最近、歯科の診療をしていて、歯ぎしりや喰いしばりをしている人が増えて来たと感じています。
下の写真のような特徴が舌に現れていると、喰いしばりをしている可能性が高いと思われまます。
その大きな要因として、ストレスが挙げられます。
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| 川上歯科HPより |
このような特徴は私はありませんが、仕事をしていてストレスを感じる時があります。
指示した通りにスタッフが動いてくれずに、予想外に手間取ったりした時などです。
また、自分が失敗すると、自分に対してストレスを感じることもあります。
ストレスは地上ならではのものです。
不完全な肉体を使って自己表現しているために、思っている通りには行きません。
自分の思いや考えを言葉にして伝えても、それが上手く相手に伝わっているとは限りません。
そして、自分とは違う人間と同じ平面で生きていることも、ストレスを感じる大きな要因になっています。
霊界に行くと肉体がなくなります。
そこは魂と思念の世界であり、想ったことがそのまま表現されています。
言葉を介さずに、相手の魂に思念が直接伝わるので、地上のような齟齬は生じません。
周りには自分と似通った人たちしかいないために、想いは十分に理解され、共有されます。
どちらにいたいかと聞けば、ほとんどの人は霊界と答えるでしょう。
でも、今いるのは地上です。
明確な目的があって、生まれて来たと考えられます。
いざ生まれてしまうと、死ぬまで霊界に帰れないので、1つの挑戦と言っても良いのかもしれません。
受胎と同時に、魂(意識)は肉体の中に入ります。
地上に誕生すると、五感から入る情報が圧倒的になり、物質の存在感は極めて強くなります。
そのために、肉体こそ自分であり、この世界が全てであると錯覚してしまいます。
本当の自分とは魂です。
そんなことなど意識しないで過ごしていますが、精神的に徹底的に追い詰められたり、生死にかかわる体験をして、奥で眠っていた本当の自分(魂)が目覚める人がいます。
シルバーバーチの霊訓にはこう書いてあります。
「魂は肉体の奥深くに埋もれているため、それを目覚めさせるにはよほどの体験を必要とします。悲しみ、無念、病気、不幸等は地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。悲しみは、魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に深甚たる意味を持ち、それが魂の琴線に触れた時、一番よく魂を目覚めさせるものです。」
深刻な病気を経験して、生き方や考え方が大きく変わった人がいますが、そんな人も魂が目覚めたと思われます。
直木賞作家の西加奈子さんは、移住先のカナダで乳がんを宣告され、両乳房の摘出手術を受けましたが、インタビュー記事の中にこんなことが書かれていました。
「たったひとつしかない自分の体をめちゃくちゃ愛するようになると、他人の体もたったひとつなんだ、と大切に思うようになります。そうすると、こんなにがんばっていて、こんなに愛おしい私たちに、絶対ひどいことをさせないって気持ちになるんです。こんなに大切な私たちに、苦しい思いをさせたくないじゃないですか。」
ご本人は魂が目覚めたとは思っていないでしょうが、目覚めたからこそ、自分や他者への労りや思いやりが何より大切に思えるようになったと考えています。
ヒーリングを行った人の中にも、魂が目覚めたと思われる人がいます。
医院の患者さんに、家庭に不満を抱え、表情も暗く、体調もすぐれず、長い時間家の中に引きこもっていた40代の女性がいました。
もしかしたらお役に立てるのではと思い、仕事が終わった後にヒーリングを行いました。
それからしばらくして医院に来ましたが、表情は見違えるほど明るくなり、活気に満ちていて、今度ピアノのリサイタルを開くので、聴きに来ないかとチケットを渡されました。
ご本人が自分の変化に驚いていました。
人間には、受胎した瞬間に生まれる自我(地上的な自我)があります。
その自我は、成長とともに働きが強くなって行きます。
強くなり過ぎた自我を、エゴと呼ぶのかもしれません。
地上に生まれる前は、霊体によって自己表現しています。
霊体を使って自己表現しているのが、「霊的な自我」です。
魂が目覚めるとは、地上的な自我(エゴ)により自己表現を阻まれていた霊的な自我が前面に出て来ることを指すと考えています。
生まれて来た目的は、地上での経験を通して、学び成長するためです。
そのために必要な出来事が起きます。
出来事を経験することによって、魂が目覚める人がいます。
魂が目覚めると、目に見えるものから、目に見えないものへと意識が向かうようになります。
本当に大切なものに気付いて、そこから学びが始まります。
お金や地位や物などの地上的なものへの執着が少なくなり、生命や愛や人とのつながりを強く意識するようになった人は、魂が目覚めているのかもしれません。
大切なことを学ぶための出来事が計画的に起きていると考えられます。
もし偶然に任されているとしたら、何度生まれたとしても、目的とする学びが得られる出来事は起きないでしょう。
「神は人間の一人ひとりが地上生活の期間中に必ず一度は生命の基盤である霊的真理を知るチャンスを用意してくださっております。」とシルバーバーチの霊訓には書かれています。
最愛の人を失い、これ以上ない悲しみ、耐え難い苦しみの中で、導かれるようにして霊的真理に辿り着く人がいます。
生命の存続や、この世に生まれた意味を得心したのなら、その人の魂は目覚めていると考えられます。
人生は行き当たりばったりではありません。
霊的な成長という目的を果たすための計画があります。
起きた出来事は必ず乗り越えられます。
その出来事は、神の創った法則の働きによって起きているからです。
神の心は愛であり、法則は愛に貫かれているからです。
苦しませるためでも、挫折させるためでもなく、霊的に大切なものを学び、自分(魂)を成長させるために起きています。
使い古された言葉ですが、神によって佳きに計らわれています。
正確には、神の法則の働きによって、神の心(愛)を表現する方向へと導かれていて、最後には悦びで満たされるようになっています。


