今生きている世界と、死んでから赴く霊界では、大きく違うところがあります。
霊界では、周りにいるのは自分と同類の人ばかりです。
一方、地上では、周りにいるのは自分と違う人ばかりです。
そのために、相性が良くない人や、苦手な人がいたりして、人間関係で苦労します。
自分と違う人、例えば肌の色が違う人、言葉の違う人と会うと、どこか隔たりを感じます。
隔たりを感じて避けてしまうと、お互いを理解できなくなります。
理解できていないために、誤解が生まれて、いさかいに発展してしまう時があります。
争いの多くが、お互いの違いを認めなかったり、理解し合えないために起きていると思われます。
争いにより被害を被ると、怒りや憎しみが生まれます。
相手のことが許せなくなると、やり返すことになります。
それが繰り返され、争いは発展して行きます。
怒りや憎しみは、地上的自我から生まれます。
地上的自我は、肉体で自己表現するための(精神の)媒体です。
死んで霊界に行くと、肉体はなくなり霊体で自己表現するようになります・
それに伴って、霊的自我が媒体となります。
地上的自我はなくなるので、怒りや憎しみの感情は生まれなくなります。
普段、私たちはこの地上的自我を前面に出して生活しています。
許せなくなるのは、地上的自我の働きによるものです。
許せなくなると、怒りや憎しみの感情が生じて、心が苦しくなります。
苦しさから解放されるためには、許せば良いのですが、いくら許そうと思って許せるものではありません。
許すのは、地上的自我ではなく、霊的自我の働きによるものです。
霊的自我には神性があります。
神性は、寛容心、親切心、共感力、忍耐力、誠実さ、利他性、公平さ、責任感、思慮深さ、柔軟性、勇気などによって表現されています。
許すためには、神性が発揮されなければいけません。
頭でいくら許そうと思っても許せないのはそのためです。
許そうとする霊的自我と、許すまいとする地上的自我の間で葛藤が生じることがあります。
2つの自我の間で葛藤が起きることは日常的にあります。
道で倒れている人を助けようとするのは、霊的自我の神性が発揮されたからです。
地上的自我は、自分には関係ない、関わりたくないと考え、その場を去ろうとします。
助けるのか、助けないのか、迷う時があります。
神性は、魂が進化するほど発揮されます。
さまざまな経験をしながら、年月をかけて、魂は少しずつ進化して行きます。
従って、一朝一夕に許せるようにはなりません。
それでは、どうやっても許すことはできないのでしょうか?
人間には意志があります。
意志は具現化する力を秘めています。
許さないと言う意志がある限り、当然のことながら許すことは決してありません。
その逆に、許すという意志を持てば、たとえ直ぐにではなくても、許す方向へと向かって行くはずです。
怒りや憎しみの感情は、地上的自我から生じています。
許そうとする意志は、霊的自我から生じています。
地上的自我(精神)の上位に霊的自我があります。
怒りや憎しみはの感情は、霊的自我から生じている許そうとする意志には勝てないので、消えて行くはずです。
自分にある神性を信じましょう。
神性が発揮されて、許せないことは何もありません。
許そうとする意志の本質は、自己犠牲を伴う愛です。
愛によって、内に溜まっている怒りや憎しみの感情は手放されます。
手放された時、対象は許されます。
負の感情に支配されそうになった時、認める、許す、哀れむという意志を持ちましょう。
その意志は、神性を帯びたものなので、感情は鎮まって来るはずです。
シルバーバーチの霊訓から引用します。
自我に打ち克って、神性を発現させることが、地上に生まれた大きな目的のようです。
小さなことから、大きなことまで、その機会はいくらでも巡って来ます。
その1つ1つが、魂を進化成長させることにつながっています。
2 件のコメント:
はじめまして。シルバーバーチの事を知りたくてここに辿り着きました。私には別れた実父がいます。家族を捨て、最期は孤独に死にました。
ずっと許せなかったのですが、実父は弱かったんだと最近分かり、許そうとする気持ちが出て来ました。
私は実父にいちばん似てたので多分愛されなかったし、疎まれたのだと思います。
それもこれも、今の私の旦那との暮らしで分かった事でした。
旦那を通じて、実父の姿が見えた気がしました。
とても有益なブログだと思いました。ありがとうございます。
しもやなぎ様
初めましてイクミです。
ブログを読んでいただき、ありがとうございます。
ご家族から離れて、1人で亡くなったお父様がいたのですね。
主人を通してお父様のことを少しずつ理解して、許そうとする気持ちが出て来たそうですね。
しもやなぎ様ご自身も、さまざまな人生経験を重ねて来て、寛容になられたのだと思います。
お父様は亡くなる前に孤独を味わったと思います。
そして、あの世に行くと、地上の人生を振り返る時が来ますが、自分の未熟さ(弱さ)から、家族につらい思いをさせたことを、悔いているような気がします。
許そうとしているしもやなぎ様のお気持ちは、お父様の救いになっているのかもしれません。
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