2022年5月1日日曜日

カルマについて


「カルマ」と言う言葉を知ったのは、今から27年前です。

地下鉄サリン事件が起こり、主謀者が被害者は「カルマを清算するために死んだ」と言っていました。

得体の知れない宗教団体の教祖が、無茶苦茶なことを言っていると、その時は思いました。



それから10年の月日が流れ、霊的真理と出会いました。

カルマは宗教が作り出した、架空の概念ではないことを知りました。

自然法則の働きによって、実際に生じています。

私自身に起きた出来事を通して、因果律の働きとカルマの存在を実感しました。



自然法則に反した行いをすると、自動的にカルマが生じます。

カルマは自然に消滅するものではありません。

何かしらの苦痛を伴う結果を生じさせます。



病気や障がいの多くはカルマによって生じると思われていますが、自然法則に反した行いをしていたとは限りません。

さらなる魂の向上を志願して、病気や障がいが生じる身体に宿ることもあります。



ある日突然、降って湧いたように出来事が起きて、それが苦痛を伴うものであれば、カルマの存在を否定できません。

私たちが知ることのできるのは、この世の人生だけです。

原因が全く判らないのであれば、生まれる前にあるのかもしれません。



もし、死んだら終わりと考えるのなら、カルマなど存在しません。

起きること全てが偶然です。

運が悪かったと諦めるしかありません。



死後にも生があります。

生まれる前にも生があります。

そのことを認められるなら、偶然ではなく、生まれる前に何か原因があって、因果律の働きによって、この世に結果が生じていることを認められるはずです。



カルマの解消は、償いであると同時に学びです。

自然法則の働きを、苦痛を通して学んでいます。



霊的な法則を、言葉で表現するのは難しいです。

神の摂理は愛です。

愛を表現するのを妨げることは、自然法則に反しています。



疑うこともそうです。

地上では人の心の中が判りません。

どうしても疑ってしまいます。

神が求めているのは信じることです。

信じなければ、魂はつながらず、対象に愛を表現することができません。

疑うことにより、望ましくない結果が生じます。

そのことは、今、起きている戦争を見れば明らかです。

疑いから怖れが生まれ、怖れから逃れるために、力によって屈服させようとしています。



神の摂理に反する行いに対して、苦痛を伴なう結果が生じます。

今の苦痛は相手のせいと思ってしまうと、それが新たな怒りや憎しみを生じさせることになり、さらに苦痛が増長されることになります。

その想いを行動によって表現すれば、攻撃的なものとなり、それにより新たなカルマが生じて、それが苦痛となって自分に返ってきます。

悪循環を断ち切るためには、他者のせいにするのを止めなければいけません。



カルマが解消されないうちは、学ぶことができずに、苦しむことになります。

どうしようもなくなった時に、魂が目覚め、真実がひらめきによって提示されるかもしれません。

「苦しみの原因は自分にあり、自分自身が変わらなければ続くことになる」

そのことを学んだ瞬間、自分が変わり始め、苦しみから解放されて行きます。



全ての出来事は、自分を成長させるために起きています。

自然法則の働きによるものであり、そこに神の意志が反映されています。



カルマが解消されるまで、成長が許されません。

償いが終わるまで、自分が変ることが許されません。

自然法則の働きを学ぶことが許されません。



例えば、人を裏切り、貶めた人がいたとします。

その行為は自然法則に反しているので、どこかで因果律が働いて、苦痛を伴う結果が生じます。

今生で生じなければ、次の地上の人生に持ち越されます。



ある日、何かに裏切られることになるかもしれません。

原因が過去の人生あり、因果律が働いていたとは思いません。

人や社会を恨んだりします。

あるいは、運命を呪ったりするかもしれません。

その想いが、自分の成長を妨げることになります。



愛を表現すること(誰かのために何かをすること)で、人は成長します。

憎しみや恨みを抱いているのに、他者に愛を表現することができるでしょうか?

怒りや憎しみや恨みの感情が生じているうちは、成長ができなくなります。

その感情は、自分の行為により相手に与えた感情と同じものであり、同じ大きさになります。

怒りや憎しみや恨みの感情は、自らのカルマによって作り出されている可能性があります。

周りのせいではなく、身に起きた出来事の原因は自分自身にある可能性があります。



神の叡智は完璧です。

罪を自覚させ、改めるような出来事を生じさせます。

償いに過不足はありません。

カルマが大きいほど、その感情が強くなり、長く続きます。

感情に苛まれ、苦しむことが、過去の行為の償いとなっています。



感情が消えて行き、苦しみから解放されたのなら、償いが終わる時が来たのです。

人を苦しめることになる、過去に自分がしていた行為は、絶対にしないという心境になります。

このようにカルマは解消され、最後に学びへとつながっています。




14 件のコメント:

tomoko さんのコメント...

イクミ様
彼の奥様に、引き続きヒーリングをし続けていて下さってたのですね…
本当にありがとうございます。
最初、かなりのエネルギーが流れたとおっしゃっていたのですが、だんだんと流れ方に変化はありましたでしょうか?

イクミ さんのコメント...

tomoko様

こんばんは。
私の感覚では、初回が1番流れを感じて、それ以降は同じくらいです。

tomoko さんのコメント...

そうでしたか…
最初でかなり充電されたのかもしれないですね‥
本当にありがとうございます。
感謝します。

あさよ さんのコメント...

いくみ様
ブログ読ませて頂きました。

オウム真理教のサリン事件の年1995年、弟が亡くなったので記憶により深く残っています。

カルマ…
いまこの世に存在している
コロナは人間の犯してきた行為の結果だと私は思うのです
ですから、少しでも、人に優しく差別等せぬように生きたいと思っています。
カルマの解消は、償いであると同時に学びなのですから

愛を表現すること(誰かのために何かをすること)で、人は成長する
心にひびきます…
私はこれからもそう生きたいです。

いくみ様
私の修行はこれからも、まだあるんだと
いくみ様のブログを読むたびに感じます
側で…そうだょ!!と主人が笑っています。

本当にありがとうございます。

ラッパ吹き さんのコメント...

旅路の友たちへ

学ぶことを やめないで
学ぶことを 恐れないで
学ぶことを 諦めないで

学ぶことは 過ちを犯すこと
学ぶことは 躓き倒れること
学ぶことは そしてまた立ち上がること

裁くのは 人の業にあらず
裁くのは 神の業なれば
人の業の 人の言葉の
何の怖るることやあらん

“あなたたちの中で 罪を犯したことのない者が
この女に、まず石を投げなさい”
ヨハネによる福音書 8章7節

♫繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る

いつも何度でも
https://youtu.be/v6VWTSdWmhk

イクミ さんのコメント...

あさよ様

こんばんは。
早速読んでいただき、ありがとうございます。

サリン事件の年に、弟さんが亡くなったのですね。
若かったので、ご家族は悲しまれたでしょう。

そうですね。
私もコロナは人類全体に生じたカルマだと思っています。
地球上で人間に逆らえる生物はいません。
神は、小さな小さなウィルスに人間の行動を制御する役割を組み込んだと考えています。

カルマが解消するまで成長はできないとシルバーバーチの霊訓には書いてありますが、成長を妨げる愛に反する感情に苛まれる出来事が、因果律の働きで起きると考えています。
誰かに罰せられるのではなく、自分自身の感情に苦しむことが償いになると考えています。

成長のためなのか、カルマの解消のためなのか判りませんが、地上は苦しみと無縁で過ごすことは出来ません。
毎日が修行です。
ご主人は、そのことが良く判っているので、傍で励まし続けているのだと思います。


イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんばんは。
いつもコメントを送っていただき、ありがとうございます。
霊的真理を知ると、過ちとはどんなことなのかが、はっきりと判るので、今生で作るカルマは少なくなると思います。
ただ、真理を知っていて過ちを犯すと、カルマが何倍にもなるので、気を付けなければなりません。
神の存在を知った者は、嘘偽りのない人生を歩まなければなりません。

この曲を聴くと心が慰められます。
https://www.youtube.com/watch?v=Wx3VY62uJCk&list=RDMM&start_radio=1&rv=xcmVQTlHiNU

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、

ありがとうございます。
アンドレ・ギャニオンさんの音楽も朝焼けと日の出の映像も素晴らしいですね。
どんなにうちのめされても、陽はまた登ります。

永遠の旅路の私たちが、嵐に遭遇するのは避けられないこと。
でも、嵐はいずれ去ります。

激しい嵐に叩かれ傷ついても、それを分かり合える仲間がいます。
恐れないで、怯まないで、歩み続けて欲しい。また立ち上がって、歩き始めればいいんです。
(そう、自分を許して。)

祈りが旅路の仲間のみなさんの心に届きますように。

ラッパ吹き

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、

カルマについて考えていました。

コロナウィルスは人類全体に等しく降りかかったもの。でも、一人ひとりの置かれた環境でその影響は大きく違ってしまいます。

さまざまな理由から経済的困難に苦しむ人たちがいます。ご飯も食べられない子どもたちがいて、ご飯をあげられないお母さんやお父さんがいます。

生きるのがつらくてつらくて、日々が一分一秒が苦しみでしかなくて、なぜなんのために生きているのかわからない人がいます。
生きる力を失ってしまった人もいます。

なぜ、これほどに苦しむ人たちが増えてしまったのか。とても一人ひとりの責任やその人の個人のカルマとは思えないんです。

カルマには、一人ひとりのものも国や地域や民族や家族やのものもある、とシルバーバーチ霊は述べられていたと思います。

すみません、考えがまとまらないのですが、個人のカルマと集団のカルマのことが心に引っかかっているのだと思います。

弱い人びと、今日食べるごはんがない子や、そのごはんをあげるお金がないお母さん、それが集団のカルマからだとしたら、それはあまりにつらい、と。

考えがまとまらなくて、尻切れのままですみません。

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんにちは。
そうですね。
私もそう思うことがあります。
何度かこのブログにも書きましたが、地球温暖化は人間が作りだしたカルマの結果です。
しかし、その被害を1番被っているのは、アフリカなど経済活動をそれほどしていない国々の人々です。
全く罪のない動物たちの被害も甚大です。
二酸化炭素をたくさん出している国の人ほど、快適な空調の中にいて、贅沢な暮らしをして、我、関せずのように見えます。
理不尽にしか思えませんが、神の目から見れば、地球上の全ての生命は霊的に1つであり、運命共同体なのかもしれません。

飢えた人たちや動物たちを救う過程で愛が発揮され、それによりカルマが解消されて行くはずですが、残念ながらそうなっているとは言えません。
利己的で物質的な考えを、根本から改めない限り、カルマは解消されないと思います。

弱い人たちや貧しい人たちの受難に対して、何らかの霊的な埋め合わせがあると思います。
また、救える立場にあったにもかかわらず、何もしなかった人たちには、霊的な報いが生じことになると思います。

シルバーバーチは、神の摂理の働きに驚嘆するばかりと言っていますが、苦難が報われ、一方で過ちを正すような苦痛が生じることで、神の公正は保たれていると信じています。

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、ありがとうございます。

そうですね、世界中のヒトすべてが(私たちが考えているより遥かに)密接につながっている。ということなんですね。

アフリカの人たちをはじめ世界各地のひとたちが、コロナや戦争や内戦や民族紛争に苦しむのも、私たち日本人は無関係じゃない。
高校や中学の社会で学べば、私たちが世界の富を奪っている側にいるということははっきり知るんです。私たちはみんな知ってるんです。そのために、飢えて死ぬひとがいて、そのために、戦争が起きている。
その奪う側に生まれることを、私たちは選んだ。だから、その責任がある。

重いです。でもそれは自分が選んだ。。
動物を守ること、瀕死の野良猫を保護して助けている人がいます。
食べるご飯がない子どもたちを救っているたくさんの人たちがいます。行政も、あの「福祉なめんな」のとんでもない人たちばかりじゃありません。助けたくて助けたくて頑張っている人たちがいます。(私の上司だったりします)

みんなが、自分のできることをすればいい。
お金は、潤沢に持っている人なんてごくわずかです。みんなギリギリ、どころか生きられるかどうかさえわからない。募金する前に、この先、生きられるかどうかさえわからない。

ビル・エヴァンスが言っていました。動画がYouTubeにあります。正確ではありませんが、こんな主旨の言葉です。

「戦争、貧困、飢餓、今大変なことはたくさんある。とても全部は背負いきれない。
だから僕は自分にできることに僕のすべての力を注ぐんだ。それは音楽だ。
ひとつに集中すれば、そこからすべてに良いものが波及して行くと思うんだ。(僕にできることが-音楽が-それに集中すれば最大の良いことをもたらしてくれると思うんだ。)」

私たちも同じだと思うんです。
募金できる人は募金、ボランティアできる人ならボランティア、行政の人、企業の人、みな同じ。

何もしなくていたらカルマを背負ってしまう、じゃなくて、罰の恐れからじゃなくて、心に感じるものがあったら、素直に何かする。自分にできることをする。
それは、ビルみたいに音楽かもしれないし、電車で席を譲ることかもしれない、ゴミを拾って捨てることかもしれない。小さなことでいい。なんでもいい。

だれもが、自分にできることがある。
それを、少しずつすればいい。
(私は、ビルみたいにラッパで役に立ちたいと願っています。趣味や道楽じゃないんです。)
それが、小さなことが重なって大きな力になる。

真理を授かった私たちには、その責任がありますね。真理をまだ知らないひとたちの何倍も。何十倍も。

取り留めなく、思いつくままに、すみません。

ラッパ吹き

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんばんは。
飢えている人がいたり、戦争で苦しんでいる人がいますが、対岸の火事に思いがちです。
どうすれば良いのかと考えても、出来ることは限られています。
金銭的余裕がなければ、募金もできません。
私がどうかと思うのは、巨万の富があって、分け与えようとしない人たちです。
上位1%が世界の富の約半分を所有していると言われています。
神の目には、富を蓄え過ぎている人がいるために、飢える人がいると映っているのではないでしょうか。
自分が稼いだお金をどう使おうと勝手であり、貧乏人のやっかみと言う人がいるでしょうが、後でシェアしなかったことを後悔すると思います。

今の自分にできることをする、私もそう思います。
世の中を憂うだけでは、何も変わりません。
霊的真理の普及は何より大切です。
それ以外の時間も大切にしなければけません。
シルバーバーチは、霊的成長は、思いやりの心、寛容の精神、同情心、愛、無私の行為、そして仕事を立派に仕上げることを通して得られると言っています。
社会奉仕にもつながる仕事を精一杯することも大切だと思います。

真理を知った人は義務が生じるという言葉は重いですね。
悔いがないように生きるしかありません。

tomoko さんのコメント...

イクミ様、栗男様、Miki様
昨日、彼の奥様の精密検査の結果が出ました。
結果は、いい状態ではないが、まだ癌化はしていない、でした。
細胞が悪くなっていかないように、生活に気をつけながら、定期的にエコーで検査をしてきましょう、という話になったそうです。まずは一安心です。
イクミ様、栗男様、Miki様のヒーリングのおかげだと思います。
きっと良い作用があったのだと思います。
本当にありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

tomoko様

おはようございます。
昨日、彼の奥様の検査の結果が出て、まだ癌化はしてなかったのですね。
良かったです。

また何かありましたら、連絡して下さい。