2022年2月27日日曜日

意志を持つ


「生きている」とはどう言うことなのでしょうか?

心臓が動いていれば生きていると、多くの人は考えています。

心臓が止まり、肉体が全く動かなくなったら、死んでいるとみなされます。



生の対極にあるのが死ではありません。

肉体と結合していた「生命」の分離が死です。

荼毘に付されて骨だけになっても、生命は変わりなく存続しています。



生命は肉体と次元の異なるものです。

生命の本体を「魂」と呼ぶことにします。

魂は生命力によって活動をしています。

生命力とは、宇宙を創造し、動かしている神的なエネルギーです。

内から湧き出るものであり、同時に外から流れ込むものです。

生命力が湧き出して、外部に流れて行くのを、ヒーリングをしている時に実感しています。



魂に生命力が供給されて、私たちは生きています。

そうではない、食べた物がエネルギーに変わって生きていると言う人がいるでしょう。

それは肉体の話です。



肉体に指令を与えているのは精神です。

精神が疲れている時に、食物を摂ったとしても、回復するわけではありません。

精神は肉体とは別のエネルギーが供給されています。

魂が受け取った生命力が変換されて、精神的活動のエネルギーになっています。

また、病気やケガを治している自然治癒力も、同じ生命力が変換されたものです。



人間を構成しているのは、「魂(霊)」と「精神」と「肉体」です。

3者の関係は、犬ぞりに似ています。

人が魂であり、犬が精神であり、そりが肉体です。

人の指令によって、犬が働いて、そりが動き始めます。

魂から思念が生まれて、精神が働いて、肉体が動き始めます。



思念は、精神を動かしているエネルギーと言えます。

素となる力は大始源である神から供給されます。

神は独立した存在ではありません。

宇宙が神であり、神は宇宙です。

宇宙全体が神的エネルギーで創られ、満たされています。

私たちは神を構成する一部であり、全体の一部として霊的につながっています。

魂は宇宙全体(神)から無尽蔵にある力を受け取ることができます。

しかしながら、未熟な精神や肉体がボトルネックとなり、大幅に制限を受けています。



精神から不安や心配や怖れ、取り越し苦労が生じると、霊的な通路が塞がれて、生命力を受け取りにくくなってしまいます。

感情で精神的なエネルギーが消耗された上に、生命力が受け取りにくくなってしまうと、活動するエネルギーが不足してしまいます。

その状態が、うつ症状となることもあります。

ヒーリングによって強制的に生命力を注入することによって一時的に症状は緩和しますが、状態が変わらなければ、ぶり返してしまいます。



生命力は個々の魂で思念(意志)になります。

意志は精神により具体化され、肉体によって具現化されます。

意志が生まれて、それによって精神が働いて、肉体に指令が出されて動く、これが正常な状態です。

ところが現代社会では、意志がないままに、精神だけが働かされて、肉体が動いています。

犬ぞりで言うと、人の指令がないまま、犬があてどもなく走っているようなものです。

不安になり、途中で走るのを止めてしまうかもしれません。



意志がないまま、精神だけが活動しているのは、極めて不自然な状態です。

魂から精神、精神から肉体へと変換されているエネルギーの循環が上手く行きません。

そのような3者の調和が乱れた状態が続くと、心身に病気として反映されることもあります。



意志があれば、精神はそれに追随します。

大始源より生命力が流れ込み、それに伴って精神にもエネルギーが供給されます。

意志を失ったまま、精神だけが活動をしていると、次第にエネルギーは枯渇して行きます。



健やかに生きるために、何らかの意志を持った方が良さそうです。

意志があることで、健全なエネルギーの循環が始まります。



夢や目的を持つことは、意志を持つことであり、生命力が流れ込みます。

願いを抱くのも、意志を抱くことになり、生命力が流れ込みます。

○○になりたいと願いを抱くと、実現するために精神が働き出し、時間がかかるかもしれませんが、具現化する方向に向かいます。

ささやかでも良いのです。

例えば、朝起きた時に「心穏やかに生きたい」と願えば、精神が働き出し、具現化する方向に向かいます。

意志がなければ、何も始まりません。



意志を持つことは、生きる推進力となります。

ただ問題が1つあります。

人間にはどんな意志を持っても良い、自由が与えられています。

神の意志(自然法則)に反する意志を持つことも許されます。

その意志に対しても、神のエネルギーは流れ込みます。



ロシア軍のウクライナ侵攻(CNNより)

あってはならない愚かな戦争が始まりました。

見知らぬ人間が、いきなりドアを蹴破り、土足で家の中に入って来て、大切な人が殴られている、侵略されている国の人たちはそんな心境だと思います。

過った意志を行使する者がいる限り、苦痛、怒り、憎しみ、悲しみ、業しか生み出さない、この様な悲劇は繰り返されます。

自分以外の人間を信じられなくなってしまった独裁者の終わりの始まりですが、代償が大きすぎます。

無知が酷すぎて、霊界も憂慮していると思います。

苦痛を感じ、救いを求めて真理に辿り着く人がいて、健全な方向に進んで行くと信じるしかありません。




平和な世界にするためには、人を脅かし傷つける行為は絶対に許さないと言う明確な意志を1人1人が持つことが必要です。

その意志は伝播しながら、具現化して行くと思います。



20 件のコメント:

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、ありがとうございます。

平和を祈ります。
祈りには力があります。
憎しみを超えて、恐れを超えて、愛の光が降り注ぎますように。
神よ、力を与え給え。
苦しみの人に安らぎを、憎しみの人に愛を、与え給え。

分かち合い、救い合う世界を、願います。

ラッパ吹き

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんばんは。
ブログを読んでいただき、ありがとうございます。

そうですね。祈りは意念であり、具現化する力を持っています。
1日も早く平穏な日々が取り戻されることを祈ります。
過ちは因果律の働きで正されますが、ロシア国民、兵士の良心が正してくれるような気がします。

霊的真理を受け入れてから、世界で起きていることが、対岸の火事のように思えなくなりました。
戦争で苦痛を感じている人の想いが伝わって来るような気がします。

分かち合い、救い合う、神の摂理に適った世界になることを、私も望みます。

ぎろ さんのコメント...

イクミ様

いつもブログ更新ありがとうございます。
今回の内容は特に自分の魂に刺さるものでした。
やはりいつも自分の身を律して前に進むことが判っているのに、
いつまで経っても前進出来ない自分に嫌気がさしていました。
「何でいつまでも同じ誤りばかり繰り返すのだろう?」
糖尿病は自分にとって克服すべき内容で、白砂糖の
摂取を止めることは、大霊に奉仕する道につながるステップと
判っているのにいつまでたっても克服出来ていません。
「なぜ克服して前進出来ないのでしょう。」と守護霊に聞いてみました。
すると「信念が足りていないからです。」と即答されました。
今回の内容、「意思を持つ」。まさに人が動く源流(動機)です。
自分ではやるべきことが判っているのに、
やっぱり違うのでは?こんなの叶うわけがない。とどこかで
恐れたり不安がったりして信念に蓋をしてしまいます。
どうしたら不動の信念を得ることが出来るでしょうか。
いろんな出来事にゆさぶられて徐々に固めていくものなのでしょうか。
もういい加減、踏み出して前進したいです。。。
何かアドバイスがあればお願いしたいです。


ラッパ吹きさん

ラッパ吹きさんもやはり自分というものに向き合っておられるのですね。
私は糖尿病ですが、皮膚の傷が治りにくくなっている自分の姿を見て、
もしかしたら自分にひどい仕打ちをしているのかもしれない。
これだけじゃなくて、他にもいろんなところで自分を知らない間に
痛めつけてしまっていると思うようになりました。
私がお菓子で自分を痛みつけているように、ラッパ吹きさんもお酒で
自分を痛みつけているかもしれないと思いました。
うまく言えませんが、大霊に奉仕する道が開ける前に、自分のことを
大切にしてコントロールすることが求められる時期があるのではと
思えてなりません。ラッパ吹きさんがこれをもらったらうれしいと
思える言葉は何ですか?心の底からワクワクして楽しいと思える
道は何ですか?私は陰鬱で重苦しい気分になったとき、こんな気分は
魂からズレていると思って、自分にうれしい言葉をかけてみたり、
願いが叶った自分を空想することがあります。
自分を大切にして魂を輝かせることが、まるで灯台の灯火となるようで、
自分が思っていたより、重要なのではと考えてしまいます。
なんか勝手なことばかり書いてしまってすいません。
少し自分と重なった思いがしたので書いてしまいました。

イクミ さんのコメント...

ぎろ様

こんばんは。
ブログを読んでいただき、ありがとうございます。

ご承知の通り、砂糖は依存性の高いものであり、食べると脳内から快感物質(ドーパミン)が出ることが分かっています。
私は歯医者をしていますが、虫歯をたくさん作って来る人の多くが、砂糖の入った食べ物や飲み物が大好きです。
虫歯の治療は嫌で、歯を失いたくない気持ちがあり、砂糖が原因になっているのは知っているのですが、食べるのをきっぱり止めた人はほとんどいません。
糖尿病の人も、血糖値のコントロールをするために、砂糖をはじめとした高カロリーのものは控えなければいけないことが分かっているのに、どうしても出来ない人がいると聞きます。

向精神薬の依存に苦しんでいる人のサイトを観ているのですが、薬を止める時の苦しみは、想像をはるかに超えたものでした。
一気に止めてしまうと、その離脱症状は気の毒になるほど酷いものになるようです。
ほとんどの人はあまりのつらさに、失敗してしまいます。
その方は、少しずつ時間をかけて薬の量を減らしています。
例えばですが、毎日1錠飲んでいた薬であれば、10分の9にしてしばらく様子をみる。
次に10分の8にしてみて、しばらく様子をみる、それを繰り返し最終的に断薬します。
わずかに減らして、脳を誤魔化しながら、心身の様子をみながら、焦らずに進めて行くようです。

砂糖も一気にやめてしまうと、脳が拒絶反応を起こしてしまうと思います。
イライラしたり、集中力がなくなったりするなどの症状が出る人が多いようです。
やっぱり違うのでは?こんなの叶うわけがないと思ったりするうのも、恐れや不安が生じるのも、もしかしたら離脱症状の1つなのかもしれません。

守護霊が伝えていたことは間違ってはいません。
けれども、自分を責めたりするのは止めましょう。
余計に砂糖が欲しくなってしまいます。
テクニックが必要だと思います。
ご自分を褒めながら、励ましながら、少しずつ、時間をかけて、計画的に摂らないようにしてみてはどうでしょうか?

ラッパ吹き さんのコメント...

ぎろさん、

イクミさんが書かれた「意志」は、私たちが学校や社会で言われてきた”意志”とは違うものだと私は思うんです。
もっともっと遥かに深くて大きい、大いなる力だと。

自分を律する
自分に勝つ
自分をコントロールする
これ、みんな顕在意識のすることです。
我欲かもしれません。会社や組織の期待を押し付ける方便かも知れません。

健在意識の力だけで、知能や知性だけで生きてきた人、他者を蹴落として勝ち抜いてこられてしまった人たち、何もかもが思い通りになってきてしまった人たち、例えば受験戦争や就職戦争の勝者たちトップ0.1% 0.01%の千人に1人一万人にひとりのいわゆるso called “エリート”たち。
愛も真理も摂理も魂も知らずに、挫折を知らずに力ずくで生きてこられてしまった人たち。

ウクライナ、チェルノブイリ、大震災、津波、、、心の底から愛した人との死別、、、

その時、知性や意志が何の役に立つでしょう。
そんなもの、すべて吹き飛んでしまう。

「人間のちっぽけな意志などには何もできんよ。必要なのは”大決心”だ。大決心といっても、あんたが努力するということじゃない。それは、鳥、木、空、月、十方のすべて、つまり、全宇宙が自分を支え、自分とともにいるということだ。」
禅の師匠がそう言ったそうです。(Writing Down the Bonesにある、片桐老師の言葉)

イクミさんが書かれた「意志」とは、私は、God’s Will 神のご意志、だと思います。
私たちの中に、私たちの内におわす神のご意志。
片桐老師のおっしゃったことも、同じです。完全に一致しています。真理だから、だと思います。
(Mikiさんが受け止めてくださった守護霊の言葉も同じです。
>それには創造主に全てをお任せすることじゃ。すべてをあるがままを受け入れることじゃ。
自分の頭で考えるのではなく、自然に身を任せるのじゃ。)

ぎろさんの問いかけ、
・これをもらったらうれしいと思える言葉は何ですか?
・心の底からワクワクして楽しいと思える道は何ですか?

今、私にはどちらもありません。いえ、わからないんです。
安心できる言葉は、「大丈夫、大丈夫、心配いらないよ。」でしょうか。

やりたいことはあります。
明確に、それは音楽です。
音楽ができないなら、今、私には生きている意味がないんです。

うれしい、ワクワク、楽しい、からではないんです。飢え、だと思います。どうしても音楽が要るんです、私には。

魂が求めているのだと、God’s Willだと思うんです。私のちっぽけな意志ではなく。

ぎろさん、
イクミさんが書いてくださっているとおり、ご自分を責めないでください。
戦っても勝てません。叩きのめそうとすれば、同じかそれ以上の力で反撃してきます。ねじ伏せようとすれば、傷めるのは自分自身の心身です。

>ご自分を褒めながら、励ましながら、少しずつ

このイクミさんのアドバイス、大切です。
まったく同じことを言っている人がいます。(ピーター・バスティアンという、デンマークのバスーンの名手です。チェリビダッケの愛弟子なんですよ。)

ぎろさん、私も言われていることです。自分を許してください。責めないでください。

書き散らしたようになってしまってまとまらずてすみません。
取り繕ってまとめるより、取り急ぎこのまま送らせてください。

思いが通じますように。

ラッパ吹き

ぎろ さんのコメント...

イクミ様

アドバイスありがとうございました。
「自分を責めるのを止めましょう。」自分ではあまり意識していませんでしたが、
言われてハッとしました。やはり自分で思っていたより、自分を責めていたんだと。
今日、お店に入ったとたん大きな看板でに「もっと自分を愛そう」とでかでかと
書かれたものが目に入り、ドキッとしました。イクミ様のアドバイスも
この看板も霊団のみなさんが用意して下さったものだと思えてなりません。
イクミ様は歯医者さんなので白砂糖の恐ろしさはやはりよくお判りなのですね。
言われて自分ではまだ白砂糖の恐ろしさをきちんとわかっていなかったように思います。
少しずつやっていこうかと思います。自分を褒めることもそういえばほとんど
やっていませんでした。何を褒めればいいんだっけ??と具体的にわからなく
なっていますが、何とか自分をきちんと褒めて励まして愛していこうかと思います。
ありがとうございました。


ラッパ吹きさん

お言葉ありがとうございました。
大霊のお役に立つために、霊的真理の伝道等に入る前に、必ず自分自身を律し、
霊主肉従である時間を多くしないといけないんです。
意思は神からのもの、そう、いくつかある自分の願いは魂から発信されて
いるもので、違うのではと疑ったり、避けた道へ行こうとすると必ず陰鬱な気分になります。
自分自身を責めてしまうのは本当に知らず知らずのうちにやってしまっているようです。
私は自分の写真を見るのが嫌いです。どこかしら自分を認めていないところがあるのかも
しれません。一番近しいはずの自分が自分を避ける。ほんとに悲しいことです。
ラッパ吹きさんもご自身を褒めて励ましていきませんか?
「大丈夫、大丈夫、何も心配いらないよ。」、シルバーバーチも何度も心配の念を宿しては
いけないと言っていますね。
私はその言葉は好きです。「大丈夫、大丈夫、何も心配いらないよ。あなたの願いはかなうから。」

匿名 さんのコメント...

イクミ様

日々お疲れ様です。
いつも、ためになるブログ記事をありがとうございます。
『意志を持つ』…日々の忙しさにかまけて忘れかけているなと思う今日この頃です。
なので、日曜日にブログがアップされることは私にとって、かなりありがたいものです。
本当に感謝いたします。

戦争についてもかかれていますが、子供に「なんで戦争するの?」と聞かれました。
わかりやすく説明すると子供から、「仲良くやればいいのにね」といっていました。
大人になると欲が出て、当たり前のことが分からなくなってしまうのかなとも思いました。
職場でも、同じようなことが議事録で回ってきます。ぎすぎすするような環境ではなく、みんなが話し合い、よい雰囲気になるようにしましょうみたいな。同僚の方と「なんだか学校の道徳みたいだね」とか「こんな人、本当にいるの?」みたいな。自分が当たり前だと思っていることは当たり前ではないようです。まあ、いろんな人がいますから仕方ないのでしょうが。

人を批判することは因果の法則に反しますから、神様にお任せするとして、
一刻も早く、自分のものだと強調するのではなく、愛をもって調和の方向に事が運んでいただきたいです。だれも戦いたい人なんていないと思います。一人でも多くの人が真理にたどり着くことを祈っております。


ラッパ吹き様

今日もお疲れさまです。
ラッパ吹き様、再就職、おめでとうございます。
優しい匿名様と書いてくださいましたが、私は未熟者で同じく進化の道をたどっているものです。
毎日試行錯誤の連続です。
いろいろあると思いますが、あまり悩まず、強い意志をもって進むのみです。大丈夫!!!


ぎろ様

初めてコメントさせていただきます。
私自身、甲状腺機能亢進症を抱えており自分の体をコントロールするのが微妙です。
感情を吐き出すのも下手なんです。
みんな学びは違えども、それぞれの課題に挑戦中ですね。
真理を知っていていますが、本当にどうにか健康にならないかと思う日々です(笑)
私にとって、体調不良、甲状腺機能亢進症は今回の地上生活で乗り越える課題なんだと思って付き合おうと思っております。


お話が変わりますが。偉そうにいろいろお話させていただいておりますが、

私も自分を許せない一人です。(体調が思わしくないところを見ると)
自分ではそう思っていないのですが、自分のことは意外に気付かないんですよね。
まわりからは、「ものすごく頑張っていよね~」とか言われても、「自分はこれっぽっちしかできないダメダメな人間だ」と思っている日もあります。本当に感情の処理が下手すぎるんだと思います。

前回、コメント欄で「斎藤一人さん」のYouTube動画をご紹介させていただきましたが、
今日、斎藤一人さんのお弟子さんがアップされていたYouTube動画がありましたので、もしよろしければそちらもご覧になってみてくださいませ。私は、これを見て、号泣しました。大人になると泣くという行為はなかなかなくなり、感情を出すのもぐっとこらえて…。子供のころのような柔らかい心を取り戻せらと思いますがガッチガチなんだなと。今朝アップされていた動画ですが、イクミ様のブログのコメント欄をみて、自分を含めて、自分を許せる人がたくさんたくさんあふれていけばなと。

ご紹介動画:https://youtu.be/rlGDyGPtJMM

いつもおせっかいな動画の紹介をしてすみません。

いろいろな考えやご意見があると思います。でも、本当に、本当に、自分も神の分け御霊なんだから、まず、自分のことを好きになってあげなきゃいけないのかなと思う今日この頃です。自分のことが好きになれば、自分の体調も良くなっていくのかなと。でも、自分を許すって本当に大変なことだと思います。だって、自分のこと過大評価できないですもん(涙)だから、自分大好きの人ってすごいなと思います。(グイグイ自信をもって何でもやっている方いらっしゃるじゃないですか。)
自分を救って、他人も救って、みんなみんな幸せになってほしいです。


いつも長々とすみません。
イクミ様はじめ、みなさまには本当に感謝しかございません。
心のよりどころの場所をありがとうございます。


えり

イクミ さんのコメント...

えり様

こんばんは。
コメントを送っていただき、ありがとうございます。

戦争のニュースは心が苦しくなるので、観ていられません。
お子さんが言う通りで、仲良くやればいいのです。
それができないのは、言われるように欲があるからであり、恐れがあるからです。
ドイツ軍がパリに侵攻している時のようです。
独裁者の結末は、いつも哀れです。

ご紹介の動画を観ました。
出ていた方の実体験であり、説得力がありますね。
許すことも意志であり、継続(繰り返す)することが大切だと、私も思います。

甲状腺機能亢進症なのですね、
許せない自分と病気は密接に関係していると思っています。
自分で自分を攻撃している内面の様相が、自分の免疫機能が自分の組織を攻撃している、自己免疫疾患の病態として反映されていると考えています。
お読みになったかもしれませんが、「膠原病の根本原因は自責の念である」(2015年6月21日投稿)にそのことを書きました。

動画にもありましたが、自分を許せない人は、他人を責めることはしない優しい人がほとんどのようです。
しかし、神にとって、自分を許せないのは、他人を許せないのと同じなのかもしれません。
自分も神の分霊であるならば、神を傷つけていることになります。
自分を許さなければ、神から許されないのだと思います。

ぎろ さんのコメント...

えり様

コメント頂きありがとうございました。
動画を拝見しました。
ほんとに自分に「許します」なんてほとんど言ってこなかったと思います。
言っていてもすぐに忘れてしまっていたと思います。
逆でした。「こんなのダメだ。自分ではダメだ。」、自分の写真を見るのが嫌いと書きましたが、
「こんなやつが存在すること自体許せない」とずっと不快に思っていました。
不快に思うのはやはり魂の思いとズレが出ているのと、イクミ様のおっしゃるとおり、
自分の中の神を嫌っているのと同じで摂理に反したことなのだと思います。
今すぐに自分をなかなか好きになれないので、褒めたり許したり励ましたり、
あせらずにやっていこうかと思います。
えり様は甲状腺機能亢進症を抱えておられるそうですが、私の親しい人にも
同じ病気の方がいて、なかなか症状が改善しないのを見ているので、
大変な思いをされて日々過ごされているのだと思います。
シルバーバーチはあらゆる病気にはそれぞれの治療法があって完治できると
きっぱり言い切っていたと思います。また、すべては良きに計らわれているといつも
言っているので、えり様はおっしゃるとおり地上生活で乗り越える課題や得なければ
ならない経験か何かがあって、ただ治るタイミングが今ではないのかもしれません。
また、えり様がおっしゃった「自分のことは意外と気が付かない。」のは本当のことだと思います。
これについても話しの一部かもしれませんが、シルバーバーチは「みなさんはご自分がどれほどの
影響を周りに及ぼしているかご存知ない」と言っています。えり様のまわりの方々が「ものすごく
頑張っているよね」とおっしゃったのは本当のことなんだろうなと思いました。
実際、私にえり様は影響を及ぼして助けて頂いています。
ありがとうございました。コメント感謝するばかりです。

匿名 さんのコメント...

イクミ様

お忙しい中、ありがとうございます。
2015年6月21日の「膠原病の根本原因は自責の念である」、印刷をしてじっくり読ませていただきました。以前、読ませていただいたことがありましたが、うるおぼえなのと、その時はあまり自分に関係ないと思っておりました。が、今、今が私にとって必要な記事なんだなと思いました。

私が真理に出会ったのは4年ほど前。そのころは、人の役に立てばいいんだとがむしゃらに思い込み、恥ずかしいお話ですが、自分の体調も良くなってくれればと思う日々でした。ご紹介いただいたブログの中に書かれてありましたが、「人のために何かをするには、まず自分が充足されていなければ難しくなります。」これ。これを4年前から今の今まで勘違いをして過ごしてきたんだなあと。シルバーバーチの霊訓にも、まず自分のことよりも利他利他利他が大切ですということばかりが目に入り、ちゃんと意味を理解しないまま来てしまいました。自分をおろそかにしてもいいということではなかったんですね。自分は後回しでいいやと思っていましたが、人の役に立つには自分がしっかりしていなければならないというのが大前提だったみたいです。
4年過ぎた今…今頃になって、自分も大切にしなければならないことに気づかせていただきました。
イクミ様のブログにもしっかり、書かれてあるにもかかわらず(涙)
その時は、時期でなかったんだなって。


下記はご紹介いただいたイクミ様のブログの一部ですが、
ものすごく心に響きましたので引用させていただきます。

「生きている目的は、魂を成長させるためです。
人を助けることは、自分(魂)を成長させます。
お互いに不完全であるからこそ、助け合う機会が生まれています。
助けられた人は、感謝するとともに、今度は他の人を助けようとします。
助け合うことで、人から人へと、愛が伝わっていきます。
その連鎖が拡がっていき、個々の成長が促され、世界に愛が行き渡ります

もっと、人に頼っていいと思います。
もっと、支えてもらっていいと思います。
甘え過ぎていると思うくらいが、ちょうどいいのかもしれません。
完全ではないので、人に支えてもらわなければ生きていけないことを、忘れてはいけません。

人を信じること
自分を愛すること
もしかしたら、少し足りなかったのかもしれません。
病気になったのは、その大切さを身を持って学ぶためかもしれません。

そして、自責の念から解放されるために、自分を許すように心がけていましょう。
病気になり、自分を大切にしている人であれば、決して難しくないはずです。」


これに気づく時期は、私にとって今なんだなと。
ラッパ吹き様、ぎろ様がコメントで思いのたけを書き記し、それにイクミ様がアドバイスしてくださり、ようやく私も自分を許さねばならないスタートラインに立ったんだと。
みなさま、本当に気付かせていただきまして、ありがとうございます。

余談ですが、『甲状腺機能亢進症』…脈拍が早くはじめは何が起きているのかさっぱりわかりませんでした。早い脈が気になるといわれていましたが、自分はそんなことにも気づかず。でも、検査してくださったお医者様や看護師さんから、「女性の方に多いのよね」と。そして、ついこないだも保険屋さんからも「女性に多いのよね」と言っておりました。感情のコントロールなのですが、まだまだ本当に未熟です。




ぎろ様

気持ちが温かくなるコメントをたくさん頂戴しまして、ありがとうございます。
こんなに人のために温かい言葉がけができるぎろ様がコメント欄に
『「こんなやつが存在すること自体許せない」とずっと不快に思っていました。』と書いていて、なんだかとてもやるせない気持ちになりました。かわいそすぎます。やさしくしてあげてください。(自分に厳しいい私が言うなと言われそうですが)見ず知らずの人に、こんなにも労わって思いやりをもってお話しされるんですから、自信を持ってください。もっともっと、ご自分に優しくしてください。もったいないですよ。自分もそうですが、知らないうちに自分をいじめてる人たくさんいるのかな?とも思ってしまいました。本当に、人のことには敏感なのに自分のことになると鈍感で。でも、今日からは自分に優しくという意思をもって生きていきたいと思います。
このブログに訪れているみなさんはみんなお優し方々ばかりなので、ぎろ様がコメントされた時点で皆様にふわふわのお優しい影響を与えられているんですよ。ぎろ様、ものすごいことですよ。だって、私もぎろ様のおかげさまで自分を許さなきゃいけない時期に来てるんだって目が覚めたんですもの。目に見えない霊界のお力と、それだけでは気づかないのでということでイクミ様はじめコメントしてくださる方が後押しをしてくださったんだなと。本当にすごいタックです。


やはり、イクミ様のブログはすごい場所だと思います。
温かい場所です。気づきがたくさんある場所なのですが、真理と一緒で時期が来なければ気づきもしないのかな?というか、自分が鈍いだけですね。すみません。

本当に、みなさま、ありがとうございます。


えり

イクミ さんのコメント...

えり様

こんばんは。
以前、読んでいただいていたのですね。
書いている内容が、より深く理解していただけたのなら、私もうれしいです。

私も霊的真理を知った時は、人のために役に立たなければならない、真理を伝えなければならないと、焦っていたように思います。
もしかしたら、動機が自分の成長のためにだったかもしれません。
今は、奉仕の機会は、祈っていれば霊界によってもたらされると考えています。

私の周りで自己免疫疾患になった人は、責任感が強く、頑張り屋の人が多いようです。
それは決して悪いことではありませんが、自分を大切にすることも忘れてはいけないと、神は病気を通して訴えているような気がします。
人に言ってはいけない責める言葉は、自分に対しても言ってはいけないと思います。
そして、人を喜ばすことをしても良いように、自分を喜ばすことをしても良いはずです。

えり様が変って、甲状腺機能亢進症という病気が必要なくなることを願っています。

ラッパ吹き さんのコメント...

えりさん、

優しい匿名さんは、えりさんだったんですね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。

心から感謝しています。

シルバーバーチ令もおっしゃっていますが、言葉ってほとんど何も伝えられないんですね。
意念で感謝できたら、、そう思います。

言葉にならず、言葉にできず、、
ありがとうございます!!

ラッパ吹き

匿名 さんのコメント...

人間の心理・鬱のことについて学んでいる者です。

鬱の方に必要なこと…「あるがままを受け入れる」が必要ではないでしょうか。

無理に自分を甘やかしたり、肯定することは不要です。
なぜなら、鬱の人は繊細なので自らを甘やかしたことすら、後日後悔する事態にもなってしまうからです。

人には様々な性質があります。マイナス思考になったからといってもすぐにプラスに変換できる人もいれば、そもそもマイナス思考にあまりならない人もいます。

そんな中、鬱の方がマイナス思考を無理にプラスに変換しようとするのは逆にストレスを生じます。

鬱状態のときは、否定も肯定もせず、ただありのままの自分を受け入れてあげることがよろしいです。
色々な人がいて当たり前なのです。自分にも良い面もあれば悪い面もある。
それでよいのではないでしょうか…?

イクミ様、シルバーバーチの教えと反しているようなら、申し訳ありません。

ぎろ さんのコメント...

えり様

ご返信ありがとうございました。
そうですね。もっと自分に優しくしてみます。昨日も占いの動画を聞いていて、自分を
きちんと愛して下さいと言われて、やっぱりそうなんだと思いました。
「知らないうちに自分をいじめている」、本当にそうだと思います。私も数年前まで、
自分は全然傷ついてなんかいないと思っていました。自分のことになるとほんとに鈍感に
なるみたいですね。ふわふわお優しい影響って、ええ?そうなん??と驚いてしまいました。
最初にコメントを入れたときはいたたまれない気持ちになっていたので書き込んだのですが、
えり様に影響を及ぼしていたんですね。私の霊団の皆さんやえり様の霊団の皆さんや、
たくさんの力が働いて私を動かしてくれたのだと思いました。皆さんの道具としてお役に立てたのなら、
こんなにうれしいことはないです。
お互い自分を愛して許していきたいですね。
ありがとうございました。

イクミ さんのコメント...

匿名様

こんばんは。
いただいたコメント(メール)が別のフォルダーに入っていて、アップと返信が遅れてしまい、申し訳ありません。

うつのことについて、学んでいるのですね。
私は、うつは心のエネルギーが不足した状態だと思っています。
心のエネルギーは、魂が受け取っている生命力が変換されたものと考えています。
シルバーバーチは、恐れ、不安、取り越し苦労は霊的な通路を塞いでしまうと言っています。
つまり、恐れや不安の感情で、心のエネルギーを消費する上に、元になる生命力の流入を妨げてしまうと、絶対的なエネルギーが不足して、それに伴ってうつ症状が現れることがあると考えられます。
あれこれと考えて、上手く行かずに後悔をしてしまうと、エネルギーの消費につながります。
プラス思考に変換するのがストレスになれば、エネルギーの消費につながります。

あるがままを受け入れると、ネガティブな思いが生まれないために、無用なエネルギーの消費は避けられ、有効だと思います。
社会生活をしていると難しいのですが、うつの時は無駄なエネルギーを使わないこと、無用に心を動かさないようにすることが大切だと考えています。

元々の性格もあるでしょうが、心がエネルギーで満たされると自然にプラス思考になり、仕事などで不足して来るとマイナス思考に傾いて行くような気がします。

心のエネルギーを満たすためには、瞑想したり、霊界とのつながりを意識するのも有効だと思います。

イクミ さんのコメント...

ぎろ様

こんばんは。
2回もコメントを送っていただいたにも関わらず、別のフォルダーに入っていたために、アップが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

ラッパ吹き さんのコメント...

匿名さん、ありがとうございます。
書いてくださったこと、納得します。守護霊の言葉も同じです。
あるがままを受け入れる。
なんと言うことでしょう。本当に、何ということ。。
ありがとうございます。

あるがままを受け入れる。
私はこれが、どうすれば良いのかわかりませんでした。
今日、ふと感じたのは、自分が自分の味方になる、ということでした。
誰が何と言おうが、自分は自分の味方でいて、自分を
守る。
他者に好かれようとして自分を押し殺してきた。それをやめる。
自分を守ろうとすれば、わがままだ自分勝手だ利己的だと言われる。嫌われる。
それは、怖いです。とても怖いです。
でも、もう耐えられないんだから仕方ない。もう心身が壊れてしまう。倒れてしまう。死んでしまう。
自分を甘やかしも肯定もしない。ただ自分を否定することをやめる。

おっしゃる通りです。プラス思考、ポジティブシンキング、前向き、明るく、楽しく、、ストレスでした。私はそうじゃないから。私にはなじめないから。

私は違うんです。私は私なんです。
ビル・エヴァンスが「前向き」だったでしょうか?
マイルス・デイヴィスは?
ジョン・コルトレーンは?
チャーリー・パーカーは?
ジャコ・パストリアスは?
ベートーヴェンは?
ブラームスは?
ロダンは?
カミーユ・クローデルは?
宮沢賢治は?

いいんです。私は私でしかない。私は私でいい。
「前向き」じゃない。
「後ろ向き」でもない。
どっちでもない。
私は私なんです。

誰に好かれようが、私が私を嫌っていたら。私が私を攻撃していたら、私は私を殺してしまう。
誰から嫌われようが、私が私の味方でいて、私が私を守っていれば、私はきっと生きられる。

神が作った私を、そのままの私を認めて受け入れる。
そうでなければ、他者を愛することなどできない。

ありがとうございます。

以下引用) ほとんど全部ですが、、、
鬱の方に必要なこと…「あるがままを受け入れる」が必要ではないでしょうか。

無理に自分を甘やかしたり、肯定することは不要です。
なぜなら、鬱の人は繊細なので自らを甘やかしたことすら、後日後悔する事態にもなってしまうからです。

人には様々な性質があります。マイナス思考になったからといってもすぐにプラスに変換できる人もいれば、そもそもマイナス思考にあまりならない人もいます。

そんな中、鬱の方がマイナス思考を無理にプラスに変換しようとするのは逆にストレスを生じます。

鬱状態のときは、否定も肯定もせず、ただありのままの自分を受け入れてあげることがよろしいです。
色々な人がいて当たり前なのです。自分にも良い面もあれば悪い面もある。
それでよいのではないでしょうか…?
引用ここまで)

ラッパ吹き

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、鬱のアドバイスをくださった匿名さん、

今日は鬱がとても強いです。

昨日、心苦しさに責められ追い立てられながらも自分を守ることを選んだ時、ほっとしました。
ああ、これで良かったのか、自分が自分の味方でいるというのはこういうことだったのか、と思いました。
夜の道をひとりで歩いていて、寄るべない気持ちを抱えながらも、「今、自分と一緒にいる。」と感じました。

自分だけは、自分の味方でいる。

この強い鬱は、自分を守っていなければ、自分が自分の味方にならなければいけないことを気づかせるためなのでしょうか。

今、私が自分を責めたら、とても耐えられない。心身を保っていられない。

頭が回らなくなりました。
尻切れで送ります。追い立ててくるお詫びの言葉は書きません。自分の味方でいます。自分を受け入れて、味方でいます。自分を守ります。

ラッパ吹き

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんばんは。
自分が自分の味方でないといけないと思います。
自分を責めるとは、顕在意識とも言える地上的な自我が、本当の自分である霊的な自我を責めている状態を指すと考えています。
知らずに自分の魂を傷つけているのかもしれません。
つらくなるのはそのためであり、自然法則に反していると思います。
反省しなければいけませんが、責めることはしてはいけません。
人に対してしてはいけないことは、自分にもしてはいけないのです。
自分を責めそうになった時には、「いけない」と強く意識することが必要です。

霊的真理とは関係ありませんが、無宗派のお坊さんが書いていた「不安は妄想」という言葉が目に留まりました。
ご参考までに、https://toyokeizai.net/list/author/%E8%8D%89%E8%96%99+%E9%BE%8D%E7%9E%AC

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、ありがとうございます。

草薙さんの記事読ませていただきました。

ブッダが「妄想」と呼んだのは、現実ではないもの、頭の中だけにあるもので、だから不安も自信も「妄想」としたんですね。よくわかります。

シルバーバーチの言う取り越し苦労もそうですね。実際には存在しないことを頭の中で作っている。

守護霊からの言葉の「そなたは深く考えるくせがある。」
考えれば考えるほど不安はふえていく。

考えないで、妄想から抜け出て、「まずやってみる」

シンプルで力強いです。

ありがとうございます!

ラッパ吹き