2014年4月7日月曜日

ガンを癒す



色とりどりの花が咲く、季節がやってきました。田んぼのあぜ道には、レンゲがやさしく、美しい色合いで、可憐な花を咲かせます。あたたかな陽差しとともに、春という季節が来たことを実感します。

大自然の営みは、すべて神の摂理(法則)に従っています。摂理を知る、知らない、信じる、信じないにかかわらず、正確無比に働いています。人が生まれ、死ぬのも、季節が巡るのも、森羅万象のすべては神の摂理により支配されています。人々を苦しめている病気も例外ではありません。

植物が美しい花を咲かせるのは、見る人を喜ばせるためではなく、蜂などの虫たちを惹きつけて受粉させ、子孫を残すという明確な目的があります。人が病気になるのも、医学では解明されない、深層に原因があり、明確な目的があったとしてもおかしくありません。

全世界で優秀な科学者が、ガンの原因解明を目指して日々研究をしているにもかかわらず、残念ながら原因は不明のままです。現代医学では認められていない、肉体より高次にある魂に、根本的な原因があると仮定した方が、合理的な説明ができると考えています。

魂は肉体の上位にあり、精神と肉体を支配しています。また、肉体は魂を表現する道具であり、媒体です。魂の変化は、肉体の変化として表現されます。従って、ガンという病変は、魂の変化を表していることになります。花が色鮮やかに咲いて、虫たちに存在を知らせているように、ガンは魂のありさまの変化を肉体上で分かるかたちとなって表れ、知らせています。

ガンを癒すためには、まず魂を癒さなければいけません。過去の出来事を振り返り、その時にどういう想いを抱き、どう行動したのかを省みる必要があります。

繰り返しますが、肉体は魂を表現するためにあります。魂の想いは、肉体を道具として、言葉や行動により表現されます。うれしいことがあると笑顔になり、うれし過ぎて涙を流して泣くこともあります。怒りがあれば、表情や言葉や行動で、想いを表すこともあります。また、困っている人がいたら助けたり、悲しいんでいる人を慰めるのも、魂の表現であり、心(精神)を経由して、肉体で表現しています。

しかし、悲しくても泣けなかったり、怒りを言葉や行動で表せなかったり、悔しい胸の内を聞いてもらえなかったりすると、想いが外に出ずに内に滞っていきます。想いが素直に表現できていれば問題はありませんが、うまく表せない状態が続けば、表現できなかった想いがうっ積していき、魂のありさまを変えてしまいます。悲しいことやつらいことがあると、多くの人は涙を流して泣きます。特に女性は涙を流して泣く人も多いようです。感情表現というよりも、泣くという行為により肉体で表現して、つらい想いを内に溜め込まないで、外に吐き出していると考えられます。心や魂の健全さを保つために、無意識にしているのかもしれません。喜びの想いであれば、たとえうまく表現できなくても心配はないのですが、とてもつらいことを経験し、その想いをうまく表現できずにいると、後に問題となるかもしれません。なぜなら、つらい経験からは、怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、嘆きなど、神の摂理に反した想いが生じやすくなり、魂のありさまを変えてしまうかもしれないからです。魂のありさまが変われば、病気として肉体に表れることになります。ただ、怒りや恨みや憎しみなどの想いを、言葉や行いで表わすことも、摂理に反していますので、因果律が働いて、何らかのかたちで苦痛を経験して、償わなければいけなくなります。

ガンという病巣は、うっ積した想いが形を変えて、肉体上に表れたものだと考えられます。

もしそうだとすれば、うっ積した想いを手放してしまえば、肉体の病巣もなくなることになります。うっ積した想いを手放すためには、怒り、憎しみ、恨み、嫉妬の想いから、解放されなければいけません。解放されるためには、魂の向上が必要となってきます。病気の苦痛には、魂を向上させ、目覚めさるという、大切な意味がありますので、手放したい苦痛こそが、うっ積した想いを手放すために必要であり、魂を浄化させていると考えられます。また、ガンの苦痛により、生命である魂に目覚めれば、魂は神の一部であるため、神の心である愛に目覚めて、表現しようとします。そして、愛に目覚めた時に、怒り、憎しみ、恨み、嫉妬から解放され、つらい出来事を受け入れて、許し、その結果、うっ積した想いが手放されて、肉体の病変はなくなると考えられます。

ガンは肉体を死に至らせる病ではありません。肉体や精神の苦痛は、耐えがたいものに感じられるかもしれませんが、魂に目覚めさせ、愛に目覚めさせるためにあります。乗り越えられない苦難は与えられませんので、ガンになった人は、魂に目覚めて、愛の大切さに気付ける人だと言うことになります。愛の大切さに気付けば、考え方や生き方は摂理に適ったものとなっていきます。そして、神とのつながりが深くなり、霊力(生命力)がふんだんに魂に流れ込みます。魂が癒され、その結果、肉体が癒されると考えられます。

ガンに対する認識の大転換が必要かもしれません。肉体上のガンは、魂のありさまの変化を表わし、しこりは見えざる想いの塊が表現されたものと思われます。自分の一部であることに変わりなく、敵対してはいけません。大切なことを教えてくれて、魂を良い方向に導くものと考えられます。したがって、怖がる必要など、全くありません。

忌み嫌ったり、憎んだりではいけません。その想いが、ガンそのものであり、勢いを増してしまいます。そして、摂理に適った「愛」の想いにより、勢いは失われます。

信じられないかもしれませんが、苦痛は病を癒やすためにあり、怖れ、憎むのではなく、愛することでガンが癒されるということになります。



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