2026年4月26日日曜日

神性を発揮するために


私たちの本来の住処は霊界です。

霊界のことを知れば知るほど、素晴らしい世界だと思うようになりました。

死は喜びであると言われますが、そんな世界に戻れるのだとしたら、その通りです。



霊界では肉体がありません。

食べるために働く必要はなく、病気をしたり事故に遭うことはなく、老いることもありません。

生きるのに苦労することも、心配することもありません。



霊界は思念(想い)の世界です。

想ったことは、言葉を介さずに、電光石火に相手に伝わります。

思念は直ちに具現化します。

想いを伝えたり、形にするのに、苦労することもありません。



霊界で周りにいるのは、魂の似通った人ばかりです。

お互いに分かり合えているので、対人関係で苦労することもありません。



そんな快適で安全な霊界を離れて、何故、苦労の多い地上に生まれて来たのでしょうか?

シルバーバーチの霊訓にはこう書いてあります。

「苦難や障害に立ち向かった者が、気楽な人生を送っている者よりも大きく力強く成長していくということは、それこそ真の意味でのご利益と言わねばなりません。何もかもがうまくいき、日なたばかりを歩み、何一つ思い煩うことのない人生を送っていては、魂の力は発揮されません。」

居心地の良い霊界にいるよりも、困難や障害があり、危険を伴う地上を生きる方が、多くを学び、自分を大きく成長させることができると思われます。

学び成長することを期待して、自らの意志で地上に生まれて来ています。


私たちは、神によって創られた神の一部です。

生命そのものである魂には、神性が内在しています。

神性は、親切、同情、寛容、慈悲、哀れみ、友情、無私の愛となって発揮されています。

人間の進化成長とは、より多くの神性が発揮されるようになることです。




地上は神性が発揮される機会に溢れています。

例えば、車で走っている時に道を譲るのも、ささやかですが神性が発揮されたことになります。

動物を可愛がるのもそうです。

困っている人を助けるのもそうです。

悩みを抱えている人の相談に乗るのもそうです。

悲しんでいる人を慰めるのもそうです。

誰かのために何かをしようとする時、そこに神性が発揮されています。




自分とは違う人を認めようとするのもそうです。

他者の過ちを許そうとするのもそうです。

神性が発揮されると、周囲との間に調和がもたらされ、いさかいを避けることができます。

無心になって仕事をしている時も、神性が発揮されていると考えています。




神性が発揮されるのを妨げているのは、自分自身です。

肉体がある地上だけに存在する自我によって、私たちは自己表現しています。

その自我には、自分の身を守ろうとしたり、快適に生きようとする働きが備わっています。

そのため、助けを求めている人がいても、無視してしまう時があります。

自我の働きが強くなると、神性が発揮されにくくなります。




シルバーバーチの霊訓にはこうあります。

「運命全体としての枠組みはできております。しかしその枠組みの中で、あなた方が計画した予定表(ブループリント)に従いながらどれだけ潜在的神性を発揮するのかは、あなたの努力次第だということです。」

計画の一環として、大きな壁のように感じられる出来事が立ちはだかったり、リスクを冒して挑戦しなければいけない時があります。




「自分には無理だ」という自我の声がした時には、こう宣言するようにシルバーバーチは勧めています。

「私には神性が宿っており、どのような状況も私を揺るがすことはできない。私の魂にはあらゆる困難に打ち勝つ無限の力があるのだ」

自我に打ち勝って、神性を発揮して乗り越えて行くことは、地上に生まれた大きな目的の1つです。




地上の人生は、生きているだけで知らずに負荷がかかっています。

登り坂をずっと歩いているようなものかもしれません。

坂が急になり、疲れ果てて、これ以上登れないという時もあるでしょう。

そんな時に、神性が発揮されると、一歩を踏み出す力が内から湧き出して来ます。



霊界では、何もしなくても生きて行けます。

けれども、それでは生きる悦びは感じられません。

全体のために、何らかの役割りを果たすことで人は悦びを感じ、成長することができます。




自分に望まれている、あるいは自分が望んでいる役割りが、霊界で待ち受けているのかもしれません。

その役割りを果たすために、どうしても身に付けなければならない、霊的な資質があったのかもしれません。

その資質を身に付けるのに相応しい経験をするために、地上に生まれて来たのかもしれません。




その経験は、困難や障害、挑戦を伴うことがほとんどです。

自分を強く信じましょう。

自分を信じれば、自分の中にいる神を信じることにつながります。

それによって神性が発揮されて、内から湧き出す力によって、必ず克服することができます。













2026年4月19日日曜日

霊的に結ばれた人との別れの目的


お口の中に問題や悩みを抱えた患者さんを毎日のように診ています。

ある日、奥歯が痛いと訴える患者さんがいました。

虫歯がないか確認しましたが見当たらず、レントゲンを撮って調べてみても、原因は見つかりません。

痛みの原因はストレスでした。

日中にストレスを感じて、寝ている時に歯ぎしりをして、解消していたようです。

歯ぎしりをすることで、歯に強い力が加わったために、痛みが出ていたのです。

目に見えない原因を見つけるのは、つくづく難しいと思いました。



人生で起きる出来事も、いくら考えても原因が見つけられない時があります。

原因が見つけられなければ、偶然として片付けるしかありません。



シルバーバーチの霊訓には、こうあります。

「一つとして偶然がないのです。偶発事故がないのです。全てが不変絶対の法則によって統制されているのです。」



これまでの人生の中に原因が見つけられなければ、それ以前に原因があるのかもしれません。

過去生に原因があって、その結果として出来事が起きているのかもしれません。

あるいは、その出来事を通して大切なことを学ぶ「目的」が存在しているのかもしれません。



大切な人を亡くされた人から、このブログにコメントをいただくことがあります。

その悲しみ深さから、結びつきの強さを思い知らされることがあります。



結びつきには、さまざまな次元のものがあります。

ご近所や職場の人たちとは、地上的な結びつきです。

友達同士は、精神的な結びつきです。

コメントをいただいた方の多くは、霊的に結ばれていると思いました。



導かれるようにして出会い、出会った瞬間、探していたものを見つけたような感覚があったのなら、出会うことが予定されていた可能性があります。

一緒に過ごす時間は、とても幸せだったはずです。

そして、早く亡くなることも予定されていたと考えられます。

霊的に結ばれている人との別れによって、身を引きちぎられるような感覚になる人もいるでしょう。



霊的に結ばれている人が、親子になる時もあります。

そうすれば地上で確実に出会えるからです。

親子以上の親近感を感じながら、幸せな時間を過ごしますが、その先に別れが待っているなど、知る由もありません。



血肉のつながりも付加されるので、いなくなると言葉にならないほどの喪失感、絶望感を覚えると察せられます。

最も大切な存在がいなくなってしまった理由を探しますが、どこにも見つけられません。



霊的に結ばれている人がいなくなれば、悲しみや苦しみが生まれるのは避けられません。

その悲しみや苦しみはどこから来るのでしょうか?



私たちの本来の住処は霊界です。

霊界では肉体がないので、意識は自分から周囲へと向います。

そこは、お互いがお互いのために生きる世界です。

霊的に結ばれた人同士が、愛を表現し合う世界です。



霊的に結ばれた人が、同時に地上に生まれたとしても、その関係は全く変わりません。

霊界にいた時と同じように、愛を表現し合いながら生きるようになります。

それ以上に、幸せを感じることはありません。



どちらか一方がいなくなると、お互いのために生きることができなくなります。

生きる目的を失ってしまったように感じるのは、そのためです。



行き場を失った愛が、悲しみとなります。

愛することのできない現実が、苦しみとなります。



シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

「悲しみは魂に悟りを開かせる体験の中でもとくに深甚なる意味をもつものです。 それが魂の琴線にふれた時、いちばんよく魂の目を覚めさせるものです。」

別れの悲しみは、自我の奥で眠っている魂を目覚めさせるために、最も有効な手段と思われます。



目覚めた魂が、霊的な真実を見つけます。

「お互いがお互いのために生きること以上に大切なものはこの世界に存在しない」



愛について学びを深めることこそが、地上の別れの目的です。

先に逝った人は、そのことを知っています。

何も知らずに悲しんでいる地上の人に伝えたいのです。



次元を超えて信じ合うこと、愛し合うことは、霊的に結ばれた人にしかできないことです。

それができるからこそ、別れることになったのです。





2026年4月12日日曜日

戦争が起きる1つの理由



上の写真は、アルテミス計画で月に向かう宇宙船の窓から見た地球です。

漆黒の宇宙空間に浮かぶ地球は、美しいオーラを放つ、1つの生命体のように感じられます。



月面に立ったある宇宙飛行士は「宇宙から地球を見た時、圧倒的な一体感を感じた。すべてがつながっているという体験だった。」と語っています。

地上と隔絶された環境に置かれて、霊的な意識が高まり、そのように感じる宇宙飛行士は少なくありません。



地上にいる私たちは、目に見えるものが全てだと思ってしまいます。

肉体があるために、個別に存在しているように見えてしまい、一体感は失われます。

意識は自分に向かい、自分を中心に考えるようになります。



最近になって、○○第一主義、○○ファーストという言葉を聞く機会が多くなってきました。

自分たちのことを最優先するのは、当たり前のように思えるかもしれませんが、他者はどうなっても良いという考えにつながります。

聞こえが良くても、自己中心的であり、利己主義者の言うことのように思えます。



宇宙は自然法則によって支配されています。

その法則を、神の心が貫いています。

神の心とは、「全体を想う無限の意識」と考えています。

一字で表現するのなら「」です。



利己的な行いは、法則(愛)に反しています。

因果律の働きによって、その行いを正すような結果が生じます。

周囲との間にトラブルが起きたり、無視されるなどして、苦痛を感じて、行いを改めることになります。



国家が利己的な行動をしていたらどうでしょうか?

周囲と国との間に、不調和が生まれます。

不調和が高じると、争いに発展します。

自国だけでなく、周りの国も巻き込んで、大きな争いに発展して行く可能性があります。



神が良心となって、私たちの中に顕現しています。

法則に適った(善い)こと、法則に反した(悪い)ことは、誰かに教えてもらわなくても分かっています。

法則に反したことをしようとする時、良心は声なき声で働きかけて、止めさせようとしています。



利己的な考えに支配され、良心の声が聞こえなくなってしまった人たちによって、戦争が引き起こされています。

そんな人たちを選んだ人や、容認している人も、似たような傾向があるのかもしれません。



霊界で立てられた計画が、地上で実行に移されています。

お互いの違いを、認め合うこと、信じ合うことで乗り越えて、慈しみ合うことで、人類は1つになって行く計画が立てられていると考えています。



戦争は街を破壊し、人を傷つけるだけではありません。

長い年月をかけて築き上げて来た、信じ合う心を壊してしまいます。

人と人、国と国とのつながりを分断します。

生まれるのは、怒りや憎しみ、悲しみや嘆き、そして恐怖です。



霊界で立てられた個々の人生の計画、人類の進化の計画を狂わすものが戦争です。

神の計画の実現を、最も遅らせるものの1つです。



シルバーバーチの霊訓にはこのように書かれています。

「何千何万という人間が、何の備えもなく霊界に送り込まれている現実があります。その一人一人が休みなく私たち霊界の者に何らかの要求をしてきます。大変な数の人間が霊的無知のまま、あるいは誤った信仰を持ったままやってまいります。」

亡くなった人たちは、霊界の人たちの援助を受けて、新しい世界に順応して行きます。

戦争によって、平常時とは比べものにならないほどたくさんの人たちが、何の備えもないまま霊界に送り込まれて来ます。



そんな人たちの多くは、死んだことさえ分かっていないために、対応するのが難しいようです。

霊界の人たちは、それぞれに与えられた役割りを果たしていますが、それを中断して対応に当たっていると思われます。

地上で起きていることは、霊界にも大きな影響を与えているのです。



戦争によって、地上は不穏な空気に包まれます。

恐怖、不安、疑念、悲しみなどが生じると、霊界の人たちの地上の人たちへの接触が妨げられます。

霊界の人たちからのインスピレーションや援助を受けにくくなります。

それによって、事態がますます悪化して行く可能性があります。



国や人種や宗教は人間が精神上に作り出した概念です。

お互いを隔てるものは、どこにも存在しません。



私たちの本質は霊(魂)です。

霊的につながっていて、1つです。



この意識の欠如から戦争は起こります。

戦争を始めた人たちを宇宙船に乗せて、地上から離れた場所から地球を見せれば、(意識が変わり)少しは分かってもらえるのかもしれません。

それは無理なので、少なくても知っている者が、そのことを意識しながら生きて、伝えて行かなければと思っています。



2026年4月5日日曜日

霊界に行った子供たち


イラン南部にある小学校がアメリカ軍に誤爆され、170人以上の子供たちが犠牲になりました。

あってはならないことであり、亡くなった子供たちのご両親、ご家族の心中を想像すると胸が痛くなります。

ご存じのように、イランはイスラム教国家です。

イスラム教(シーア派)では、戦争で亡くなった子供たちはどうなると説かれているのかが気になり、調べてみました。

子供たちは無条件で天国に迎えられると言われています。

殉教者として見なされ、神に近い特別な存在として、天国で安らぎの中にいると言われています。

家族が来るのを天国で待っていて、時に導く存在になると言われています。



霊的真理に近いものがあると感じました。

生きていて、待っていてくれると信じることができれば、せめてもの救いになります。




誤爆で亡くなった子供たちは、どうしているのでしょうか?

直後は、その場に留まっていたと考えられます。

目の前に動かなくなった自分がいて、置かれている状況を全く理解できずに、混乱していたと思います。

無理やり肉体から引き離されたので、ショック状態に陥っていたと考えられます。



心配はありません。

霊界は助け合いの世界です。

ショックで茫然自失となっている子供たちの周りには、霊界の医師をはじめとして看護する人たちが集まって来ます。

その人たちから受ける献身的なケアと、降り注いでいる癒しのエネルギーによって、本来の自分を取り戻して行きます。

先に逝った肉親や知り合いがいれば、傍に寄り添って、これまでのいきさつを伝えるでしょう。



しばらくすると、ほとんどの子供が家に帰ります。

そこには嘆き悲しんでいるお父さん、お母さんの姿が見えます。

「自分はここにいるよ」と、いくら訴えても、全く気付いてもらえません。

体を叩いて教えようとしても、手が素通りしてしまいます。

家族とは違う世界にいることを、改めて実感することになります。



一人ぼっちになることは、決してありません。

子供が大好きで、愛情に溢れた人たちが付いて、不安や寂しさを和らげてくれるでしょう。

クラスメートや友達の姿も見つけるでしょう。


戦争などで、不意に霊界に行ってしまうことがあります。

亡くなった子供たちは、これから地上でさまざまな経験をする予定だったのに、それが叶わなかったので、 予期していた学びや成長ができなかったのではと考えてしまいます。



もしそうであれば、もう1度地上に戻ってやり直したいと訴える子供たちがたくさんいてもおかしくはありません。

けれども、そんな話はあまり聞きません。



神の公正は完璧です。

何の落ち度もなく、霊界に行った子供たちには、シルバーバーチの霊訓にある「埋め合わせの法則」が働いていると考えられます。



地上は肉体を介した経験によって、学び成長する場です。

私たちは何度も地上に生まれ、霊的資質を身に付けながら、向上進化して行きます。

一方、地上に1度も生まれずに、向上進化した(天使的な)存在がいると言われています。

地上での経験を必要としない、学びの方法があることになります。



子供たちに不満が生まれないのは、地上と同じ学びが、霊界でもできるためと考えています。

戦争で亡くなった子供たちに、このような埋め合わせの原理が働くことによって、公正が保たれていると考えています。


いきなり暗い海に落とされたとしたらどうでしょう。

絶望的な状況に、もう終わりだ、生きては行けないと思う人もいます。



戦争で子供を失った家族の中にも、そんな絶望を感じている人もいるでしょう。

生きて行けないと思う中で、生きなければならないほど、つらく苦しいものはありません。



愛は魂を引き付け合う力です。

生きている次元が違って、その姿が見えなくなっても、愛する者同士が離れてしまうことは、絶対にありません。



思念の世界にいる子供たちには、悲しみの本質が愛であることが分かっています。

とめどもなく流れる涙を見て、いかに愛されているのかを知ります。

地上を生きていては分からなかった愛の側面を、霊界から学ぶことになります。

そんな想いに応えて、つらい思いをしている家族に、励ましや労りの想いを送っているでしょう。



以前、このブログにコメントを送ってもらった、お子さんを亡くされたお母さんのことを思い出しました。

霊界にいるお子さんは、悲しみに堪えながら必死に生きているお母さんの姿を見ながら、たくさんのことを学んでいると伝えて来ました。



霊界にいる子供たちは、地上にいる人の傍にいて、その人が経験している出来事や想いを共有しているようです。

共有することによって、地上にいる時と同等の学びが得られ、それによって成長することができると考えています。



神の摂理は完全です。

愛で結ばれた者同士は、想いを共有し、共に成長して行くことができて、それによって埋め合わせが行われていると思います。

地上にいる人の経験が、子供の学びにつながることによって、早く霊界に行ったとしてもハンディは生じないと考えています。



この人生は、ずっと続いている物語の1章です。

何度も地上に生まれ変わり、物語を綴って行く中で、先の章で経験する予定だった出来事を、この人生で経験することになったのかもしれません。

この経験を通して得られた貴重な学びは、子供たちの魂にも刻まれていて、活かされているはずです。