死んだ後にも、生きる世界(霊界)があります。
あるのは確かですが、残念ながら客観的に証明することはできません。
眠っている間は、魂は肉体を離れて、霊界に行っています。
爽やかで、新鮮な気持ちで目が覚める時があります。
そんな時は、霊界でリフレッシュされ、余韻を残しながら肉体に戻って来たのではないかと考えています。
小さい時は悩みや心配などなく、日が暮れるまで無中になって友達と遊んでいました。
霊界も同じで、生きて行く上での悩みや心配はなくなり、友達よりもさらに親しい人たちと、やりたいことを思う存分することができるようになります。
霊界のことを知るほど、早く行きたくなります。
地上に戻ることなく、できるなら霊界で成長したいと思うのは、私だけでしょうか。
若い時、社会で成功することはとても大切であり、自分の価値の多くはそれで決まると考えていました。
少しでも高い地位、たくさんのお金を求めて、努力している人は少なくありません。
けれども、霊界に持って行けるのは自分(魂)だけです。
霊界に行ってしばらくすると、地上の人生を振り返る時が来ます。
想ったこと、言ったこと、行ったことの全てが、オーラに刻み込まれています。
自分の言動が、周りにどのような結果をもたらしたのかを知ることになります。
因果律の働きは、正確無比です。
人や動物に喜びを与えれば、相応の喜びとなり自分に返って来ます。
苦しみを与えれば、相応の苦しみとなって自分に返って来ます。
与えた喜びは自らの成長を促し、与えた苦しみは成長を妨げます。
成長したいと言う根源的な欲求が私たちにあります。
成長を妨げる原因(カルマ)を取り除かない限り、欲求を満たすことはできません。
原因(カルマ)を取り除くために、生まれて来た人も少なくないようです。
霊界で経験できないことを、地上では経験できます。
経験を通して大切なことを学び、自分に足りない霊的な資質を手に入れるために、生まれて来ている人も多くいます。
思念が直接伝わる霊界と違い、地上では自分の想いや概念を言葉に変えて、五感を通して伝えなければいけません。
けれども、自分の想いや概念を正確に言葉に変えられるわけではありません。
住んでいる場所によって、言語も違います。
言語が違えば、自分の想いを正確に伝えるのは、さらに難しくなります。
心が似通っている人たちだけと接している霊界と違い、地上では心が似通っていない人たちとも接して生きなければなりません。
たとえ自分の想いを正確に伝えられたとしても、考え方や価値観が違う人と、同じ想いを共有できるとは限りません。
お互いを理解し合うのが困難な世界に生きていると言えます。
肉体を持つことにより、意識は自分に向かいます。
自分が大切になるほど、他者の想いはどうでも良くなります。
これら地上ならではの要因によって、いさかいが起きやすくなります。
高じると戦争になります。
肉体を持たない霊界では、戦争は起こり得ないのです。
考え方や価値観が違う人間と共に生きているのが地上です。
そのことを、まず認識しなければいけません。
自分の考えの方が正しい、あるいは優っていると主張し合うのではなく、相違があるのは当然として受け止め、相手の考えを認めなければいけません。
肉体を介して自己表現しなければならないのが地上です。
思った通りに表現できるとは限りません。
表現できたとしても、意図した通りに相手に伝わらない時もあります。
不完全な人間が、完全に近づくために生まれて来るのが地上です。
不完全であるがゆえに、時に過ちを犯してしまいます。
自分は完全だと言う人がいますが、それ自体が不完全さを証明しています。
お互いが不完全な存在であることが認められたのなら、相手の過ちを許すことができるはずです。
侵害しようとする相手から自分の身を守ることは許されますが、相手の過ちを許せずに、感情に任せて報復したのなら、自然法則の働きに背いたことになり、好ましくない結果が返って来ます。
難しいことですが、感情を抑えて、因果律の働き(神)に委ねなければいけません。
地上は、認め合い、許し合うことの大切さを学ぶ場です。
寛容さが求められています。
それらが欠けていると、因果律の働きによって苦痛を伴う事象が起きて、経験的に学ぶことになります。
自然法則を貫いているのは愛です。
寛容であるためには、自己犠牲が求められ、大きな意味の愛を表現しなければなりません。
自然法則に叶っているので、好ましい結果が生まれます。
認められない、許せないのは、地上の表現媒体である自我(エゴ)の働きによるものです。
魂には神が宿っています。
エゴから生じた怒りや憎しみの感情は、内在している神の愛によって、完全に鎮めることができます。
自分にも神が内在していると強く信じましょう。
何が起きたとしても、そこから愛を引き出すことができたのならば、許すことができるはずです。
地上にいる私たちは、魂に内在する愛とエゴから生まれる感情の間で、日々揺れ動いています。
エゴに打ち克って、内在している愛を表現することで、霊性は発達して行きます。
それこそが、地上に生まれて来た目的です。
地上で身に付けた寛容の精神は、魂の財産として持って行けます。
博愛の精神となって、霊界で花開くと思います。


5 件のコメント:
イクミ様
年末の忙しい時期に、コメント失礼致します。
急ぎの内容ではありません。長文になります、お時間あります時に読んで頂けましたら幸いです。
実は、今年に入り、両親と縁を切りました。私の方から電話を着信拒否にして、一方的に離れました。
私の両親は今風に言えば、『毒親』といわれる人達です。本人達にはその自覚はないでしょうけれど。
幼少期から今日に至るまでの出来事をひとつひとつこちらに書く事は到底できませんが、たった一言で申し上げるなら『本来なら逮捕されるべき人達』でした。私はずっと虐待されていました。ライターで炙られた火傷の後もまだ体に残っています。飼っていた動物も平気で捨てる様な人達です。
子供は自分の所有物で親の意のままに動いて当たり前、言う事を聞かないなら殴って怒鳴り付けて指示に従わせたら良い、そんな人達でした。
父はまだ幾分、歳をとり丸くなった部分もありますが、本質は全く変わってないと感じます。母に至ってはもう救いようがありません。
それでも親ですから、これまでは何とか自分の感情に蓋をして、距離を保ちながら付き合ってきました。しかし、今年に入り様々な出来事がおき、完全に私の心の糸が切れました。
私自身、40代後半になり、残りの人生を心穏やかに生きたいと思ったのです。価値観の全く合わない、非常に利己的な両親と付き合うのはもう本当に限界なのです。
しかし、両親は連絡がつかないと言って、私の兄を使って連絡を試みたり、家に突撃してきたり、『親子でないか!』と泣き落としてきたり、しつこくされて参っています。
どうやら、両親とも70代になり、あちこち体の不調がおき、入退院を繰り返している様で、経済的にも困窮しているのか、しきりに金がない金がないと繰り返し言ってきました。たかられている様な気持ちになりました。当然、援助する余裕はうちにもありませんから無視しましたが。
とにかく連絡だけはつく様にして欲しいと泣き落としてくるので仕方なく父だけ着信拒否を解除しましたが、正直もう、何も聞きたくないし何も話したくないです。
両親の現在の様々な体調不良は加齢によるものだけではなく、間違った生き方や考え方をしてきたカルマが原因では?と感じてしまいます。
もちろんその両親を選んで生まれてきたのですから、私にも相当な前世のカルマがあるのは間違いありません。
…じゃあ、どうすればいいのか?ずっと自問自答してます。そんな中でイクミ様の過去のブログも拝見しながら、こちらの記事が目に止まりました。
ますます、わからなくなってしまって…。
許す、許さないではなく、とにかく私の直感が、『自分の身を守らなきゃいけない』と言ってるように感じたのです。
また、私は様々な苦しみの中で真理に導かれ今がありますが、真理を知ったからこその苦しみもあります。心が調和に向かうので、人との争いは避ける様になりました。死生観も随分かわりました。
でもそうすると、周囲との乖離が凄くあるんですよね…。
より一層、利己心の塊の両親と付き合うのは大きな苦痛となりました。
もちろん私も大変未熟な人間で間違いだらけですし、両親だけを責めるわけにもいかないですが、このまま自分の心を守るために離れて良いのか?どう対処する事を求められているのか?
答えがでません。
実家の周辺には私の兄や親戚も多数住んでおり、私がいなければどうにもならないわけでは無いはずです。みんなに負担をかけるのは申し訳なくおもいますが…。
常に真理に忠実に向き合っていらっしゃるイクミ様にご教示いただきたいのです。
忙しい年末にこのような相談をするのは大変心苦しいのですが、厳しい意見でも構いません。私の思いや考えに間違いがあれば正してください。
年明けの落ち着いた時で構いませんので、お時間あります時にご返信頂けますでしょうか?宜しくお願い致します。
ミカン様
こんばんは。
お久しぶりです。
ご両親との関係を書いていただき、ありがとうございます。
正直なところ、今までのミカン様とのやり取りから、このような環境で育って来られたとは想像できませんでした。
ミカン様が受けた仕打ちは虐待であり、言われるように今であれば逮捕されニュース報道されるレベルだと思います。
タバコの件もそうですが、消えることのない、心の傷を負っているとお察しします。
子供の時は、どんな親であっても頼るしかありません。
今は、独立されてご家庭を持っているので、関りを持たなくても済みます。
けれども、利己的な人は、利用できる者はことごとく利用しようとします。
霊的真理を知るほど、ご両親の未熟さや邪さが気になるようになり、腹立たしく感じられたことでしょう。
何でこんな人たちが、自分の親なのかと悲嘆され、何度も関りを断ちたいと思われたと想像しています。
今年、ご両親との縁を切ったと言われていますね。
しかしながら、携帯の着信拒否で切れるようなものではありません。
ミカン様が思い悩んでいること自体、つながりが続いていることを証明しています。
言われるように、ミカン様はこのご両親を選んで生まれて来ています。
利己的であることも、虐待を受ける可能性があることも承知していたはずです。
カルマがあったと言うよりも、魂の挑戦のように私には思えました。
誰もが優しい親を望みそうですが、反面教師として学びを得るため、逆境を克服する過程で成長を得るために、そのような親を選ぶ人もいます。
このブログにも、そう思える方からのコメントをいただきましたが、ご両親とは真逆の魂の方ばかりでした。
ミカン様もそのお1人ではないかと思っています。
さて、今の状況からどうすれば良いのか?
進む方向は、大きく2つに分かれます。
1つは完全に無視する、避ける。
もう1つは親子としての関りを継続する。
多くの人は、そんな両親ならば無視した方が良いと言うでしょう。
それだけのことをして来たのですから、当然と考えるからです。
育ててもらった恩があるのだから、無視してはいけないと言う人もいるでしょう。
霊的真理を知った人であれば、有形無形なものを与え続けなさいと言う人もいるでしょう。
けれども、与え続けたとしても、それを当然のことと考え、感謝するどころか、さらに要求して来る、底なし沼のような人であることを、ミカン様は知っています。
ご自身の家族まで崩壊してしまうことを、1番怖れていると思います。
悩まれているのは、縁を切ると決めたはずなのに、それに対してこれで良いのかと思う自分がいるからです。
決めたのは地上で自己表現している自我(地上の自我)であり、これで良いのかと思っているのは霊的な自我と思われます。
霊的な自我に内在する神(良心)が、その決断に疑問を投げかけているのかもしれません。
「身を守る」という直感は守護霊からものかもしれませんし、地上の自我から生まれたものかもしれません。
そのどちらなのかは判断しかねますが、守護霊からのものならば、それに従った方が良いと思います。
ただ、困難な親子関係に挑戦するシナリオがあったのならば、その直感(考え)は地上の自我から生まれたものと思われます。
そうであれば、エゴに負けてしまったことになり、死後に人生を振り返った時、成長をする機会を逃してしまったと、後悔することになるかもしれません。
シルバーバーチの霊訓にはこのようなことが書かれています。
「しごかれ、試され初めて霊性が発揮されるのです。鋼鉄と同じです。それ以外に方法はないのです。苦難を体験して初めて霊の高貴と崇高性が発揮されるのです。ですから、困難を魂への挑戦課題として歓迎するのです。それが地上人生の目的なのです。」
この言葉が、今のミカン様に当てはまるような気がしています。
そして、「乗り越えられない困難は与えられない」と言う真理があります。
私もその真理にしがみついて、つらい現実を乗り越えた経験があります。
今は苦しい状況であっても、いつか乗り越えられる時が来ます。
それはミカン様の成長に伴う心境の変化かもしれません。
あるいは、ご両親が病気などで追い込まれて、苦痛の中で心が変化するのかもしれません。
いずれにしても、いつまでも続くものではありません。
ミカン様でなければ分からないご事情は山ほどあると思います。
分からない人間が、とやかく言うのは気が引けるのですが、厳しい意見でも構わないと言うことで書かせて下さい。
真理を知った者として、一段高いものを求められている気がします。
全てを知っている守護霊が、予定されている方向に進んで行くように、ミカン様にコメントを書かせたような気がしています。
酷いことをし続けて来た人として捉えるのではなく、ご自身が学びを得て、魂を成長させるという契約を果たすために、どうしても必要な人として捉えて、エゴに打ち克つように努められた方が良いのかもしれません。
真理に従って、どうぞ進まれて下さい。
イクミ様
夜分に失礼致します。
お忙しい中、真摯にメッセージ頂きありがとうございました。何度も読み返しております。
真理に従うという事はやはり、そういう事になるのですね…。
もう霊的に罰せられてもいいから離れようと決めたのですが、そうはいかない様です。
自分が背負うべき十字架として腹を括らなくてはいけませんね。
私の人生って何なんだろうと、たまに思います。この年になっても、真理を知ってもなお、温かな家庭に、尊敬できる親の元に産まれたかったと、まだ思うのですから。前世は相当な極悪人だったに違いないです。自分の霊性と過去を振り返るとそう感じます。
乗り越えられない困難は与えられない。
励みでもあり、絶望する真理でもある…今の私にはそれが正直な所です。しかし、真理を知った者として一段高いものを求められているというのも納得いきます。
イクミ様にアドバイスを頂けて良かったです。
私の周りには真理を知っている人がおらず、なかなか相談できる人がいません。
慰めや同情が欲しいわけでもありませんし。
それに、親子関係についてはこれまで誰にも話した事はありません。主人も知らないですし、親友にも話していません。
思い出すのも辛いから。
また、両親は法に触れる行為もしており、到底、人には話せません。
それでいて外面だけはいいのでなかなか他人には理解されにくいと言うのもあります。
両親が変わる事は全く期待していませんから、私自身がもっと強く霊的に向上しないといけませんね。
簡単な事ではありませんが、私が乗り越えるべき課題なら挑むしかないです。
両親には、積極的に私から連絡はしませんが、向こうから連絡が来た際は何がしか対応していこうと思います。
今の私にできる事はそれが精一杯です。
イクミ様に相談して良かったです。
いつも真理に忠実に、真摯にメッセージを下さり、心からお礼申し上げます。
ミカン様
おはようございます。
前世が極悪人だったから、ご両親のことで苦しみを味わっているのではなく、難易度の高い人生を選んだと思います。
ご主人にもご親友にも話していないそうですが、ご自分の想いを分かってもらえる人がいなかったのはおつらかったでしょう。
ご承知でしょうが、神(法則)により厳格に裁かれます。
ご両親は向こうに行って、どれ程ミカン様の心身を傷つけ、辛い想いをさせていたのかを知ることになります。
償うための来世が待っているので、そんなご両親を哀れみ、これ以上摂理に反した行いをしないように祈りましょう。
私は真理を知って20年になりますが、地上で起こる全ての問題を解決すための答えがそこに書いてあることを知りました。
愛により全てが解決すると思っています。
愛を与えることでご両親が変わるのではなく、自我と葛藤する中で、真理に従って行動することで、ミカン様の魂が成長し、苦しみから解放されると思っています。
口で言うほど簡単ではありませんが、生まれる前の契約を果たしていることになります。
ただし、これはミカン様の契約です。
ご両親の過った自由意志により、ご家族に危害が加わるようであれば、守らなければいけないと思います。
動機が何なのかをご自身に問いかけて、行動するようにして下さい。
来年がミカン様ご家族にとって悦びに満ちたものになることを祈っています。
イクミ様
ありがとうございます。
自分の家族には悪影響が及ばない様に線引きしつつ、自分の責任の範囲で対応していきます。
それにしても、本当に気の毒な人達…。霊界では地上の様な言い逃れは一切通用しないでしょうから、相当な苦しみを感じることになると私も想像します。特に母の罪は非常に重くなるでしょう。もう仕方のない事です。
それでは、今年も残りわずかとなりました
。福にヒーリングをして頂いたり、私の悩みにアドバイスを下さったり、大変お世話になりました。
来年が、イクミ様にとっても素晴らしい一年になりますようお祈り申し上げます。
良いお年をお迎え下さい。
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