2014年10月13日月曜日

愛する人を亡くした人へ




もう、どれ位の涙を流したのでしょうか。

いくら涙を流しても、悲しみから解放されるはずもなく、現実は少しも変わることはありません。

ありふれた笑顔、何気ない会話、いつもの仕草、どれ1つとして忘れられるものではないと思います。

愛する人の存在の大きさに、圧倒されるばかりで、代わるものは、この世のどこにもないのかもしれません。



この世に生きている限り、別れは付き物です。

はっきりしていることは、愛する人が自分より早く死んだということです。

「何で自分より早く死んだんだ」と、思うかもしれませんが、あなたが代わりに早く死んだのであれば、愛する人がこの世で、今のあなたと同じように、悲しんでいたでしょう。

何かの理由があって、あなたがその役を引き受けたのです。



底がないと思われるほどの深い悲しみであれば、それだけ愛する想いも深かったということです。

この世で、それほどまでに、愛するものに出会えたのは、とても幸せなことなのですが、そんなのは慰めにもならないでしょう。

本当に大切なもの、かけがえのないものは、ありふれた存在となってしまうために、悲しいことに失って初めて気付くことが多いと思われます。



愛する人は、すでにこの世にいませんが、次の世界で間違いなく、生きています。

それは、また逢うことが出来るということを、意味します。



肉体を失っても、魂として生き続けています。

これは宗教でも何でも無く、自然現象です。

発想の転換が必要です。

生命の本質、本当の自分は、肉体ではなく魂です。

今の深い悲しみも、魂から生み出されます。

悲しみの想いも、目に見えないように、魂も目に見えるものではありません。

悲しみが確かに存在するように、魂も確かに存在しています。

たとえ、魂が存在したとしても、愛する人の肉体はすでに骨になり、この目で愛する人の姿を見たり、声を耳で聞いたり、手で触れられるわけではありません。

それは、悲しい現実です。

しかし、愛する者同士の魂と魂はつながっているため、双方の想いは伝えられるはずです。

厄介なのは、この世の人には肉体があるために、愛する人の想いが伝わりにくくなってしまっていることです。

この世に残してきた愛する人へ、想いを伝えようと、必死で頑張っているのに、どうしてもうまく伝えることができない、そのもどかしさは、想像を絶するものと思います。

海の中にいる人に、海上の人がいくら大声で叫んでみても、水に阻まれて伝わらないのと、似ているのかもしれません。

ただ、海の中にいる、この世の私達が、海上に出られる時があります。

眠っている時です。

眠っている時に、本当の自分である魂は、からだから離れて、愛する人と同じ世界に行っています。

いわゆる、体外離脱と言われる現象です。

眠っている時に、愛する人と、実際に逢っています。

夢に出てきたという話は、良く耳にしますが、そのほとんどが、愛する人がいる世界で、実際に逢っていると思われます。

お互いの想いを伝え合っているはずです。

そのことを、もっとはっきりと覚えていれば、違う世界で生きていると確証が持てるのにと、考えてしまいます。

愛する人がいる世界は、想いの世界であり、言葉は必要としない世界です。

あなたに伝えたのは、言葉ではなく、あなたへの想いです。

従って、朝起きた時に、言葉を思い出そうとしても無理かもしれません。

この世を生きている人は、頭で考えてしまっていることが多いので、魂に伝わった愛する人の想いを、言葉で思い出そうとするために、無理が生じているのだと思います。

けれども、交わし合った想いは、微かかもしれませんが、残っているはずです。



眠っている間に逢って、想いを確認し合っているはずですが、朝になって目が醒めると、愛する人の姿は目に映らなくなります。

姿が見えないという現実が襲い、すぐに悲しみに包まれてしまいます。

愛する人は、その様子を見ていて、「今まで逢っていたのに、なぜすぐ忘れてしまうの」と、あきれているかもしれません。



愛する人と夢で逢ったのは、紛れも無い事実であり、逢いたいと思う願望が作り出す、幻影ではありません。

愛する人は生きていて、次の世界に移り、元気にしているのです。

そのことを、あなたにどうしても、どうしても伝えたいのです。

なぜなら、悲しんで、涙を流している姿を見るのが、あなたを愛しているので、とてもつらいのです。

生きているという真実を、しっかりと伝えたいのです。



もし仮に、あなたがちゃんと生きているのにもかかわらず、いなくなってしまったと勘違いをして、愛する人達がとても悲しんでいるとしたら、どう思うでしょう。

きっと 「元気でいるから、心配しないで」と、伝えたくなるのではないでしょうか。

向こうに行った愛する人も、それと全く同じ想いです。

元気に暮らしています。

そして、見守っています。

迷った時、悩んだ時、困った時には、向こうから想いを伝えて、導いてくれるはずです。

心を穏やかにして、つながっているという確信を持っていれば、愛する人の想いは、魂に伝わってくると思います。



愛する人が生きていることは、時が来ればはっきりするのですが、なるべく早いうちに、その事実を知っておいた方が、お互いに安心し、悲しみも少なくて済みます。

この世からいなくなってしまったこと、次の世界で生きていることは、ともに現実です。

愛する人のために、どうぞ現実を受け入れて下さい。



もう1つ、はっきりしていることは、あなたもいつか死ぬということです。

その時には、今か今かと待っていた愛する人が、両手を広げて、満面の笑顔で迎えてくれるでしょう。

今の悲しみからは、信じられないほどの喜びに満たされるでしょう。

その歓喜の時が来るまで、衝動を抑えて、生き抜いて下さい。



神は愛です。

神が愛ならば、なぜ、最愛の人と、死によって離れ離れにさせて、ここまで悲しみを与えるのかと思ってしまいます。

もし、愛する人が今も生きているとしたら、ここまで愛していたこと、愛されていたことに、気付いたでしょうか?

愛すること、愛されること以上に、大切なことは、この世にあるのでしょうか?

深い悲しみには、魂を目覚めさせ、愛より大切なものはないことに気付かせるという、深甚な意味があります。

それが、神の摂理であり、神の心だと考えられます。



最も大切なのは愛だと気付き、この先の人生で表現していけたなら、愛する人の死はとても大きな意味を持ちます。

それは、愛する人が最も喜ぶことでもあると思います。





参考ページ: 「亡くなった愛する人とつながる」




18 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつも読ませてもらっています。

私の想いは確かなものですが、亡くなった愛する人の想いに自信がない時は、どうしたら良いですか…。
いつも見守っていてね
いつかまた会おうね
ずっと想ってるよ
そんな風に思っても、ひとりよがりなんじゃないかと思うとき
どうしようもなく虚しくなります。
想われてた
そう自信がもてる程、過ごした時間も長くなく、私の立場もその要因の一つですが
相手がどう思っていようとも私は
思い続けても良いのでしょうか。

イクミ さんのコメント...

匿名さんへ

拙いブログを読んでいただいてありがとうございます。
愛する人が亡くなられて、悲しい想いをずっとされているのですね。
生命は魂であり、次の世界に移り、元気にしているは間違いありません。
残念ながら、その姿は目には見えませんので、おとぎ話、夢物語のように思っている人が多いのですが、事実です。
あなたは、その方が存在していることを理解されているようなので、本当に良かったと思います。
質問に対する私の考えです。
自分が先に亡くなった時のことを考えてみたらどうでしょうか。
その方が、この世から愛する想いを送り続けてくれたとしたら、あなたはとてもうれしいはずです。
この世には、その方に親愛の想いを向けている人は、他にもいると思いますが、たくさんの愛をもらって、嫌がる人はいません。
その1つ1つの想いが、とてもうれしいと感じ、向こうの世界で生きて行く力になっていると思います。
過ごした時間や、立場を気にされている様ですが、そんなことを超越した、想いだけが真実の世界です。
この世で1番愛していた、そして愛してくれた人は誰なのか、はっきりと分かる世界です。
こちらの想いは、光となって、届いています。
その方が、あなたのことをどれ位想っているのかは分かりませんが、ひとりよがりではないと思います。
なぜなら、この世から去ってもなお、あなたが想い続け、今も愛されているのは、その方が、あなたのことを、深く愛されていたことの証だと思うからです。
あなたの想いと同じくらい、その方は今もあなたのことを愛されていると、私は思います。
愛する想いは、頭脳からではなく、魂から生みだされるものなので、死んで肉体はなくなっても、あなたへの想いは続いています。
無用な心配や、勘違いをして欲しくないと、強く思っているのではないでしょうか。
あなたの想いは、愛する人にとって、大きな喜びとなっていると思います。
自信を持って下さい。

匿名 さんのコメント...

ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
少ない言葉だったのにも関わらず、全てを理解して頂いたように思います。
救われました。
押し殺していたものが溢れ出して止まりませんでした。
頂いた言葉を大切にこれから生きて行きます。

イクミ さんのコメント...

少しはお役に立てたのなら、私も本当にうれしいです。
愛する人は、あなたの想いが続いている限り、いつも寄り添って、見守っていてくれるでしょう。愛は次元を超えて、魂を結びつける力であることを、心に留めておいて下さい。
向こうに行った時に、愛する人に褒められ、抱きしめてもらえるように、あなたらしく生き抜いて下さい。

匿名 さんのコメント...

とても安心しました
主人を亡くして10年も過ぎたのに悲しくて辛くて死にたいとばかり思っていました。
そばに居てくれる 実感できました‼
ありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

ご主人を亡くされて、10年経つのですね。
人には言えぬ、つらい日々を過ごされてきたと、お察しします。

目には見えませんが、ご主人はあなたの側で見守っています。
姿は見えなくなっても、魂として、生きています。
魂は、荼毘に付されて、無くなりません。
魂から生じている愛も、全く失われていません。
そのことが、はっきりと判るのは自分が死んだ時なのですが、今、実感できて本当に良かったと思います。
少し先になるかもしれませんが、また逢えるので安心して下さい。

あなた以上に喜んでいるのは、ご主人ではないでしょうか。
「今頃気付いたのかよ、遅すぎるよ。でも本当に良かった!」と、苦笑しているような気がします。

あさよ さんのコメント...

亡き主人を魂を感じて生きられるように
イクミ様のお話でなりましたが
時々とても寂しい思い悲しい思いになります。
私のわがままでしょうか?

主人に話しかけたりしていますが
また きっと逢えますね‼
そう 信じていきます。

イクミ さんのコメント...

あさよ様

はじめまして、イクミです。
私の拙いブログを読んでいただき、ありがとうございます。

きっと逢えますねと心配されていますが、あなたがこの世に別れをする時に、ご主人のことを愛していれば、もちろん逢えます。
正確に言わせてもらえば、毎日のように逢っているのですが、あなたの肉眼に姿は映らないので、認知されていないだけです。
眠っている時にも、同じ次元で逢っているのですが、あなたが覚えていないだけです。
ご主人はあなたの魂が視えるので寂しくないのですが、あなたはご主人の姿が見えないので寂しくなってしまいます。
魂と魂は、離れ離れになっていないのです。

ご主人がどうしているのか知りたいのでしょうか?
そうであれば、あなたがご主人を残して死んでしまった時のことを想像して下さい。
あなたの肉体は無くなり、心だけになったと思って下さい。
ご主人があなたのことを思い浮かべながら、悲しみの涙を流しています。
その姿を見たら、あなたはどのような想いになり、行動をするでしょうか。
ご主人の傍に寄り添い、「ここに私はいるでしょう。そのことに早く気付いて」と、想いを投げかけ続けるでしょう。

今のご主人の想いも全く同じであり、「おれはいつでもここにいるぞ。何で気付かないんだ。そろそろ判ってもいい頃だぞ」と、もしかしたらちょっと怒っているかもしれません。
あなたが悲しむ姿を見て、どれだけ肩を抱いて、慰めてやりたいことでしょうか。
愛は死を超越しています。
あなたはご主人に今も愛されています。

語りかけは、ご主人の魂に間違いなく届いて、ご主人は想いを返して来ているはずですが、その想いを受け取るのは、耳ではありません。
あなたの魂が受け取るのですが、頭であれこれ考えたり、感情に支配されていると、感度が極端に悪くなってしまいます。
穏やかな心になり、頭を空っぽにして、降って来る想いを、どうにかして受け取って欲しいです。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。こんばんは。

いつもありがとうございます。
今日はイクミさまにお聞きしてみたいことがあって
こちらのページからコメントを投稿させていただいています。

ずっと前から考えていた事なのですが…
死別のグリーフケアに係わる活動の中に、霊的真理をどのように関連付けられるか、
どのような形なら、霊的真理を受け入れやすいだろうか、と考えています。

私は、二つのグリーフケアの活動団体の集まりに参加しています。
参加していると、死後の世界についてを具体的に語るのは難しいものなのだな…と感じています。
(寺社や教会等が催されているものには参加したことがないのでわからないのですが)

そういう集まりで、同じ悲しみを抱いている方々と安心して話せる事には意味があると感じています。
でも、それぞれの思いに共感しあったり、ワークを通じて自己分析をしたり
「悲しみの中にいるのは私だけではない」とは思えても、悲しみが無くなるわけではありません。

私は、自分の愛するひとは死んでいない、違う世界で生きている、と確信できて初めて
悲しみ、喪失感が癒されました。
なので、霊的真理は、最愛のひとを亡くしたひとには一番知ってほしい真理だと思います。
イクミさまのブログの記事、イクミさまからのお返事は、究極のグリーフケアだと思います。
読まれている方は皆さんそう思われていて、とても感謝されていると思います。
でも、なかなか巡り合えない方、そういう環境を持たない方も多くいらっしゃいます。

私は、参加している会で、夫からのメッセージを感じ取れた事、不思議な出来事のいくつかを話しています。
皆さん、少し驚かれますが、信じてくださいます。
近い事を経験した方もいらっしゃいますし、自分も感じ取りたいと思う方が多いからだと思います。
でも霊的真理の話まではなかなかいたれません。いろんな考え方の方々がいらっしゃいます。

私は、自分の経験から、同じように救われる方がたくさんいるだろうと思っていますので、
会に参加されている方には、霊的真理について少しでもお伝えしたいな、どのように話すと良いのかな、と
いつも考えるんです。
最愛の方を亡くして、悲しみ、苦しんでいる方は受け入れる準備ができているとも思うからです。

すみません。長々と書いてしまいましたが、イクミさまのご意見をお聞きしたかったのは冒頭に書いた
死別のグリーフケアに係わる活動の中に、霊的真理をどのように関連付けられるか、
どのような形なら、霊的真理を受け入れやすいのか、という事です。

いつも皆さんや私のコメントに、愛を持って丁寧にお答えくださって、
お仕事もお忙しいのにと、いつも感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちでおります。
そんな中、またこんな事を聞いてしまいすみません。
このコメントへのお返事は、お時間の許す時で構いません。よろしくお願いいたします。

イクミ さんのコメント...

NOB様

おはようございます。
グリーフケアに参加されていると、以前お聞きしました。
同じ想いを共有できる、安心して話せる場があることは、とても意義深いことだと思っています。
私も少し興味があり、どの様な活動をしているのか調べてみましたが、霊的なことには触れていないようでした。
参加者それぞれの宗教観があり、それを尊重しようとしているのかもしれません。
しかし、死とはあの世に移行するための自然現象であり、死んでも生きているというのは、紛れもない事実です。
そのことを確信出来たら、どれほど悲しみや苦しみが癒やされるか判りません。
ただ、天国で生きているよ、他人から言われても何の説得力もありません。
NOB様の様に、同じ体験をした人から言われたら、素直に信じる人もいます。
しかし、どんなに悲しくても、魂の存在を信じられない人もいます。
百人いれば、百通りの受け止め方があると思います。

霊的真理(シルバーバーチの霊訓)には、死後の世界の存在だけでなく、生命について、この世を生きる意味、苦難の意味などが書かれています。
何故、別れなければならなかったのか、霊的真理の中に答えを見出す人もいます。

真理を受け入れる時期が来ている人、残念ながらまだの人もいますが、外から判別は出来ません。
どんなに価値のある真理で、丁寧に説明をしても、時期が来ていなければ、受け入ることは出来ません。
言葉がきついのですが、豚に真珠なのです。
時期が来ている人は、全てを得心し、救われることになります。

しかし、たとえ時期が来ていなくても、真理のありかを教えるのは大切なことです。
時期が来た時に、直ぐ辿り着くことが出来るからです。
(真理の)種を蒔いておけば、いつかは芽を出します。

あなたが集まりの中で、霊的真理について語った時に、興味を示す人がいると思います。
そんな人に、彼との今の状況を取り入れながら、さらに話を進めて行けば、新しい世界の扉を開いてやることができるかもしれません。
悲しみが癒やされ、後悔が取り払われて、新しい人生が始まるかもしれません。

シルバーバーチも言っていましたが、押し付けるのではなく、そっと側に置いてやるような感じで良いのではないでしょうか。
時期が来た人は、ありかを教えて欲しいと、向こうからやって来ます。

霊的真理は、究極のグリーフケアになると、私も信じています。
彼との別れ、真理の受け入れ、特別な関係、人のために役立つようにつながっていると、強く感じています。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。

お返事ありがとうございました。

お返事をお読みして、私が思っていた事と近い内容でしたので、やはりそうだな…と思いました。
ありがとうございました。
自分もシルバーバーチの霊訓をまだ全巻読み終えてもいないのに、私は少し前のめりに考えてしまっていたように思います。自分が救われたと思えたものだから、他の方にも早く、と思ってしまいました。
イクミさまのお考えをお聞きすることで、落ち着きます。

イクミさまがおっしゃるように、心理を受けいれる時期が来ている人か、そうでないか外見からはわかりませんね。そっと側において差し上げるような感じが良いですね。
確かに時期が来た人は、向こうからやってくるのだと思います。
今は種を撒いておく形を考えようと思います。

私の郷里は東日本大震災の被災地なので、家族が未だに行方不明で、ご遺体とも対面できず、
悲しみ、懺悔の気持ちから抜け出せずにいる遺族の方々がいらっしゃいます。
そういう方はグリーフケアの会にも参加されないようです。理由はなんとなくわかります。
そして、もうご遺体が見つかる可能性はとても低くても探し続けています。無理もないと思います。

夫が病気になる前に、私はよく彼にこの事について話していました。彼は黙って聞いていましたが。
なんとかその心を救ってあげられないのだろうか。宗教は何か役に立っているのだろうか。
行方不明の方は、家族に自分の遺体をずっと探し続けてほしいと思うだろうか。
その頃私は、ご遺体が見つからなくても、亡くなった方は、家族を恨んだりしていない
その事で自分を責めないでほしい…と思っているだろうな、と思いました。
その頃はそう思うしか救われない…と思っていました。今は、そうだ。と信じています。
でもこちらでは、そういう考え方を交換し合ったり、お伝えしたりするのは躊躇する空気があります…。

次のグリーフケアの会の時には、私なりにまた少し種を撒こうと思います。

話は変わるのですが、昨日から今まで、彼の想いが感じ取れずにいます。
私はいつもと同じように想いを送っているのですが…。
想いだけではなく、そばにいてくれてるって思う時の、あのホワッとした感じも感じられないです。
私は昨日からとても現世的な、慣れない作業をしていてとてもストレスを感じています。
そのせいだと思っています。

でも、そのうち返事が伝わってくるだろうと、結構自信があるので、安心しています。
感じ取れないと、自分がどういう状況なら感じ取れるのか逆に良くわかります。
落ち着く場所で雑音を避け、心を穏やかに保つこと、心を空っぽにして澄ませることは
難しいものなのだと感じています。

でも彼を信じているので大丈夫です。また投稿させていただきます。ありがとうございました

イクミ さんのコメント...

おはようございます。

あなたの気持ちは良く判ります。
霊的真理を知ると、自分の中で大きな変化が起こります。
悦びも湧き上がります。
それを、多くの人にも伝えてやりたいと思う、強い衝動が起きます。
最愛の人を亡くし、2年の間暗闇の中にいたあなたは、真理の光の眩しさは相当なものでしょう。
グリーフケアで集まる人にも、自分と同じように光を見つけて欲しいと思うのは、当然かもしれません。
また、被災地に住むあなたは、まだご遺体が見つかっていない遺族に、魂は家に帰ってきて、共にいることを、伝えてやりたいと思います。
以前ですが、交通事故で長男を亡くした知人に、生きていることを伝えましたが、となりにいた奥さんが泣き出してしまい、もう帰ってくれと言われてしまいました。
また、ご主人を突然死で亡くして1年経つ、私の仕事上の患者さんに、シルバーバーチの本をお渡ししましたが、後日電話があり、真理を受け入れたことを告げられ、感謝されました。
どの様に、受け止めるのか、伝えてみなければ判りません。
難しいところがありますが、真実は真実なので、機会があればお伝えしようと思っています。

一昨日から、彼の想いを感じ取れずにいるのですね。
慣れない作業をして、心が少し乱れて、同調しにくくなっているのではないでしょうか。
もしかしたらですが、ほとんどの人は、昔のあなたと同じ様にコミュニケーションが出来ずに、孤独で寂しく、不安な思いをしているのを忘れずにいることを、霊界はあなたに望んでいるのかもしれません。

NOB さんのコメント...

イクミさま NOBです。

お返事ありがとうございます。

真理を受け入れられる準備ができているのか、受け入れられる時期なのか、という事は
ほんとうに一概にはわからないのですね…。
イクミさまの過去のブログを読んでいる時から、そう思ってはいました。
私も夫を亡くした直後、きっとしばらくの間は、受け入れられなかったと思います。
悲しみが大きすぎて…どのような慰めも受け入れられなかったと思います。
うまく言えないのですが、私は悲しみつくしかったんだな、と思い出しています。

前のお返事にあったように、少し何かの光が差した時に、思い出してもらえるように
真理のありかを伝える事、種を撒く事、が今の私が出来る事だと思います。少しずつやってみます。

今日もあわただしく過ごしていて、彼の想いは感じ取れていません。
イクミさまがおっしゃるように、つながれない寂しさ、不安を忘れないように…と言われているのかも知れません。でも、なぜか大丈夫と思えています。
彼も、私の守護霊さまも、毎日話せなくても、もう私も大丈夫だろうと思いはじめたのかもしれませんね。
彼が生き続けていて、私を見守っていてくれているという感覚はもう揺るぎません。
私がするべき事への導きは続いていると思いますし、
何か迷ったりする時にも導いてくれることを信じて生きていられます。
こういう風に思えること自体が幸せなのだと思います。ほんとうに感謝しています。

またいつものページから投稿させていただこうと思っています。ありがとうございました。

あさよ さんのコメント...

イクミ様
お久しぶりです…
主人が側に居てくれる実感を貴方様のお言葉から 実感できました

でも やはり 寂しさは日々続きます。

愛が深すぎたと思いますが

主人と出会う時まで頑張らなくてはと思うます
イクミ様にお会いすることは可能でしょうか?
お話をお聞きしたいです。

イクミ さんのコメント...

NOB様

こんばんは。
種を蒔いておけば、準備が整った時に、向こうから訪ねて来ると思います。
少しずつで良いですから、真理のありかを、必要としている人に教えて下さい。

彼の想いを感じ取れないのも、何か意味があるはずです。
その意味は今は判りませんが、良きに計らわれていることだけは確かでです。



イクミ さんのコメント...

あさよ様

こんばんは。
以前、ここにコメントをしていただいた方ですね。お久しぶりです。
ご主人がいてくれることを、少しでも実感していただけて良かったです。
寂しい日々が続いているのですね。
11年の年月が経っても、愛おしい気持ちは少しも変わらないのですね。

会って話をすることは出来ます。
ただ、私は群馬県に住んでいて、平日はフルタイムで仕事をしていますので、予定の入っていない休日ということになりますが、それでよろしいでしょうか?

あさよ さんのコメント...

イクミ様
ありがとうございます…
連絡させて頂きます。

まだまだ寂しく悲しい日々ですが
両親の介護があり 忙しくしているおかげで なんとか生きています

もう自ら死ぬ事はしません。

イクミ様 その時お逢いする時はイクミ様のご都合とを連絡させて頂きます

本当にイクミ様とこうして 知り合えて良かった
感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

あさよ様

失ったものの大きさが、ほんの少しですが判るような気がします。
ご両親の介護で忙しいのですね。
今のつらさは、先にある悦びのためにあると、強く信じて下さい。
私は、あなたのような人に真実お伝えするために、この世に生まれてきたと思いますので、そう言っていただけると本当にうれしいです。
また遠慮なく連絡して下さい。