2017年3月5日日曜日

ガンを治す



医療技術の進歩は、目覚しいものがあります。

CT、MRI、PETなど検査機器の登場により、ガンはより早期に発見できるようになりました。

しかしながら、死亡率は数十年前と比べて、大きく下がっていません。

早期に見つけられるようになっても、死亡率がそれほど変わらないのは、何故なのでしょう?

それは、ある程度、進行してしまったガンに対し、有効な手立てがないからと思われます。



医者は、身体に現れた病変を診ています。

病変が、身体上から消失すれば、治癒と考えています。

けれども、根本的に治癒させるには、ガンを生じさせた原因を突きとめて、完全に取り除かなければいけません。



残念ながら、ガンを生じさせる原因は、良く判っていません。

原因が判らないので、肉体上の病変を消失させる、対処療法に終始せざるを得ません。

病巣を切り取って、放射線を照射し、抗ガン剤を投与して、ガン細胞を消滅せようとしています。

放射線治療は侵襲も少なく、効果的な治療法と考えられていますが、放射線自体が遺伝子を傷つけ、ガン化させる原因の1つになっています。

抗ガン剤については、分子標的薬など、副作用が比較的少ないものも開発されましたが、正常細胞にもダメージを与えてしまうのは避けられません。

肉(正常細胞)を切らして骨(ガン)を切ることを目指していますが、骨を切る前に肉が切られ過ぎて死んでしまう人がほとんどです。

良く考えてみれば、ガンは非自己ではなく自己です。

肉体の一部として、生きています。

変異しているとは言え、生きている自己の一部を消滅させようとする治療は、あまりにも暴力的であり、不自然です。



人は、肉体と精神から出来ていると、多くの人は考えています。

本当に、それだけなのでしょうか?

魂(霊)の存在を忘れています。

この世の人は、目に見える肉体と、目に見えない精神、そして魂から成る複合体です。

生命とは、肉体ではなく魂(霊)です。

死とは、肉体から魂が永続的に分離する、自然現象です。

この厳粛な事実を認めれば、医学はさらに進歩すると思っています。



人々を悩ましている病気の原因は、どこにあるのでしょうか?

肉体、精神、魂(霊)、それぞれの次元に原因が存在していると考えています。

感染症は、存在を確認できるウイルスや細菌などが原因なので、物質(肉体)的次元の病気です。

胃潰瘍は、ストレスという精神的次元の原因によって、生じることが多いと思われます。

魂(霊)と病気の関係を研究した医学的論文や書籍は、私の知る限りありません。

しかし、膠原病や遺伝性疾患など、原因不明の病気の多くは、霊的次元に根本原因があると考えています。



ガンにおいても、それぞれの次元に原因があり、生じていると思います。

喫煙を続けていれば、肺ガンになるリスクが高くなるのは周知の事実であり、発ガン性物質などの
環境因子とガン発生の因果関係は証明されています。

乳ガンや大腸ガンの遺伝因子も、すでに特定されています。

ガンの環境因子と遺伝因子は、肉体的次元の原因と思われます。

ストレスにより免疫力(NK細胞活性)が低下するのは、科学的に証明されています。

AIDS患者は免疫力が低下するので、ガンの発症率が高くなります。

この2つの事実から、ストレスが強くかかっていると、ガンになり易くなると考えられ、精神的次元の
原因が、ガンの増殖に密接に関係していると考えられます。



霊的次元にも、ガンの原因はあるのでしょうか?

多くのガンの根本原因は、霊的次元にあると考えています。

死亡率が減らないのは、霊的次元の原因に対し、医学があまりにも無関心であるからと考えています。



霊的次元の病気は、原因が生じた時期により、2つに分けられると考えています。

1つは受胎前に原因があって生じた病気と、もう1つは受胎後に原因が生じた病気です。

受胎前に原因があって生じた病気の1つとして考えられるのは、先天性の遺伝子疾患です。

疾患が生じたのは受胎の瞬間なので、原因はその前に存在しています。

受胎前に原因があったのであれば、受胎前にも生命があると言うことになります。



生命は、この世限りのものではありません。

記憶にはありませんが、ほとんどの人は過去世の経験があります。

そして、今、この世を経験しています。

死んだ後に、またこの世に生まれて来る人も多いでしょう。

何回も生まれ変わる目的は1つであり、魂を成長させ、真実を学ぶためです。



先天性の疾患を持つ人は、病気を通して成長し、真実を学ぶため、あるいは過去世の過ちを償うために、自らが選択し、その肉体に宿ったと思われます。

側から見れば不幸に見えるかもしれませんが、自分自身で決めたことであり、全人生を通して、当初の目的を果たしています。

いかなる医学的処置も奏功しないのは、治ってしまっては、この世に生まれた目的が果たせなくなるからです。



ガンについても同じです。

ガンになるのが予定されていた人と、受胎後に原因が生じてガンになる人がいると考えられます。

人生のある時期に、これと言った原因も見当たらずに、ガンになる人がいますが、そんな人は予定されていた可能性があります。

もし、そうだとすれば、たとえ亡くなったとしても、決められていた寿命が来たのであり、その人のこの世での成長と学びが終わったと考えられます。



同じガンであっても、受胎後に原因が生じたのであれば、しかるべき対処をすれば、治癒する可能性が十分あると考えられます。

この世で病気になることを、選択していなかったのであり、自らに原因がない場合も考えられるからです。



科学では、全ての感情や概念は、脳から生まれていると考えられています。

しかし、それは誤りであり、精神の上位にある、魂から生まれています。

魂から、さまざまな想いが生まれ、それが感情となって表現されています。

人に個性があるのは、魂に個性があるからであり、豊かな感情が生み出されているからです。

魂(霊)の存在を認めれば、生命や感情について、論理的な説明が可能になります。



誤解を怖れずに言えば、ガンの根本原因は、「表現できなかった想い」であると考えています。

表現できなかった想いが、因果律の働きにより、ガンと言う病態となり、肉体上に表現されたと考えています。

過去に、口には出せないような、とてもつらい経験があり、それによって強い想いが生じていたにもかかわらず、肉体によって表現できずに、滞っていたと思われます。



肉体は、魂(霊)を表現する媒体です。

憤りの想いが湧き上がれば、顔を赤くして怒り、悲しければ、涙を流して泣きます。

魂から湧き上がった想いは、精神で感情となり、肉体で表現され、外に解放されて完結します。

想いは、物質的次元で具現化する「力」と言って良いのかも知れません。

五感には全く触れませんが、霊的次元では実在そのものです。



想いは消えてなくなるものではありません。

肉体で表現されない限り、想いという力は解放されずに内に滞っていますが、ほとんどの人は、そのことに気付きません。

けれども、想いが溜まると、心身の具合が悪くなることを知っているので、別の肉体的表現をしながら、外に出そうとします。

職場で溜まった想いを、同僚と酒を飲んで、吐き出す人もいます。

友達とおしゃべりをしたり、食べることで、解消させる人もいます。

運動をして、発散させる人もいます。

趣味に興じて、忘れてしまう人もいます。

それほど強くない想いであれば、何かに没頭することで、解放できると考えられます。

しかし、強い想いであれば、俗に言うストレス解消によって、解放するのは難しいと思われます。



現代社会で生きる私たちは、自分の内にある想いに気付きません。

その理由は、事務的な作業をこなしたり、パソコンやスマホと向かい合い、1日中、頭を使った生活を強いられているからです。

頭を働かせている時には、魂は休眠状態になっているからです。



内に強い想いが滞っていて、その想いに気付かないでいると、なぜ良くないのでしょうか?

人生には、予定されていたシナリオがあります。

シナリオの目的は、自分(魂)を成長させるためであり、必要な真実を学ぶためです。

そのシナリオに従って人生は展開し、人や動物や社会に奉仕する機会が訪れたり、目の前に困難や障害が立ちはだかります。

怒りや憎しみの想いがあったとしたら、心から奉仕をすることができるでしょうか?

強い怖れや不安があったとしたら、困難に挑戦し、乗り越えようとする気持ちが起きるでしょうか?

内に想いが滞っていていると、シナリオ通りの人生を歩めなくなってしまい、この世で予定されていた魂の成長が得られなくなってしまう怖れがあります。

それでは、この世に生まれてきた意味が、希薄になってしまいます。



神は自然法則を通して、私たちを成長させる方向に導いています。

内にある想いに気付かなければ、因果律の働きにより、肉体上に五感に触れる形となって現れます。

それが、ガンという病気の実体です。

想いに気付くため、そして解放するために、ガンという病気が存在します。



ガンは生命を脅かす病気であり、病名を告げられた人のほとんどは、強い恐怖や不安を感じます。

「怖い、助けて」という思いを、多くの人は持つと思います。

人によっては、「生きる気力が失われてしまった」と、絶望感を持ってしまうかもしれません。

孤独に怯えてしまい、「一人にしないで」と、心の中で叫んでしまう人もいるでしょう。

もしかしたら、内にあったのは、そんな想いかもしれません。



ガンは正常組織に浸潤し、破壊して、そして全身に転移して、増殖して行きます。

利己的で、周囲との調和を乱している組織と考えられます。

ガンの病態は、内に滞っている想いの様相を反映していると考えられます。

怒りや憎しみ、憤りに似た、言葉で表現できないような攻撃的な想いが、内にあったのかもしれません。



そんな強い想いを湧き上がらせた出来事が、過去の人生においてあったはずです。

あまりにも衝撃が強かったので、上手く言い表したり、行動に移せなかったと思われます。

内に溜まった想いが、自分本来の想いを表現するのを妨げるほど、強く、大きくなって行ったと考えられます。

日常の生活をしていて、何かの拍子に心の奥底に固いしこりのような感情に触れることが、今までにあったのかもしれません。

何とも表現できないような恐怖を感じたり、理由もなく湧き上がってくる怒りなどがあれば、それは過去に生じていた想いと思われます。



ガンの恐怖や不安は、内に溜まっていた恐怖や不安そのものです。

内に溜まっていた想いは、因果律の働きにより、肉体上にガンとして表現され、その時の恐怖や不安が、今の自分によって表現されています。

どうして自分がこんなひどい目に遭わなければいけないのかと言う、憤りの想いは、どうして自分がこんな病気にならなければいけないのかと言う、憤りの想いとして表現されています。

過去に生じていた強い想いは、長い月日を経て、ガンとなり蘇っています。



ガンを告げられれば、ほとんどの人は、生命の危機を感じて、医者に身を委ねます。

恐怖に襲われ、逃れるために、ガンを肉体から消滅させようとします。

医者はそれに応えて、目に見えるガンを外科的に取り除き、目に見えないガンを抗ガン剤で消滅させようとします。

自分の内面と向き合うよりも、恐怖から逃れるのが優先され、医者に治してもらおうとします。

ガンの恐怖は、過去の出来事から生じた表現出来なかった想いであるならば、医者がその想いを消し去ることは出来ません。



一方、発見された時すでに末期で、治療が出来ないと宣告された患者さんは、頼るところがありません。

深い絶望感、孤独感、死の恐怖に苛まれると思います。

ガンと正面から向き合わなければなりません。

自分の命を救う方法を、いくら探し求めても、見つけられません。

絶体絶命の窮地に追い込まれて行きます。

生命の危機にさらされ、深く思いを巡らします。

いのちとは?

何のために生きているのか?

頭でいくら考えてみても、答えは出て来ません。

そんな瞬間、頭を超えた何かが、目を覚まします。

本当の自分である魂が、長い眠りから、目を覚まします。



人は死にません。

魂はそのことを知っています。

頭で考えてしまうと、死の恐怖に怯えてしまいます。

死の恐怖から解放されるには、頭ではなく魂が主導権を握るしかありません。

死の恐怖、苦痛に追い詰められた末に、頭で考えようとする自我が吹き飛ばされ、ようやく魂が表に出てきます。

魂に目覚めた瞬間、内にあった想いに気付きます。

とても恐かったこと、そして強い憤りを持っていたことに、ようやく気付きます。



内にある、強い恐怖や憤りの想いを解放しなければいけません。

しかし、今、言葉や行動にして表現するのは困難です。



解放させる方法があります。

その時の自分に、愛を向けて下さい。



恐怖に怯え、震えていた自分を、あなたの愛により、安心させて下さい。

言葉にならない憤りを、あなたの愛により、鎮めて下さい。

その出来事を受け入れ、許すしかありません。

今の自分が許すのではなく、その時の自分が許さなければなりません。

今の自分が、その時の自分を愛することにより、その出来事は許されます。

これまでの人生の経験により、許すことが出来るほど、魂は成長したのです。

ガンという病により、想いに気付き、解放する時が訪れたのです。

恐怖に閉じ込められていた自分を、愛により救い出し、憤りに満ちたその出来事を許すことで、想いは解放されます。



とてもつらい想いをしている、その時の自分を心の中で思い描きましょう。

その時に近い、自分の写真を見つめながらであれば、もっと良いでしょう。

言葉も出せずにいた、その時の自分に、「良く耐えたね、もう大丈夫だから」と、優しく声をかけて下さい。

目を閉じて、心の中で、その時の自分を優しく抱きしめてやりましょう。

成長した今の自分が、その時の自分に心の底から共感し、慈しみましょう。

恐怖、怒りや憎しみの想いは、愛により解放されます。

涙にして、解放してやりましょう。

副作用はなく、費用もかかりませんので、少しずつで良いですから、毎日行って下さい。



肉体は魂を表現している媒体です。

想いが実像であり、肉体上のガンはその反映です。

暴力的に肉体からガンを取り除いても、想いという実像がなくなる訳ではありません。

想いという実像がなくなれば、肉体上のガンは姿を消します。

魂が浄化されて、肉体が浄化されます。



最も危惧されるのは、放射線や抗ガン剤により、肉体を浄化する免疫システムが破壊されてしまうことです。

魂に目覚め、想いが解放されて、治癒機転が来たとしても、免疫システムが正常に作動しなければ、生命(自然治癒)力が活かされず、肉体上のガンを排除出来ません。

摂理に反した治療により、免疫システムが破壊されてしまうと、神の摂理が働かなくなります。

治るべき人が、治らなくなってしまいます。



ガンという病気は、肉体と精神と魂の不調和から生じています。

その不調和を解消するには、愛と言う生命力が必要です。

自分へ向けた愛により、不調和が解消され、肉体上のガンは癒されて行きます。

ガンが癒やされた人は、愛の力で、魂が癒された人だと思います。





















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