2026年2月1日日曜日

未来の自分のために


地上を生きる人には、さまざまな欲求があります。

現代社会において、「承認欲求」に悩まされている人が多くいるようです。

「他人から認められたい」「評価されたい」この欲求を満足させるために、多くのエネルギーを消費している人も少なくありません。



仕事で評価をされるとうれしくなるので、私にもこの欲求があります。

向上心につながる側面もあるので、それ自体が悪いわけではありません。

問題なのは、この欲求を満たすことが生きる目的となってしまっている場合です。



欲求が満たされても、それは一時的なものです。

しばらくすると、また満たそうとします。

その理由は、金銭欲と同じく、エゴ(自我)から生まれているものだからです。

十分なお金があっても満足せずに、もっと欲しくなりますが、それと同じように、承認欲求にも際限がありません。



なぜ、承認欲求が強くなるのでしょうか?

思い出してみると、子供の頃から成績表やテストの順位、偏差値などで評価され続けて来ました。

親や先生など大人たちは、良い結果が出ると褒めて評価します。

評価された子供はうれしくなり、さらに良い結果が欲しくなります。

大人に評価されると、子供は認められている気がします。

このような環境で育つことにより、自然に承認欲求が生まれると思われます。



社会に出ても、数値などの結果により評価されることが多いです。

評価が給料や出世に反映されることが多いので、どうしても気になってしまいます。


この世は、評価をしたり、されたりすることで溢れていると言えます。

人間的な価値が、評価によって決まってしまうという錯覚に陥っている人もたくさんいます。



周りから認められた方が、安心して生きて行けるような気がします。

周りから評価された方が、自分の価値が高まり、安定して生きて行けるような気がします。

このようにして、知らないうちに承認欲求が強くなって行くと思われます。


あの世に行くと、肉体はなくなり、エゴも消失します。

それに伴い、承認欲求からも解放されます。



そこにあるのは、神の法則の働きだけです。

法則の働きによって、私たちは生きています。

神によって認められた存在であることを知ります。

誰かに認められる必要も、誰かに評価されることもありません。

あるがままの自分でいられることに、大きな喜びを感じるでしょう。



認められ、評価されることに代わって、自分の想いが法則の働きに叶っているか、反しているかが問われます。

法則に叶った想いを、一言に集約するのならば「愛」です。

叶っていれば、神(宇宙)からより多くのエネルギーを受け取ることができ、オーラは光り輝きます。

反していれば、オーラはくすんだものになってしまうでしょう。



地上においても、同じ法則が働いています。

誰かのために何かをしようとする人が輝いて見えるのは、神からエネルギーを受け取っているためです。

自分のことしか考えない人からは、そのような輝きは感じられません。



言葉や行動に込められた想い(動機)に対して、法則が働いています。

いくら頑張って行動しても、エゴの欲求を満たすためであれば、動機が法則(愛)に叶っていないので、神からエネルギーを受け取ることができません。

それでも欲求に従って行動するのなら、次第にエネルギーは枯渇して行きます。

何のために生きているのか分からなくなり、疲れ果ててしまうでしょう。



それとは反対に、誰かのために何かをしようとする時は、神の心と同調しています。

無尽蔵の源からエネルギーが供給され、目的を成就するための活力となります。



例えば、自分の評価を高めるためではなく、(組織を通して)人や社会のために貢献したいと想いながら働いた方が、エネルギーを受け取ることができるために、疲労感は少ないと考えられます。(もちろん肉体や精神は疲弊するので過労はいけません)

同じことをするにしても、エゴの欲求ではなく、他者のためであれば、上手く行く可能性が高くなると考えられます。



その現象が、スポーツの世界で顕著に表れることがあります。

2011年3月、東日本大震災が起きましたが、それから数か月後に女子ワールドカップサッカーがドイツで開催されました。

日本が重苦しい雰囲気に包まれる中で、大会に向けて準備を進めて行くうちに、選手たちの間に「女子サッカーで日本に元気を送りたい」という気持ちが強くなったそうです。

試合前のミーティングで「何のために、この大会を戦っているのか。それは震災で打ちひしがれた人たちに、われわれが一生懸命ひたむきにプレーする姿を見ていただいて、何とか元気になってもらうためだ」と監督は選手を鼓舞したそうです。

結果として、奇跡的な勝利が続いて、見事に優勝を果たしました。



相撲取りで、ウクライナ出身の安青錦関がいます。

避難民として3年前に来日した彼は、21歳と言う若さで大関に昇進し、2場所連続で優勝を果たしましたが、その活躍はウクライナでも話題になっているようです。

きっと、戦時下にある祖国の人を想いながら相撲に臨んでいるのだと思います。



以前このブログに書きましたが、あるメジャーリーガーが起こした奇跡も同様な法則の働きによって起きたと思われます。

自分の栄誉のためではなく、少女を勇気付けたい、希望を与えたいという想いが神の心と同調し、想像以上の力が出せて、奇跡のような結果が生まれたと考えられます。

人は誰かのために何かをする時に力を与えられますが、その法則の働きは地上では分かり難くなっています。



私たちは、本来の住処である霊界に戻ります。

地上的な欲求が満たされる喜びに代わり、全体のために奉仕をすることで、霊的な喜びが得られるようになります。

奉仕をしようとする時に、神から力が与えられることが、はっきりと分るようになります。



魂の成長度に見合った奉仕をすることになりますが、しばらくするとより次元の高い奉仕をしたくなります。

より次元の高い奉仕をするのに必要な資質を身に付けるために、この世に生まれて様々な経験をしています。



自我の欲求を満たすためではなく、未来の自分が奉仕をする喜びに満たされるために生きていることを忘れてはいけないと思います。