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2025年7月13日日曜日

意志によって力を引き出す


私も風邪を引くことがあります。

そして、そのパターンは決まっています。

仕事が一段落し、まとまった休みに入った直後に熱が出るのです。

おかげで外出できなかったり、行った先で(発病して)大変な思いをしたりします。



お子さんが風邪を引いて熱を出している最中に、お母さんが熱を出してしまうことは少ないように思います。

熱が引いて安心した頃に、熱が出ることも多いのではないでしょうか。



気が張っているせいと思いましたが、もう少し深い理由がありそうです。

仕事をしている時は、何かをしよとうする意志表示の連続です。

意志表示することで、肉体は動いて、仕事をこなして行きます。



人間は魂(霊)、精神、肉体の3者から成り立っています。

それぞれが存在する次元は違い、活動するためのエネルギーも違います。

魂は、神的エネルギーが供給されて活動しています。

精神は、魂に供給されたエネルギーが次元変換されたエネルギーで活動しています。

肉体は食物から取り入れたエネルギーと、次元変換されたエネルギーの両方によって活動しています。



何かをしようとする意志が生まれている時、人間(魂)は神的エネルギーが供給されています。

神的エネルギーとは生命エネルギーです。

生命エネルギーが不足すると、精神的活動は抑制されて、うつ症状として表れることもあります。



生命エネルギーは肉体次元において、病気を治癒させる力や免疫力として働いてます。

つまり仕事をしている時には、何かをしようとする意志が連続して生まれているので、生命エネルギーが絶え間なく供給され、それに伴い免疫力が高まり、風邪を引きにくいと考えられます。

病気の子供の看病をしているお母さんは、何とかしようとする意志が「愛」を帯びているので、さらに多くの生命エネルギーが供給されていると考えられます。

元気でいられるのはそのためと考えられます。



人間は想像をはるかに超えた大きな力を発揮することがあります。

2023年、アメリカのテネシー州で、老農夫がトラクターの下敷きになりました。

それを見た孫娘のシャーロット・ヒューストンさんは1トン以上のトラクターを一人で持ち上げ祖父を救出したそうです。

彼女は後に「なぜできたのか分からないと」言っていたそうです。



2011年、アメリカのユタ州に住むアンジェロ・カヴァロさんという女性が、ジャッキで持ち上げた車の下で作業中に、ジャッキが外れて下敷きになり意識を失った息子を見つけて、近所の人が引き出すまでの間、1.5トンを超える車を持ち上げていたそうです。

彼女もまた「どうやって持ち上げたか覚えていない」と言っていたそうです。



これらの現象は「ヒステリック・ストレンス」(日本で言う火事場の馬鹿力)と呼ばれ、大量のアドレナリンが放出されて、脳のリミッターが外れた時に起きると言われています。

いくつかの霊的な条件を満たした時に、このような現象が起きると考えられます。

危機的な状況に直面して、自我が吹き飛び、魂が目覚めていたと考えられます。

人を助けようとする愛を帯びた強い意志により、多くの霊的なエネルギーが引き出されて、それが肉体次元にまで及んで、想像を超えた物理的な力が発揮されたと思われます。


2009年5月、マンハッタンの小児病院を、ニューヨーク・ヤンキースのある選手が慰問に訪れていました。

長い下積みを経験してメジャーに昇格したばかりのブレッド・ガードナーという選手でした。

残念ながら子供たちは誰も知らなかったので、彼はチームメートであるスター選手の話をして、その場を盛り上げたそうです。



そんな彼の誠実さに惹かれた一人の少女がいました。

彼女の名はアリッサ・エスポジートで、生まれつき重い心臓病を患っていました。

様々な治療を試しても上手く行かず、心臓移植を受けるしか方法はありませんでした

一刻を争う状況の中、ドナーが見つからないまま、長い時間が経過していました。



アリッサはガードナー選手にブレスレッドをプレゼントをしました。

その時「このブレスレッドは幸運のお守りよ。今夜きっとあなたにホームランを打たせてくれるわ。もしホームランを打ったら私にも良いことが起こるような気がするの」と言ったそうです。

少女からの思いがけないプレゼントでしたが、彼は受け取るのをためらいました。

何故なら、彼はホームランバッターではなく俊足を活かす機動力タイプの選手で、しかもレギュラー争いにも敗れて試合にもほとんど出場できず、いつマイナーに落とされてもおかしくない状況だったからです。

”打てるはずもないホームランを約束して期待を持たせるわけにはいけない”と思いましたが、心優しい彼は、精一杯の笑顔で受け取りました。

しかし、現実は甘くはありません。

当日の試合も、スタメンには入っていませんでした。

試合が始まり、アリッサは病室で観戦していましたが、その時、待ち続けたドナーが現れたという知らせが飛び込んできました。

彼女に起こった幸運に呼応したかのように、スタジアムでも小さな異変が起きていました。

スタメンの選手が審判の判定に抗議して退場処分となり、代わりにガードナー選手が急遽出場することになったのです。



アリッサの緊急手術が始まり、全身麻酔の薬が打たれているその時、ロビーでは歓声が上がりました。

ガードナー選手に打順が回って来たのです。

二人の約束を知っている人たちは、固唾を飲んでバッターボックスに立つ彼を見守りました。

その時の実際の映像が残っています。(下の動画)


           

神が奇跡を起こしたのではありません。

約束を果たそうとするガードナー選手の愛を帯びた強い意志(想い)により、神的なエネルギーが引き出されて、奇跡のようなパフォーマンスが発揮されたと思います。

彼の純粋な想いに対して、霊界からの働きかけもあったと考えられます。



アリッサの手術は無事に終わりました。

病室に帰り、試合のビデオを観た彼女は、「私のために走ってくれている」と叫び、回復するよう前に進むように後押しされていると感じたそうです。

彼の意志は、しっかりと彼女に伝わっていたのです。



出会うべくして出会い、それを機に人生が大きく変わる時があります。

その後の彼女ですが、順調に回復して大学に入学したそうです。

一方のガードナー選手ですが、ヤンキースのスター選手の1人となりました。



生きる力は、生命の根源である魂から湧き出しています。

その力によって、私たちは生かされています。

何かをしようとする意志が生まれた時、生きる力は引き出されます。

その意志が愛を帯びている時、神の意志(心)と一致しているために、力はさらに引き出されます。

結果として、想像を超える大きな力が肉体次元で発揮され、具現化する時があります。

奇跡のように見える現象は、法則の働きに則って起きています。



実現させるという強い意志を持てば、実現できます。

乗り越えようとする強い意志を持てば、乗り越えられます。



魂は、無尽蔵の神的なエネルギー源とつながっているからです。

自分の意志によって、その力をいくらでも引き出すことができるからです。

     


2024年6月23日日曜日

生命力について


3時間しか眠らなかったというナポレオンの話は有名です。

実際は、昼寝をしていて、会議の合間やお風呂でも眠っていたそうです。

そうでなければ、身が持つはずがありません。



肉体を休息させるために私たちは眠りますが、それ以外にも目的があります。

この世の人間は、肉体、精神、魂(霊)の複合体です。

眠りにつくと、魂は肉体から抜け出して霊界に赴きます。

そこで、日中にすり減らした生命力を充填して、鋭気を養っていると考えられます。



人間は数日間眠らないでいると、深刻な健康被害をもたらします。

さらに眠らないでいると、死に至ると言われています。

眠らなければ、生命力の充填ができず、枯渇すると心身が破綻してしまうと考えられます。



過労死は絶対にあってはなりません。

厚労省の基準では、月80時間(直近100時間)以上の時間外労働があると過労死と認定されます。

過労死をした人たちは、毎晩9時以降まで仕事をしていたことになるので、帰宅し食事や風呂を済ませると、直ぐに就寝時間となります。

けれども、長時間の労働で高ぶった神経(精神)が鎮まらずに、眠れない人も少なくないと察せられます。

眠ることができなければ、生命力を充填できないまま、次の朝を迎えることになります。



酸素が不足すると、息苦しさを感じます。

生命力が不足すると、生き苦しさを感じるようになります。

十分に眠ることができずに、(生命力が充填されないまま)昼間に消費してしまうと、さらに不足して行きます。

生き苦しさ我慢し続け、生命力の不足が閾値を超え、精神や肉体が破綻してしまう、それが過労死ではないかと考えています。

労働時間の超過は当然のことですが、睡眠時間の不足も過労死の大きな要因になっていると考えられます。



もちろん、起きている時にも生命力は流れ込んでいます。

何かをしようとする(目的が生じる)と、魂に生命力は流れ込み、それにより精神は活動して、肉体を働かせます。

誰かのために何かをしようとする時には、神の心と同調しているために、より多くの生命力が流れ込むと考えられます。

生命力が漲っている時は、生き生きとしています。



目的(意志)がないまま、精神を働かせていると、生命力の流入が伴わずに、生命力が費やされます。

やりたくないことを、無理にやらされている時などがそうです。

目的(意志)を持ってやっている人は、生命力が充填されるために、そうでない人に比べて疲労度は少ないはずです。



アウシュビッツ捕虜収容所で生き残った人たちは、過酷な状況においても生きる目的を持っていたと言われています。

目的を持つことで、生命力が枯渇せずに済んだと考えられます。



負荷がかかる坂道を上って行くことで体が鍛えられるように、苦しみのあるこの世を生きることで魂は鍛えられます。

苦しみが生じるような出来事に、怒ったり、嘆いたりすると、いたずらに生命力を消費して、余計に生き苦しさを感じてしまいます。

そんな時は、自分を成長させるために起きていると信じることで、生命力が再び流れ込み、その力によって前に進むことができます。



「乗り越えられない出来事は決して起きない」これは大切な真理の1つです。

乗り越えるとは、自分が変わることによって、それまで味わっていた苦しみから解放されることだと考えています。

この世で起きる出来事の霊的な目的は、苦しみや痛みを味わう中で、好ましい方向に自分が変わるためにあります。

けれども、負の感情が生じてしまうと、変わるための力が奪われてしまいます。



小学生の息子さんを、交通事故で亡くされたご両親がいました。

道路を渡っている時に、車にはねられてしまいました。

まだ小さかったので、標識の中に書かれていた「横断禁止」の意味が分からなかったそうです。



身も引きちぎられるような悲しみや苦しみを感じていたであろうご両親は、交通事故で亡くなる子供や、自分と同じ思いをする家族がいなくなって欲しいと願うようになりました。

そこで小さな子供でも分かるような標識に変える運動を始めました。

奮闘努力の末に実を結び、全国の道路標識にひらがなで「わたるな」の文字が加えられました。


子供やその家族のために役に立とうとする意志は、神の心と一致しています。

大きな生命力がご両親に流れ込んで、目的を成就させたと考えられます。

その生命力により、ご両親の魂も少なからず癒されていたと思います。

この標識を見て、渡るのを止めた子供も少なくないでしょう。

好ましい方向に世の中を変えようとしたご両親の魂も変わったと思います。



この世を生きる目的は、あの世に帰って、周りのためにより自分を活かせるようになるためです。

私たちを生かしている生命力の本質は愛だからです。





2024年6月9日日曜日

今を生きるために神を信じる


金太郎という名前の犬を飼っています。

肝臓にガンが見つかり、先月手術をしました。

終わった後に金太郎に会いに行くと、もう麻酔から醒めていて、いつもと変りなく元気に見えました。

先生から話を聞いたところ、ガンはかなり大きく出血を伴い、手術は大変だったそうです。

もし、自分が受けたのであれば、1週間位はベッドの上で痛みに耐えながら過ごすことになったでしょう。

回復力には驚くばかりでした。



身体を癒す力は自然治癒力です。

その力の存在がなければ傷口は塞がらず、身体にメスを入れることはできません。

病気を治す主役は自然治癒力であり、医者はその手助けをしていると言えます。



自然治癒力はどこから来るのでしょう?

源泉は神です。

全生命は神の一部としてつながっていて、生きる力(生命力)を受け取っています。

受け取った生命力が、身体を癒す力として働いています。



私の患者さんに、中年のサラリーマンの男性がいました。

ある日、口の中が痛いと来院されましたが、診ると歯ぐきがひどい炎症を起こして、ところどころから膿が出ていました。

急性の炎症を起こした理由は、免疫力が低下して、細菌の勢いが増したためと考えられます。

聞いたところ、仕事で大変なストレスがかかっていたそうです。

ご自身が受け取っている生命力の大部分が、精神活動に費やされてしまい、肉体まで回って来なかったために、免疫力が低下したと考えられます。



「取り越し苦労は大敵です。生命力を枯渇させて、霊性の発現を妨げます。」

シルバーバーチの霊訓には、こう書かれています。

取り越し苦労をすると、不安や心配などが生まれ、それが外部からの生命力の流入を妨げます。

流入した生命力は、魂⇒精神⇒肉体へと次元変換されながら伝わっています。

あれこれと頭で考え、不安や心配が強くなると、生命力の多くが精神で費やされてしまい、肉体に十分行き渡らなくなります。

肉体において生命力は免疫力や自然治癒力として機能しています。

つまり、取り越し苦労をしている人は、病気になりやすく、治り難いと考えられます。



ヒーリングの力も生命力の一種です。

免疫力が高まるのは、乳がんの患者さんにヒーリングを行った後に取ったデータ(下図)により証明されています。

ヒーリングをすると不安や怖れが和らぐのは、生命力の本質が愛であることを意味しています。

ヒーリング後に上昇したNK細胞活性(赤丸)


地上の人間は、肉体、精神、魂(霊)の3者の複合体です。

神から伝わった生命力により魂から意志が生まれ、その意志が精神を働かせて、肉体に命令が出され、肉体により表現されて完結します。

新しいこと、難しいことに挑戦する時、何とかしてやり遂げようとする意志が生まれます。

上手く行くように、精神が働いて、肉体を動かします。

ところが、精神は上手く行かなかった時のことも考えます。

あらゆる事態を想定することは必要ですが、その意識が過剰になると怖れや不安が生じてしまい、上手く行くのを妨げてしまいます。

やり遂げようとする力(意志)が、怖れや不安の感情により損なわれてしまいます。

力が出せなかった時は、そのような感情に支配されていることが多いです。



犬の金太郎を見ていると、つくづく思うことがあります。

それは「今を生きている」と言うことです。

過去や未来に捉われたりせずに、目の前で起きていることに真剣です。

回復が早いのは、生命力が精神によって損なわれることなく、治癒力として肉体に注がれているためと思います。



子供も生命力に溢れています。

動物と同じように、今を生きているからだと思います。

大人になるのに従い、自我が発達して、今を生きるのが難しくなって行きます。

過去を思い出しては、怒りや悔いなどの感情に苛まれてしまいます。

将来を考えては、心配や不安などの感情に捉われてしまいます。



百歳を越える人に長生きの秘訣を尋ねると、腹を立てないこと、くよくよしないこと、そんな答えが返って来ることが多いです。

生命力を損なう感情をなるべく持たないことで、肉体に回る生命力が維持されて、病気になりにくくなると考えられます。



それでも、生きているといろいろな出来事が起き、さまざまな感情が生まれてしまいます。

そんな時、シルバーバーチの霊訓のこの言葉を思い出します。

あなた方は一体何を恐れ、また何故か神の力を信じようとしないのです。宇宙を支配する全能なる神になぜ身をゆだねないのです。あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って、神の御胸に飛び込むのです。神の心をわが心とするのです。心の奥を平静にそして穏やかに保ち、しかも自信をもって生きることです。そうすれば自然に神の心があなたを通じて発揮されます。愛の心と叡智をもって臨めば何事もきっと成就します。聞く耳をもつ者のみが神の御声を聞くことが出来るのです。愛がすべての根源です。」

霊界にいるシルバーバーチにとって、神の力で生かされている私たちが、何故神の力が信じられないのか理解できないのかもしれません。

そして、こうも言っています。

「神の力は物質的な宗教的建造物ではなく、霊的存在であるあなたがた人間を通して流れます。もしあなたが確固たる不動の冷静さを保てずに怖気づいてしまえば、その力は発揮されません。あなたは神の一部なのです。神とは何か形がない遠い宇宙の果てにもやもや浮いているような存在ではありません。神はあなた方から切り離された何か別の存在ではないのです。あなたの内奥に宿された神性である愛を人生で発揮すればするほど、それだけあなたが神をこの世に顕現させていることになります。霊が進化・成長するとはそのことを言うのです。」

神は全宇宙であり、全法則と考えられます。

私たちは神(宇宙)を構成する一部として、地上を生きています。

全宇宙に無限に満ちている力によって生かされています。



愛と同じく、神も五感で感じられません。

地上においては、信じるしかないのです。

必要としている人は、信じられるようになる出来事を経験するかもしれません。

目に視えない最も大切なものに、経験を通して気付くことは、地上に生まれて来た目的そのものだからです。



神の存在を能動的に信じることによって、つながりが強くなり、そこから流入する力(愛)によって、怖れや不安や心配など無用な感情が払拭されて、今を生きる力が生まれます。





2022年9月18日日曜日

意志(思念)から始まる


人間の心は、日々変化しているようです。

朝起きると、心が軽く感じられ、頑張ろうと前向きな気持ちになる日もあれば、心が重く感じられ、何もしようとする気が起きない日もあります。

置かれている状況がそれほど変わらないのに、どうして違うのだろう? と思います。



心が軽い時は生きる力で満たされ、重い時は不足しているのかもしれません。

私たちは生きる力、目に視えない「生命力」によって生かされています。



肉体を動かしているのは、もちろん食物を摂取して得たエネルギーです。

しかし、生命力は食物から作り出されるものではありません。



生命力は神(全体)から供給されています。

その力を受け取っているのは魂です。



地上の人間は、魂と精神と肉体の複合体です。

魂から思念が生じて、それが精神を動かす力となっています。

精神が働いて、肉体に命令が出され、外に向かって表現されることを繰り返しながら、日常生活が営まれています。



思念の素となっているのは、生命力です。

精神を動かしている力と、肉体を動かしている力は別次元のものです。

2つの次元の力により、地上の人は活動をしています。

その証拠に、食物をたくさん食べても、精神活動が活発になるわけではありません。



精神を動かしている力は、魂から供給される力(思念)に依存しています。

つまり、生命力が不足してしまうと、それに伴って精神活動は停滞するようになります。

精神活動が停滞してしまう病気としてうつ病がありますが、その根本的な原因は生命力の不足と考えられます。



それでは、生命力を十分に受け取るにはどうすれば良いのでしょうか?

宇宙は神が顕現したものです。

私たちは、宇宙を構成している極小の一部です。

神の一部として、私たちは存在しているのです。

生命は全体(神)とつながっていて、霊的なネットワークを形成していると考えられます。

そのつながりを通して、生命力を受け取って、私たちは生きています。



全体(神)との間には、いくつかの障壁が存在し、生命力を受け取るのを妨げています。

最も大きな障壁として肉体があります。

肉体には五感があり、そこから入る情報は圧倒的であり、霊的な感覚を著しく低下させています。

そのために、ほとんどの人は生命力を感識することができず、その力によって生かされている事実を知りません。

神や霊界(霊的次元)に意識を向けようとしないので、十分な生命力を受け取るのは難しくなります。



生命力をどれだけ受け取るのかは、魂の資質(霊性)によっても左右されます。

霊性の高い人ほど、神とのつながりが深くなるために、多くの生命力を受け取れると考えられます。



地上の自我も、大きな影響を与えています。

恐怖を感じると、生命力の受け取りが大きく妨げられます。

それに伴い精神活動も抑制されて、何も考えられなくなってしまう時があります。

また不安や心配や取り越し苦労の念が生じると、魂の周囲にバリアのようなものが張り巡らされ、外部から送られてくる生命力の流れを妨げてしまいます。



生命力が不足している時は、全体(神)とのつながりが弱まっています。

そのために、実体のない不安や怖れが生じるかもしれません。

うつ病の人に見られる不安や怖れは、そのために起きている可能性があります。

そう考えるのは、うつ病の人にヒーリングにより生命力を流入させると、精神が安定し不安や怖れが和らぐからです。

外部との接触を断って、家に引きこもってしまう人がいますが、やはり生命力が不足しているために、不安や怖れが生じていると思われます。



生命力とは、内部(魂)から湧き出す力に、外部(霊)から送られてくる力が付加されたものと考えています。

内部から生命力は、何かをしようとする意志が生れた時に湧き出します。

意志を完遂させるために、外部の存在から援助の力が加わる時もあります。

意志(思念)という力が起点となり、内部と外部から力が与えられて、具現化されて行きます。



地上では、自分の意志がないのに、何かをしなければならない時があります。

好きでもない仕事をする時や、命令されたことをただしている時がそうです。

そのような時は、生命力を十分に受け取れずに、精神活動をさせることになります。

長く続くと、生命力が枯渇し始めて、心身に障害が出ることがあります。

過労死という悲惨な出来事は、その状態が極まった時に起きると考えられます。



生命力が枯渇しないためには、「やらされている」のではなく、自分の意志で「やる」という気持ちに転換することが必要と考えられます。

それにより、生命力を受け取れます。



絶望的な状況に陥ると、前向きな気持ちになれず、何をする気も起きないかもしれません。

そうすると、十分な生命力を受け取ることができなくなり、不安や心配が生じてしまいます。

そんな時こそ、「乗り越えられない困難(試練)は与えられない」という真理を思い出して下さい。

そして「乗り越えられる」あるいは「乗り越える」という意志を能動的に持つことが大切です。

そうすることで生命力が供給され、精神活動が再開し、具現化する方向に向かって動き出します。

同じような理由から、病気の人も「絶対に治る」あるいは「必ず退院する」という意志を持つことが大切です。



病気ではないのに、何もやろうとしない状態が続いても、生命力は受け取りにくくなります。

全体(神)とのつながりが希薄になり、不安や怖れが生じてしまう可能性があります。

そんな時には、取り合えず何かを始めてみましょう。

生命力が供給されて、不安や怖れが解消されるかもしれません。

簡単にできるところでは、歩いて○○に行こう、○○を見に行こう、おしゃべりをするのも良いかもしれません。



始めようとすることが、人や動物や社会のためになることであれば、自然法則と一致しています。

神とのつながりが深くなり、さらに生命力が流れ込むはずです。

外部からの援助の力も期待できるでしょう。

生命力で満たされてオーラは輝き出し、不安や怖れは一掃されて行くと思います。



生きている目的は、自分を成長させるためです。

活動をしている中で、成長の機会が訪れます。

何もしなければ、その機会が訪れることがなく、成長は望めません。



生命は活動する宿命を持っています。

休むことは許されても、ずっと留まっていることは許されません。

何もしようとしないのは、自由を束縛されるのと同じで苦しみを感じます。

その苦しみは、自分を変えるように促しています。

後ろではなく前を向くよう、止まっていれば進んで行くよう、自然法則は働いています。



次の世界に行けば、何もしなくても生きられます。

とても楽な世界ですが、ただ生きているだけでは成長しません。

誰かのために、何かをすることで、私たちは成長するようになっています。



地上では肉体があります。

そのために、意識がどうしても自分に向いてしまいます。

何かをしようとする時に、自分の欲求に打ち克つ意志が必要になります。

そして、自分の意志を肉体を通して具現化するためには労力を伴います。

その労力が意志を強くさせます。

地上は意志を強くするのに、適していると考えられます。



待ち受けているのは、思念の世界です。

意志の力により、変わって行く世界です。

意志がなければ、何も始まりません。

地上を経験して強くなった意志は、次の世界をより良くするため、誰かのために、何かをするために活かされます。

次の世界で大きく成長するために、この地上を生きています。