2016年4月7日木曜日

ガン(癌)の真相



先月、歯の治療を続けていた患者さんから、当分の間、治療を休みたいと言われました。

どうしたのかと尋ねたところ、乳ガンになって手術を受けることになったと言われました。

私と同年代の、とても明るく、快活な女性ですが、覚悟を決めているような気配が窺われました。



仕事が終わった後も、その患者さんのことが気になりました。

もしかしたら、お役に立てるかもしないと思い、失礼かと思いましたが、思い切って自宅に電話をかけてみました。

話をしてみると、幸いにして早期でしたが、浸潤性の悪性度の高いガンであり、それも左右に見つかり、乳房を全摘する予定だそうです。

20年近く前に、子宮ガンにもなって手術を受けていたそうです。

女性の象徴とも言われる乳房を失わなければならない心境は、男である私には判るはずもありません。

手術せずに、良くなって欲しいので、その晩、遠隔ヒーリングをする旨を伝えたところ、快諾していただきました。

翌日、患者さんから連絡があり、会って話がしたいと言うことでした。

休日の午前中に、ご主人と共に来られましたが、ヒーリングを行った時に起きたことを、具体的に話をされましたが、聞いている私も信じられないような内容でした。

その体験に驚くと共に、どのようなことが起きたのか知りたがっているようでしたので、私が理解している範囲で説明しました。

明るい表情、輝く瞳に、真実を受け入れる時期が来ている人かもしれないと思いました。

10年前の私が手に入れたものを、この人も手にしようとしているのならば、とてもすばらしいことです。

そして、ヒーリングにより肉体も癒されて、乳房にメスが入らないようにと、願わずにはいられません。



この世では、生涯健康で一生を終える人もいれば、この患者さんのように2度もガンを患う人います。

また、同じ種類、同じステージのガンであっても、亡くなってしまう人もいれば、健康を取り戻す人もいます。

医学的な常識として、早期に発見して、早期に治療すれば、生命予後は良好であり、進行してしまったガンについては、治療をしても予後は不良とされています。

しかし、初期のガン(ステージⅠ)で手術をしても、再発して亡くなる人もいますし(5年実測生存率16.1%)、進行したガン(ステージⅣ)でも、常識に反して生存している人もいます(同15.9%)。

ステージⅠで亡くなった人は運が悪い人で、ステージⅣでも生きている人は運が良い人と片付けてしまっていいのでしょうか?

それとも、受けた医療の差によるものなのでしょうか?

何か別の要因が働いているように思えてなりません。



私は10年前から、ヒーリングを行っています。

信じられないかもしれませんが、ヒーリングを受けて、ガンが治癒してしまう人がいます。

その一方、ヒーリングを受けても、亡くなってしまう人もいます。

その差はどこから生まれるのか、答えを知りたいです。



ヒーリングについて少し説明します。

ヒーリングは魔法のような力ではありません。

誰もが持っている、自然治癒力の延長線上にある力だと思います。

ヒーリングの力は、霊界でオーダーメイド(調合)され最適なものとなり、地上のヒーラーを媒体として、個々の患者さんに届けられると言われています。

ヒーリングを受けて治るのは、病気による苦痛を十分に味わった人(償いが終わりかけた人)、魂が目覚める時が来た人であり、まだ、機が熟していない人は、いかなるヒーラーでも治せないと言われています。

魂が癒されることで、肉体上の病気が癒されます。



この事実から推測すると、早期のガンでも治る時期が来ていない人は、再発してしまう可能性があり、末期であっても治る時期が来た人は、治癒に向かうのかもしれません。

手術で切り取ってしまえば、それで終わりになるものではないと思います。



現代医学は、病気を外面(物質)的にしか捉えていません。

多くの病気の原因は、内面にある、精神あるいは魂に隠されていると思います。

ガンの外面だけ見ると、際限なく増殖し、死に至らしめるとても怖い病気ですが、本質は恐れるものではないのかもしれません。



あらゆる病気は自然法則に従って生じ、進行あるいは治癒し、偶然の入り込む余地は全くありません。

自然法則とは、宇宙に秩序と調和をもたらしている「決まり」と言えます。

全ての生き物には、霊的な自然法則が働いています。

霊的な自然法則は、神の心を表現させる方向に、導くために働いていると思われます。

神の心とは、お互いを認め合い、愛し合い、一つにさせようとするものであり、絶え間ない力が、霊的な法則を通して顕現していていると考えられます。



この世界には、実にさまざまな人がいます。

人は、自分にはない他者の優れたところを取り入れることで、成長して行くと思います。

個々の人間に、差異があるのは当然であり、性格、考え方、価値観が違うからこそ、世の中に広がりと厚みが生まれていると言えます。

差異を認め合えば、そこに調和が生まれ、全体が進化しながら、1つにまとまって行きます。

もし、認めなければ、不調和が生まれ、進化は停滞し、分裂が始まります。



桜の木に咲く花は、1つ1つは独立した存在に見えます。

しかし、同じ幹から分かれた枝から出ているので、全ての花同士はつながっていると言えます。

人も動物も同じであり、地球上の生命(魂)は根幹で互いにつながっていますが、肉体があり、生命は見えないので、どうしても別個に思えてしまいます。



子供の時には、人や動物との間に垣根はなかったので、親近感を覚え、同じ仲間のように感じていたと思います。

トラックで工場に運ばれて行く牛たちの瞳に、悲しみを見出したのは、本当の自分(魂)で生きていたからだと思います。

しかし、大人になるに従い、いつしかそんな牛たちの存在を気にも留めなくなります。

それは、より良く生きようとするあまりに、表向きの自分が作り上げられ、本当の自分は奥に引っ込んでしまったからだと思います。



本当の自分(魂)は、他者との差異を認め合おうとしていますが、表向きの自分は、他者と間に壁を作って認めようとしません。

本当の自分(魂)の想いと、表向きの自分の思いの間に大きな隔たりがあると、不調和が生まれ、混乱が生じてしまいます。

本来、人は本当の自分(魂)から生まれた想いを、肉体を使って表現しなければいけませんが、作り上げてきた自分の存在が大きくなってしまうと、素直に表現できなくなります。



この世では、いろいろな出来事が起きるため、さまざまな想いが生じています。

想いは、肉体で表現される素となるエネルギーと言って良いと思いますが、言葉や肉体で表現できないような想いもあります。

差異を容認しなかったために生まれる想いは、怒り、憎しみ、恨み、嫉妬、それに類似した言葉に表せない想いであり、それらは一様に破壊的な力を秘めています。

外に向かって表現してしまえば、攻撃的で暴力的なものになってしまい、他者との間に不和や争いが生まれてしまうかもしれません。

想いは消えてなくなる泡のようなものではありません。

外に向かって表現されなかった想いは内に溜まって、その人の言動に影響を与え続けています。

怒りが溜まった状態では、人に優しくするのは困難であり、人を怒らせてしまったり、傷つけたりしまうような言動を取ってしまうかもしれません。



人は、自分(魂)を成長させるために生きています。

困難を乗り越えたり、やさしさや思いやりを表現することで、成長して行きます。

ところが、差異を容認しなかったために生じた想いが内に溜まっていると、自己中心的になり、成長を促すような行動が取れなくなります。

それは成長を続ける宿命を持った魂にとって、由々しき事態です。

しかし、自分の内にそんな想いが溜まっているなど、思いもつきません。



想いを表現するために、肉体は存在しています。

内に滞った想いは、因果律の働きにより、内部で病態となって表現されます。

内に溜まった破壊的な想いは、時にガン組織となって肉体上に表現されることになります。



差異を容認しないのは、自然法則に反するものです。

過ちに気付き、正さなければいけません。

生命を脅かす危機的な状況や、ガンによる苦痛は、魂にまで響き、眠っていた本当の自分(魂)を目覚めさせます。

本当の自分の想いは、お互いを認め合い、許し合おうとするものであり、内に溜まっていた想いは親和性を失うため、解放されて行きます。

肉体上に表現されたガンは、想いと言う本体を失い、消失して行きます。



つまり、ガンは人との間の差異を容認しなかったために生じた想いが、肉体上の病変として表現されたものと言えます。

ステージⅠでも、ガンが再発するのは、想いと言う本体が解放されていなためであり、ステージⅣでもガンが治癒するのは、想いが解放されたためと思われます。

 ヒーリングにより治癒が起きるのは、愛の力により内に溜まった想いが解放されるためと考えられます。

ガンが治癒する人は、魂が目覚める時が来た人であり、認め合い、許し合うことの大切さに、気付いた人だと思います。



魂は肉体に宿ると個別性が出現するために、それぞれが全く独立したものであると錯覚を起こします。

しかし、本来はつながっていて、1つのものです。

個別性を得たそれぞれの魂は、さまざまな体験を通して進化し、再び一つになろうとします。

一つになろうとする想いは愛であり、怒りや憎しみはお互いに反発し、魂を遠ざける想いです。

ガンとは、怒りや憎しみの想いが、肉体上で反発し合う組織となって表現されたものであり、調和を失わせる想いが、調和を失った組織として表現されたものと考えられます。

怒りや憎しみを外に表現すれば、他者に苦痛が生じます。

内に表現されれば、自分に苦痛が生じます。

内にある想いに苦しみ、内にある想いに痛みを感じています。

1つになろうとする魂の欲求を妨げる想いは、自然法則に反したものであることを、病気の苦痛を通して、償いながら学んで行きます。

自然法則に気付き、従ったならば、内部に調和が生まれ、肉体上の病は癒されます。



他者との間にある差異を認め、許し合えばいいだけです。

自分にも足りないところ、至らないところがあることに気付けばいいだけです。

お互い様です。

差異を容認しない想いは、1つになろうとする想いと対極にあり、その想い変えていくために自然法則の1つとしてガンが存在しています。

差異を乗り越えて、1つになろうとする力の根源は愛です。

愛により、宇宙に起こる全ての事象は解決されます。



末期ガンで、現代医学に頼らずに治癒した人たちがいますが、科学的に説明がつかず、例外とされてしまいます。

そんな人たちの中に、病気になって良かったと、ガンに感謝している人たちがいます。

自分をさんざん苦しめた病気に対し、感謝するのは不思議に思えますが、ガンになって初めて本当の自分の想いに気付き、本来の自分に戻れたと、心から思っているからではないでしょうか。

さらに言えば、本当の自分が目覚め、本来の生き方に戻るために、ガンと言う病気が自然法則として存在していると思います。

人生を軌道修正し、シナリオに沿って成長して行くために、ガンという病気になる必要があったと思われます。

ガンは医療で治るものではなく、本来の自分を取り戻すことで治ると思われます。



周りにいる人に感謝して下さい。

わだかまりを捨て、心を開いて下さい。

自分にも欠点があり、人にも欠点があり、それを補い合って生きることに意味があります。

自分一人で生きているのではなく、他者により支えられて生きています。

そのことに気付くことで、差異は容認されていきます。



でも、それだけでは説明できないガンもあります。



まだ幼いお子さんがガンになり、闘病生活もむなしく亡くなってしまうことがあります。

血を分けた自分の子が、目の前で息絶えていく姿を見るほど、過酷な現実は見当たりません。

寿命の数分の1も生きられないのであれば、運命を呪ってしまうかもしれません。

ご家族は、幼くして死んでしまった理由を見つけようとしても、どこにも見つけられません。



ガンは差異を認めなかったために生じた想いが原因と前述しましたが、亡くなったお子さんにそんな想いがあるとは考えられません。

人には、それぞれ生まれる前に約束していたシナリオがあり、それに従って人生は展開していきます。

人智を超えたプログラムのようなものが存在し、それが正確に作動していると思います。

あらゆる手段を使って、そのプログラムを変更させようとしても、それは無理であり、決められた方向に向かって進んで行くだけです。



子供を喪ったご家族には、それぞれのシナリオがありますが、目的は1つに集約され、この世で自分(魂)が成長するためです。

過酷な現実がシナリオに従って起こり、その現実と対峙する中で、何かを見出し、そして再び歩き出すことで、魂は大きく成長して行くと思われます。

そんな現実などいらないと思っても、自らが大きく成長しようと願い、選んだシナリオであり、それに耐えられるほどの魂であるからこそ、許されたと思われます。



早くしてこの世を去るお子さんは、周りの子供たちよりも大人であり、幼いながらも家族や周囲の人を気遣い、わがままなど言ったりしないのかもしれません。

目に見える姿は幼くても、そこに宿る魂は十分に成長を遂げているのかもしれません。

この世のシナリオは短いながらも、周囲に大きな影響を与え、自らの死により、周囲の魂を成長させるという目的を持っていたのかもしれません。

困難に立ち向かって行く大切さを、小さくても病気と気丈に闘う姿を、周りの人に見せて教えていたのかもしれません。

生きる力と勇気を一生涯に渡って与え続けるために、この世にいる時間を短くする必要があったのかもしれません。

子供の死という、これ以上ない悲しみや苦しみを通して、大きな成長を望んでいた親の元に、この世で学ぶことがほとんどない成長した魂が生まれ、その目的を果たすためにガンという病気になり、闘う姿を見せ、愛の大切さを教え、この世の去って行ったのかもしれません。



同じガンという病気でも、本当の自分に目覚め、成長するためになる人もいれば、周囲の人を目覚めさせ、成長させるためになる人もいると思います。

どちらにしても、目的は同じであり、魂の成長です。

その貴重な経験により、他者の痛みや想いが判り、差異を乗り越えて1つになるために、自然法則の一環として、ガンは存在していると思われます。









16 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

イクミさま こんにちは。

いつもありがとうございます。
今日は匿名で書かせていただいています。

イクミさまのブログは、初めてコメントを投稿させていただいた前後に、遡って読ませていただいたのですが
ガンのラベルが付いた記事だけは、辛くて読むことが出来ませんでした。
一か月ほど前にやっと読ませていただきました。

夫は肺ガンで亡くなりました。
なぜガンになったのか、病気が見つかった時は、原因は思い当たりませんでした。
まったくの健康体でしたし、煙草も15年前に止めていました。
ガンと診断された1年前に受けたドッグのCTには写っていませんでした。
1か月前に受けたレントゲンでも異常無しと言われていました。
一年の間に、とても見つけにくい場所で大きくなりステージはⅢ以上は確実と診断されました。

今は彼がガンになる事は決められていたのだ、と思っています。
病気がわかった時、彼はとてもショックを受けていましたが、死への恐怖を感じている事を
私には感じさせませんでした。私のために見せないようにしていたのだと思います。
でも私の動揺は、それまでの人生で感じたことのないものでした。

初めの治療として、手術を選択しましたが、普通では手術の難しい場所にあり大きな動脈に浸潤していて、
人工血管に置きかえなければならないような、いわゆる拡大手術でした。
私は手術には反対でした。だからと言って抗がん剤も良いものとは思いませんでした。
彼は手術をしてくれる医師がいるなら、難しい手術でも受けたいと言いました。
私は、彼の意思を尊重するしかありませんでした。

前にも書いたのですが、手術の合併症、後遺症のため
術後一カ月の間、ICUとHCUを行ったり来たりしました。一般病棟に移れたのは三か月後でした。
その間、私は毎日、朝と夜と、昼間には会社をタクシーで抜け出して病院に通いました。
一時は、彼は心が傷ついて、私が話しかけても反応しない時期もありました。
説明では術後の入院は一か月程度とされていました。

なぜ、そのような事になったのか…難手術であり、深刻な合併症が起きたからです。
その合併症について、手術の前の説明では口頭できちんとされませんでした。
説明書に書かれている内容は、彼の状況では説明にはならないようなものでした。

それでも彼は、人生最大の試練だと思われた危機的な状況から、戻ってきてくれました。
必死に管理、看護してくださった先生や看護師さんにはとても感謝しています。
でも、その状況から抜け出せたのは、こちらから病院の他の部署に必死に働きかけたからです。
それをしないでいたら、彼は食べられない、飲めない、話せないまま、違う病院に移されるところでした。
彼は退院後私に「手術を受けたのが良かったのかどうか、なかなか答えは出せない。」と言いました。

ガンは手術で完全切除です、と言われましたが、術後の入院中にすでに転移していて、
その後は放射線と抗がん剤治療を受けましたが、ほとんど奏効しませんでした。
それでも1年以上の間、普通に近い日常を送れました。一緒にスポーツジムに行けた時期もありました。
いろんな病院を回って、先進医療を受けたいと思っていたのですが、病状の進行は止められませんでした。

私は彼が亡くなってしばらくは、今は秋なのか春なのか、何月なのかも考えられない状態でした。
身体も心も疲れきっていました。私も何か病気になってしまうかも知れないと思いました。
それでも半年間は仕事を続け、彼のお骨の眠る場所を決めて納骨し、郷里に転居してきました。

そして一周忌が近づいた頃、彼の手術前の説明不足について、どうしても病院に意見を届けたい気持ちになりました。初めは彼のために、と思っていました。
でも書いているうちに、私達と同じ思いを、他の患者さんや家族にしてほしくない、
病院に体制の改善を求める事が、彼と私の本意だと思うようになりました。

初めに返ってきた回答は、主治医からで、予想通りお詫びと病状説明に終始していて、
丁重ではあっても説明不足は認めていない内容でした。
その頃私は、精神的にも肉体的にも最悪の状態で、再度意見を送り再度回答を求める事は難しいな…と思いました。でも何かが私を突き動かしました。病院内に応援してくれる方もいました。

病院全体の体制の改善を求める意見を書面にまとめて病院に送りました。
底をついていた気力を振り絞って書きました。その後2日間寝込みました。
一か月後、病院から正式回答をいただきました。説明不足を認め、改善を約束するという内容でした。
回答の内容を読んで、涙が止まりませんでした。誠意を感じる事ができました。

初めて彼からのメッセージを受け取ることが出来たのは、この回答を受け取った次の日でした。
今思いだすと、最終の回答書を受け取った時、大きな安堵と達成感と解放感を感じました。
私の魂が喜んでいたのだと思います。淀みが薄れたのだと思います。
そのタイミングで、彼は想いを届けてくれたのだと思っています。

自分の体調を考えたら、病院に意見を投書し回答を求めるというストレスには耐えられない、と思い
何もしない事を選ぼうとしていました。でも私の本質はそれを許してくれなかったのだと思います。
今は自分のした事に納得しています。
先日彼は、私にあらためてありがとうと、労いの気持ちを伝えてきてくれました。

イクミさまがブログに書かれているように、愛で病を自然治癒させることは私は可能だと思っています。
でも、今の医療機関にはそういう可能性を認めるものは一切存在しないと思っています。
緩和ケア病棟には、多少存在しているのかも知れませんが…。

術後に寝たきりになってしまった時、足の裏や足をマッサージし続けました。彼はとても喜んでくれました。
末期に痛み止めが効かなくなってきた頃、背中をさすってあげると、とても楽になると喜んでくれました。
あの時、イクミさまのヒーリングを受けさせてあげられたら良かったのにな…と思い出します。

いつかガンについて、彼と私が経験した闘病について投稿したいと思っていました。
とても長くなってしまいました。すみません。読んでいただいてありがとうございました。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんばんは。
想像以上に、大変な思いをされていたのですね。
お話をお伺いして、私も医療従事者なので、気持ちは複雑です。
医療は不確実なところがあり、不測の事態に遭遇することがあるからです。
全力を尽くしても、起きてしまうことがあります。
けれども、患者さんは信頼して、身体を預けているわけですから、言い訳にはならないと思っています。
少なくても、説明は十分にしていなければいけません。

ご主人は、手術を受けるだけでも大変なのに、大切な機能を失ってしまい、とても心が傷ついたと思います。
その後、リハビリを頑張り、普通の生活が出来るところまで、良く回復されたと思います。
あなたも、彼が最善のケアが受けられるように奔走されたと思います。
手術後、転移が見つかり、気持ちを落とされたでしょうが、お二人の愛の力で、日常生活を取り戻して、約1年間は自宅で一緒に過ごすことが出来たのは、本当に良かったと思います。

彼が亡くなった時のあなたの心境は、言葉で言い表せるものではなく、私の想像をはるかに超えたものであるとお察しします。
そんな中で、病院の体制の改善を求めて、良く働きかることができましたね。
大きな病院の体制を変えるのは、個人では至難の業だと思います。
他の人たちのために行動を起こしたあなたに、目に見えない援助があったような気がします。
無念だった彼も、すごく喜んでいたでしょう。

メッセージを受け取ったのは、回答を受けた次の日なのですね。
あなたの気持ちが晴れて、淀みが取れて、交信ができたのでしょうが、霊界はあなたが人のために行動できる人だと判断したのではないかと思っています。
見渡せている彼は、そうなることを望み、最大限の援助をしていたと思います。
彼の病気、手術の合併症、別れ、深い悲しみの中でのあなたの尽力、その全部が今の彼との関係につながっていると感じています。
全て霊界から見えていて、計画的に行われていると思います。

ガンについても、読んでいただきありがとうございます。
内容については、私の考えではなく、霊界からのインスピレーションだと思って下さい。
病気や肉体しか見ていない現代の医学に、霊界は大いに危惧していると感じています。
特に、抗ガン剤については完全に否定しています。
患者が苦しむと知りつつ、無闇に使っていた医者の懺悔の想いを感じつつ、文章を書いていることもありました。

ブログにも書きましたが、病気には生まれる前に予定していたもの、今生で原因を作ったものがあります。
予定されていた人にヒーリングをしても、効果が少ないと感じています。
しかし、痛みを緩和することは可能であり、もしあなたから依頼があったならば、もちろんしていたでしょう。
背中をさすってあげると楽になったそうですが、ヒーリングの力は愛なので、あなたもしていたのではないでしょうか。

匿名 さんのコメント...

イクミさま お返事ありがとうございました。

私が取った行動については、誰にも相談しませんでした。
私の決断が揺らぐのが嫌だったんです。結果も、親しい少数の人にしか話していません。

イクミさまも、医療に携わる方でいらっしゃいますが、私は医療の不確実性も説明不足も
執刀医である主治医や、他のスタッフ個人に責任は無いと思っています。
やはり患者、家族の不安を払拭してくれるシステムが無ければいけない…と感じました。
先生方個人、係わって下さったスタッフの方々には心から感謝しています。

彼の病気、闘病は彼が亡くなるまでは、彼と私の最大の苦難でした。
でもその後、私にはもっと大きな苦難が待っていました。
でもイクミさまに救っていただきました。もちろん彼にも救ってもらいました。守護霊さまにも。

私が意見を投書した事は、彼はとても喜んでくれていました。
そうするように私に思念を送っていたという事でした。
文書を書く時、私はそれほど文才がある方では無いのですが、彼が私を動かしたのか
スムーズに書けた事が不思議でした。

先日、イクミさまに彼と会話をした内容をコメント投稿しました。
あの時は、この事と彼の遺言の執行(彼は私に有利になるように、公正証書の遺言を残してくれました)が
すべて終わったので、彼があんな風に伝えてきてくれました。
コメントには書きませんでしたが、彼は私を誇りに思う、と言ってくれました。
私にとっては、彼からの労いが何よりも嬉しいものでした。

闘病中も、大変な中でとても幸運な事もありました。
彼の守護霊さまと、私の守護霊さまが守ってくれたのだと思っています。
彼は「ガンでもピンピンころりに近い逝き方が良いな…」と言っていましたが
ほんとうにそんな逝き方だったと思います。
最後の入院の2日前まで一人でシャワーを浴び、痛みをこらえてシャンプーしていました。
そして亡くなる前の日の朝食まで普通食を食べました。

そんな彼を私は誇りに思っています。

私は今は、彼はガンで亡くなったとは思わなくなりました。
今は痛みもなく、呼吸も苦しくなく、私を見守ってくれています。
それを知ることが出来た事、本当にイクミさまに感謝しています。

この経験も、いつか誰かの役に立てる糧になれば…と思っています。

イクミ さんのコメント...

匿名様

おはようございます。
細心の注意を払っていたとしても、一定の確率で事故は生じます。
1番問題なのは、事故を隠蔽したり、個々の問題として対策を講じないことだと思います。
気をつけなければならないと思っています。

投書したことを彼は喜んでいたのですね。
あなたにはたくさん背後霊がいると彼は言っていましたが、それぞれに役割分担があるようです。
文章を書いている時に、そのうちの1人が援助してくれたのでしょう。
彼は、自分のためにやってくれたのもうれしいのですが、自分の苦しい経験が他の人たちのために、活かせたことが何よりうれしいのかもしれません。

薬の副作用などで、苦しむことがあまりなく、向こうに行ったのですね。
ガンとの闘いに敗れて亡くなったのでは全然なく、表現が適切かどうか判りませんが、向こうに行くための渡し舟として、ガンになったと思っています。

お二人の経験は、見知らぬ誰かのために、今も役立っていると思います。

匿名 さんのコメント...


イクミさま こんにちは。

今日はこちらは月遅れのお盆の入りなのですが、雨降りで、まだお墓参りに行けてません。
彼のお骨は東京に眠っていますし、ご先祖様もお墓にいるとは思ってはいないのですが
両親を安心させるためにお参りするような感じですね。

彼の闘病中の事、私が病院に意見した事、またいろいろ思い出して書いてしまいました。
イクミさまがお医者さまなので話を聞いてもらいたいと思ってしまうのかも知れません。すみません。

彼が術後の長い入院から退院できた時、次の治療は違う病院で受ける事も考えよう、と彼に話しました。
私は、説明が無かった深刻な合併症に苦しんでいる事を都の機関にも相談していましたし、
執刀医にも口頭で一度伝えました。私は病院を変えたいと思っていました。
でも、彼は同じ病院で治療を続ける事を選びました。
理由は、今後も標準治療を受けるのであれば、どこの病院でも同じだと思う。
それならば、自分のこれまでの状況を良くわかっていて、そして環境も看護師さんも慣れている今の病院で治療する方が良いと思う。と彼は話していました。

幸運だったのですが、手術をしてくれる医師がいると紹介された病院は
私達の住居から歩いていける距離でした。なので私が病院に通う事や入退院は普通より楽でした。
彼は、抗がん剤治療で何度も入退院しました。
亡くなった後に数えたら、彼は16回入退院していました。私はその数に唖然としました。

入退院のたびに病棟のフロアは変わりましたが、
彼が逝ってしまった時は、術後に長期間お世話になったフロアの病室でした。
彼が亡くなった時、良く知った看護師さんが何人かいて、皆さん一緒に泣いてくれました。
そのフロアのリーダーだった看護師さんは「このフロアで、私たちが最後を看てあげれて良かった。」と泣きながら言って下さいました。

ずっと相談していたガンの専門看護師さんから、私達の辛かった経験、病院が行き届いていない点を
病院の改善のために投書してほしい、それは病院で働く私達スタッフのためにもなります。と後押しされました。でも悲しみが深く、一年過ぎるまで行動を起こせませんでした。

2回目の意見には、手術を選択したのは間違いだったと書きました。
眠れずに考えている時「間違いだった。」と心に浮かんだんです。
後になって、「間違いだった」と伝えてきたのは彼であり、
「他の選択肢になる治療の説明をもっと詳しくして欲しかった。」という想いを聞きました。

私は最後まで、手術を選んだのは間違いだった。と答えは出せずにいました。
抗がん剤も効かなかったからです。それに彼に間違いだったと思ってほしく無い、とも思っていました。
でも彼は、私を気遣って口に出さなくても、自分ではそう答えを出していたのだと思います。
「たとえ余命が短くなっても、QOLを保ったまま、最後の時間を過ごしたかった。
あれだけの説明で、大きな手術を決めてしまったのは間違いだった。あせってしまった。」と。

でもガンを告げられた患者や家族が、冷静に治療法を選択するのはとても難しい事だと思います。
医師や限られた医療従事者だけではなく、いろんな視点から患者が治療を選択する支援が必要と思いました。

私はもし、近いうちに自分がガンになるような事があったら、治療を受けないつもりでいます。
これは彼の闘病中から思っていました。
受けるとしたら、最低限のQOLを保つ、最小限の対処療法だけにしたいです。
イクミさまが書かれている事を実践して、それで進行していくものであれば、それは私の寿命だと思います。

彼が抗がん剤治療中に肺炎になり緊急入院した事がありました。もちろん治療は中止です。
その時、研修医の方でしたが、お一人だけ「どんな抗がん剤よりも自己免疫力が一番の治療薬なんです。」と言っていた先生がいました。私はこんな考えの外科の先生もいるんだ…と驚きました。共感したからです。
でも大学の研究室に戻ってしまわれました。

私が意見を病院に投書した事で、どれだけ改善が実践されているかを知ることはできませんが、
病院の上層部まで意見が届き、私の想いを理解していただけたことが何より嬉しい事でした。
自分の家族が最後までお世話になった病院は、良い病院だったと思いたいものです。
術後3か月経って、初めて彼がお水を飲めたとき、一緒に泣いて下さった看護師さんのことを
忘れる事ができません。

また長くなってしまいました。イクミさま、いつも読んでいただいてありがとうございます。

匿名 さんのコメント...

イクミさま こんにちは。

いつもありがとうございます。
こちらはずっと雨か曇りで身体にカビが生えそうです…。そちらはいかがですか?

今日も匿名で書いています。
彼が亡くなってしまった後、彼が存在していると信じさせる、私にとっては大きな出来事がありました。
その事を知る友人知り合いも、その事があったので私が彼の存在を信じ続けて当たり前と思っています。

彼は病状が進行していく中で
ある日、お墓や埋葬の事を取り上げているテレビ番組を見ながら
「俺はどうしようかなあ…」と言いました。
「ご実家のお墓もあるし…」と私が言ったら、「あそこには入らない。樹木葬とか…。」と言いました。
はっきり樹木葬と決めていたわけでは無いようでしたので「じゃあダイヤモンドにして私がずっ身につけて生きていくっていうのは?」と言ったら「それでも良いよ。」と言いました。
それ以上そんな話をするのは辛くなって、「気持ちに反しないように、私がちゃんとするから安心して。」と言って話は終わりにしました。
私自身は、死んだらお骨は海洋散骨を希望しています。お墓はいらないと思っています。

彼が亡くなって、葬儀の前に義父に彼の意向を伝えました。
葬儀は菩提寺にお願いしましたが、ご住職にも彼の意向を伝えました。四十九日には納骨しない事、
彼の意向に沿った形を私の中で決められるまで、お骨は私がお祀りしたい事を話して理解してもらえました。

その後、考えました。樹木葬って言ったけどいろんな形があるし、
ダイヤモンドは海外にお骨を送らないといけないし、失くしちゃったら困るし…とか。
彼は船があまり好きじゃなかったから、海洋散骨も違うな…と思って考えこんでしまいました。

そんな中で、都立で唯一の樹木墓地が小平霊園にある事を知り、ウェブサイトで見てみたら
ちょうど1年に一度の募集期間でした。私はすぐに申込みし後日現地に友人と見に行きました。
人気のある墓地で抽選倍率は2倍位です。
とても清々しくて、芝生が綺麗な公園型の樹木墓地でした。「ここ、良いなあ…」と思いました。
一緒に行ってくれた友人も「良いね。ここ。当たる気がする」と言ってくれましたが、
彼がこういう形の樹木葬を思い描いていたのかどうかわからないし、他もいろいろ見てみようと思い帰りました。
民間の霊園の樹木墓地を見に行ったり、山野型の樹木墓地の資料を取り寄せたりしましたが、
どれも彼らしくないし、やっぱり小平霊園が良いけど、当たらなかったらどうしようかな…
二人に一人しか当たらないんだし…。いったん郷里に一緒に帰るしかないかな…と思っていました。
私は郷里に転居する事を決めていたので、都立霊園に申し込めるのは最後の一度のチャンスでした。

当選しました。それも216体の当選数に対して、216番目の当選順位で。一番最後の当選者でした。
私は嬉しくて泣きました。「すべり込みだ。彼らしいな」と思いました。
でもだんだん、最後の当選者で当選、という意味を考えました。
これは彼が私に「ここで良いんだよ。もう悩まないで良いから、この霊園で良いんだ。」と伝えてきていると思いました。
私はとてもいいところだと思ったけど、彼の意向に合っているだろうか、実家のご家族は納得してくれるだろうか?とずっと思い悩んでいました。当選したとしてもすぐ決めるつもりはありませんでした。
その想いに彼が答えを伝えてきてくれたのだと思いました。
友人ともう一度霊園を見に行き、ゆっくり時間を過ごしてみて決めました。

義父は、都立で管理もちゃんとしているし、菩提寺にも報告しやすいと言って喜んでくれました。
私は、彼と、私を守ってくれている存在に泣きながら感謝しました。ほんとうにその援助を感じました。
この話をすると皆、普通とは違った埋葬ではあっても納得してくれます。

イクミさまのブログで知った武本昌三さまの「ともしび」にも小平霊園の事が書かれていて嬉しかったです。
四季折々にとても美しい自然を感じられる霊園です。

この話は、イクミさまはどういうお返事をくださるかなあ…とずっと思っていて、コメントに書きたかったのですが、投稿すると、私が誰だかわかってしまうのですっと書きませんでした。
私は何人かの友人にイクミさまのブログを紹介しているので。
友人には秘密の話もイクミさまには投稿しています。なので一応匿名です。

イクミさま、すみません、前回のお返事の宛名も匿名に変えてもらえると嬉しいです。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんばんは。
お話をお伺いして、彼が入院した病院は良いスタッフが多いと思いました。
ただ、スタッフの声や、患者さんの声が活かされにくいところがあると感じましたが、それはほとんどの医療機関が抱えている問題です。
医者は多忙で、患者さんの不安や質問に答える時間、十分な説明が足りないのですが、それは医療全体が抱える問題です。

彼は、手術を受けたのは間違いだったと伝えてきたのですね。
もし、合併症の説明を受けていたら、手術を受けなかった可能性もありますが、手術を受けないのも身を切るようなつらい決断には間違いありません。
それでも、あなたと心穏やかに、会話をしながら、最後の時間を過ごす選択を、お二人はしたのかもしれません。
説明は受けた上で、決めたかったと思うのは当然です。
医者は3大療法ありきで事を進めて行きますので、それは絶対に正さなければいけないと思います。

自分がガンになったら、治療を受けないつもりなのですね。
ガンで苦しむ人よりも、医療行為によって苦しむ人があまりにも多いと感じています。
もし、きちんと説明を受けたのならば、治療を拒否する人は、きっとたくさんいると思います。
後天的な原因でガンになったのであれば、内にある想いを解放して、生き方を変えればガンは消えて行くと信じています。
もし、内に想いもなく、生き方も変える必要がない人がガンになったのであれば、3大療法を受けても無効であり、残りの人生を有意義に過ごすことに専念するべきと考えています。
医学は、魂の存在を否定し、極めて唯物的な考えをしているので、医者は大局的な判断が出来ません。
死は敗北だと、頑なに信じています。
そこが、最も問題です。

あなたの意見書は、現場の看護師さんやスタッフも感じていることであり、霊界の働きかけもあったと思いますので、きっと病院の体制は改善されていると思います。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんばんは。
こちらの天気も雨や曇りばかりで、夏らしくありません。
作物が生育不良になってしまうのを心配するくらいです。

病状が進行して行く中で、お墓や埋葬のことを、彼と話し合うのは、とてもつらかったでしょう。
お墓は骨が安置されている場所であり、本体である魂は自由に動き回っていますので、そこに会いに行くという感覚は、あなたも薄れてしまっているのではないでしょうか。
肉体は地球に還すのが自然と考えていますが、墓に眠っていると考える人もまだまだ多く、参る人のことを考えると、どうすればいいのか悩んでしまいます。

つらい気持ち中で、いろいろと考えなければいけなかったのですね。
樹木葬と言うのがあるのを知りませんでした。
とんとん拍子に進んでそこに決めて、抽選の最後の1体に、滑り込んだのですね。
霊界が力を貸してくれたのかどうかは定かではありませんが、必要があれば地上に働きかけをして、物理的な現象を起こすが出来ます。
あなたに彼の存在を信じさせる、最初の出来事であったのは間違いないと思います。
「ここで良いんだよ。もう悩まないで良いから、この霊園で良いんだ。」と、伝えてきてると思ったそうですが、それが最初の彼のメッセージだったような気がします。
そう考えると、彼の存在を示すために当選は計画的であったのかもしれません。
その後、彼の働きかけや想いにぼんやりと気付くようになり、今の確信につながっているような気がします。

霊的真理から、守護霊の存在、あの世からの働きかけがあるのを知り、実体験から強く信じるようになりました。
この世に頻繁に働きかけていて、強い影響力を持っていると、今は思っています。
願いは霊界の援助により、叶えられることが、考えている以上に多いと感じています。

前回のコメントでは、うっかりしてしまい、配慮が欠けていて、申し訳ありませんでした

匿名 さんのコメント...

イクミさま おはようござます。

お返事ありがとうございました。
前回のお返事の宛名、お手数をお掛けしてすみません。実は私も気づかずにいたのです…。

ほんとうに低温のせいで作物の生育不良が心配ですね。
こちらは稲の生育が危ぶまれています。異常気象は人間のエゴの影響でしょうか。。。

最近は、小平にお参りに行く時は、彼に会いに行くというのではなく
彼と一緒に、気持ちのいい公園に癒されに行く気持ちで行きます。
でも家族や友人には、やはり手を合わせるところがある事が良いと思いますし
近くに住む友人は散歩がてら、気軽にお参りしてくれています。
墓標は無く、シンボルツリーが成長していきます。
土に帰る袋にお骨を入れて直接土に埋葬されたので、彼のお骨は少しずつ自然に溶け込んでいると思います。

私は、当選順位まで決めて当選させるなんて出来るのか???と思いましたが、出来るのですね。
彼に聞いたことがあったのですが、はっきり答えてくれませんでした。でもあの樹木墓地が良かったそうです。
私は何より、この墓地に決める事を強く後押ししてくれたと感謝しています。
このすべり込みの当選順位でなかったら、なかなか決められなかったかも知れません。
彼だけではなく、守護霊さまやいろんな方が助けてくれたのだと思います。

イクミさまがおっしゃるように、この時から「彼はいる。導いてくれている。」と思いました。
この事が無かったら、その前後に起きたいろんな不思議な事も、あまり気にせずにいたかも知れません。
今のように彼と会話が出来るまで、深く信じ続け心を澄ます事は出来なかったと思っています。
イクミさまのブログにも導かれ、霊的真理を学ぶことにも導かれています。
今に至るまで、すべてつながっているのだと感じています。

私は、とても耐えられないと思うような苦しみ、深い悲しみの中でも
なにかいつも救われていました。誰かが私を助けてくれている事を感じていました。
ぼんやりだったその感覚を私に確信させ
「この世で果たすべき事を果たしなさい。」と言われているのだと思っています。

このページからは、過去の事をコメントさせていただきました。
何かイクミさまに書かずにはいられないような、聞いていただきたいと思う気持ちがありました。
イクミさまに書くことで、私の中の確信をもっと深くしたかったのかも知れません。前に進むために。
読んでいただいてありがとうございました。いつも感謝の気持ちでいっぱいです。

シルバーバーチの霊訓は、5巻の再読が終りそうなところです。
2回目はだいぶ理解できました。私の魂が喜んでいるのを感じながら読んでいます。
彼との会話も毎日ではありませんが復活しています。またいろいろ教えてください。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんにちは。
墓参りではなく、公園に癒されに行くような気持ちの方が、故人も喜び、接触しやすくなるのかもしれません。
そんなことから、樹木葬はとても良いと感じています。
骨が時間をかけて土になり、木が育って行く、自然の摂理により近いと思います。

シルバーバーチの霊訓にも、霊界は地上に働きかけて、物理的現象を起こせると書いてあると思います。
以前、どこかに書いてあったのですが、マザー・テレサの施設で、食べ物が底をついてしまった時に、何とか手に入るように神に祈ったそうです。
すると、カルカタの空港だと思いますが、何らかの理由で予定されていた航空便が欠航になり、機内食が無駄になってしまうということで、手元に届いたそうです。
運が良かったと言ってしまえばそれまでですが、マザー・テレサは、正当な祈りは叶えられると信じていて、霊界(神)が手配してくれたと感謝していたと思います。
私たちが気付いていない、あるいは偶然として片付けてしまっているだけで、このような霊界から地上への働きかけは、たくさん起きていると考えられます。

あなたが感じているように、この世で果たすべき事があるので果たしなさいと言われていると思います。
そのために、霊界からたくさんの援助を受けていると思います。
それをあなたも判ってきたので、昔に比べて、格段に導きやすくなったと思います。
彼は、あなたをこれまで導いてきた集団に加わって、自分の役割を果たしていると思います。
あなたと会話することも、その内容も、集団の了承を得てのことだと思います。

やはり、私と同じ様にあなたも、必要としている人に、真実を伝えて行くようになると思います。
まだ真理を学んでいる途中ですが、時期が来れば、必要としている人があなたの元に導かれて来ると思います。

匿名 さんのコメント...

イクミさま 

こんにちは、いつもありがとうございます。
今日も匿名でコメントさせていただきたく、このページから投稿しています。

イクミさまにヒーリングをしていただいてから、心も身体も普通の状態を取り戻せています。
生命力がだいぶ蓄積されたのかなあ…と感じています。
穏やかに過ごせています。とても嬉しいです。

シルバーバーチの霊訓を読んでいる効果か、ヒーリング効果もあるのかな…と思っているのですが
自分のこの世での人生、亡くなった彼と出合う前の人生を振り返る事が多くなりました。
彼と一緒に生きている間は、なぜかあまり過去のことを思い出したりしていませんでした。
今はいろんな時期の事を振り返っています。あの時、私の魂はどう感じていたのだろう…?と。
でもすべては今につながっていて、今の私に至るためにあった事だったのだ…と思っています。

彼と出会うまでの私の人生は、あまり良いものではありませんでした。
小さいころの家庭環境のせいかな…と思ったりしていました。
私は高校卒業後上京して、一人暮らしをしていました。若いころは何人かの男性とおつきあいしました。
とても愛した男性もいました。求婚してくれた方もいました。
でも私はずっと一人で生きたいと思っていました。
恋愛をしたくないとは思っていませんでしたが、正直なところ
私のことを「女性」として見ている「男性」という存在をあまり好きではありませんでした。

結婚願望もありませんでした。子供も一度もほしいと思ったことがありません。
自分は少し偏った人間だな…とずっと思って生きていました。
でも彼と出会い、一緒に生きることで、それまでの自分を全て認める事ができました。
これまでは、必要が無いと思ってコメントに書いてきませんでしたが、私たちは入籍をしていませんでした。
いわゆる事実婚でした。お互い一度も誰とも入籍したことはありません。
入籍したくないというより、必要がない、と二人とも考えが似ていました。
私もずっと働いていましたし、大きな問題はありませんでした。家族も友人も理解してくれていました。
私たちはシンプルな想いだけでつながっていました。今も彼は私にとって唯一のひとです。

時々、どうしても心が不安定になってしまう時があります。
彼の闘病中の事を思い出す時です。
主治医をはじめ担当の医師の方々と話すとき、
私はまったく別世界の人と話さなければならないように感じていました。
彼もそうだったのではないかと思います。
彼にとっても私にとっても、乗り越えなければならなかったシナリオだったのだと思っていますが
思い出してしまうことは避けられず、とても辛い気持ちになります。
これだけはなかなか乗り越えられません。まだまだ続きそうです。
イクミさま、良いアドバイスがあれば教えていただけたら嬉しいです。

シルバーバーチの霊訓は、今やっと7巻を読んでいます。
読み進めながら、これからの計画を自分の魂に質問しながら考えています。
やはり自分の経験を、知り得た事を誰かのために活かすことを基本に考えています。
だいぶ具体的な事を考えられるようになってきました。
イクミさまにいつもお話を聞いていただいているおかげと、とても感謝しています。
今日も読んでいただいてありがとうございます。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんにちは。
前回のヒーリングで、少し元気になったのであれば、とてもうれしいです。

彼と出会う前のことを、思い出すことが多くなったのですね。
どうしてなのか私にも判りませんが、過去のさまざまな出来事や出会いを経験した上で、彼と出会いがあったのは間違いありません。
結婚願望もなく、子供も欲しいと思ったこともなく、少し偏った人間だと思って生きてきて、彼と出会い、一緒に生きることで、それまでの自分を全て認める事が出来たのですね。
もし結婚願望があれば、早々としてしまったかもしれません。
どう考えても、彼と出会うようになっていたと思います。

一緒であれば必要十分であり、完結していたと思います。
彼が亡くなって、魂の半分をもぎ取られたような感覚になっていたと、お察しします。
お二人はシルバーバーチの霊訓に書かれている、アフィニティーの関係なのではと、一瞬思ってしまいました。
そうでなかったとしても、極めて親しい魂であるのは確かです。

闘病中のことを思い出すと、心が不安定になってしまうのですね。
医者と話す時に、別世界の人と話さなければならないように感じていたと言うことですが、あなたたちお二人にとって極めて重要なことなのに、その気持ちに寄り添うことなく、人間として全く心が通い合っていなかったことを指しているのでしょうか。
深刻な合併症が起きたのにもかかわらず、不信感を募らせる言動をされれば、言葉にならないような強い想いが生まれていたと思います。
悲しみの下に隠されていた、闘病中に吐き出せなかった苦しさ、不安や恐れ、言葉にならない想いが、今になって表に出てきているような気がします。
たくさんのことが起き過ぎていたと思います。
それとは別ですが、彼の痛みや苦しみを自分のことように感じていて、その時の感覚がまだ残っているのかもしれません。

自分の経験と、知り得た事を、誰かのために活かすことを考えているのですね。
まだまだ、生命力を蓄える時期ですが、前を少しずつ向いて行けば、後ろを振り返ることが少なくなると思います。
また、何かを無心にやっていると、少しずつですが内に溜まっている想いが解放されると考えています。
全て解放されたなら、単なる記憶に変わると思います。

もう少し時間が必要です。
良いアドバイスが出来なくて、申し訳ありません。

匿名 さんのコメント...

イクミさま

お返事ありがとうございました。
お返事の最後のお言葉「もう少し時間が必要」このことはいつも彼にも言われます。
なので、読んだとたんに泣いてしまいました。

彼の闘病中、特に手術後の私の想いはイクミさまが書いてくださったそのとおりです。
[極めて重要なことなのに、その気持ちに寄り添うことなく、人間として全く心が通い合っていなかったこと]
[深刻な合併症が起きたのにもかかわらず、不信感を募らせる言動]
私は先生方と最後まで信頼関係を築くことができませんでした。
このことを、本当に彼に申し訳なく思っているんです。私の力不足だったと思って。
でも彼は彼で、私に申し訳なかったと思っているようです。
医師にとっては、私たちは患者の一人でしかありません。でも患者側は初めての経験をする者です。
それでも、関わったすべてのお医者さまがそうだったわけではありません。
神様が現れた…と思うほど、私たちを真っ暗な海の底から引き揚げてくださった先生もいました。
その先生のように、患者の心を診ることができる医師が増えてくださることと
医療機関にもそういう意識を持ってほしい…と願っています。

私は、彼と一緒に生きている時、本当に幸せでした。
一緒に暮らし始めたころの彼からの手紙に
私と出会って「自分が自分のための完成品として、ようやく出来上がりました」とありました。
たぶんふたりとも、この人と出会うためだったんだ…と感じていたのですね。
私は何となく、前世で親子か兄弟だったのかな…と思って暮らしていました。
彼のこの世で最後の苦難であった闘病も、
この幸せな時があったから、二人で乗り越えようと思えたのだと思います。

家族は第二の患者と言われますが、私は無我夢中で、想いを吐き出す機会は無に等しかったです。
彼をこの無情な世界から救い出したい…と、ずっと心が張りつめていました。

これからは、イクミさまが書いてくださったように、何かを無心にやっていく
なるべくそういう事を考えます。
そういう時間を過ごしていくことが必要ですね。少しずつ解放するために。
外に向けて動いていくことは、無理せず少しずつ進めます。

私はずっと、自分の半分をもぎとられたと感じています。
でも、彼の想いを受け取れる事で生きていけます。イクミさまにとても感謝しています。
彼の存在を、心から信じることができたから生きられています。
イクミさま、「良いアドバイスが出来なくて、申し訳ありません。」と書いてくださいましたが
私にとってはこのお返事をいただいただけで、素晴らしいアドバイスです。

ありがとうございました。また投稿させてください。

イクミ さんのコメント...

匿名様

おはようございます。
地上に住んでいる人の霊性がさまざまな様に、医者の霊性もさまざまです。
患者さんのことを第一に考える人もいれば、残念ですが自分を最優先している人もいます。
医者としてのプライドが高い人は、自分に正直になれない、自分を前面に出さない傾向があるように感じています。
頭脳よりも心が賢い人が、医者になるべきと考えています。
あなたと彼は、怒りを表現するのを好まない人なので、ここまで想いを溜めてしまったのかもしれませんが、思い出してもつらくならない日は、必ず来ると思います。

話は変わりますが、彼は「自分が自分のための完成品として、ようやく出来上がりました」と言っていたのですね。
1つの魂が2つに別れたアフィニティーの関係ではないかと、本当に思ってしまいます。
会話が可能なのも、そのせいなのかもしれないと思ってしまいます。

匿名 さんのコメント...

イクミさま

こんばんは。
イクミさまが書かれた「頭脳よりも心が賢い人が、医者になるべきと考えています。」
この文章を読んで、本当にそうなってほしい、と心から思いました。
なかなか難しい事なのだと思いますが、そういうお医者様が増えてほしいです。
それにお医者様は、皆さん忙し過ぎると思います。改善が必要ですね…。

彼と私が、自分たちの魂とは対極にあるような、高い技術を持った外科医の方々、
プライドの高い先生方と関わらなければならなかったのも、
魂が成長するために用意されていたシナリオのような気がしています。
イクミさまがおっしゃるように、思い出しても辛くならない日が来ると信じます。
想いを解放していくための時間が必要なのですね。

私達がつきあい始めた頃、彼は私以上に、二人は何かの力で結びついたと思っていたようです。
一緒に暮らしている間、お互いに、二人の関係に不安を持った事、疑う事は無かったと思います。
あの世の彼と会話が出来た時も、彼から「自分たち二人は特別に親しい魂同士で、
この世で二人が出会えて一緒にいられたことは、そんなにはない縁だ」と伝わってきました。
そういう魂同志だから会話ができている、のは確かだと思います。
そして「あの世とこの世で離れていても、ずっと信じ合って生きていくって
誰でもが出来るわけじゃない。だから証明したいよね」とも伝わってきました。
私もそう思っています。私がこの世に生きている大きな理由の一つだと思っています。
でも今の私にはいろんな意味で「もう少し時間が必要」なのだと思います。
きちんとした知識を学ぶ事、心と身体を回復させる事が必要なのだと思っています。

私は今まで「なぜ私がこんな目に会うの?何がいけないの?」と思ったことが不思議と一度もありません。
彼が病気になり、亡くなってしまった大きな苦難、悲しみの中でもそういうふうには考えませんでした。
やはり、決められている…と無意識に思っていたのかも知れません。
イクミさまのブログやコメント、シルバーバーチの霊訓を読んでいると
その理由がわかってくるような気がしています。
導かれ、巡り合えたことにとても感謝しています。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんばんは。
あなたの言う通り、忙し過ぎると思います。
忙し過ぎると、余裕がなくなり、仕事を機械的にこなすしか出来なくなります。

絶対に避けたい出来事であっても、成長するために存在していると思います。
別の言い方をすれば、何かを学ぶことが出来ると思います。
あなたが経験した出来事は、許しと関係しているのかもしれません。

あなたと彼ほど親しい魂が出会い、共に過ごせば、シルバーバーチの言う地上天国のように感じられたと思います。
そのかわり、別れた時は地獄のような悲しみ苦しみを、味わなければならないのかもしれません。
それでも、これまでの苦難を不幸な出来事と思わないのは、シナリオとして自覚があるからだと思います。

天国と地獄を味わうのも、あなたとって必要であり、次元を異にして生きるのも、大きな意味があると思います。
今は鋭気を養う時であり、しかるべき時期が来たら導きよって、進むべき道が見えてくると思います。