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2023年3月5日日曜日

あの時の想いを忘れない


霊的真理と出会い良かったことがあります。

死が怖くなくなりました。

死んだらどうなるのかが、はっきりと分かったからです。

その反面、この世を生きる大変さが、より一層感じられるようになりました。


死とは、魂が肉体から完全に分離する自然現象です。

思念を表現するために、地上だけに存在する媒体が肉体です。

生命の本質は魂です。

肉体は消滅しても、意識は変わりなく存在しています。



けれども、肉体が自分であると思っている人は少なくありません。

魂が存在するのならば、証明して見せてくれと言う人もいるでしょう。

残念ながら、誰にでもわかるような形で証明することはできません。

もし証明されたとしたら、与えられた地上の命を全うせずに、自らの意志で逝ってしまう人が続出すると予想されます。

生きるのがつらくても、自分の意志で逝ってしまうことは許されません。

死に対する怖れがあるからこそ、そんな過ちを犯さずに済んでいるのかもしれません。



死ねば終わりだと思っている人は、生きているうちにせいぜい楽しいことをしようと思います。

私たちは、楽しいことをするために、この世に生まれて来たのではありません。

さまざまな体験を通して、魂を成長させるためです。

終わりだと思っている人は、生まれて来た意味がわからないまま、生きていることになります。



魂の存在が信じられない人は、肉体のみに関心が行き、大切にしようとします。

どんなに大切にしても、肉体はいずれ朽ちてなくなる運命です。

一方、魂は存在し続けます。

大切にしなければならないのは、肉体よりも魂です。



この世界は自然法則の働きによって支配されています。

自然法則に反する行いをすると、魂に負債(カルマ)を抱えます。

抱えた負債を返済するためには、苦痛により償いをしなければいけません。

そんなことなど知らずに、過ちを犯してしまう人がたくさんいます。



魂は成長して行くように定められています。

けれども、償いをしている時には、成長することはできません。

魂の存在など意識せず、自然法則の働きを知らない人は、人生を遠回りしてしまう可能性が高くなると考えられます。


世の中には、霊的な能力を有する人がいます。

存在する目的は、霊的な力を顕現させて、眠っている魂を目覚めさせることにあります。

そして、目覚めた魂が真実(真理)を受け入れます。

地上に生きる人たちが、無用な遠回りをしないため、生まれて来た目的を成就する手助けをするために存在していると言えます。



魂が目覚める時期が来ている人がいたとします。

霊界の人たちは、さまざまな手段を講じて、霊的な能力を有する人のところへ導こうとします。

功を奏して辿り着くと、霊力が顕現することにより病気が癒されたり、亡き人からのメッセージを受け取ったりします。

この体験を通して魂が目覚め、意識が一気に拡がります。

そこから、生まれて来た目的を成就する人生が始まります。



ところが、霊的な能力を有する人の中には、高額の報酬を求めている人がいます。

時期が来た人と霊能を有する人を結び付けようとしている霊界の人たちにとって、お金は大きな障壁となります。

導くべき人を導けなくなってしまいます。

霊力の恩恵に与れる人はお金のある人に限られてしまい、ない人は目覚める機会を逸してしまうことになります。

そんな不平等なことを、霊界の人たちが望んでいるはずはありません。



高額の報酬を求めている人を見て、世の中はどう思うのでしょうか?

人のためではなく、自分の贅沢のためにやっていると思う人も少なくないでしょう。

自分が物質的なものを求めていて、霊的な愛を大切にしなさいと伝えたとしても説得力はありません。

霊的真理の普及の足かせとなっています。



地上は物質的な誘惑に満ち溢れています。

金銭欲、名誉欲などが満たされると幸福感が得られることを、霊界の人たちは承知しています。

過ちに気付かせようと、意図的に失敗をさせたり、窮地に追い込んだりするかもしれません。

幸運にも、その意図に気付いた人は、悔い改めることになります。



霊的な能力を有することは、諸刃の剣です。

人に喜びをもたらすことができると同時に、自分を貶めてしまう可能性もあります。

地上の人生を振り返る時が来て、行いの動機が明らかになります。

当初は人のためであったのに、次第にお金のためになって行く自分の姿を見せられたのなら、ひどく後悔するでしょう。

奉仕と言いつつ、蓄財のためであれば、その罪は倍加します。

慣れてしまうと、安易に考えてしまいがちですが、とても怖いことです。



生きて行くために必要なものは、霊界側が手配してくれるはずです。

他者に奉仕することで、霊的な報酬を得ているはずです。

持って行けるものはそれしかないことを、誰よりも知っているはずです。



真理を知って17年になります。

自分の中で革命が起きて、生き方が大きく変わりました。

1人でも多くの人に同じ経験をしてもらい、魂が救われるように祈りたいと思います。



自分への戒めの意味を込めて、シルバーバーチのこの言葉を再度書きたいと思います。

「真理普及の仕事を託された者に私から申し上げたいのは、現在のわが身を振り返ってみて、果たして自分は当初のあの純粋無垢の輝きを失いかけてはいないか、今一度そのときの真撃なビジョンにすべてを棒げる決意を新たにする必要はないか、時の流れとともにけてきた豊かな人生観の煤払いをする必要はないか…そう反省してみることです。霊力の地上へのいっそうの顕現の道具として、おのれの全生活を捧げたいという熱意にもう一度燃えていただきたいのです。」





2022年8月7日日曜日

ヒーリングの目的


約17年前のことです。

ある朝、起きたら左手がしびれていました。

仕事で首を傾けていることが多いので、頚椎に障害が起こり、しびれが出たのかと思いました。



その感覚は、寒い冬の日に冷え切った体で風呂に入って温まって来た時に、手足がジンジンとしびれますが、それに近いものでした。

ところが、しびれは肩から上腕、上腕から前腕、前腕から手指の先へと、ゆっくりとした速さで移動して行きます。

何か力のようなものが流れていると感じました。



インターネットで調べてみて、これではと思ったのが「ヒーリング」でした。

ヒーリングに関しては、全く興味もなく、知識もありませんでした。

自分に何が起こっているのか、どうしても知りたくなり、辿り着いたのが「シルバーバーチの霊訓」でした。



手にした時、「霊訓」の響きにオカルト的な本ではないかと思いました。

その中に、「ヒーリングは魂を目覚めさせるためにある」と書かれていましたが、何の意味だかさっぱり分りませんでした。

ただ、本を広げては、目で文字を追っているだけでした。



そんな中、仕事で疑義が発生して、行政による指導の通知が送られて来ました。

何もやましいことはしていないので、直ぐに終わるだろうと思っていました。

ところが、予想に反して、事態は悪い方向へと進んで行きました。

徐々に、精神的に追い詰められて行くことになります。



同じ指導を受けて、過去に自殺した人がいることは知っていました。

まさか自分が当事者になるとは思ってもいませんでしたが、受けてみてその理由が良く判りました。

過去の行状が明らかにされて行くにつれて、今まで味わったことのない重圧、苦しみ、後悔の念が生じました。



後悔は、良心の訴えを無視したことから生じます。

心の中で、確かに良心は訴えていました。

それを「誰もがやっていることだから」と、いい加減な理由を付けて、無視してしまったのです。



無視し続けると、いつしか良心の声は聴こえなくなり、当たり前になってしまいます。

積み重なった過ちは、因果律の働きで、正確無比に結果をもたらします。

下された処分は想定された中で最も重いものであり、仕事を続けて行く上で、致命的なものでした。



それまで目で文字を追うだけのシルバーバーチの霊訓でしたが、窮地に追い込まれるのに従い、真実味を持って私の心に迫って来ました。

「原因があれば結果をもたらす」「結果には原因がある」という真理が、痛いほど判るようになりました。



こんなことも書かれていました。

「乗り越えられない困難は起こらない」

今まで経験したことのない絶望の日々を、この一文にすがるようにして生きるようになりました。



過ちに気付いて、正すために最も有効な手段は、痛い思いをすること、この経験を通してそう思いました。

地上に生まれて来るのはそのためです。

誰かに教えてもらうよりも、自らが実際に経験して得た教訓の方が、しっかりと身に付きます。



霊的真理を少しずつ学んで行くと同時に、縁のある方にヒーリングをするようになりました。

病気や不調を来している人に、左手を当てると、力が流れ始めます。

終わるころには、不調が消え顔が明るくなる様子に、ささやかな喜びを感じました。



「ヒーリングを必要としている人は導かれて来る」

シルバーバーチの霊訓にはそう書かれていますが、その通りです。

出会いは偶然ではなく、時期が来た人が霊界によって導かれて、ヒーリングを受けることになります。

そんな人は、病気が治るだけでなく、生き方が変わります。



けれども、ヒーリングによって全ての人が癒されるわけではありません。

全ての病気や不調は、因果律の働きで起きています。

お酒を飲み過ぎて肝臓病になる人がいますが、それは生物学的法則を逸脱したことが原因です。

過ちに気付いて改めない限り、ヒーリングをいくら行っても治ることはありません。



原因が生まれる前に存在する人もいます。

過去生で何らかの過ちを犯して、その償いのために病気の苦痛を経験している人もいます。

あるいは、学びや成長を得るために、病気になることを予め決めて生まれて来た人もいます。

そんな人に、ヒーリングを行っても治ることはありません。



はっきりとした原因が見当たらないのに、病気や不調が生じることもあります。

地上の人間は魂(霊)、精神、肉体の複合体です。

魂で思念(想い)が生まれ、それが精神で具体化され、肉体で具現化されます。

思念(想い)は、肉体で具現化される素となるエネルギーと言えます。



本来は魂(霊)と精神と肉体が一直線で結ばれていて、思念が精神を経由し、円滑に肉体で表現されるはずです。

ところが、精神(自我)が抑制的に働いてしまい、思念が肉体によって具現化されない時があります。

心の底からやりたいことができない、あるいは心の底からやりたくないことをしなければいけない時がそれに当たります。

そうなると思念というエネルギーは発散されずに、内に滞ってしまいます。



生命エネルギーは、魂から精神、精神から肉体へと循環しています。

内に滞った思念は、その流れを妨げてしまうと考えられます。

生命エネルギーの流れが妨げられてしまうと、その下流に相当する肉体の部位に不調や障害や病気として現れることになると思います。



地上では様々な出来事が起きます。

その時に「感情」が生じます。

感情は精神的エネルギーの一種です。

感情は、言葉や行動などで表現されることによって、肉体(地上)的なエネルギーに変換されます。

悲しみが生まれたら、涙を流すことによって表現されて、外に向かって放たれます。

怒りなどは、言葉や行動によって表現すると社会生活に支障が出るために、内に溜まりやすい感情と言えます。



ストレスが溜まるとは、言葉や行動で表現できないエネルギー(感情)が溜まった状態を指すと考えています。

ストレスを発散するとは、そのエネルギーを別の形で表現して、外に出すことだと考えています。


心身の具合が悪い人の中には、さまざまな心のエネルギーが溜まってしまい、不調和を起こしている人が多いと考えられます。

心のエネルギーが内部に溜まった状態が続いてしまうと、生命エネルギーの循環は妨げられ、肉体上に変化が生じてしまうと考えられます。



それらの想いが生じなければ良いはずです。

例えば、怒りは寛容になるほど生じにくくなります。

そのためには魂の向上が伴わなければいけませんが、一朝一夕に行くものではありません。



自然法則の働きにより、苦しみを乗り越えて行く過程で、魂は向上します。

病気による苦を経験することによって魂が向上し、同じような出来事が起きたとしても、同じ感情は生じなくなります。

心身の苦痛から、魂が目覚める人もいます。

魂が目覚めると、生命力がふんだんに流れ込み、滞っていた心のエネルギー(負の感情)は解放されます。

魂から精神、精神から肉体へと流れるエネルギーの循環が回復し、内面が健全さを取り戻すと、それが外面に反映され肉体の病気が治ることになります。



ヒーリングとは、強制的に生命力を流入させる行為です。

霊界の人たちによって、力の最適化が執り行われていると思います。

その力によって、滞っていたエネルギーは心から切り離されて、解放されます。

気分が晴れやかになるのは、そのためと考えられます。

                                        

生命力は神的な力です。

そのために愛を帯びています。

滞っていた心のエネルギー(負の感情)は、愛を帯びたエネルギーによって解放されると考えられます。



病気だけではありません。

戦争、貧困など、人間を悩ましている全ての問題を解決するのも愛の力です。

苦しみや痛みのある地上に生まれて来るのは、愛の意味を深く学ぶためです。



「ヒーリングは魂を目覚めさせるためにある」

今はこの意味が、はっきりと判ります。

霊的な力が、人間の霊的な部分に働いて、霊的に目覚めさせる。

霊的に目覚めると、この世に生まれて来た目的を成就して行くようになります。



霊的な能力は、眠っている魂を目覚めさせるためにあります。

目覚めた魂が、霊的真理を受け入れます。



生まれて来た目的は、霊的真理を普及させるためです。

その目的を成就するために、出来事は計画された通りに起きています。






2020年12月20日日曜日

霊的な能力は何のためにあるのか?


今から30年前位でしょうか、目の細い中年の主婦らしき女性がテレビに出ていました。

出演していた芸能人の背後をじっと見つめながら、その人が抱えている悩みや将来の起きるかもしれない問題などを話していました。

自分しか知らないことを言い当てられたようで、本人はとても驚いていました。




世の中には、霊的な能力を持った人がいます。

何故、そんな人たちが存在しているのでしょうか?

悲しんでいる人が、故人からのメッセージを受け取ったら、大きな慰めとなります。

病気に苦しんでいた人が癒されたとしたら、大きな喜びになります。



霊的な能力は、人に慰めや喜びや癒やしを与える他に、秘められた目的があります。

それは、霊的に覚醒させるためです。



人間は肉体を超えた存在です。

しかし、私たちは五感に頼り切った生活をしているので、そのことに気付くことが出来ません。

気付くためには、肉体(物質)以外のものに、意識が向かなければいけません。



夢物語のように感じるかもしれませんが、霊的な覚醒を促す計画が霊界で立てられました。

私はもちろん事実と認識しています。

何故、そのような計画が立てられたかと言えば、地上に唯物的な考えが蔓延したことによって弊害が生じ、それが看過できないほど大きくなってしまったからと考えられます。



唯物的な人は、死ねば終わりだと信じています。

生きている時に、せいぜい楽しい思いをしようとします。

(この世の)自分の人生に執着してしまうと、他人のことに関心がなくなります。

それが高じると利己的になってしまいます。

利己的な人同士がぶつかると、争いになります。

利己的な国家が台頭すると、戦争になります。

悪いことをしても、死ぬまでばれなければ良いと思う人も出て来るでしょう。

唯物的になるほど、物質的に豊かになろうとする欲が強くなります。

その結果、富が片寄り貧困が生まれ、環境が破壊されます。

動物たちは虐げられ、地球全体の平和や調和が乱されます。

そんな悲惨な状況を、霊界は大いに憂いています。



霊的な覚醒を促す計画が、初めて実行に移されたのは、19世紀半ばのアメリカです。

ラップ音による死者との交信であり、後に「フォックス家事件」と呼ばれています。

その後、イギリスにおいて様々な霊的な現象が起きました。

中でも、エクトプラズムは驚異的な現象でした。

霊媒の口や鼻から煙の様なものが現れて、かつて地上にいた人物に形を変える時があります。

現れた人物は、半物質化したものであり、触れると人間と同じような感触があったそうです。



それらの現象の検証に、著明な科学者らが立ち会いました。

その中に、蛍光灯の原理やタリウム原子を発見したクルックスがいました。

当初、彼はトリックだと思っていたのでしょうが、エクトプラズムなど自分の理解をはるかに超えた現象を何度も目の当たりにして、すっかり参ってしまいました。

周囲の人は、トリックをあばいてくれると思っていたのに、逆に霊の存在を完全に肯定したので、大変驚くと共に失望したと思います。

その後、科学者仲間からは異端児扱いされましたが、終生、自分の主張を変えることはありませんでした。

クルックスは生命の真実を知り、唯物的な考えを改めたのです。

他にも多くの人が、科学者は万能と言う考えに見切りをつけました。



日本においても、目を見張るような霊的な現象が明治から昭和初期にかけて起きていました。

世界各地でこのような霊的な現象が起きていたのは偶然ではありません。

霊界で立てられた計画が実行に移されていたのです。

この時期に集中したのは、唯物的な考えから引き起こされる、後の2つの世界大戦を霊界が予見してのことなのかもしれません。



現代において、その時の様な世間を賑わす派手な霊的な現象は起きていません。

それでも計画は着々と進んでいます。



魂は、知性を刺激することによって目覚めるものではありません。

さまざまな出来事を経験する中で、自然に目覚めると考えられます。

絶望的な状況に陥った時ほど、その好機と言われています。

私もそうでした。

精神的に追い込まれ、思考が停止状態になった時、それまで奥で眠っていた魂が目覚めます。



霊的な能力は、魂を目覚めさせる引き金になると考えられます。

大切な人を亡くし、生きる希望を失い、悲嘆に暮れる日々を送っている人がいたとします。

導かれるようにして霊媒に会い、メッセージを伝えられ、それが故人からのものと確信します。

肉体はなくなっても生命は存続していると言う事実に気付くと同時に、唯物的な考えは吹き飛び、魂が目覚める人がいます。

病気になり医者から見放されて、途方に暮れている人がいたとします。

縁あってヒーリングを受けて病気が癒されたとします。

この世のものではない力が存在しているのを認めると同時に、魂が目覚める人がいます。

自我に覆い隠されていた本当の自分(魂)が表に出て来て、人生の主導権を握ります。



人の本質は、肉体ではなく魂です。

唯物的な考えの人は、肉体しか目に入りません。

そのため、肌の色、容姿、肩書きなどの外面が気になります。

魂が目覚めると、意識の焦点が大きく変わり、人の外面よりも、内面を視るようになります。



しかし、魂が目覚めて終わりではありません。

霊界が望んでいるのは、地上の人に霊的真理を受け入れてもらうことです。



地上に大いなる恩恵をもたらすものが霊的真理です。

大切なことを要約すると「生命は永遠であり、互いにつながっているので、慈しみ合うべし」と私は思います。

慈しみ合うことよりも大切なことは存在しません。

戦争や貧困や差別などの問題が立ちどころに解決されます。

恥ずべき動物の虐待もなくなります。



もう1つ大切な真理があります。

それは「因果律」です。

起きていることには必ず原因があります。

原因を作れば、必ず結果が生じます。

神の摂理に反した行いには苦痛が、適った行いには悦びがもたらされます。

真理を知れば、経験しなくても良い、地上の苦しみや痛みが避けられます。



個々の人間はれぞれ違う形態をして、ばらばらに存在しています。

それは肉体の話です。

肉体を動かしているのが魂です。

魂は生命そのものです。



神によって創られた魂には、神性が宿っています。

全ての生命は、同じ神性でつながっています。

ばらばらに存在している個々が、魂に目覚め、神性を発揮して慈しみ合うことで、1つになって行きます。

慈しみ合う力は、魂と魂を引き付け合う力だからです。



全ての生命は霊的に1つです。

それが神です。



霊的な能力は、唯物主義を打ち砕きます。

打ち砕かれた後に、魂が目覚めます。

目覚めた魂が、真理を見つけます。

真理を受け入れて、実践することにより、神や霊界の望む世界になって行きます。

生命の進化を促し、1つになるためにあると思います。