2014年10月5日日曜日

苦しみの原因はどこにあるのか



いろいろなメディアで、「前世」という言葉を目にします。

前世を透視するという人も、多く目にします。

その可能性を全面的に否定するわけではありませんが、得られた情報の信憑性を疑わざるを得ません。

知りたがる人の中には、前(過去)世が歴史上有名な人物であることを、ひそかに望んでいるのかもしれません。

もし、私が前(過去)世がシーザーや、織田信長と言われたとしても、少しもうれしくはありません。

富と権力には恵まれましたが、多くの人を殺し、傷つけてしまった罪は限りなく大きく、繰り返し来世でその償いをしなければならないと考えられるからです。

インドのガンジーだと言われたら、うれしくなりますが、使命を持ってインドの地に生まれた人であり、すでに地上で学ぶことはないため、この世に生まれてこないと思います。

前世を知ることが許されるのは、魂を向上させる上で、有益と判断された場合に限られていて、興味本位で知ろうとするのは良くないと思われます。


ところで、ガンジーが生まれたインドでは、多くの人はヒンドゥー教を信じていて、厳格な身分制度であるカーストが存在します。

最上層はバラモン(ブラフミン)であり、司祭階級に就きます。最下層はシュードラと呼ばれ、バラモンの影さえ触れることはできないと言われています。

前世と業(カルマ)により階級が決まり、その環境(家庭)に生まれるとされています。

そして、カーストにも入れてもらえない、最々下層にアチュートと呼ばれる人たちがいて、常識では考えられない差別を受けています。

少し前に、いわれない理由で集団暴行を受けて女子学生が死んでしまったという、悲惨なニュースがありましたが、被害者はこのアチュートだと思われます。

暴行をした人たちは、自分たちよりも低い身分にある女子学生には、前世に業があり、暴行受けるのもやむをえないと、思い込んでいたと思われます。

アチュートの中にも、虐げられ、仕打ちを受けるのは、自らの業のせいであり、現世はつらくても、来世では良い人生が待っていると信じている人も多いと思われます。

いかに理由を付けようとも、自分の欲望を満足させるために、人に恐怖や苦痛を与えて、殺してしまったという行為は、神の摂理に反していて、大きな罪(業)であるのは間違いありません。

苦しみの中には、前世での過ちが原因となっている可能性はありますが、この事件のように、新たな罪を作ってしまうような形で、因果律が働く(事件が起きた)とは思えません。

もし仮に、霊的に高い人が上の階級に生まれ、低い人が低い階級に生まれるのであれば、インドが世界で最も貧富の差がある国であるはずはなく、この様な卑劣な犯罪が多発する社会であるはずもありません。

弱者をいたわり、富が分配され、差別が起こりにくい社会が構築されるはずだからです。

現実との間に、大きな矛盾があるように見えます。

前世は、都合の良い「物語」となり、弊害をもたらしているのかもしれません。


今の苦しみがとても大きければ、「何でこんな思いをしなければいけないのか」と思ってしまいます。

「私は今まで生きてきて、そんな悪いことはしていない」と思えば、前世の業が原因ではないかと考えてしまったり、不公平さを感じてしまい、神を恨んだりするかもしれません。


私も、過ちを犯したため、かつてない苦難が訪れ、その償いとして苦しみを味わいました。

始まりでは、「何で自分が、悪いことは何もしていないのに」と、思いました。

苦しみが増してくる中では、早く抜け出したい、楽になりたいと思うばかりでした。

そして頂点に達すると、霊的真理を受け入れて、すべての原因は私にあり、その結果として今の現状があり、この苦しみは自分が犯した過ちの償いと思うようになりました。

神の摂理である「因果律」を、身を持って知りました。

この経験が、苦しむ人に、少しでも役に立てばと思います。



その当時、私はその過ちを、それほど悪いことではないと、思い込んでいました。

1つ1つの過ちは、たとえ小さくても、それが積み重なっていくと、大きな過ちとなっていきます。



最初は良心が咎めましたが、習慣になると罪の意識が薄れていきました。

過ちを犯す前に、魂に内在する良心は、正しい方向を指し示します。

それを無視して摂理に反した行いを積み重ねていくと、良心の声は、次第に心に届かなくなっていきます。

自分(魂)が、変わってしまったためだと思われます。



他の人も同じようにやっていると、言い訳をしていました。

他の人が同じようにやっているか、いないかに関係なく、行いが過ちであれば、その罪を自分が償わなければいけません。

同じようにやっていると思うこと自体が、傲慢で身勝手な考えであり、過ちだと思います。



今、考えてみると、見守ってくれている守護霊からも、「こんなことをしていいのか」という、勧告があったと思います。

人生の局面で、ふと頭をよぎったり、咎めたりする、「内からの声」を無視してはいけないと思います。



人が経験する苦しみは、さまざまです。

苦しむということは、何か学ぶことがあるということです。

もし、学ぶことがないほど魂が向上していれば、苦しむこともないはずです。

自分の過ちに気付き、大切なことを学ぶために、因果律の働きにより、苦難が生じると思います。

苦難には、痛みや苦しみはつきものであり、そのつらい経験により、それまで眠っていた魂は呼び醒まされ、過ちに気付き、大切なことを学んでいきます。


苦難の原因はどこにも見当たらず、「何も悪いことをしていないのに」と思うと、苦しみはさらに大きくなります。

自分では悪いと思っていないことでも、神の摂理に反していることがあります。

犯罪と呼ばれるような大きな過ちではなくても、もしかしたら、私と同じように、「小さな過ち」が積み重なっているかもしれません。

当たり前になっている、考え方、生き方のどこかに、過ちがあるのかもしれません。

身勝手な理由を付けて「小さな過ち」が始まり、今も続けてしまっているのかもしれません。


小さな過ちとは、どんなことでしょう?

例えば、悪口を言ったり、嘘をついたり、意地悪をするのはどうなのでしょうか?

法律で罰せられることはありません。

人に迷惑をかけたり、傷つけるほどのものでもありません。

日々の生活の中にあり、大したことではないと思ってしまいます。

しかし、その行動を起こさせるのは、怒りや恨みや憎しみ、虚栄心や妬みや貪欲な想いであったりします。

そして、その想いの1つ1つに、神の摂理が働きます。

ささいな行為であり、誰にも気付かれず、迷惑をかけていなくても、魂は神の一部であり、つながっているため、その動機(想い)は知られています。

その行為が、怒りや恨みや憎しみ、虚栄心や妬みや貪欲な想いからのものであれば、摂理に反しているので、結果として、相応の苦しみがもたらされます。


悪口が言いたくなった時に、悪口を言っている人たちの輪に入れば、つい言ってしまいます。

良心に従い、決して言わない人もいるでしょう。

全員が言っていれば、罪の意識を持たずに済みます。

想い(魂)は表情に表現されます。

悪口を言っている時の表情は、怒り、軽蔑、妬み、優越などの想いが表現されているので、決して美しいものではありません。

1つ1つは過ちは小さくても、習慣となり、長い年月、続けていれば、徐々に大きな罪となっていきます。

1つ1つの想いは小さくても、習慣となり、長い年月、抱き続けていれば、徐々に魂のありさまを変えていきます。

悪口を言ったり、嘘をついたり、意地悪をするのが習慣になっている人は、魂のありさまが変わってしまい、普段でもその想い(魂)が言動や表情に出ていると、感じます。

想いは目に見えず、人にも知れません。

どんな想いを抱いても自由ですが、霊的には実在であり、肉体に具現化していくので、常に注意を払わなければいけません。


苦難(苦しみ)の原因は、人により違います。

人に指摘されることもなく、当たり前となっている習慣(行い)や考え方(想い)の中に、過ちがあるのかもしれません。

ちりも積もれば、山となります。

良心の呵責も感じなくなるほど、習慣になってしまえば、それに気付いて改めていくのは、きわめて難しくなります。

行き着くところまで行くと、因果律の働きにより、苦難が生じることになります。

苦しみは、神の摂理に反した想いや行いの償いであるとともに、過ちに気付かせる触媒となります。

そして、摂理に反した習慣や考え方を、改めていくことになります。


苦しみの中で、過ちに気付き、さらに真実を見いだせたのなら、その苦しみは、魂にとって、大きな意味があったことになります。

過ちを正すため、真実を見出すために、神の摂理として、苦しみがあるのであれば、過ちを正し、真実を見出したのであれば、苦しみからも解放されるはずです。

苦しみが、神の摂理として、罪の償いであるならば、もがき苦しむほどの苦しみであっても、償えば、解放されるはずです。

いわれのない苦しみはありません。

終わりのない苦しみもありません。

今は暗闇の中にいて、さまよっているように思えても、魂は正しい方向に導かれ、解放される時がくるのは、間違いありません。


後ろを向けば、後悔の想いにとらわれてしまい、苦しみます。

後ろを向くと苦しむのは、閉じられていてるので向くなということなのかもしれません。

前を向いている時は、後ろを向かずにすみます。

つらくても、少しずつ、少しずつ、前を向くようにしましょう。







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