると思います。

また、耐えられなくなりそうなとき、こうしてコメントを書いても宜しいでしょうか?

イクミ さんのコメント...

鵜飼恵子様

こんばんは。
あなたは今、変えられない現実に、打ちのめされています。
離婚と別居に加えて、ご主人の死と言う最もつらい出来事が重なったのですから、人生のどん底にいます。
お子さんに心配をかけているかもしれませんが、お子さんたちが大きく成長している時と思って下さい。
涙を流すだけ流して、この過酷な現実を耐え忍んで下さい。
いつとは言えませんが、真っ暗闇の中に光が見える時が必ず来ます。

好きで、別れて、亡くなってしまいましたが、魂はあなたのそばに戻って来ると思います。
お子さんの誕生日を忘れるはずはありません。

コメントは遠慮なさらずに、いつでも書いて下さい。

鵜飼恵子 さんのコメント...

お久しぶりです。
あれから、自分なりに前を向くために、自然を感じ。
前を向くと決断しては落ちてを繰り返して、今日まで生きてきました。

でも、今日、旦那が自殺だったことがわかりました。
今さらどうこう言っても意味のないこと。
それは、わかっています。
でも、私が原因だったことは、確信にあるんです。
子供よりも私が一番だった人だから、
自殺だと、いうことが確信に変わった瞬間に、今までの自分が崩れていきました。
私があの人を求める事さえ、あの人の写真を見ることさえ、そんな資格はないのではないか。
恨まれてるとは思いませんが。
全て自分が悪かったのではないか、
あの人が亡くなった時、私は何も知らず、気付かず、前を見ていただけなのではないか、
あの人は来てくれていたのに、私は何も気付かずに、亡くなったあの人にまたショックを与えただけではないのか?
間接的じゃないにしても、殺してしまったのは、私じゃないのか。
自分が生きてる事が罰だと思い、子供達をちゃんと育てると、決めてましたが、自殺だとわかった瞬間に、
その罰が一段と重いものに変わりました。
何も変えられなかったのかもしれません。
それでも、後悔も罪悪感も失うことは出来ず。
あの人に会いたいと思うことさえ、罪に変わりました。
私があの人を思うことさえ罪ではないか、
そう思うようになりました。
私があの人を求める事は間違いでしょうか?

イクミ さんのコメント...

鵜飼恵子様

お久しぶりです。
昨日、ご主人が自殺だったことが判ったのですね。
かける言葉が見つかりません。

自殺の原因があなたにあるとは、思わないで下さい。
ご主人が決めたことであり、あなたには責任はありません。
ご主人と別れなければ、この様な結果にはならなかったと考えてしまうと、自分が全て悪く思えてしまいます。
でも、別れる原因の多くは、ご主人が作ったのであり、その決断をどうしてもしなければならなかったのです。
あなたが原因で自殺をしたのではありません。

亡くなった後に、来てくれたかもしれませんが、気付かないのが当たり前です。
何も気付かないことにショックを受けたと言うよりも、死んでも何も変わらないことにショックを受けたと思います。

あなたには、幸いにしてお子さんがいます。
今は、お子さんのことだけを考えて生きて下さい。
後ろは見ないで、前だけを見て生きて下さい。

ご主人を求めることは、間違いではありません。
でも、求められても戻ってこれないので、ご主人はつらくなってしまうかもしれません。
悔やんでしまったり、責めてしまったり、殺してしまったなどと思うと、余計つらくなります。
ご主人の心が安らかになることを願うのであれば、大好きなところ、良いところを思い出して、愛念を送るようにして下さい。
子供は責任を持って私が育てると、ご主人に想いを送って下さい。
そうすれば、ご主人の魂はきっと楽になると思います。

鵜飼恵子 さんのコメント...

イクミ様
返信ありがとうございます。
今日、主人がどんな亡くなりかたをしたか、細かなところまで聞きました。昨日は自殺と言う事だけだったので、取り乱し、自分を責める気持ちだけが、溢れでて、自分ではどうすることも出来ない状態に陥りました。
イクミ様から返事をもらい。更に主人の最後を聞き。
やっと、自分に戻れた気がします。
あの人が最後、苦しんだのか、何を思って、どう亡くなったのか、不透明で、誰にも教えてもらえなかった事で、私にはそれも自分の不安定さを脆くしていた原因でも、あったこと。誰かに、自分は悪くないんだと。言って欲しかったのかもしれません。
主人だけが悪いとは言いたくないし、悪いとも言えません。
でも、自分が、自分の大事な人に、大好きな人の命の引き金を引いてしまったことに、そう思う事に耐えれなくて、
あの人が何を想い亡くなったのか、それでも今となっては解りません。
それでも、苦しまずに亡くなったのなら、良かったと。
今は後悔や悔しさが、あの人にまとわりついているのなら、イクミ様の言われた通り、愛だけを送ろうと思います。やっと、苦しみから解放されたのに、また、苦しませたくないので、手を離したことの後悔は未だに消えません。だからこそ、今度は手を離すことなく、
あの人が楽になるように、いつでも側に居てもらえるように、あの人へ今の私ができる。
愛を贈ろうと伝えて行こうと決めました。
今の私にはあの人に夢でも何でも逢えるかは解りません。
それでも、自分の気持ちが落ち着いた時に、なんとなく、あの人を感じた気がしました。
側に居てくれるそんな気持ちになりました。
まだまだ落ちる時はきっとあると思います。
暗闇に迷い混む時もきっとあると思います。
それでも、前を向いて、自分の人生を、遺された者として、子供達をちゃんと育てて、寿命が尽きるまで、あの人を想い。生きていこうと思います。
昨日、今日でちょっと早いですかね。
でも、きっと今の私が、あの人が愛してくれた私だと、今は思うので、完全もあの人が生きていてくれた時のようには無理ですが、それでも、また立ち止まっても、あの人が少しでも楽になるのなら。
前を向いていようと思います。

また、イクミ様にご迷惑かけることがあるかもしれません。
でも、今はやっと一歩では、あるけれど、進めた感じが自分でも分かるので、また躓いた時にはこうしてコメントを送るかもしれませんが、その時は宜しくお願いします。

イクミ さんのコメント...

鵜飼恵子様

おはようございます。
少しご自分を取り戻されたようなので、良かったです。

夫婦が別れるのは、どちらか一方が悪いことはありません。
この世に生まれて来る人間ですから未熟であり、あなたにも悪いところがあったはずです。
今、さまざまな思いに苦しんでいますが、それが償いにもなっていると思います。

ご主人は、この世からいなくなりましたが、間違いなく生きています。
現実をお話します。
楽になろうと死んだのですが、心は死ぬ前の状態と何も変わりません。
そのことに、大変なショックを受けていると思います。
ご主人(魂)は自然の成り行きで、愛する人の元に行きます。
あなたの元に行き、後悔したり、責めている姿を見ると、自分のせいで苦しめていると強く感じ、さらに苦しくなくなってしまいます。
お前のせいじゃないと、いくら伝えようとしても、肉体を失っているので、それは叶いません。
深い絶望感を味わってしまいます。

ご主人が楽になってもらうためには愛念を送り、そして普通の生活を取り戻り、難しいかもしれませんが笑顔で暮らすことです。
その姿を見ることで、罪の意識が軽減されるからです。
あなたに、もう1つ知ってもらうことがあります。
向こうの世界からこの世を見ると、肉体ではなく魂(霊体)が視え、霊体から想いが光となって放たれているのが判ります。
作り笑いをして、楽しそうにしていても、真実の想いはどうなのかが、はっきり判ってしまいます。
見せけは通用しないのです。
今は、とても無理でしょうが、お子さんと心から笑い合えるご家庭を築いて下さい。
それがご主人を愛することになります。
そばにいてもらうことにつながります。

人生は死をもって終わるのではありません。
ご主人との関係は、今も続いています。
ご主人の肉体はもうありませんが、あなたの想いは届いています。
後悔するのではなく、何をすれば喜んでもらえるのかを考えましょう。

1番喜んでもらえることを、あなたはすでに判っています。
「それでも、前を向いて、自分の人生を、遺された者として、子供達をちゃんと育てて、寿命が尽きるまで、あの人を想い。生きていこうと思います。」
これしかないと思います。
この思いを忘れずに、今生を生き抜いて下さい。

つらいことも、これからあると思いますが、また遠慮なく連絡して下さい。

鵜飼恵子 さんのコメント...

ありがとうございます。
何度決断しても、後ろ向きになってしまうことが、多いと思います。でも、自分で決めた道を、険しくとも、寂しくても、切ない時も、歩いて行こうと思います。
泣きたい時は空を見て深呼吸をします。
気持ちが晴れない時は、太陽の光を浴びます。
あの人に会いたい時は、風を感じる様にしようと思います。
そうすればあの人は側に居てくれる気がします。

今の私の決断ですが、イクミ様には知っていて、ほしいと思います。

自分が一人ではないこと、自分の生き方を知ってくれる人がいることを忘れないようにするため。
あの人にも、今更かもしれませんが、家族が皆あの人の側に居ること。
もう、苦しまなくてもいいこと。伝わるように。
あの人が望んだ家族の形を作っていけるように。

まだ、あの人にはありがとうは言えませんが、
子供達にとっても自分にとってもこれが、人間としての、魂の成長な気がします。

イクミ さんのコメント...

鵜飼恵子様

今は後ろ向きになってしまっても仕方ありません。
前を向こうとして、無理をしないで下さい。
あるがままの自分でいて下さい。

今からでも遅くなんかありません。
ご主人の魂は皆さんの側にいるので、前のように家族として想いを伝えて下さい。
あなたのご主人を思いやる気持ちは伝わり、大きな救いになっていると思います。

あなたが言った通り、この苦しみや悲しみは、ご家族の魂を大きく成長させています。
乗り越えられない苦難は絶対に存在しません。
ご家族の心を1つにして、人生最大の荒波を乗り越えて下さい。

匿名 さんのコメント...

イクミ様へ。

はじめまして。夜分にすみません。

イクミ様のブログを読み、気持ちが少し落ち着きました。優しい言葉をありがとうございます。

実は、1ヶ月前に二人暮らしだった最愛の母を交通事故で亡くしました。

実は12年前に実父も交通事故で亡くしています…

母は71才、私は31才です。
事故の日も一緒に買い物したり食事をしたり、本当に普段通りの1日でした。

しかし、私がその日の夜、母が買い物で別のスーパーへ行きたがっていたにも関わらず、長時間待つ事が面倒だという理由で自宅前のスーパーに無理矢理送り、私一人自宅に帰っていました。
その帰りの事故でした…
私のせいで、母は最悪な事故という形で死んでしまいました。

母はこの歳でも毎日、働いておりました。
私が甲斐性が無いためです。

私がワガママなため、母には苦労ばかりかけてしまい、1度も親孝行できませんでした。

いつも文句ばかり言って、母は何も悪くないのに、甘えてました。

唯一、8月に婚約者と家を購入したので、リフォームが終わって落ち着けば母も一緒に暮らそうと約束しており、事故さえ無ければ、今頃は母と婚約者の親御さんと食事会をする予定でした。 

私の婚約者は芯の強い誠実な人間で、母の事も気に入っており、3人で楽しく暮らそうと言ってくれていて母もそれについては喜んでいたと思います。

しかし、彼の親にはまだ会わせておらず、向こうの父も、私の母も早く会いたいと言っていたのに、私が悠長に構えていました。

家の話が出来ていた事は唯一の救いですが、やはり、あの日の私を恨みます。
何故、別のスーパーに送らなかったのか。

悔しくて、辛くて、母に申し訳ない気持ちで一杯です。

どうしても母にあの日の事、それから今まで私が母に対して吐いた暴言など、心から謝罪したいのです。

母は何より娘の私を大切に想っていつも私が交通事故を起こさないよう、遭わないよう、神棚や仏壇に御祈りしてくれていました。

私も母ほど熱心ではありませんが毎日、母が怪我をしないよう、病気にならないよう、新しい家で幸せな生活を送れる様にと御祈りしておりましたが…

それ以上に私の普段の母への悪態が神様や御先祖様を怒らせてしまったのでしょうか。

かなり酷い態度でしたから。

まさか、あんなに優しく素晴らしい母があんな形で最期を迎える事になるなんて、本当に辛くて怖くて、毎日胸が苦しいです。

母とはまだまだずっと一緒に居られると思っていたので、毎日ワガママ放題でした。

母の死後、たちまち新居に住めないので、今はまだ母と暮らしていたアパートに一人で住んでいます。

何かしてないと気が狂いそうで、仕事にはすぐに復帰して周りには笑顔で元気にしていますが、やはり一人で家にいる時やふとした日常、母の事故現場を毎日通る度、考えてしまい苦しくなります。

私は本当に親不孝な子供でした。罰が当たったのでしょうか。

母があの日、苦しかっただろうな、痛かっただろうな、と思うと身体が八つ裂きにされる気持ちなのです。このまま、気が狂ってしまうのではないかと震えます。
それでも、母が悲しむと思い頑張っていますが、やはり辛いのです。

イクミ様、霊視の力が私にも欲しいです。

今、母は自分が亡くなってしまった事にちゃんと気付いているのでしょうか?
突然命を奪われパニックになって苦しんでいないでしょうか?

私は母の成仏と魂の安らぎ、平穏を心から願っています。

母に今までの事を心から謝りたいのです。

それから、私は母の事が大好きでこの世に生んでくれた事、いつも大切にしてくれた事にお礼が伝えたいのです。
生きてる内に全然伝えられなかったので。

もっともっと、一緒に居たかった。
親孝行したかった。もう、頑張って働かなくて良いと言ってあげれば良かった。

これから、親孝行が少しずつ、できると思っていた矢先だっただけに本当にショックです。

長々と申し訳ありませんが、今の謝罪と感謝の気持ちを母に伝える方法を教えていただきたいです。

どうか、よろしくお願い致します。

イクミ さんのコメント...

匿名様

初めまして、イクミです。
仕事で返信が遅くなり、申し訳ありません。
このブログを読んで、少し気持ちが落ち着いたのであれば良かったです。

1ヶ月前に、最愛のお母様を事故で亡くされたのですね。
あまりにも突然で、あなたの心中を察すると、何て言葉をかけて良いのか判りません。

お母様ですが、突然の事故で肉体から離れることになり、しばらくは自分に起きたことを理解できなかったと思います。
しかし、あなたの様子や周囲の状況から、そして先に逝ったお父様と再会をして、今は自分が亡くなったことが判ってると思います。
あなたはお母様に甘えっぱなしで、親孝行が出来なかったと悔やんでいるのですね。
どこの親子でも普通に見られることのように思えますが、言い過ぎたこと、ワガママだったことに対して、罪の意識となり、その苦しみが償いとなっていると考えられます。
いつまでも気にしているあなたを見て、逆にお母様は心を痛めてしまっているように思います。
怪我をしないよう、病気にならないよう、新しい家で幸せな生活を送れる様に、お祈りしていたのですね。
お母様は、そんな大切にしてくれる想いがあるのを十分に判っています。
新居で一緒に暮らそうと誘ってもらったのは、お母様にとって何よりうれしいことです。
その気持ちは立派な親孝行です。

今、お母様がいるのは、肉体がなくなった、思念(想い)の世界です。
お母様は、あなたの肉体は良く視えませんが、想い(思念)は光となり視えています。
今までしてきたことを、心から謝罪したいのですね。
あえて伝えようとしなくても、お母様にその想いは判っています。
何でそんなことをいつまでも気にしているの?と思っているかもしれません。
親子だから気にしなくて良いのよ、と伝えたいのかもしれません。
これから親孝行が少しずつ出来ると思っていたので、本当にショックだったのですね。
一緒に住もうと誘ってくれたのに出来なくて悪かったね、とあなたに謝りたいのかもしれません。

この世に生んでくれた事、いつも大切にしてくれた事にお礼が伝えたいのですのですね。
その想いも、当然伝わっています。

あなたが親孝行したいと望むのなら、予定通りに新居に引っ越して下さい。
そこに見えなくなりましたが、お母様も一緒に連れて行って下さい。
3人で暮らすのです。
そこで、ご主人になる人と温かい家庭を築き、安心させてやって下さい。
孫を見せてやるのも、大変喜ぶでしょう。
今は悲しみが尽きないでしょうが、あなたが幸せに暮らしている様子を見せるが1番の親孝行です。

今生でどうしても出来なかったことは、この世を去ってお母様と再会した時にしてあげて下さい。
遅すぎたと言うことはありません。

匿名 さんのコメント...

イクミ様、

早速の返信ありがとうございます。
とても心暖まる内容に、思わず涙しておりました。

今朝は母の五七日の法要でした。

早い様な、長い様な不思議な感覚ですが、やはり朝目覚めると、全く母の気配が無い事に一気に現実に戻され心が苦しくなります。

しかし、イクミ様の返信を拝見し、母が私の想いを理解してくれているのならば、姿は見えず声も聞こえず寂しいけれど、何とか前に進めそうです。

引っ越しの際は位牌になってしまいましたが、母も一緒に連れて行きます。

普段は元気に見せておりましたが、色々やらなければならない事もあり、現実を避けられず、とても疲れておりましたが、こちらでイクミ様に聞いてもらえた事で幾分気持ちが楽になりました。

本当にありがとうございます!

一つ、またお聞きしたいのですが、亡くなった母はいずれ、新たな世界で転生するのでしょうか。

すると、私がいつかあの世へ行った時には母に再会する事は出来ない様に思うのですが、その辺りはどう解釈したらよいのでしょうか。

母は、これからあちらの世界で、どの様な生活を送るのでしょうか。
事故で突然亡くなっても、既に亡くなった祖母や祖父等と再会でき、幸せに生活できるのでしょうか。

イクミ さんのコメント...

匿名様

朝、目覚めるとお母様がいない現実に襲われて、苦しくなってしまうのですね。
とてもつらいですね。
繰り返しますが、お母様の本質は魂であり、変わりなく生きていて、あなたの想いは全部判っています。
目に見えなくなりましたが、今もこれからも一緒です。
これは慰めではなく、現実として言っています。

ご質問の件ですが、お母様は新たな世界で転生するのか?
転生という意味が、地上への再生ということであれば、少なくてもあなたがあの世に行く時まではないと考えられます。
必ずまた会えると言うことです。
しばらくの間は、地上に近い世界(幽界)に留まり、その後、霊界に赴くと思います。
霊界では、お母様と同じ様な魂(類魂)と共に生活しますが、皆、想っていることが似ているので、地上のような煩わしい人間関係は全くありません。
お母様の良いところが発揮できる、奉仕の生活を営むことになると思います。
それでも、愛念を送れば、すぐあなたの元に駆けつけてくれるでしょう。
亡くなったすぐ後に、待っていたおばあ様やおじい様と再会されたはずです。
悲しみの最中にいるあなたに言い難いのですが、再会の喜びを味わったはずです

匿名 さんのコメント...

イクミ様

夜分に失礼いたします。お返事ありがとうございました。

私事ですが、昨日は警察署で事故の調書を作成して来ました。
母の当時の状況を詳しく知り、着衣等も返してもらい、これはとても辛い時間でしたが、亡き母の代わりにしっかり当時の状況を把握出来た事で、僅かですが、一歩前に進もうと前向きに捉える事にしました。

それから、ゆっくり、何度もイクミ様のブログや、私への返信メッセージを読み直し、自分を落ち着かせておりました。

イクミ様のメッセージを読みながら事故等で急に亡くなった魂も肉眼では見えないけれど、自分の状況をきちんと把握しており、死を受け入れられており、もう苦しくないのだと安心しています。

母も事故の瞬間は辛かったと思いますが、今は亡くなった父や祖父母、友人と感動的な再会をしているのですね。
生前より、老人ホームで食事を作りながら、お年寄りのお世話もし、本人も脚が悪いにも関わらず、毎日毎日頑張って働いておりました。

生前は苦労ばかりの母でしたが、どんなに苦しくても弱音を一切吐きませんでした。

動物が大好きで、犬や猫、鳥や小さなトカゲにも愛を持って接する人でしたので、きっと、あの世で素晴らしい生活をしている気がします。

母の自慢ばかりでごめんなさい。
でも、本当に自慢の母でした。生前全く感謝の言葉が伝えられなかったので、今は仏前で毎日伝えています。
きっと、届いてくれると信じています。

度々で申し訳ありませんが、イクミ様にどうしても、お聞きしたい事がございます。

実は、私は小さな頃に二度、不思議な体験をしましたので霊的なものを信じています。

しかし、大人になってからは一切そういった経験をしておりません。

ただ、私の霊的な不思議体験は故人の魂と会話をしたり、姿を見たりといったものではありません。

もし、霊視ができたなら、亡き母とも会話が出来、きっと今ほど辛くないんだろうと思います。

霊視が出来るという人に、頼もうと何度も考えては辞め、考えては辞め、を繰り返してきました。

それは、怖いという気持ちがあるからです。

人に亡き母の霊視をして欲しいと望んだりするのは、やはり、避けるべきでしょうか。

イクミ様も、そういった力があると聞き、本当はお願いしたいな、と考えているのも事実です。

どんは意見でも構いませんので、イクミ様のご意見をお聞かせください。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんにちは。
お母様の事故の調書を書いてきたのですね。
その時のお母様の状況と向かい合わなければならず、おつらかったでしょう。
それでも、亡くなる時は、この世の人が心配しているような、苦痛はないと言われています。
自分に起きたことは、客観的に判っていたと思います。
この世を急に離れて驚くと共に、あなたを悲しませてしまったことに心を痛めたと思いますが、再会の喜びと、あなたの感謝の念が届いているので、それに救われていると思います。

お母様のお話をお伺いすると、優しい人で、ご苦労もされて、この世での魂の成長を十分に果たされて、向こうに行かれたと思います。
あなたのことは気にかけているでしょうが、思い残すことはないと思います。

霊視などをしてもらうのを考えていたのですね。
霊的能力のある人から、今の様子やメッセージを聞かされれば、悲しみや苦しみが癒されますが、その目的は霊(魂)の存在を信じるため、魂に目覚めるためにあります。
もし、あなたが小さな時の不思議な体験により、既に霊(魂)の存在を信じているのであれば、その必要はないようにも思えます。

匿名 さんのコメント...

イクミ様

回答、ありがとうございます。

母が自らの死を理解し、今は安らかな心で居ると信じて日々過ごしています。

まだまだ、悲しみは消えませんが、イクミ様のブログや、様々な本に気持ちを支えられながら生活しています。

先に書いた通り、私の父も12年前に交通事故で他界しており、今回母も交通事故でしたので、ずっと気になっている点があり、イクミ様にお聞きしたいのですが、

これは、とても申し上げ難い内容ですが、書かせてください。

実は、母と父が知り合った時、父には既に家庭があり、母は父と愛人関係でした。

私が生まれる前から約20年ずっとそういう関係だったようです。

そのせいで父の本妻の方もかなり心労なさったと聞いております。

私が誕生し母は父と別れましたが行き来は父が亡くなるまで続きました。

本妻の方は病で早くに亡くなったと聞いております。

私にとっては父も母もかけがえのない素晴らしい存在でしたが、やはり最期が二人とも交通事故というと、これは何かの因果の様なものを感じてしまうのですが、私の気にしすぎなのでしょうか。

イクミ さんのコメント...

匿名様

お母様は、あなたがお父様と一緒に暮せなかったことを、ずっとすまなく思っていたような気がしました。
お父様の分まで、愛情を注ごうとしていたのかもしれません。

お父様もお母様も交通事故で亡くなったのは、何かの因果があるのかと言うことですが、私にも判りません。
寿命が来たら、あの世に行かなければいけませんが、移行する手段の多くは病気です。
交通事故で亡くなる人は病気に比べて、ずっと少ないと思います。
私があなたの立場でしたら、この一致を神様の計らいとして捉え、次のように解釈します。
「お父さんのことが忘れられなかった。
お父さんは優しい人で別れられなかったけど、ずっと愛し合っていた。
やっと一緒になれたから、あなたも喜んで!」

匿名 さんのコメント...

イクミ様

確かに、交通事故で亡くなる人は病気で亡くなる人より、はるかに少ないですね。

それが、父も母も、となると、やはり何かの因果を感じました。

しかし、死というものが決して不幸な事では無いとお聞きし、少しずつ前向きになってきました。

考えてみれば、母の70年の人生は波乱万丈でしたが、50年前父と出会い、20年一緒に過ごし、それから私が生まれ、以降は私と30年間ずっと一緒に暮らし、苦労しましたが、あまり寂しくなかったかもしれません。

そう言えば最近母はよく「お母さんは死ぬ事は全く怖くないけど、あんたが一番気掛かり。あんたさえ一人前になれば私は思い残す事は無い」と言っていました。

ここ一年は私にマフラーを編んだり普段しない事をしてました。

今まで母にベッタリだったので、これからは不安だらけですが、母が心配しない様に、私なりに頑張って生きて行こうと決めました。

イクミ様のメッセージやブログのお陰で少しずつ、前に進めそうです。

婚約者は泣き言やいつまでもメソメソする人間が大嫌いなので、あまり話せず、イクミ様に相談できて嬉しかったです!

本当に色々聞いてくださり、ありがとうございました。

イクミ様が以前書いていた亡き人のメッセージを受け取る心の持ち方も、難しいですが(やはり途中で悲しみが込み上げてなかなか心が落ち着かず)試したりしています。
いつか、母のメッセージが受け取れた時が立ち直れる日なのかな、と思いながら…

とにかく、頑張って生きていきます。

また、どうしようもなく辛い時などは、質問させて頂くかもしれません。

その時はどうぞよろしくお願いいたします。