2016年4月7日木曜日

ガン(癌)の真相



先月、歯の治療を続けていた患者さんから、当分の間、治療を休みたいと言われました。

どうしたのかと尋ねたところ、乳ガンになって手術を受けることになったと言われました。

私と同年代の、とても明るく、快活な女性ですが、覚悟を決めているような気配が窺われました。



仕事が終わった後も、その患者さんのことが気になりました。

もしかしたら、お役に立てるかもしないと思い、失礼かと思いましたが、思い切って自宅に電話をかけてみました。

話をしてみると、幸いにして早期でしたが、浸潤性の悪性度の高いガンであり、それも左右に見つかり、乳房を全摘する予定だそうです。

20年近く前に、子宮ガンにもなって手術を受けていたそうです。

女性の象徴とも言われる乳房を失わなければならない心境は、男である私には判るはずもありません。

手術せずに、良くなって欲しいので、その晩、遠隔ヒーリングをする旨を伝えたところ、快諾していただきました。

翌日、患者さんから連絡があり、会って話がしたいと言うことでした。

休日の午前中に、ご主人と共に来られましたが、ヒーリングを行った時に起きたことを、具体的に話をされましたが、聞いている私も信じられないような内容でした。

その体験に驚くと共に、どのようなことが起きたのか知りたがっているようでしたので、私が理解している範囲で説明しました。

明るい表情、輝く瞳に、真実を受け入れる時期が来ている人かもしれないと思いました。

10年前の私が手に入れたものを、この人も手にしようとしているのならば、とてもすばらしいことです。

そして、ヒーリングにより肉体も癒されて、乳房にメスが入らないようにと、願わずにはいられません。



この世では、生涯健康で一生を終える人もいれば、この患者さんのように2度もガンを患う人います。

また、同じ種類、同じステージのガンであっても、亡くなってしまう人もいれば、健康を取り戻す人もいます。

医学的な常識として、早期に発見して、早期に治療すれば、生命予後は良好であり、進行してしまったガンについては、治療をしても予後は不良とされています。

しかし、初期のガン(ステージⅠ)で手術をしても、再発して亡くなる人もいますし(5年実測生存率16.1%)、進行したガン(ステージⅣ)でも、常識に反して生存している人もいます(同15.9%)。

ステージⅠで亡くなった人は運が悪い人で、ステージⅣでも生きている人は運が良い人と片付けてしまっていいのでしょうか?

それとも、受けた医療の差によるものなのでしょうか?

何か別の要因が働いているように思えてなりません。



私は10年前から、ヒーリングを行っています。

信じられないかもしれませんが、ヒーリングを受けて、ガンが治癒してしまう人がいます。

その一方、ヒーリングを受けても、亡くなってしまう人もいます。

その差はどこから生まれるのか、答えを知りたいです。



ヒーリングについて少し説明します。

ヒーリングは魔法のような力ではありません。

誰もが持っている、自然治癒力の延長線上にある力だと思います。

ヒーリングの力は、霊界でオーダーメイド(調合)され最適なものとなり、地上のヒーラーを媒体として、個々の患者さんに届けられると言われています。

ヒーリングを受けて治るのは、病気による苦痛を十分に味わった人(償いが終わりかけた人)、魂が目覚める時が来た人であり、まだ、機が熟していない人は、いかなるヒーラーでも治せないと言われています。

魂が癒されることで、肉体上の病気が癒されます。



この事実から推測すると、早期のガンでも治る時期が来ていない人は、再発してしまう可能性があり、末期であっても治る時期が来た人は、治癒に向かうのかもしれません。

手術で切り取ってしまえば、それで終わりになるものではないと思います。



現代医学は、病気を外面(物質)的にしか捉えていません。

多くの病気の原因は、内面にある、精神あるいは魂に隠されていると思います。

ガンの外面だけ見ると、際限なく増殖し、死に至らしめるとても怖い病気ですが、本質は恐れるものではないのかもしれません。



あらゆる病気は自然法則に従って生じ、進行あるいは治癒し、偶然の入り込む余地は全くありません。

自然法則とは、宇宙に秩序と調和をもたらしている「決まり」と言えます。

全ての生き物には、霊的な自然法則が働いています。

霊的な自然法則は、神の心を表現させる方向に、導くために働いていると思われます。

神の心とは、お互いを認め合い、愛し合い、一つにさせようとするものであり、絶え間ない力が、霊的な法則を通して顕現していていると考えられます。



この世界には、実にさまざまな人がいます。

人は、自分にはない他者の優れたところを取り入れることで、成長して行くと思います。

個々の人間に、差異があるのは当然であり、性格、考え方、価値観が違うからこそ、世の中に広がりと厚みが生まれていると言えます。

差異を認め合えば、そこに調和が生まれ、全体が進化しながら、1つにまとまって行きます。

もし、認めなければ、不調和が生まれ、進化は停滞し、分裂が始まります。



桜の木に咲く花は、1つ1つは独立した存在に見えます。

しかし、同じ幹から分かれた枝から出ているので、全ての花同士はつながっていると言えます。

人も動物も同じであり、地球上の生命(魂)は根幹で互いにつながっていますが、肉体があり、生命は見えないので、どうしても別個に思えてしまいます。



子供の時には、人や動物との間に垣根はなかったので、親近感を覚え、同じ仲間のように感じていたと思います。

トラックで工場に運ばれて行く牛たちの瞳に、悲しみを見出したのは、本当の自分(魂)で生きていたからだと思います。

しかし、大人になるに従い、いつしかそんな牛たちの存在を気にも留めなくなります。

それは、より良く生きようとするあまりに、表向きの自分が作り上げられ、本当の自分は奥に引っ込んでしまったからだと思います。



本当の自分(魂)は、他者との差異を認め合おうとしていますが、表向きの自分は、他者と間に壁を作って認めようとしません。

本当の自分(魂)の想いと、表向きの自分の思いの間に大きな隔たりがあると、不調和が生まれ、混乱が生じてしまいます。

本来、人は本当の自分(魂)から生まれた想いを、肉体を使って表現しなければいけませんが、作り上げてきた自分の存在が大きくなってしまうと、素直に表現できなくなります。



この世では、いろいろな出来事が起きるため、さまざまな想いが生じています。

想いは、肉体で表現される素となるエネルギーと言って良いと思いますが、言葉や肉体で表現できないような想いもあります。

差異を容認しなかったために生まれる想いは、怒り、憎しみ、恨み、嫉妬、それに類似した言葉に表せない想いであり、それらは一様に破壊的な力を秘めています。

外に向かって表現してしまえば、攻撃的で暴力的なものになってしまい、他者との間に不和や争いが生まれてしまうかもしれません。

想いは消えてなくなる泡のようなものではありません。

外に向かって表現されなかった想いは内に溜まって、その人の言動に影響を与え続けています。

怒りが溜まった状態では、人に優しくするのは困難であり、人を怒らせてしまったり、傷つけたりしまうような言動を取ってしまうかもしれません。



人は、自分(魂)を成長させるために生きています。

困難を乗り越えたり、やさしさや思いやりを表現することで、成長して行きます。

ところが、差異を容認しなかったために生じた想いが内に溜まっていると、自己中心的になり、成長を促すような行動が取れなくなります。

それは成長を続ける宿命を持った魂にとって、由々しき事態です。

しかし、自分の内にそんな想いが溜まっているなど、思いもつきません。



想いを表現するために、肉体は存在しています。

内に滞った想いは、因果律の働きにより、内部で病態となって表現されます。

内に溜まった破壊的な想いは、時にガン組織となって肉体上に表現されることになります。



差異を容認しないのは、自然法則に反するものです。

過ちに気付き、正さなければいけません。

生命を脅かす危機的な状況や、ガンによる苦痛は、魂にまで響き、眠っていた本当の自分(魂)を目覚めさせます。

本当の自分の想いは、お互いを認め合い、許し合おうとするものであり、内に溜まっていた想いは親和性を失うため、解放されて行きます。

肉体上に表現されたガンは、想いと言う本体を失い、消失して行きます。



つまり、ガンは人との間の差異を容認しなかったために生じた想いが、肉体上の病変として表現されたものと言えます。

ステージⅠでも、ガンが再発するのは、想いと言う本体が解放されていなためであり、ステージⅣでもガンが治癒するのは、想いが解放されたためと思われます。

 ヒーリングにより治癒が起きるのは、愛の力により内に溜まった想いが解放されるためと考えられます。

ガンが治癒する人は、魂が目覚める時が来た人であり、認め合い、許し合うことの大切さに、気付いた人だと思います。



魂は肉体に宿ると個別性が出現するために、それぞれが全く独立したものであると錯覚を起こします。

しかし、本来はつながっていて、1つのものです。

個別性を得たそれぞれの魂は、さまざまな体験を通して進化し、再び一つになろうとします。

一つになろうとする想いは愛であり、怒りや憎しみはお互いに反発し、魂を遠ざける想いです。

ガンとは、怒りや憎しみの想いが、肉体上で反発し合う組織となって表現されたものであり、調和を失わせる想いが、調和を失った組織として表現されたものと考えられます。

怒りや憎しみを外に表現すれば、他者に苦痛が生じます。

内に表現されれば、自分に苦痛が生じます。

内にある想いに苦しみ、内にある想いに痛みを感じています。

1つになろうとする魂の欲求を妨げる想いは、自然法則に反したものであることを、病気の苦痛を通して、償いながら学んで行きます。

自然法則に気付き、従ったならば、内部に調和が生まれ、肉体上の病は癒されます。



他者との間にある差異を認め、許し合えばいいだけです。

自分にも足りないところ、至らないところがあることに気付けばいいだけです。

お互い様です。

差異を容認しない想いは、1つになろうとする想いと対極にあり、その想い変えていくために自然法則の1つとしてガンが存在しています。

差異を乗り越えて、1つになろうとする力の根源は愛です。

愛により、宇宙に起こる全ての事象は解決されます。



末期ガンで、現代医学に頼らずに治癒した人たちがいますが、科学的に説明がつかず、例外とされてしまいます。

そんな人たちの中に、病気になって良かったと、ガンに感謝している人たちがいます。

自分をさんざん苦しめた病気に対し、感謝するのは不思議に思えますが、ガンになって初めて本当の自分の想いに気付き、本来の自分に戻れたと、心から思っているからではないでしょうか。

さらに言えば、本当の自分が目覚め、本来の生き方に戻るために、ガンと言う病気が自然法則として存在していると思います。

人生を軌道修正し、シナリオに沿って成長して行くために、ガンという病気になる必要があったと思われます。

ガンは医療で治るものではなく、本来の自分を取り戻すことで治ると思われます。



周りにいる人に感謝して下さい。

わだかまりを捨て、心を開いて下さい。

自分にも欠点があり、人にも欠点があり、それを補い合って生きることに意味があります。

自分一人で生きているのではなく、他者により支えられて生きています。

そのことに気付くことで、差異は容認されていきます。



でも、それだけでは説明できないガンもあります。



まだ幼いお子さんがガンになり、闘病生活もむなしく亡くなってしまうことがあります。

血を分けた自分の子が、目の前で息絶えていく姿を見るほど、過酷な現実は見当たりません。

寿命の数分の1も生きられないのであれば、運命を呪ってしまうかもしれません。

ご家族は、幼くして死んでしまった理由を見つけようとしても、どこにも見つけられません。



ガンは差異を認めなかったために生じた想いが原因と前述しましたが、亡くなったお子さんにそんな想いがあるとは考えられません。

人には、それぞれ生まれる前に約束していたシナリオがあり、それに従って人生は展開していきます。

人智を超えたプログラムのようなものが存在し、それが正確に作動していると思います。

あらゆる手段を使って、そのプログラムを変更させようとしても、それは無理であり、決められた方向に向かって進んで行くだけです。



子供を喪ったご家族には、それぞれのシナリオがありますが、目的は1つに集約され、この世で自分(魂)が成長するためです。

過酷な現実がシナリオに従って起こり、その現実と対峙する中で、何かを見出し、そして再び歩き出すことで、魂は大きく成長して行くと思われます。

そんな現実などいらないと思っても、自らが大きく成長しようと願い、選んだシナリオであり、それに耐えられるほどの魂であるからこそ、許されたと思われます。



早くしてこの世を去るお子さんは、周りの子供たちよりも大人であり、幼いながらも家族や周囲の人を気遣い、わがままなど言ったりしないのかもしれません。

目に見える姿は幼くても、そこに宿る魂は十分に成長を遂げているのかもしれません。

この世のシナリオは短いながらも、周囲に大きな影響を与え、自らの死により、周囲の魂を成長させるという目的を持っていたのかもしれません。

困難に立ち向かって行く大切さを、小さくても病気と気丈に闘う姿を、周りの人に見せて教えていたのかもしれません。

生きる力と勇気を一生涯に渡って与え続けるために、この世にいる時間を短くする必要があったのかもしれません。

子供の死という、これ以上ない悲しみや苦しみを通して、大きな成長を望んでいた親の元に、この世で学ぶことがほとんどない成長した魂が生まれ、その目的を果たすためにガンという病気になり、闘う姿を見せ、愛の大切さを教え、この世の去って行ったのかもしれません。



同じガンという病気でも、本当の自分に目覚め、成長するためになる人もいれば、周囲の人を目覚めさせ、成長させるためになる人もいると思います。

どちらにしても、目的は同じであり、魂の成長です。

その貴重な経験により、他者の痛みや想いが判り、差異を乗り越えて1つになるために、自然法則の一環として、ガンは存在していると思われます。









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