2014年2月21日金曜日

ガンと霊的摂理


私は、ガンという病気を経験したわけではありません。

そのつらさは想像を超えるものだと思います。だから安易な気持ちで書きたくはありません。

ガンは、単純ではなく、根が深い病気だと考えています。

私には、まだ多くの人に知られていない、多少の霊的知識がありますので、その知識がガンという病気を理解する上で、少しでも役立てばと願っています。



からだの不調が続き、おかしいと思いつつも、仕事が忙しく、暇がないと、不調の原因を突き止めるのは、つい後回しにしてしまいがちです。

いよいよ症状が深刻になり、家族にも促されて病院に行くことになりますが、普段、行き慣れていない病院で、検査をしていくうちに、不安は高まっていきます。

そして主治医から、「ガン」という病名を告げられた時の衝撃は、経験した人でなければ分からないと思います。

医者により治療法が提示され、手術可能であれば手術をして、ガン組織を肉体から取り除いていきます。

そして今までと同じ生活に戻り、あわただしく過ごす中で、からだの異変に気付きます。

一番怖れていたガンの再発が現実のものとなり、何とか生き延びたいという願いから、医者が提示する治療に、わらをもすがる思いで臨んでいきます。

これは、多くの再発ガンの患者さんが辿る道だと思われます。

ガンは肉体を死に至らしめる病であるという認識は、恐怖心や不安感を生み出し、病気の治癒を妨げてしまうため、決して良いことではありません。



霊的次元から見たガンを、私なりの解釈で書いてみます。

ガンの発生原因は、環境や遺伝という肉体次元の原因を否定するわけではありませんが、主因は摂理に反した想い、怒り、憎しみ、妬み、恨み、貪欲などが蓄積して、魂のありさまが変わってしまったために起きると考えています。

からだの平和、調和、協調を乱しているガンは、魂が平和、調和、協調を欠いてしまった結果であり、内にあるものが、外に顕れて知らせていると思われます。

摂理に反した想いや行いに対して、因果律が働いて病気となり、相応の苦痛を経験して償うことになります。

かつてない苦痛と、逆境の経験は、心の奥底にまで響き、眠っていた魂を目覚めさせます。

長い、長い沈黙を破って魂が目覚めると、霊的な「生命」と「愛」が、最も大切なものであり、大切だと思っていた物的なものは、価値がないことに気付きます。

目に見えるすべてが輝いて見えたり、愛おしく思えてくるのは、魂が目覚め、神とのつながりが深まり、神の心である「愛」がふんだんに流れ込んできたためです。

神の愛により、不安や恐怖は追い払われ、さらに大きな生命力(治癒力)が流れ込み、魂は癒され、後を追うようにして、肉体の病は癒されていきます。



つまり、医学的にはガンを、遺伝子のコピーミスによる細胞の際限のない増殖と考えられますが、霊的には、内なる魂の変化が、外なる肉体の変化(病変)として現れたものと考えられます。

そして、医学的には、放置すれば増殖を繰り返した末に、母体の生命を奪ってしまうものと考えられますが、霊的には、摂理に背いた過ちを償い、魂を目覚めさせ、摂理に適った人生を歩ませるためにあります。



魂は、誰かに教えてもらい何かをしたり、知識を得たりして、目覚めるものではありません。

本当につらいことなのですが、自らが苦痛や苦難の経験をして、何とか乗り越えようと悪戦苦闘する中で、初めて目覚めます。

耐え難い苦痛や苦難にも意味があり、魂を向上させて、神の摂理を受け入れる土壌をつくっています。

従って、苦痛や苦難を経験し、魂が目覚め、大切なことに気付いたのなら、からだにガンが存在する理由はなくなり、治癒していくはずです。



しかし、多くの人は、ガンを単なる肉体次元の病変としてとらえてしまい、霊的次元に原因があることに、全く気付いていません。

めざましい医学の進歩にもかかわらず、死亡率が一向に低下しないのはどうしてでしょうか。

根本的原因を捉え損ねているためと、思えてなりません。



一方、余命数ヶ月と宣告された人の中で、手術や投薬もなく、奇跡的に治癒したり、または進行が止まっていたりする人がいます。

医学的には例外的な人として扱われ、問題にされませんが、根本的な治癒への糸口が、そこにあるのではないでしょうか。

その人たちに共通しているのは、ガンという病気になった意味を考え、内省し、考え方や、生き方が変わったことだと思われます。

ガンになる前に、ひたすら追い求めていた幸せや価値観と決別し、精神的、霊的に充足感が得られる生活に、変わっていると思います。

その人たちは、魂に目覚めたとは考えていないかもしれません。

しかし、結果として魂の窓は大きく開かれ、すべての源である神から、十分な生命力を受け取っていると思います。

太いパイプができて、ふんだんに生命力が流れ込み、ガンを治癒させたと思われます。

生まれ変わったように、活き活きとされている人が多く、一様に奉仕の心に目覚め、他者を慈しむ心、感謝の気持ちに溢れているように見受けられます。

神は愛であり、魂(生命)は神の一部であるため、魂に目覚めると、想いや行いは自然と摂理に適ったものとなります。

その摂理に適った想いや行いにより、神とのつながりがさらに深まり、より多くの生命力が流れ込み、ガンを封じ込んでいると思われます。

また生命力により、恐怖や不安は一掃されて、代わって、やさしさや、思いやりの心で満たされ、その表情は明るく輝いて見えます。



病気になったのは、偶然や不運ではなく、因果律の働きであり、必ず原因が存在します。

多くのガンの根本原因は、摂理に反した想いを持ち続け、魂のありさまが変わってしまい、不自然な生き方をしたことにあると思われます。

そのため、摂理に反した想いを抱くことになった過去の出来事があれば、正面から向き合い、事実を受け入れて、許すことが必要となります。

肉体上の変異した組織は、手術で取り去ったり、抗ガン剤で小さくすることはできますが、魂のありさままで変えることはできません。

埋もれていた自分の想いを知り、あるがままを認めて、許すことにより、その想いは手放され、魂のありさまは良い方向に変わっていきます。

ガンの原因となっていた想いを、自らが内側からなくしていかなければいけません。

そして、ガンという病気は、他力的な医療を受けることや、自力的な気力で立ち向かうには限界があります。

私は7年前に治癒力が出現しましたが、その生命力とも言うべき治癒力は、私の気(力)で作っているのではなく、外部から受け取り、患者さんに伝わっていきます。そのことが感覚としてわかります。

そして患者さんに伝わっていった生命力は、心を穏やかにさせ、肉体の病気を癒していきます。

たとえ唯物的な科学では否定されても、動かしがたい事実であり、「病気は生命力(治癒力)により癒される」さらに「魂が癒されることで、肉体も癒される」と、確信しています。



お伝えしたいことは、生命は魂であり、魂は神の一部であるため、すべての生命は神とつながっています。

生命力の源は神にあり、神とのつながりを深くすることにより、無尽蔵にある生命力(治癒力)を、どなたでも受け取ることができるのです。

その恩恵に授かれれば、百万の援軍を得たようなものです。



もし、存分な生命力(治癒力)を受け取ることができたなら、ガンは勢いを失い、やがて撤退していくことでしょう。

ガンの自然治癒は偶然でも奇跡でもなく、十分な生命力を受け取った結果として起こったと思われます。



生命力の源である神とつながっていることを意識(イメージ)し、穏やかで、明るい気持ちでいるようにして下さい。

そうすれば、より多くの生命力を、受け取り易くなると思われます。

さらに、神とのつながりを深めていきましょう。神は5感に触れるものではなく、摂理(法則)として全宇宙を支配しています。

お願いするのではなく、摂理に合わせることにより、自然と深まっていきます。



神の根源的摂理(心)は「愛」です。人や社会のために奉仕をしたり、人や動物を思いやり、やさしくすることも、愛の表現の1つであり、摂理に適っています。

また、世の中の平和や、人の幸せを祈ることも、愛の表現の1つであり、摂理に適っています。

利己的な祈りは神に届きませんが、「もう1度、世の中や人のために、役立たせて下さい」という、真摯な祈りは、神の摂理と一致し、つながりが深まり、病気を癒やす生命力(治癒力)が流れ込み、願いは叶えられるかもしれません。



神は愛であり、無限の叡智です。その可能性は人智をはるかに超えています。

いかなる状況からでも、治癒の道は開かれています。





参考ページ: 「ガンは愛により癒される」

         「ガン(癌)は怖くない!






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