2017年7月9日日曜日

愛するために信じる



日本人は海外の人から、良く無表情と言われています。

アメリカに行くと、初対面の人に握手を求められますが、その時の相手の表情は決まって、口角が上がり前歯を見せた笑顔です。

その方が、確かに安心するのですが、自分が真似しようとしてもなかなかできません。

日本は、ほぼ単一民族国家であり、笑顔を見せなくても、生活をして行く上で支障はありません。

一方、アメリカは多民族国家であり、話す言葉や文化が出身国によって大きく違うため、意志の疎通が上手く行かない時代があったと思われます。

身の危険を感じさせてしまえば、銃の所持が許可されているので、命の保障はありません。

知らない相手には、まず敵意がないことを伝えておく必要があり、自分を信じてもらうために笑顔を強調するようになったと聞きました。



子供の頃に、人を信じることが大切だと、何回も聞かされましたが、その真意は判りませでした。

確かに、誤解が生まれて友達が信じられなくなると、ケンカになり易くなったと思います。

世界中で戦争が起きるのは、お互いを認め合い、許し合うことが出来なくなったせいですが、元をたどれば、相手を信じることが出来なくなったためだと思います。



家族の間で問題が起きた時に、「こんなに、あなたのことを思っているのに、どうしてなの?」と、嘆く人の言葉を聞きます。

どんなに思って(愛して)いても、お互いに信じていなければ、想いが通い合うことはありません。

問題が起きたのは、相手の想いが判らなかったためであり、それは信じ合えていなかったからなのかもしれません。

他者との関係で、苦しい思いをしてる人ほど、相手を信じていないのかもしれません。



信じることで、相互の間に、つながりが出来ると考えられます。

つながりを通して、相手に自分の想いが伝わると思います。

喩えて言えば、相手に伝える想いが「水」であれば、信じることは「水路」のようなものになります。

水路があって、初めて水が流れます。

いくら想いがあったとしても、信じ合えていなければ、想いは通いません。

相手を信じなければ、想いは行き場を失ってしまいます。

行き場を失った想いは、苦しみや悲しみとなって、自分に返って来てしまいます。

苦しくなったり、悲しくなってしまうのは、もしかしたら、相手を信じていないからなのかもしれません。



なぜ、信じないと、苦しみや悲しみを味わうことになってしまうのでしょうか?

信じないことが、神の摂理(自然法則)に適っていないからと考えられます。

神が望んでいるのは、愛し合うことです。

信じなければ、愛し合うことができないので、生きる意味を失ってしまい、苦しみや悲しみとなってしまうと考えられます。

人は誰でも苦しみや悲しみを味わいたくありませんので、神の摂理のの働きにより、やがて信じるようになって行くと思います。



魂の存在を、信じない人がいます。

信じる、信じないは、個人の自由ですが、もし、信じない人が愛する人を失ったら、どうなるでしょうか?

その人にとって、死は永遠の別れを意味します。

愛しているほど、起きた現実に耐えられなくなり、生きるのが苦しくなってしまうでしょう。

苦しくなるのは、永遠に会えないと事実誤認をしていて、それを改めるように、神の摂理が働いているためと考えられます。

誤りを正せば、今の苦しみから解放されると考えられます。



死によって、肉体は無くなっても、魂は存続しています。

魂から想いは生まれているので、生前の愛する想いは、変わることなく続いています。

もし信じなければ、亡くなった人から今も想いが届いていることに、気付くことはありません。



人にとって、悲しく、つらいことは何でしょう?

それは、自分が愛する人に、信じてもらえないことだと思います。

魂の存在を信じない人は、亡くなった人の存在と、想いを信じていません。

悪意はないのですが、亡くなった人を無視し、想いを拒否していることになります。

亡くなった愛する人が、どれほど悲しく、つらい想いをしているか、思いもしていません。

信じようとしない頑固さにあきれて、それが続けば失望に変わってしまい、想いを届けるのをあきらめてしまうかもしれません。

見えないから、存在しないという誤った考えは、あの世とこの世の双方に、無用な悲しみと苦しみをもたらすだけなので、直ちに捨て去らなければいけません。

魂の存在を信じなさいと言われても、にわかには信じられるものではありませんが、信じない限り、いつまでも苦しみから逃れることが出来ません。

信じる者は、(苦しみから)救われるのは事実です。



この世からいなくなった事実は、変えられません。

悲しさ、寂しさが、無くなってしまうことはないでしょう。

しかし、誤りを改めることで、和らげることは可能です。

慰めや、励ましではなく、あの世で生きていて、この世の人に想いを伝えようとしているのは、紛れもない事実です。

姿は見えなくても、あなたが想った瞬間、傍に来ています。

愛する想いは、あの世の魂を引き付ける力だからです。



愛する人の想いがいつまでも届かないのは、あなたが魂の存在を信じ切れていないからなのかもしれません。

頭で考えてはいけません。

五感に頼ってはいけません。

この世に生きている時は、あなたへの愛を肉体的表現により証明出来ましたが、肉体を失った今、それが叶わないことを、どうぞ判って下さい。

証明されなくても、信じるようにして下さい。

あなたに、信じてもらうしか術がないのです。

信じてもらわなければ、想い伝えようにも、伝えられないのです。

愛しているので、想いを伝えたくて仕方がないのです。

何かを感じたら信じるのではなく、この世の人が先に、亡くなった人の存在と想いを、心から信じなければいけません。

今は、信じるのが難しいのであれば、あれほどまで愛してくれた人が、いなくなってしまうはずはないと強く思って下さい。

悲しみ、苦しみの後に、真実を受け入れて、信じられる時がきっと来ます。



この世を生きる意味は、目に見えない大切なものに気付くことかもしれません。

愛より大切なものは、この世に存在しません。

信じ合えば、愛し合うことが出来ます。

強く信じる者が、強く愛し合うことが出来ると思います。

信じることの意味を深く学び、大きく成長して行くために、今生に別れがあるのかもしれません。



違いを乗り越えて、愛し合うために、全ての人は生きています。

ばらばらになったものが、再び1つになるために、私たちは信じ合わなければいけません。










17 件のコメント:

弥生 さんのコメント...

お久しぶりです。
今回の記事、何回も読ませて頂きました。

今の私に必要な内容です。

今月で母が亡くなり一年がたちました。
前のコメントで母の存在を確信しました‥と書きました。

が、一年も母に会ってないと本当に母はいるのか不安になり最近とても寂しく、不安な気持ちで過ごしていました。

突然、溢れてくる涙は止められないのですが、
それでも泣かない日を過ごす事も出来るようになりました。

今、急に涙が出てきました。
自分でビックリしています。

母の存在を心から信じる事が出来ない私に嫌気がさしますが、母がいなくなるわけがないとは思っています。

五感に頼ってはいけないのですね。

いつの日か、母が見えないか、声が聞こえないかと根拠もなく思ってしまうのです。

私だけには母が存在を教えてくれるのではない
かと勝手に思ってしまいます。

叶わない事なのに。

でも何度も何度も魂の存在をイクミさんは書いてくださいます。

本当の事だから書いてくださるのですよね。

今の私のタイミングで読めた事、ありがたいです。

また気持ちが不安定になった時に今回の文章を読ませていただきます。

毎日暑い日が続きますがご自愛ください。

うり子 さんのコメント...

イクミ様

うり子です。
「あの世からの愛の表現は守り導くこと」のページでお世話になりました。
その節はありがとうございました。

実は最後にコメントした日からすぐに、また彼が夢にでてきました。
だけど、彼と相手の結婚式でした。(実際には式はされてません)
何故か私がそこにいました。しかし終わってから、彼と私の2人で式場を出ました。
嫁は後から走って来て「着替えてくる!」といって違う方向へ走って行きました。
私は「なんてタイミングの読めない人なんだ」とその時に思ったのをハッキリと覚えています。

そして私と彼がレストランにいると嫁が入って来て、
苛立った感じで私に質問攻めしてきました。
だけど、今までならきっと自信が無くてひるんでいたと思いますが
その時は「なぜ初対面のあなたにそんなことを言わなくてはいけないのですか」と
強い口調で言い返せる私がいました。
それを見て彼は嬉しそうに、イタズラっぽく笑っていました。

私はその夢をみて、意識ではない心の奥底の魂の部分で
彼との絆が強化できたのかなって思ったんです。
だからこの前に崩されてしまった「大丈夫」という少しずつ積み上げてきた気持ちが
もう一度、少し強化されて復活した感じがしています。
もちろんこの世で会えないのはとても寂しいですが…。

私は魂や、あの世の存在は信じていますが、
どうしても不安にかられて彼の気持ちを信じられなくなる時があります。
正直、私だけが信じるしかないという状況に虚しさを覚えたりするのです。
だから今回のイクミ様の投稿を読ませていただいて、色々思いました。
魂を信じてたって、彼の気持ちを信じていなければ
魂を信じてないのと同じ事になってしまうんだなって。
でも彼と繋がりたければ「それでも信じる」しかない。
それが愛の勉強ということなのかなとか…。

まだまだ、勉強する事ばかりです。
いろいろ教えてくださってありがとうございます。


イクミ さんのコメント...

弥生様

お久しぶりです。
お母様が亡くなって1年経つのですね。

長い間、会っていないと本当にいるのか不安になってしまうのですね。
人は、どうしても存在を、五感で確認しようとします。
何か目に映らないか、何か聞こえないかと注意を払っても、肉体を失ったお母様は五感に訴えて、存在を示すことはしないのかもしれません。
ラップ音など物理的な現象を起こして存在を示す人(霊)もいますが、お母様はそんなやり方を好まないのかもしれません。

亡くなった人の想いを受け取ったり、現象を感識できる人がいます。
一方、何も感じることのない人もいます。
霊的な感受性の差によるものと思われますが、それだけではないのかもしれません。
存在を示す必要がある人なのか、必要がないのかを、霊界側は見定めているような気がします。
あなたは存在を示さなくても、お母様(魂)の存在と想いを信じられる人だと、認識されているような気がします。

繰り返し言いますが、お母様の魂は存在しています。
あなたが親愛の想いを送れば、直ぐに寄り添ってくれます。
目に見えないので、信じるしかないのです。
書いている時に、急に涙が出てビックリしたそうですが、もしかしたらですが、お母様があなたの魂に想いを送っていたせいなのかもしれません。
お母様の愛念を受け取り、それが何か判らないまま、涙となって、あなたの肉体で表現されたのかもしれません。
そんなさりげない、目立たないやり方で、あなたと拘わり合いながら、見守っているような気がします。

弥生 さんのコメント...

生きていた時と同じように見守っていてくれる母に感激しながら私らしく生きていきたいです。

いつもいつも温かい返信を下さり感激しております。

ありがとうございました。

ゆめこ さんのコメント...

イクミ様

いつもありがとうございます。

私も、娘を亡くすまでは、魂の存在も死後の世界も全く信じていませんでした。
ですから、娘が亡くなった時は、娘の存在が完全に「無」になってしまったと思い、どうしようもない絶望感でいっぱいになりました。
娘の部屋に行って、娘の名前を大声で呼び、泣き叫んでいました。
通勤の車の中でも毎日娘の名前を呼びながら泣きわめいていました。そして、このままブレーキを踏まなかったら、娘の所に行けるかな…なんてことも考えていました。
おそらく娘は、こんな母の姿を悲しい想いで見ていたのでしょうね。

今は、シルバーバーチの霊訓に出逢えたおかげで、少しずつですが真理を学び、魂の存在と死後の世界のことを理解できるようになりました。
とは言っても、娘のメッセージが受け取れる訳ではありません。
今まで、イクミ様が送って下さった娘のメッセージが、その時の自分の状況にピッタリ合っているので、娘はいつも私たちを見てくれていると言う確信は持てています。
しかし、時々その確信が揺らいで、悲しく寂しい想いに浸ることもあります。(その方が多いかな…)
肉体を持った私にとっては仕方のないことなのでしょうね。
そんな自分との葛藤の毎日です。
常に霊的な感情でいられれば、どれだけ楽な気持ちで過ごせるだろうと思いますが、
それでいられないのがこの世で生きている意味なのでしょうね。
こうしてコメントを書かせていただいていたり、娘のことを想う時、うまく表現できませんが、
静寂の時に感じるとても高音の耳鳴りのような音を感じます。
誰でもそうだと思うのですが、私は勝手に、背後霊や娘が何か伝えてくれているのかな…なんて、思うようにしています。
そう思うことで、自分の気持ちを落ち着かせている感じです。
笑ってしまいますよね。恥ずかしいですが、凡人の私としては、それが精一杯です。
いえいえ、でもきっと娘も、私が発している想いに応えてくれていると思うので、少しでもそれを感じることができるよう、娘の魂の存在を心から信じようと思います。
今回のイクミ様のブログを拝見して、改めてそう思いました。
ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

イクミ さんのコメント...

うり子様

おはようございます。
彼の夢を見たのですね。
昔の映画ですが、ダスティンホフマン主演の「卒業」を思い出しました。
本当に好きでもない相手と、形式的に結ばれてしまうことが、この世では往々にしてあります。

お嫁さんの立場は強く、重いように感じるでしょうが、霊界に行けば関係ありません。
彼とお嫁さんの関係は、すでに希薄になっています。
あなたと彼は、愛により結ばれていますので、繰り返しになりますが、心配することは何もありません。
あなたが、彼を信じるほど、お二人の関係は強化されて行きます。

あなたは彼の気持ちを信じていますが、自分だけが信じることに虚しさを覚えているのですね。
彼は愛情表現が上手ではない人だと思います。
あなたへの愛情はたくさんあるのですが、それをどうにして伝えれば良いのか、まだ判らずにいると思います。
一方通行になっている気がして、気持ちが落ち込んでしまう時もあるでしょうが、愛の表現についてあの世で学んでいると思います。
少し時間がかかるかもしれませんが、あなたは彼の想いを、しっかりと受け止められる日が来ると思います。

彼は見えませんが、あなたの傍にいます。
あなたの想いが痛いほど判っていて、それに応えようと必死になっていると思います。
ブログにも書きましたが、信じ合う者が、愛し合うことができます。
これから先も、信じ続けて下さい。
彼は、2度と裏切るようなことはしません。

イクミ さんのコメント...

ゆめこ様

こんにちは。
この文章は、愛する人を亡くして苦しんでいる人に読んでもらいたと思い書きました。
この世から、愛する人がいなくなれば、悲しく、寂しくなってしまうのは避けられません。
でも、苦しくなるのは、認識に誤りがあるためと考えています。

見えないものが存在しないのであれば、愛も存在しません。
あなたの娘さんへの想いも、存在しないことになってしまいます。
悲しみも、存在しないことになってしまいます。
そんなことはありません。
目に見えなくても、実在しているのは明らかです。

魂の存在は、科学では証明できません。
頭で考えれば、考えるほど、存在しないように思えてきてしまいます。
証明できないものは、信じるしか方法はありません。
もし、信じないのであれば、魂の存在を否定してまうことになり、それは過ちなので、正すために、苦しみが与えられます。
神の摂理によって、真実を受け入れる方向に、私たちは導かれていると思います。

確たる証拠が、目の前に提示されれば、信じることができるでしょうが、ほとんどの人は提示されません。
それにも何か意味があると思います。
人は、悲しみや苦しみを乗り越えて行くことで成長しますが、安易に提示されれば、その人の成長を妨げてしまうのかもしれません。
提示は、霊界が計画的に行っていると考えられ、必要な人に、必要な時に、必要なものが与えられると考えています。
思います。

昔の私は、霊感などとは無縁でした。
そんな私が、今は霊からメッセージを受け取って伝えています。
想像もしなかったことですが、魂(霊)の存在を完全に信じているので、託されていると考えています。

ゆめこ様が、娘さんの想いを感じることが出来ないのは、霊的な感受性が低いではなく、頭が優位に働いているせいなのかもしれません。
頭であれこれ考えてしまったり、耳で声を聞こうとしているのではないしょうか。
向こうから届く想いは、鼓膜を振動させるものではありません。
空っぽの頭に突然生まれる、言葉やイメージです。インスピレーションです。
思考と区別しにくいものなので、思考を完全に止めなければいけません。、
娘さんは、諦めずに想いを伝えていると思いますので、心穏やかに過ごすように心がけ、頭の中にひらめく言葉やイメージを逃さないようにして下さい。

霊的真理の理解を深めて行き、娘さんの存在をもっと強く信じることが出来れば、きっと感じられるようになると思います。

うり子 さんのコメント...

イクミ様

お返事ありがとうございます。
何度も何度も、読み返しています。

彼は、傍にいる。
今「彼は傍にいる」と書いて、それを目にしたら急に涙が溢れてきて止まりません。
私の想いは一方通行ではないという証でしょうか….

時間が少したったからなのか、イクミ様のお話や霊能者の方のお話、色んな本を読んだからなのか分からないのですが、
まだまだ彼に会いたいし悲しいし辛いのですが
以前のような孤独にも似た寂しさは無くなったように感じます。
もちろん寂しいですが、前とは違うのです。
彼が傍にいるからでしょうか。
きっとイクミ様が仰ってくださってるように、いてくれてるんですよね。

「彼は2度と裏切るようなことはしません」
そう言ってくださって、どこかホッとしました。嬉しいです。
そうです、イクミ様が仰るように、彼は愛情表現が上手くありませんでした。愛情を受け取るのも苦手なようでした。
私にもっと勇気があれば…


「彼は、傍にいる」
彼を感じたい時はこれを心の中で唱えることにします。信じ続けます。
そして、彼の想いを受け止める日が来るのを
楽しみに待ちたいと思います。

イクミ様、本当にありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

うり子様

こんばんは。
何度も言いますが、彼は肉体がないだけで、心は存在しています。
自分の本当の想いが判るようになりました。
この世の人の想いが、手に取るように判っています。
愛してくれる人のそばに行くのは、自然の成り行きなのです。

彼が傍にいることを、あなたは微かに感じられるようになったので、前と違ってきたのではないでしょうか。
彼を信じれば信じるほど、存在をもっと感じられるようになると思います。
1日でも早く、彼の想いを受け取れる日が来ることを祈っています。

匿名 さんのコメント...

イクミ様

はじめまして。以前からブログを読ませて頂いている者です。
イクミさんの心にしみこんでゆく、温かい言葉にいつも励まされています。

最近落ち込むことばかりの日々で、イクミさんとお話してみたいと思い、ドキドキしながらコメントさせていただいております。

私のことになるのですが、生まれつき障害があり、1日1日を生きることで精一杯になってしまい、周りのために愛を与えることのできない自分が情けなくて苦しいです。

できたとしても人に笑顔を向けるとかゴミ拾いとか、そんなちっぽけなことしかできず、その上体調を崩してばかりで迷惑をかけることの方が圧倒的に多いのです。

いつかはイクミさんのように多くの人に勇気を与えられる存在になりたいのですが、自分の面倒もろくにみれない自分に嫌気がさしてしまいます。ゴールが遠すぎて落ち込んでばかりです。

イクミ さんのコメント...

名様

おはようございます。
いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます・

生まれつきの障害があり、1日を生きるのに精一杯なのですね。
周りのために愛を与えることのできない自分が情けなくて苦しいと言うことですが、苦しいのはどこか考えに誤りがあると考えられます。
人には、それぞれ人生のシナリオがあります。
生まれる前の自分は、そのシナリオを承知しています。
あなたは障害のある身体を選んでこの世に生まれて来たことになります。
偶然や不運などではありません。
生きる目的はただ1つであり、自分(魂)を成長させるためです。
あなたは障害のある身体を通して、健常者では学ぶことができないことを学んでいると思います。
そして、ご苦労の多い日常生活は、魂を大きく成長させる、かけがえのない糧となっています。

あなたは精一杯1日を生きているだけで、生まれて来た目的を果していると思います。
体調が悪くなった時に助けてくれる人は、その行為により、魂を成長させていますので、人に迷惑をかけているなどと思わないで下さい。
あなたは、その行為から相互扶助の大切さを学んでいますので、感謝の思い捧げればそれで良いのです。

私が多くの人に勇気を与えているのならば、本当にうれしいです。
霊的な事実を多くの人に伝えるのが、私が選んだ人生のシナリオであり、無事遂行できていると知ると悦びとして感じます。

あなたは周りの人に愛を与えたいと切望しています。
その前に、自分自身に愛を与えて下さい。
鏡に映っている自分を見つめてみましょう。
今までのつらい日々を乗り越えてきた自分が、目の前にいます。
「本当にありがとう」と、感謝の思いを、心を込めて伝えて下さい。
それに応えて、真の自分(魂)の想いが、肉体で表現されるでしょう。

あなたの人のために役立ちたいと言う願いは、神に届いています。
しかるべき時期が来たら、その願いが叶えられるチャンスが訪れると思います。
神様は、欲張りは好みません。
その欲に対して、苦しみが与えられます。
その時が来るまで、周りの人と、自分自身に感謝し、日々精一杯生きていれば良いと思います

匿名 さんのコメント...

イクミ様

こんなにもご丁寧なお返事を頂けるとは思っていませんでした。お忙しい中ありがとうございます。

私、欲張りだったのですね、、全く気づいていませんでした。お恥ずかしいです。自己犠牲や愛の意味を間違えて捉えていたようです。

周りに迷惑をかけないことが愛だとずっと勘違いしていました。
厄介な自分という存在を少しでもマシにしなくては、と高すぎる目標を掲げては、達成できない自分を必要以上に責めてきました。

また、迷惑をかけてしまうこと、嫌われることが怖くて、人との交流を異常なほど避けてしまうのですが、助けてもらうことで相手の成長にも繋がっていたのですね···。
申し訳ないという気持ちしかありませんでした。感謝の想いを捧げればよかったのですね。

苦しさの原因は、自責の念と恐れだったとは。
自分に向ける愛が不足している状態で、周囲を幸せになんて到底できませんね。。

ダメダメな自分を許し、寛容になること、相互扶助を学ぶこと。
今後の課題がはっきりしました。
どちらも大の苦手ですが、これを克服するために今回の人生はこの身体を選択したのでしょうか。
がんばってみます。またへこたれたらコメントさせてください!(早速甘えてしまっています!)

うり子 さんのコメント...

イクミ様

ありがとうございます。
彼とのこんな結末にショックを受けて、傷ついて、怒っている気持ちはもちろんまだあって、なかなか消せるものでもないと思っています。
でも、これも彼を愛してるからこそ湧いて来る気持ちでもあるし、それでもやっぱり大好きなのです。
私はこの彼への気持ちを大切にしていこうと思います。

昨日は月命日で、よく作ってあげていた明太子だし巻きをお供えして一緒にたべました。
なんだかとても美味しかったし、テレビを見ながらでしたが、なんだか楽しかったんです。
昨日はほんとに、彼が一緒にいるみたいに感じることができました。

信じるって本当に大事ですね。
本当にありがとうございます。
このブログには本当に救われています。
ありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんにちは。
上手く伝えられなかったようです。
あなたが欲張りということではなく、焦って欲を出すと、上手くいかずに苦しんでしまうということです。

地上は、相互扶助を学ぶためにあります。
健康な人であっても、1人では生きて行けません。
「私は誰の世話にもならず生きている」と言う人がいるかもしれません。
その人が食べている食べ物は、その人が作ったものでしょうか?
大怪我をした時に、医者に診てもらわないのでしょうか?
災害に遭った時に、助けを求めないのでしょうか?
助けてもらわずに、生きている人などいません。
自分の力が及ばないところを、他の人に助けてもらい生活するのは、自然な姿です。

迷惑をかけてしまうことや嫌われるのを怖れて、人との交流を避けてしまうのは、良いことではありません。
障がいがあるから、その様に考え、行動しまうのではなく、その様に考え、行動してしまう自分を変えて行くために、障がいが必要だったのかもしれません。
あなたの言われるように、魂の弱点を克服するため、欠けているところを埋めるために、その身体を選んだということになります。

高すぎる目標設定をして、達成できないと、自分を責めてしまうのですね。
自分を責めるのは、他人を責めるのと同じ過ちを犯していることになり、苦しくなってしまいます。
高すぎる目標設定をするのは、直ちにやめましょう。

あなたは、障がいを承知した上で、生まれて来ていますので、あるがままの自分を、素直に受け入れて下さい。
もっと自分を肯定し、愛して下さい。
その上で、周りの人に感謝の思いを伝えるようにして下さい。

ゆめこ さんのコメント...

イクミ様

返信のお礼が遅くなり、申し訳ありません。
いつも丁寧な御返信をいただきありがとうございます。

思考を完全に止めることはとても難しいですね。
仕事と家事と義母の介護に追われる中で、娘を亡くした悲しみの想いもあいまって、精神的に参ってしまいそうな時、
心を鎮めて落ち着こうと瞑想を試みます。
しかしいつも、思考を停止しようと思えば思うほど全く集中出来なくなるか、または眠ってしまうかどちらかになってしまいます。
それでも少しは癒しにはなっているようなんですが……。
難しいなといつも思っています。

私は仕事中、お昼休憩を除いて、唯一ホッとできるのが、変な話ですがトイレタイムです。
わずかなミスでも人様の命に関わるので、業務中は気が抜けませんが、トイレに入っている時は少しホッとします。
昨日、トイレから出て、「あー今日は休み前だから忙しいなぁ」と憂鬱な気分でいたところ、
ふと「お母さん、頑張って」と言う想いが浮かんできたんです。
これは、私が思ったことなのか?
しかし、何か湧き出る想いというのかそんな感じがして、以前にもそんなことがあったので、
イクミ様に笑われるかもしれませんが、
娘からの想いかな……と勝手に解釈してしまいました。
そう思うと、何かとても幸せな気分になり、ひとりでに顔がにやけてしまっていました。
あぁ、近くに居てくれていると安心できたんです。
そして、こうやって信じていったら良いのかな…とも思いました。

なかなかすすみませんが、先日イクミ様にすすめていただいたように、シルバーバーチの霊訓を再び読み始めています。
2巻から読んでいます。
1回目とは違う感覚で読めている自分がいます。
これからも精進していきます。
よろしくお願いいたします。



イクミ さんのコメント...

ゆめこ様

こんにちは。
毎日、休む暇もなく、思考を完全に止められる時間は、あまりないのですね。

突然湧き上がる言葉やイメージは、思考の産物ではなく、向こうからのメッセージだと考えています。
素直に、信じるようにして下さい。
受け取ろうとする気持ち(願望)があれば、その時点で頭が働いてしまっています。
心を無にして、受け取ろうとする欲もない、受け身の状態が好ましいと考えられます。
そんな状態を作るのが、この世を生きる人は難しいので、日常生活の中で、頭が空っぽになった一瞬に、言葉やイメージを投げ込んでくることもあると思います。
ゆめこ様が、トイレでリラックスして、雑念が途切れたところを見計らって、娘さんは「お母さん、頑張って」と伝えてきたのではないでしょうか。
受け取れる素養があると言うことですから、それを徐々に伸ばしていけば良いと思います。

お忙しい中、シルバーバーチの霊訓を読むのは大変でしょうが、1回目に気付かなかったことに、気付くことがあると思います。
そして、静かな環境で、霊的真理に触れている時も、魂が優位な状態になっていると考えられます。

ゆめこ さんのコメント...

イクミ様

早速のご返信ありがとうございました。
落ち着かない毎日でも、少しでもシルバーバーチの霊訓を読むと、気持ちが穏やかになるような気がします。
本当に少しずつですが、読み進めていきます。
……また、2年かかるかも知れませんが……。

娘もあちらの世界で「愛」について、いろいろ学んでいるようですし、私も娘に恥じないように、真理を学んでいこうと思います。
私が娘を応援しているように、娘もきっと、私のことを応援してくれていますよね。

イクミ様のブログでも、本当にたくさんのことを学ばさせていただきました。
これからも、学ばさせて下さい。
よろしくお願いいたします。