2017年12月10日日曜日

人間関係で苦悩するのがこの世



この世を生きていている多くの人にとって、悩みや苦しみにつながっているのが人間関係です。

気心の合う人ばかりであれば良いのですが、この世には、自分と性格や考え方、価値観の違う人がたくさんいます。

この世は、一人では生きていけないようになっていて、いろいろな人たちと交わりながら生活しなければなりませんが、そのことに大きな意味があると考えられます。



誰しも、いつの日か死が訪れます。

その先に待っている世界は、この世と大きく違います。

自分が会いたいと想う人だけと会い、嫌いな人、苦手な人、親しみを感じない人たちと、会うことはなくなります。

人間関係の煩わしさから、完全に解放された世界があの世です。



では、何故、私たちはこの世で人間関係に、悩み、苦しまなければならないのでしょうか?

全ての次元を通して、私たちが生きている目的は、自分(魂)を成長させるためであり、苦しみを乗り越える中で自分(魂)が成長すると言う、自然法則の働きがあるためです。

人間関係に煩わされることのない快適なあの世よりも、性格や考え方、価値観の違う人と交わり、その中でもまれ、時に苦しい思いをするこの世の方が学ぶことが多く、魂はより大きく成長すると考えられます。

快適なあの世を離れ、この世に生まれて来たのは、より大きく成長し、大切なことを学ぶために自らが志願した結果であり、学び、成長するのに従って、この世の苦しみから解放されて行くと考えられます。



考え方や価値観の違う人と接すると、一種の軋轢が生じます。

激しい個性の持ち主同士であれば衝突が起きて、時に怒りのようなものが生じてしまうかもしれません。

軋轢が生じるのは、自分が理解されなかったり、自分の意見が通らなかったためと考えられます。

しかし、裏を返せば、相手を理解していなかったり、意見を尊重しないために生じているようにも思えます。

軋轢を避けるために、相手に考え方や価値観を自分に合わせてもらうのは、極めて困難です。

自分は変えようとせずに、相手に変わってもらおうとするのは利己的な考えであり、上手く行くはずはありません。

もし、軋轢を避けたいのであれば、相手に変わってもらうより、自分が相手を理解する、尊重するように変わるしかありません。



軋轢から争いに発展している世の中の状況は、自分はそのままで、相手に変わることばかりを求めているからのように思えます。

相手に変わることを求めても、受け入れるはずはなく、反発を生んでしまうだけです。

自分のことを、ますます受け入れてもらえなくなり、両者の溝は深まって行くだけです。



相手が間違っていると決め付けてしまうのが、1番良くないのかもしれません。

決め付けてしまう人ほど自分の意見を譲ろうとせず、相手の意見にも耳を傾けないような気がします。

間違っていると決め付けると、因果律の働きにより、相手もこちらが間違っていると決め付けてしまい、両者に歩み寄りはありません。

間違っていると決め付けてしまうことから、まず解放されなければいけません。



正しい間違っているのかは、主観によるものではなく、神の摂理(自然法則)を基準に、判断しなければいけません。

個ではなく全体の利益をもたらす方、大きな悦びをもたらす方が、より正しい意見です。



自然法則(神の摂理)に適っている人は、自分の意見を通そうとする人ではなく、相手の意見を尊重する人です。

相手の意見を尊重すれば、因果律の働きにより、結局は自分の意見が尊重されることになります。



それでも、どうしても相手の意見が明らかに正しくなかったり、利己的で認められない時はどうすれば良いのでしょうか?

その意見は、長くは続かずに、いずれ淘汰されてしまうと考えられます。

自然法則に適った意見のみが、永続的に残ります。



相手の意見を無視して、頑なに自分の意見を通そうすると、後ろめたさや罪悪感を感じるかもしれません。

魂には良心が内在されています。

良心とは、自分の中に顕現している神の心です。

神の心は、あらゆる自然法則の中に現れていて、ばらばらになった違うものを一つにさせようとしています。

自然法則の働きに従えば悦びが、背けば苦痛がもたらされるのは、自らの過ちに気付いて、私たちが一つになるように導かれているからです。

相手と自分が歩み寄るのを妨げてしまう行いは、一つになろうとする良心の声に逆らうことになり、何かしらの苦痛を感じてしまうと考えられます。



シルバーバーチの霊訓を読んでいると、交霊会の参加者が、人を非難したり、咎めたりする発言をすると、途中で話を遮り、いさめる場面がありました。

咎めたり、非難するのは、対象が間違っていると決め付けているからであり、その言動自体が間違っているので、いさめられたのかもしれません。

間違っていると咎めたり、非難してしまうと、その事象はそれで完結してしまい、自らを省みることはなく、欠点に気付いたり、足りないところを補おうとする努力を放棄してしまうことになり、それでは成長が望めないような気がします。

また、相手を咎めたり、責めてしまうのは、自らの寛容性のなさを露呈しています。

自分の未熟さを承知している人ほど、相手の未熟さを咎めたりすることが出来なくなると思います。

たとえ過ちであっても、それが相手の未熟さから来るものであれば、より成長した人は認め、許さなければいけないのかもしれません。

さまざまな人(魂)が交わるこの世の人にとって、認め、許すことは極めて重要であり、咎めたり非難をすると、成長の機会を1つ失ってしまうことになるのかもしれません。



怒りや、拒絶からは、何も生まれず、何も得られません。

怒りや拒絶が生まれないような考え方や捉え方をするようになるのが、この世の学びであり、成長につながっていると思います。

意見が衝突して怒りや拒絶が生じる前に、相手の想いを探り、そこに隠された意図を見つけ出す必要があり、より成長した人がその努力をしなければいけないのかもしれません。

例えば、怒りや拒絶をあらわにしている人がいるとします。

怒りを前面に出して、攻撃的になっているのですが、その根底にあるのは恐怖なのかもしれません。

恐怖に支配されているために、信じることが出来ず、過剰に自分を守ろうとしてしまうことがあります。

過剰に自分を守ろうとする行為が、相手に恐怖を生じさせて自分を守ろうとする行為となり、それが新たな恐怖を生み出してしまいます。

その連鎖を断ち切るためには、相手に恐怖を感じさせないような十分な配慮が必要と思われます。



相手を知らないと、不安になります。

不安になるから、自分を守ろうとします。

自分を守ろうとすると、自我が強固になり、お互いが衝突してしまうことになります。

お互いを知らないことから始まっているので、こちらの方から知ろうとする努力が必要です。

そして、表面だけを見るのではなく、言動に込められた想い(真意)を知ることで、人々を悩まし、苦しめている多くの問題は解決されると思います。



あの世では、自分の想いが直接、相手に伝わります。

しかし、今いるこの世界では、言葉や行動で表現して伝えなければいけません。

お互いを知るために、コミュニケーションを取る必要があります。

意見が衝突してしまう相手とは、係わり合いになりたくないと避けるのではなく、そんな人ほど密なコミュニケーションを取って、お互いのことを知らなければいけません。

自分とは合わないと思っている人は、実はお互いに知らないだけなのかもしれません。

想い(真意)を知ろうとする努力は、この世での成長につながっていると考えられます。



お互いを知ることで、緊張が解けて、初めて信頼関係を築く土壌が出来上がります。

信じ合うことは神の摂理であり、心が通い合い、1つになれた悦びを感じます。








33 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

どうもナオヤです。
激しく同意です。
サークルや部活動、そして病院や大学などの機関での人間関係の軋轢もこれが原因だとしばしば思います。
シルバーバーチの言葉ですごく私の中で残っている言葉が、”人の欠点を指摘するのは簡単なことです。が、人の欠点を指摘するのではなく、各自が自分の欠点を顧みてそれを直す努力をするようになれば、地上世界ももう少しは進歩するでしょう。”というような言葉です。
私も、人と関わっていく中で、どうしても”この人は、なんでこんな風に振る舞うのだろうか。”と腹が立つことがあります。
そしてそう思っている私自身がつらいです…
シルバーバーチはこうも言っていますよね。確かこんな感じだったかと思うのですが…
“人は自分のやっていることの意味がよく分からずに、過ちを犯すことがあります。そこがあなたの我慢のしどころです。悪や不正に寛容であれと言っているのではありません。相手は自分より知らないのだという寛容性からくる一種の我慢です。”

試練の毎日です。でも前よりはましになっていると思います。しぶとく雑草のように生きてゆきたいと思います。

あと、最近目にしてすごく気になった言葉があります。とある霊媒師の方が、対峙したある負の霊団の思いを言葉にして紹介していました。
シルバーバーチの言っていたこともこれと照らし合わせると理解がすごく深まるなと思いました。そして知識があっても負の霊団として悪い流れを加速する方に加担してしまう霊もいるのだなぁと妙に納得しました。ここもシルバーバーチの言っていたとおり、霊界も極めて人間的な世界だということですね。
長くなってしまうのですが、シェアします。

“あなたたちの世界を見て下さい!水、空気、土、それに食べもの、言動、行動、それに価値観!ありとあらゆるものが、「自動的に自分を病ませる」方向になっているではないですか?それにそれを選んだのはあなたたち自身なんですよ!それにあなた方は大きな勘違いをしている。「年を重ねるごとに、心身に不調が増えるのは当たり前だ」とね!テロメアが減るから?細胞分裂の際のバグが積み重なるから?そんなものは瑣末なことなのに!「時間が経てば経つほど、蒔いた種の結果が現れてくる」という、ただそれだけのことだというのに!
なぜ、年を重ねるごとに病気が増えるんですか?なぜ年を取るごとに生きるのがつらくなるんですか?それがいのちの宿命だと思っているならあなたたちは絶対に変われない!ただ単に、「最初はまだ知らない(無視できる)」というだけだったのに!知らないから、自分勝手に他者をいじめ。環境を汚し、自分を傷つける。そしてその「種」が発芽成長して、後悔の「素」が積もり積もって、あなたたちを苦しめる。それは、あなたたち自身のせいでしょう?そしたら私が最期の最期、あなたたちを後悔と苦痛と無力感のなかで殺し、あなたを迎え入れて差し上げましょう。私はただ、待っているだけなんですよ!”


イクミ さんのコメント...

ナオヤ様

こんばんは。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。

あなたはまだ若いのに、シルバーバーチの霊訓を読み込み、実生活の中で実践されているようですね。
若い時の自分と大違いで、感心しています。
~相手は自分より知らないのだという寛容性からくる一種の我慢です。この文章は私も心に残っています。
だからと言って、怒りの感情を否定してるのではなく、イエスが寺院から行商人たちを追い払った時のことを引き合いに出して、怒りがなくなったらもはや人間ではないと言っていたと記憶しています。
怒りとか憎しみの感情などなくても良いはずですが、神は対極にあるものを拵えることによって、愛の存在を明確にさせる意図があったと思います。
怒りは攻撃的なものとして表現されてしまいますが、それを上手に成長する力に転化している人もいます。
そうありたいと思っています。
あなたも試練の毎日でしょうが、全ての人にとって怒りを処すのは学びであり試練であると思います。

負の霊団の文章ですが、因果律のことを言っていると思いますが、愛が微塵も感じられず、読後感が極めて悪いです。
神は、善の意味を知るために悪を拵えたのでしょうが、色々な人(魂)に影響を与えてしまう、とても厄介な存在がいるのは確かなようです。

全く関係ありませんが、感動した動画がありましたので、よろしければ観て下さい。
https://www.youtube.com/watch?v=DmPUKbc-pJs

匿名 さんのコメント...

コメントありがとうございます。 返信が遅くなりました。ナオヤです。

"だからと言って、怒りの感情を否定してるのではなく、イエスが寺院から行商人たちを追い払った時のことを引き合いに出して、怒りがなくなったらもはや人間ではないと言っていたと記憶しています。"

私もその言葉に救われました。

この言葉に出会うまで、"怒りは悪いものだ。恥ずかしいものだ"と思って自分の中に抑圧していました。そして自分で自分を苦しめていました。

今は少しずつそんな自分も受け入れることができるようになりました。もちろん、それに甘んじてはいけないなと思いますが。

負の霊団の文章、読後感が悪いのに、紹介してしまってすみません。

でも、私は彼も根っからの悪人ではないなと思いました。

霊媒師の方の話によると、彼にもやはり"幸せになりたい"という思いが有ったそうです。

世の中に対して、彼と同じように思ってしまうことが私もあります。

だから彼の気持ちも痛いくらいによく分かります。

でもだからって世の中を悪くする方向に自分の力を使うのは、それは絶対に間違っていますよね。

私も怒りを上手に成長する力に転化していけるように努力してゆきます。

もし、負の方向に行きそうになったら、休息をとったり、魂の奥に引きこもる等色々方法はありますものね。

負の念を抱いてしまうのは未熟だから仕方がないにしても、それを行動に移すかどうかは自分で決めることが出来ます。

像の救出の動画、見てみました。

像が最後にお礼を言うシーン、親子対面のシーン、私も感動しました。

やっぱり動物にも情愛があるんだと思わずにいられません。そして人間と像の心が通い合っているのが素敵だなと思いました。

すごく和みました。明日も頑張れそうです笑

と同時に、最近、学校の実習でどうしても生きているマウスを解剖しなければいけないことがあり、とてもつらかったことを思い出しました。

動物実験に関するシルバーバーチの言葉が思い出されました。

私は、将来、動物実験をするような研究は絶対にしません。




イクミ さんのコメント...

ナオヤ様

こんにちは。
マウスの解剖は本当につらかったでしょう。
一昔前、シベリアンハスキーという犬を飼うのがはやっていました。
人気にかられて飼ったは良いものの、飼いきれなくなり手放して、医学部の動物管理室にたくさん収容されていたのを思い出しました。
動物実験は医学に携わるものが、霊性に目覚めないとなくならないと思いますが、西洋医学は唯物的な科学に根ざしているので、しばらくの間は無理なのかもしれません。
何とかならないかと、いつも思っています。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつも 暖かいお返事をありがとうとございます

前回の 愛は魂を引きつけあう力の ページでの
お返事を 何度も読み返させていただき
そして こちらのブログと合わせて 繰り返し
読ませていただき 色々なことを
ずうっと考えさせていただいております

でも 仕事 子供達のこと 毎日のバタバタした
生活をしながら いつも何かをしながらか
疲れて ボーッとしながらなのですが

彼が亡くなったことも 天智の計画のなかで
あらかじめきめられていたということなんだなぁと
ぼんやりと 今までの悲しみだけの感情とは
別のような気持ちで 想い

自分の人生のなかの とても意味のある
ひとこま なんだなと 彼との 出会いそして 別れが
想いうかびました
彼の存在は わたしにとって どういう意味があったのかな?出会い 別れがあり 私自身に何をもたらしたのかな?などと

不思議ですね 今までこんな風には おもわなかったのに

彼といるときは 本当の私自身でいられたなぁと
いつもも 本来の自分なのですが
どうしても 役割がついてくるような。。
彼との時間は うまく言い表せませんが
何も しなくても ボーッとそばにいるだけで
ほっとして 安心できたなぁと
であったことで 少し間違った方向に
行っていた 私に
私らしくていいんだよと 教えてくれてもらったのかなとも 最近おもいます

でも きっと イクミ様に 以前おしえていただいたように あちらの世界にいってから
私の人生を 全てみるときに
彼との 時間 別れの意味が 彼だけではなく 私の一生をとうしてのそれぞれの 意味のようなものが はっきりとみえて 理解できるんだろうなと おもいました

そういう考えが想い浮かんだと 同時に
そうだ! kさんは わかったの? さゆりと
すごした時間のことを?と
想いがうかび

その瞬間に うんわかったょと かれの想いが
嬉しそうな笑顔とともに 胸にとびこんできました

びっくりしました そして やっぱりわかるんだと
なんというか 確信できて うれしくなりました

ねぇ どうだったの? さゆりとすごした 時間は
kさんにとって どうだったの?とものすごく 気になって問いかけていたようにおもいますが

すごく 満足そうな彼と さゆりも こっちにきたときわかるょ
という思いだけ受けとりました
詳しく教えてもらいたかったのですが

イクミ様の こちらのブログを読ませていただき
今までであった人たち そして 私の今までの
人生が 映像とその時々の想いも一緒に 甦り

今まで 目の前の 毎日のことに 追われ忘れていた
ことも 思いだし 改めて想うこともあり
まだ 考え中でもあります

前回 守護霊さまのことを教えていただいたとき
私自身多大に 影響をうけ 導かれている 人生の転機や 人との出会いなどと。。

それから 思い返すと
私自身 これまでの人生 こうしよう あれもしたいと 思いついた方向へ
変わることが多かったなと
改めておもい
自分では あまり 変化なく
まったく 本質は 代わりばえしていないのですが
周りの人たちからは
なかなか できない体験 経験してるよね
と 言われることもあり

これまで 無事なんとかやってこれたのは
自分だけの力でなく
守護霊さまのお導きもあってこそなんだなと
振り返りながら 落ち着きのない 人生を
少しふりかえっています

そして 人とのかかわりは 大学生のときに
幼い頃からかかわっていた キャンプのボランティアリーダーの経験をさせていただいたときから
私の中で 大切なものになり
本当に様々な考えの 人びとがいて
かかわりあい 助け合い ときには 意見の相違もあり でも コミュニケーションの仕方を
学び 人と関わる楽しさ 大変さを 学びました

イクミ様のおっしゃるように
その中でも 自分の良心に問いかけて
接していきたいなといつも思っています
そこに愛が 見いだせたなら 素敵だなと思っています どんな人にも よくみると 愛すべきところ いいな 面白いなと おもえるところってあるなと
おもいます 私が楽天的だからかもしれませんが

またまた 長くなってしまい
まとまりなくなってしまいました

また 色々おしえてください

おやすみなさい






イクミ さんのコメント...

さゆり様

おはようございます。
このブログが、霊的なことに思いを巡らす良い機会になっているようなのでうれしく思います。

彼が亡くなったのは天智の計画であり、偶発的なものではありません。
双方に目的があり、神の法則に従って、この世を去ったと思います。
その大きな目的は、あなたの魂を目覚めさせ、成長させるためと考えられます。
この世の人生で、最も大切なことであり、真の愛がなければなし得ません。
彼は、あなたにとって大きな役目を果して向こうに行ったと思います。

彼はこの世の人生を振り返り、その意味についてもう判っているようですね。
お2人の出会いは、この世のあなたが考えている以上に深い意味があることを、彼は知っていると思います。
彼に、あなたと過ごした時間はどんな意味があったの尋ねたそうですね。
こちらの人に伝えて良いことと、いけないことがあるようなので、答えられなかったのかもしれません。
過ごした時間は決して長くはないのですが、出会いにこそ大きな意味がありそうです。
この世だけのつながりではなくて、親しい魂に許された永続的なつながりを持っていることを、彼は気付いたのかもしれません。

これまでに人には出来ない経験をしているようですが、守護霊が魂の成長のために導いて、選択を促していたように思います。
あなたは魂が優位なので、その導きに素直に従って生きて来て、今に至っていると思います。
もしそうであれば、計画(シナリオ)通りに進み、予定通りに成長していると考えても良いのかもしれません。

「そこに愛が見いだせたなら素敵だなと思っています。どんな人にも 良く見ると愛すべきところ、いいな、面白いなと 思えるところってあるなと」と感じたそうですね。
そう思えるのは、あなたの最大の長所であり、美徳であると思います。
表面上は出しませんでしたが、彼にもそんなところがあり、今、特別な親近感を持っているのかもしれないと思いました。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつも 暖かくそして 色々と
気づきをあたえてくださるお返事
ありがとうとございます

彼は 神の法則に従いこの世をさり
その大きな目的は 私の魂を目覚めさせ
成長させるためと思われるのですね

そして 彼は 私達の 出会いは この世にいる私が思う以上に深い意味があり親しい魂に許された 永続的なつながりがあることに 彼がきづいたのですね

イクミ様より教えていただき
私は 深く考え なんというか 今まできづかないでいた ことや 魂のこと 自分自身のこと 今までの人生のこと 出会ってきた人々を
思い起こしています

すべてが意味のあることで
特に 彼との出会い そして別れは
私にとってとても 意味のあることのように
思います

でもまだ 彼があちらの 世界できづいたほど
私は 気づけていないようにおもいますが
目の前の課題に 逃げずにとりくみながら
わかってくるのかなとおもいます

先週は 風邪をひき 咳が止まらず
仕事も忙しく 息子も学校で新しい取組があり
少し落ち着きがなく
私も 疲れきっていました

夜寝る前に ボーッと
彼の側に なんにも考えずにいたいなぁと
思い少し 涙がでました
そしてそれから 5分くらい 眠ってるような
起きているような ボーッとした状態で
彼の側にいたような感じで すわってました
何も話さず 彼の姿ではなく
ただ ただ 彼の側にいる心地よさ
安心感 暖かさだけを思い出して

はっとして 寝なくちゃとおもい
ベッドにはいりました

次の朝 子供達の朝食の準備で
パンにバターをつけようと ナイフを持ったとき
さゆり 一人じゃないょ と
伝わってきて うんとうなづき
暖かい気持ちと 少し元気になったように
感じました

イクミ様より どんな人にもよくみると愛すべきところがあってと 思うところを わたしの長所と教えていただき とてもうれしいです

彼にもそんなところがあってと教えていただき
そうなんだね きっとと 改めて彼のことも考えました 人見知りでと言っていたけれど
そういう内面もあるのですね
だから 私も安心して 自分らしくいられたのかなとも思いました

昨日の夜 寝る前にイクミ様のお返事を読ませていただき もう 部屋も暗くして
なんとなく考えていました
すごいことだよね であったことに 深い意味があるんだね 続いているんだね 私達 kさん
みたいなことを

立ち上がって 隣の寝室へ行こうとしたのですが
なぜか 立ち止まり kさんと よびかけていました
そして「 さゆり俺が愛してるの わかってね」と
伝わってきました
最初は 頭の少し上の方で 何回も そして胸にすうっとはいってきました
うんと 考えこんで ねむったようにおもいます

その言葉が 頭からはなれませんが
なんとなく さゆり わかってねというところが
とてもかれらしいのですが
私 わかってないのかな?
さゆり まだわかってないからと
言っているようなので

とても 真剣な感じ 一生懸命に伝えようとしている感じで 彼に 教えられているような。。

これから もっとわかることもあるかもしれないのかなと思いました

いつも とりとめなくて すみません
また 色々教えてください

おやすみなさい


イクミ さんのコメント...

さゆり様

こんにちは。
全ての出来事に意味があると言われますが、この世の人はその意味の数%も判らないまま、生きていると思います。
それは仕方がないことなのですが、もしも意味が判ったのなら、納得して、もっと力強く生きて行けると思います。
人は成長するために生まれてきたので、この世の出来事は基本的に人を成長させるために起きていると考えています。
悲しくつらい彼の死も、知らない内にあなたを成長させていると考えられます。

息子さんも新しいことに取り組み、頑張っているのですね。
新しいことに取り組むのは勇気が要り、逃げたくもなりますが、逃げずに取り組むことで、成長して行くと思います。
子育ても、学校も、仕事も同じ様に、人を成長させていると思います。

彼の名を呼んだら、想いが伝わって来たのですね。
日常生活の、何気ない場面でも、ふいに伝わって来ることがあるようですね。
ここまではっきりと伝わって来るのは、あなたの霊的な感度が高いのもありますが、お互いの魂が似通っているため、波長が良く合っているからなのかもしれません。
わかってねと伝えて来たのは、やはり出来事の意味を知っていて、この世にいるあなたを励まそうとしていたのかなと思いました。

今、彼は自分の存在を示したり、想いを伝えているだけですが、これから先、人生の大切な局面で導いてくれると思います。
これまでも守護霊の導きをふんだんに受けて来たでしょうが、それに加わってくれると思います。
あなたは無意識の内にアドバイスを受け取り、それが直感となって行動をして、結果的に上手く行くことがあると思います。
それに気付いた時には、どうぞ感謝して下さい。

匿名 さんのコメント...

イクミ様、こんばんは。
ご無沙汰しています。よしみです。

最近、マンションの騒音に悩まされています。
小さな物音にもビクビクしてしまい、心身ともに疲れています。
敏感すぎる自分に嫌気がさします。

イクミ様の仰るように、気心の合う人ばかりであれば良いのですが、この世には、自分と性格や考え方、価値観の違う人がたくさんいます。
だからこそ魂は磨かれるのだと思うですが、一度気になると心臓がバクバクします。
腹が立つというより、音が怖いのです。

数年前にも別の騒音で悩んでいました。
きっとこれは、自分の中で解決しなければならない問題なのかもしれません。
似たような悩みが毎回発生しているので、自分の思考を変えなければ引っ越しを何回したとしても、解決することなく騒音を引き寄せて一生悩み続けるのだろうなと思いました。

プラスに物事を考えて、明るくこの世を生きていきたいです。
でも頑固な性格なのか、頭では分かっていても身体が拒否反応を示してしまい、具合が悪くなってしまいました。
もしお時間があればヒーリングをお願いしたいです。
いつもお願いばかりで申し訳ございません。
よろしくお願い致します。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつもお返事をありがとうとございます
何度も読み返し 色々とかんがえさせていただいて
おります

そうですね
イクミ様のおっしゃるように
すべて 人を成長させるために
起こっているのですね

本当に彼の死を通じて そしてイクミ様の
ブログにであい 霊界のこと 魂
目にはみえない大切なこと
神様の愛 法則など
暖かく教えていただき

自分自身の人生を 振り返り
何か 見つめ直し
考えはじめました

なんといったらよいかわかりませんが
新しい出発の準備のようにも
感じています
そこから 何かわかったら
イクミ様のおっしゃるように
本当に力強く生きていけるように
思います
また 色々ときいていただくかもしれませんが
よろしくお願いします

息子は 学校では 様々な体験をしています
先日 ある競技を行い
練習 試合形式と
一対一で おこないます
負けたくない やりたくない
などさんざん 嫌だ嫌だと言いながら
ある期間その競技の日がつづきました

試合の日 はじめて 先生ではなく
先輩と 対戦して 勝ったのですが
泣いてしまったそうです
本人は 勝ったんだけど びっくりして
泣いちゃったんだょ ママ
と話してくれました

いいをだょ 泣いても
がんばったね がんばった涙だね
泣いてもいいんだからね
と 息子をぎゅっと抱きしめました
私もなぜか 涙がでました

先生は恐怖心を与えてしまったかもと
心配されていましたが
いいのか 悪いのかわかりませんが
泣けてよかったなと 私は思いました
私もせいいっぱいがんばったあと
涙がでることが 昔からよくあります

亡くなったかれからは さゆり
泣き虫だよね
と すぐ涙がでるので言われていましたが

こんな風に 一つ一つが 不安で心配で
どうしてだろうと 色々かんがえて
落ち着かなくなる 息子ですが
なんとか 中一の2学期が終わろうとしています

イクミ様には 陸上大会前に ヒーリングを
していただき 乗り越えることが
でき 本当に感謝しております

かなり 学校で 疲れたようなのでまた ヒーリングをお願いするかもしれませんが
よろしくお願いいたします

彼から 何か伝わるときは
夜 一人で静かになったとき
早朝 一人早く起きるので そんなとき
仕事の集中が ふっとゆるんだとき
ぜんぶ ボーッとしてるとき ふと伝わってくる
ように思います
あと 昔からなのですが
急に 何か違う次元で 数秒間ほど
集中して 考え事のような
ボーッと 違う世界で 想いを巡らせていたように
感じるときもあります うまく説明できませんが
無意識なのですが

亡くなった彼は さゆりお花畑にいってたの?とか
さゆりいつも お花畑にいるから
と からかわれていました

もうすぐ クリスマスですね
アメリカに すんでいたとき
クリスマスの装飾や ライトをみながら 出会った人たちや家族のことなど クリスマス3週間まえ位からから 考えたり 想ったりするのがすきで

私が見たいと言って 亡くなった彼と 毎年 仕事帰りの短い時間で
イルミネーションを見に行っていたのを思い出します 彼は一生懸命写真撮ってくれてました

先々週 平日息子が休みの日があり
たまたま 一緒に行った所に クリスマスマーケットがありました
昼間で人もほとんどいなくて静かでしたが
彼と行った 場所でした

ああ ここだったんだ と
暫く 立ちすくみ その時の夜の映像が浮かんできました 一番ここのが好きと言ったことと
ちょっとけんかもしたことを思い出し
胸の真ん中に彼を感じて 一緒に笑顔になったようにおもいました

そしてその夜 息子といつもの夜の散歩をしていると 都バスが横に止まり 車体に大きく
みさきマグロきっぷ とバス全体に 三浦半島の
周遊きっぷの広告が あり
えーっと 立ち止まりしばらく動けませんでした
息子にママと呼ばれるまで

彼と珍しく 一日小旅行した 私達がつかった
みさきマグロキップの広告で 今までそしてその日以外は みたことがなく びっくりして
kさん みてみてと うれしくなりました

彼は初めての場所だと落ち着きかなく 不安そうになっていて
対照的に めったにない遠出で うれしくて はしゃぐ私にちょっと彼が頭にきて 喧嘩にもなったけど楽しかったねと いう想いを彼に伝えていました

こういう日もあるんだな と
嬉しかったです

いつも 長くなり 申し訳ありません

また色々教えていただけたら
うれしいです

おやすみなさい

イクミ さんのコメント...

よしみ様

お久しぶりです。
マンションの騒音に悩まされているのですね。
どの様な騒音なのか判りませんが、近隣の住人の生活音でしょうか。
音がして腹が立つと言うより、怖いのですね。

実は私の隣の家の物干し台の屋根のネジがはずれているのか、少しの風でバタンバタンと音を立てます。
夜間は正直、かなり気になります。
注意と言うわけではありませんが、現状を知ってもらうために、お伺いしようかなと思っていますが、私の家の犬のなき声も気になっているのかもしれないと思うと、なかなか行動に移せません。
あなたの様な悩みを、私も含め多くの人が抱えていると考えられます。
心が穏やかな時には、それほど気にならないものも、気持ちが落ち着かない時、イライラした心境の時には、気になってしまうような気がします。

騒音で心のエネルギーを消耗してしまい、具合が悪くなってしまったのですね。
ヒーリングでエネルギーを補充して、少しでも穏やかな心境になればと思います。
今日は遅くなってしまったので、明晩の10時30分にヒーリングを行いたいと考えていますが、よろしいでしょうか。

匿名 さんのコメント...

イクミ様、おはようございます。
よしみです。
騒音の辛さをわかって頂いて有難うございます。
気持ちがとても軽くなりました。

マンションなのでよく響きます。
今回は真上なのです。
最近引っ越しをしてきたらしく、深夜3時まで片付けをしていました。
ドンという物を落とす音が本当に怖くてドキドキするのです。
後は足音です。バタバタうるさいです。
音に集中しないように音楽を流したりして気を紛らわしているのですが、私の耳や脳が敏感に反応してしまうみたいです。
娘は全く気にしていないからか、何も感じないそうで羨ましいです。
以前も別のお宅の騒音に悩まされていました。
ひとつが終わればまた違うお宅からの騒音が気になるという感じです。

深刻に考えすぎると何もかもが嫌になってしまうので
そこに縛られず、明るく生活していこうと思っています。

ヒーリングとても嬉しいです。
今夜の10時半、リラックスしながら横になっています。
よろしくお願い致します。



イクミ さんのコメント...

さゆり様

こんにちは。
今までの経験を通して、あなたが新しい出発の準備をしていると感じているのならば、とても喜ばしいことだと思います。
今まで眠っていた魂が目覚めたと思うからです。
元々、表に出ていたとは思いますが、その存在をはっきりと自覚したと思います。
魂の存在を自覚し、その成長のために生きていることに気付く以上に、この世を力強く生きていく手段はありません。
人は魂を成長させるためにこの世を生きていますが、そのことに気付ける人は少なく、あなたも彼の死によって気付くことが出来たと思います。

息子さんは学校で頑張っているのですね。
競技で勝って泣いてしまったそうですが、どんな思いで流した涙なのか考えてしまいます。
うれし涙と言うよりも、勝った驚きの涙でしょうか。
不安や恐れに打ち克って頑張っていると、形となって返って来ることを、体験を通して学んでいるように思えます。
息子さんの魂に響くものがあったのでしょう。
涙は、息子さんの成長の証だと思います。

彼から何か伝わる時は、夜 一人で静かになった時、早朝一人早く起きた時、仕事の集中が ふっとゆるんだ時など、ボーッとしてる時に伝わってくるのですね。
頭脳が活動している時は魂が休止して、頭脳が休止した時に、魂は活動を始めると言われています。
私もメッセージを受け取る時は、何も考えず、感情にも捉われず、頭が空っぽの状態になっています。
昔から、急に何か違う次元で数秒間ほど集中して考え事のような、ボーッと違う世界で想いを巡らせていたように感じる時があるのですね。
その時のあなたの意識は、霊的次元に同調していたのかもしれません。
守護霊からのインスピレーションも受けやすく、良い考えが浮かびやすいのかもしれません。

街で、彼と小旅行した時の思い出の言葉と出会ったのですね。
彼にとっても、楽しい思い出となっていて、懐かしんでいたと思います。

イクミ さんのコメント...

よしみ様

深夜にドンと音がすれば、誰でもドキッとしてしまいます。
足音がすれば、気になって眠れなくなってしまいます。
たくさんのことがあったので、心が穏やかさを求めているのかもしれませんが、もう少し時が経てば、気にならなくなって来ると思います。

それでは今晩10時半にヒーリングを行いますので、なるべくリラックスしてお待ち下さい。

匿名 さんのコメント...

イクミ様、おはようございます。
昨夜はヒーリングをありがとうございました。
指先からエネルギーが入ってくるのが分かりました。
久しぶりに脳が緊張状態から解放されたような、リラックスした気持ちになりました。
ヒーリングの時も、ドンドン、バタバタ騒音が聞こえてきましたが、あまりそこに集中しないように努力しました。

以前、ストレスによる聴覚過敏だと言われたことがあります。
今年は相次いで大切な人を亡くしてしまったので、自分が思う以上に身体ががダメージを受けているのだと思います。
音が怖いと感じるのも、この先の未来に不安を感じているからです。
改めて、心と体は繋がっているなと実感しました。

ヒーリングをして頂いている時、前回と同様に、夫の顔が浮かびました。
ニコニコ笑っていました。
「大丈夫、大丈夫」と言ってくれました。
最近夫と繋がることが出来ていなかったので、夫の笑顔を見てホッとしました。心が満たされました。

精神的に結構追いつめられていたので、ヒーリングをして頂いて本当に良かったです。
イクミ様の優しさにいつも助けられています。
ありがとうございました。

イクミ さんのコメント...

よしみ様

ヒーリングで精神的な緊張や不安が和らいだようなので、良かったです。
ご主人の笑顔が見れて、何よりです。
元気付けるために、安心させるために、ご主人があなたにコメントを書かせたのかもしれません。
優しいご主人に、感謝しましょう。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつも お返事をありがとうございます
励まされ また 色々と考えさせていただいて
おります

数日前 子供達がねむったあと
いつもなら 隣の部屋で スタンドの灯りを
つけて過ごすのですが
なぜか 真っ暗にして
スマホを手にしていました

中学生の自閉症 軽度知的障害のある
息子が スマホで お気に入りの曲や動画の
リストを作ったりしているのですが

削除したものが でないと 探しているものがあり 苦労していたので ちょっと検索してみようかなと
私も探しはじめました

そうしてるうちに
何年か前に 亡くなった彼と 一度だけ
一緒にカラオケに行ったとき 彼が唄った曲が
というより 私に さゆり唄っていわれた 曲がめにつき

ふと そういえば
もう一曲 彼が 唄ってと 教えてくれた
曲があったなと思い出し
聴いてみました

彼は あまり歌うまくないから カラオケは
仕事の付き合いだけという感じで
一緒に行ったのは このときだけでした

彼が 教えてくれて 3回くらい
一緒に唄ったのが Aiさんの 「story」という曲でした

私は アメリカから帰ってから あまり最近の歌や歌手のかたがまったくわからず
その時も その曲も 知らず 唄おうとしても難しかったけれど
彼が熱心に 何度も唄ってといったので 唄ったことを思いだしましたが どんな曲だったのかも
覚えていませんでした

こちらに 歌詞をだすことができず
残念ですが

歌詞をきいたとたん
涙がでました
歌詞のすべてが こんなにも 今の私への
メッセージにきこえるなんて

(もし イクミ様もお時間があれば
聴いていただけると うれしいです)

そして しばらく 真っ暗な部屋で 考えていました

あの時は まったく心に 響かなかったのに
いまは こんなに わかるんだ
彼は なんども 真剣に わたしに唄ってと
言ってたな こんな気持ちも わかって しっていたんだな。。 と

うまく 歌詞の内容がまとめられませんが

言葉にできない 想いを
限られた時間に どれだけつたえられるだろうか

何も 説明しなくても 無理に笑わなくても
何かあったら たよってほしい
疲れたときは 肩をかすから
強がってても ため息つくときもあるょ

一人じゃないょ わたしが 守るから
笑顔でいられるように

という感じです

私は 彼に 本当の生活で
辛いときも 悲しいことも 一杯泣くことも
たくさんあるから さゆりは
悲しくなる映画も 歌も いやだ
見ないし 聴かないと
言ったことがあります

そうなんだと 彼は言っていました

もしかしたら 彼は もっと頼ったり 辛いこととか
話して欲しかったのかな?
私も なんであんまり 話さなかったんだろう
彼は 一人じゃないょ 守るからと
さゆりが辛いときは 頼ってほしいと
言葉にこそ 出さなかったけど
いつも想っててくれたんだなと
想い 涙がでました

そして 私の悲しいことや 辛いことも
思い返してみました

仕事で大変なこと 教えてもらいたいことなどは
いつも話していましたが

辛いこと 大変なことを 話すと 前にすすめないようなきがして これも今なんだから
乗り越えられることだから
前を向いて進みたい 日常のこととして
というような 気持ちがいつもあるんだなと
色々思い返して 感じました

そして何よりも
彼とすごす時間は 本当に
いつも限られていて 大切で貴重で
ああまた お別れときだねと
彼が言うと
うんと笑顔で答えていました

だから 楽しく過ごしたい
笑顔でいたい 楽しかったね 今日も
一緒にご飯をたべるときも
一日一緒に 過ごすときも
本当に 本当に そうしたいと
思って お付き合いしていたなと
改めておもいました

イクミ様から 紹介していただいた「(You are not alone」も そして 以前 彼からの言葉を
一度 お伝えいただいた 内容も
この story という曲も 共通のメッセージがこめられており

今は 肉体はないけれど
一人じゃないょ わたしが笑顔でいられるように
守るからという
想いを感じ

ごめんね あんまり 相談しないで
楽しい時間をすごせるように
一回一回の 時間 大切に
こんなこと 楽しかったねってしたかった
こんなこと一緒にはなしたよね
たべたよね 笑ったよね きれいだったね
って 楽しい思い出 積み重なっていったら
いいなっておもってた
会ってたょ kさんに
でも 辛いこと 悲しいことも
話せばよかったね
どうしていえなかったんだろうね

みたいな気持ちが
ここ何日かで浮かびました

昨夜 寝る前に ねむたくて
ねむたくて やっと 顔に ローションを
ぬろうとしてだとき

ありがとうと と いうことばが
想いが 胸に頭にとどき
かれから?私のおもい?と
しっかりと受け止め 届いていたのですが
一週間仕事がかなり 忙しく
疲れていたので 眠りました

そして 今日 子供達と甥っ子と
過ごすなか


ありがとうの意味は
さゆりが そういう気持ちで
会いにきてくれて
すごしてくれて
そういう気持ちわかってくれて
ありがとうって 伝えてくれたんだなと

そして たぶん 私も 改めて
二つの曲を聴いて 改めて イクミ様からの
彼の言葉を 読み返し

そんな風に 大切に想っててくれてて
ありがとうと

同時に伝えたのかな

と 想いました

私なりの 解釈ですが
とても うれしい ぱっと 心に灯りがともったような ありがとうの
想いでした

とりとめなく わかりずらく
申し訳ありません

また 色々教えていただけたら
うれしいです

おやすみなさい





イクミ さんのコメント...

おはようございます。
Aiさんの「story」を紹介していただき、ありがとうございます。
実はこの曲は、私が最も好きな邦楽曲の1つです。

今は全く行かなくなりましたが、昔、カラオケに行く機会があれば良く唄っていました。
歌いこなせる歌唱力もないのに、歌詞がすばらしいので、唄いたくなりました。
その時は、霊的なことは全く知らず、この歌詞の内容が人にとって1番大切なことなんだと、おぼろげに思っていただけですが、今は、霊界(神)からのメッセージの様に感じています。

彼は、いろいろなことを経験し、頑張っているあなたを見ていて、この曲にあるように頼っても良い、力になってあげるからと思っていたのではないでしょうか。
今も、その気持ちは変わりなく続いていて、どうにかしてそのことを知らせたくて、曲に辿り着かせたような気がします。
重いバッグをあなたの代わりに持ってやることは出来ませんが、心にある重荷は愛念を送って軽くしてくれるかもしれません。
今でも、頼って欲しいのだと思います。
あなたの力になりたいのだと思います。
何か問題が生じて困っている時など、彼に良い方向に導いてくれるようにお願いしてみてはどうでしょうか。
あたたはこれまで、守護霊の導きを直観として感じて、素直に従って来たと思いますが、彼も守護霊と同じ様に、この世でやりたかったことを、導くことで叶えたいのかもしれません。

「ありがとう」は、この曲を通して、自分の想いを正確に判ってくれたことに対するものだと考えられます。
思惑通りになって、うれしかったのでしょう。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつも 暖かいお返事ありがとうございます

この曲は イクミ様の最も好きな邦楽曲の一つなのですね

イクミ様がおっしゃるように 本当に霊界(神)からのメッセージのように感じます

そして この何年間か一度も 思い出さずにいたのに
ふと あの時カラオケで とおもいだし この曲にたどりついたこと
まったく数年前は なにも感じなくて なんか歌うの難しいなぁと おもったのに

イクミ様からおしえていただき
彼が伝えたくて この曲にたどりつかせ
あの時からそして今も
この曲のように
一人じゃないから いつでも頼ってほしいと
言葉にはできない 強い想いを
伝えようとしていたんですね

イクミ様より 改めてお伝えいただき
うれしい気持ちと 今までわからなくて
ごめんねという想い
そして 本当に本当にこんな風に 私のことを
想っていてくれたことに
そして 亡くなった後も
おもい続けてくれていることが
うれしくて 凄いな愛のちからはと
感動しています

そうですね
これからは 何か困ったことがあったら
イクミ様がおっしゃられるように
彼によい方向へ導いてくれるよう
お願いしてみようとおもいます

あまり 今まで 導いてください
とお願いしたことはないのですが
どうしたらいいかなぁ?と想いを伝えてみようかなとおもいます そんな感じで大丈夫でしょうか?

そして「ありがとう」は 曲をとうして 彼の想いを正解にわかったことに対する言葉だったのですね
彼の思惑どうりに なりよろこんでいるのですね

なんというか 魂の存在 愛 神様の偉大さに
驚いています

イクミ様いつも 教えていただき
本当にありがとうございます

新しいブログも 今日拝見させていただきました
また 改めて投稿させていただきますが
ナットキング コールの歌声に (大好きで 彼の歌 いつも聴いています)
今まですごした色々なクリスマスを思い出し
少し 涙がでました

今日は 娘とケーキのデコレーションをしたり
甥っ子をあずかり 子供3人をみていて
あまり ゆっくり考える余裕はなく 疲れましたが
子供達と クリスマスイブを一日一緒に過ごせて
よかったなと 感謝の気持ちでいっぱいです

また 色々おしえてください

おやすみなさい

イクミ さんのコメント...

さゆり様

おはようございます。
今まで、コメントをいただいた人の体験から、あの世にいる人は自分の想いを曲を通して伝えることがあると考えています。
その曲に導くまでは、意外と大変なのかもしれません。
今まで亡くなった人からのメッセージから、あの世にいる多くの男性は、もっと頼って欲しいと想っているようです。
決して無力ではなく、想いを伝えてこの世の人を導くことは可能です。

少し疲れたでしょうが、お子さんたちと楽しいクリスマスを過ごせて良かったですね。
ナットキングコールの歌声は愛情に溢れていて、心が温まります。
肉声は出せなくても、彼のように想いを乗せて歌ってやりたい人(魂)は、きっとたくさんいると思います。

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、

実は私にも似たような経験があります。
今年だったか、イクミさんのカミーユ・クローデルのブログを見つけるまえのことですが、ある朝に夢の中で「オリビアの歌詞、オリビアの歌詞、オリビアの歌詞、、、」唱えながら目が覚めたことがあります。I honestly love you. です。
その時は何故なのか分からなかったのですが、しばらくして彼女が私にそうさせてくれていたのではないかと思うようになりました。

夢、幽界で会っていても、目覚めると思い出せずに苦しんでいる私に、目覚めても残っているようにそう言わせてくれていたのだと信じるようにしました。

ユーチューブでオリビア・ニュートンジョンのその歌を久しぶりに聴いて、歌詞を初めてよく読んで、涙が溢れました。

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんにちは。
夢の中で伝えられたのですね。
覚えているように、起きる直前(別れ際)に伝えたような気がします。
苦しい思いをしているあなたのために、そうしたのだと私も思います。
懐かしそうな曲ですね。後で聴いてみます。

ラッパ吹き さんのコメント...

イクミさん、

説明不足ですみません、なんのことか分からなかったと思います。
霊界からの大きなメッセージである他の方々特に女性の方々へのメッセージとはまったく違って私の個人的な事情だけに当てはまるものでしたから。

彼女が死を覚悟して私に連絡を取ろうとした時に彼女が何を伝えようとしたのか、私はどうしても知りたかったんです。
これがそのメッセージではなかったか、そう受け止めようとしました。
彼女には彼女の、私には私の家庭があった。

歌詞の一部です。
But there you are with yours
And here I am with mine
So I guess we'll just be leaving it at this
でもあなたにはあなたの
わたしにはわたしの
お互いに守るべきものがある
だからたぶん この一言に
全てを込めるだけにする

I love you
I honestly love you

イクミ さんのコメント...

ラッパ吹き様

こんにちは。
いつも忘れてしまうあなたのために、気持ちに近いような曲を見つけて、起きる直前に伝えたという、直感を信じて良いのではないでしょうか。
昨晩、聴いてみましたが、メロディーも美しく、胸に響く曲でした。
honestlyという一語に、あなたが涙してしまうのも判るような気がしました。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

いつも 暖かいお返事
ありがとうございます
色々考えさせていただいております

あちらの世界のかたが 想いを曲つたえようと
想われているのですね
素敵ですね

そういえば
彼がなくなってから
一ヶ月後くらいに
彼の職場の方から 彼のお兄様に
お手紙をだすので ご一緒にいかがですと
連絡がありました

遠方で疎遠にしていたのでと
どなたとも お会いにはならなくて
ご兄弟3人で 東京で亡くなって三日後に火葬にして 故郷にもどられたと
後で会社のかたにききました

私は お兄様の連絡先 病院など会社に
きいたのですが ご家族の意志でと教えてもらえませんでした

手紙は
学校の面談まえで お昼をたべたお店でかきました
地下の和食屋さんで 少し薄暗くて 堀ごたつ風で仕切りがあり
はじめてはいったのですが
手紙をかくのには 格好の場所でした

私は その頃まだ
最後のお別れがどうしてもしたかった
お花と お線香も
そして 手を握っていつもみたいに 顔もなでて キスもして 話しかけて さよならがしたかった
と 毎日思ってないていました

そしてそんなことを想いながら
かいていると
「さよならの向こう側」が流れて
歌詞を聞き入っていました
泣きながら

さりげなくお別れです 後ろ姿みないでください
等の言葉とともに
彼の想いが 伝わってきました

「あの日 楽しかったデートのあと
またねと 横断歩道で 別れたすがたを
おぼえていて」 と

私は涙がとまらず
でも うんわかった
あの姿だょねと受け止めて
またねって いつもと同じように
本当にさりげなく
さよならしたかったんだょね
と 彼のメッセージが しっかりと
心に伝わってきました

無意識に 私は 持っていたペンで
便せんに kさんわかったょ さゆり
わかったょ
と書いて 丸で囲んでいました
後でみて ちょっとびっくりしましたが

その時から 彼の遺体に
お別れできなかった
あのおもいは
不思議ですが なくなりました

「あえてうれしい」と私が彼を抱きしめた
あの日 本当に楽しかったと
またねと 横断歩道で いつもみたいに 別れたのが
お別れなんだと

もう一つは
イクミ様より前回のお返事を
いただき
そういえばと おもいだしたのですが

彼が亡くなる2ヶ月ほど前
これ好きな曲 せつなくて
と 教えてくれた Baby Metalの
「No Rain No Rainbow」という曲で

グループがあまり好きではなかったので
そのときは 聴きませんでしが
昨日曲名をやっと思い出したので
聴いてみました

本当にせつなくて
ただそばにいたかった あいたかった
にどとあえないけれど わすれずにいたい
絶望さえも虹になる

というような 歌詞です (少し違っているかもしれませんが もし お時間ありましたら 聴いてみてください)

俺わがままで 自分勝手で 人に好かれないけど
さゆりのこと 大好きで 大切なの わかってほしい

と 本当に真剣に 今までこんなこといったことないのに どうしたんだろぅ?
と思ったことを 以前イクミ様に おききしました

彼の魂は もうすぐこの世から 肉体はいなくなることを知っていたので 伝えることを許されてと
教えていただきました

同じ時期に聴いてみてと教えてくれた曲です
こんな切ない気持ちにもなっていたのかな と
考えていました

今の彼は おだやかで 軽やかで
暖かくて イメージですが うれしそうです

亡くなってから 聴くことになりましたが
曲をとうして
一緒にいたいと思ってくれてたんだなと
ちょっぴりせつなく また嬉しくもなりました

イクミ様より
想いを曲をとうして伝えるということを
教えていただかなかたら
思いだそうとしていなかったかもしれません

ありがとうございます

また色々おしえていただけたら
うれしいです

おやすみなさい

イクミ さんのコメント...

さゆり様

こんにちは。
彼は亡くなってから直ぐに、あなたに想いを伝えていたようですが、深い悲しみの中にいながら、良く判ったと感心しています。
あなたと彼は、この世でお互いの姿を見るのはこれが最後だと自覚していたのですね。
お互いの魂は無意識ですが、さよならを言い合っていたように思えます。
神はこれから別れる二人に、最後の言葉を言わせてくれた思います。

死んで動かなくなっている自分ではなく、デートの後の楽しそうな自分をいつまでも覚えていて欲しかったのですね。
肉体を失った以外は、何も変わらずに生きているのが判ったのですから、あなたにそう思って欲しかったのも当然かもしれません。

あなたは霊的な意識が前面に出てきているので、言ったことや行動した意味を、死んでからではなく、今、気付けているような気がします。
自分や人の言動には、深い意味が隠されていることがあるのですが、表面だけしか見ていないために、知らずに通り過ぎてしまうことも多いと思います。

今の彼は、うれしそうなのですね。
人間関係の煩わしさから解放され、何をするのも自由な世界にいるのですから当然でしょうが、これは何回も言っていますが、いつもあなたと一緒にいられるようになったのが、1番うれしいのだと思います。
自分の想いが良く判ってくれるので、とてもうれしいのだと思います。

曲も聴いてみたいと思います。

さゆり さんのコメント...

イクミ様
こんばんは さゆりです

お返事をいつも ありがとうございます
前回の お返事を何度も繰り返しよませていただき
色々と 思い出しながら 考えていました

イクミ様のお返事のなかに 彼は亡くなってから すぐに 想いをつたえようとしていて 私は深い悲しみのなかにいて よくわかったなと 感心していますと
ありました

それを拝見させていただき
そうだったなと
亡くなってからの 彼からの想いと 私自身のことを
スライドをみるように 思い出していました

「亡くなった愛する人とつながる」のページで 色々と教えていただき 彼からの想いを確信でき 信じることができるようになりました

いまでも あちらのブログは 度々読ませていただいております

亡くなってからすぐに 本当に彼は 私に想いをたくさん伝えようとしてくれていて
亡くなった翌日から 連絡がとれなくて 心配している私に もう霊安室だから と 映像がはっきり見えるように 伝えてくれて

亡くなって 5日目の 朝 泣きながら朝目覚めるか寝ているのかわからないときに 彼からのメッセージが 頭に浮かび 文字でも浮かび 起きてからすぐに
手帳に かきました

その時から 何となく あれ?なんか不思議だなとおもうことが 多くなり
そんな風に思い始めたことを 7ヶ月位まえのことですが 懐かしく おもいます

そして 私はまったく 彼の魂のこと なくなっても まったく今までと 変わらないということを イクミ様より教えていただくまで わからなかったのですが

彼は 亡くなってすぐに 悲しみながらも 日常の生活に追われているわたしを
なんとか 仕事が続けられるように なんとか 子供達のこと 学校のこと
等 健康面もふくめ 進んでいかれるように
見守り それだけではなく 助けて 導いてくれていたんだなと ここまでこられたなと 今ふりかえってみて 感謝の気持ちと 嬉しい想いで いっぱいになりました
そして イクミ様より 教えていただいた 守護霊さまにも 感謝の気持ちでいっぱいです

彼が亡くなって 2週間目に 一日だけ たちくらみと頭痛がひどく 仕事をお休みしました
忙しく 疲労や精神的なショックからでした

その時に まず 心身ともに 健康でなくちゃ
彼が好きでいてくれた 私らしい自分は 無くしちゃいけない いつも子供達優先にしてと 彼が配慮してくれてたことも 仕事でも 笑顔で
とにかく 目の前のこと一つ一つから やっていこうと おもいながら一日一日をすごし

彼のことを 想えるのは 仕事の少し緊張がゆるんだときや 通勤のとき そして 夜子供達が眠ったあとの静かな時間 ちょっとボーッとしているとき だけですが なかなか一人になる時間がなく
一人になり ふと緊張がとけたときに
彼からの想いを受けとることができるので
きっと いつも側にいてくれているんだなと
感じています

イクミ様とやり取りをさせていただき
今までの出来事は すべて彼からの想いです
信じてください と教えていただいてから
えーっ やっぱり 彼からの 想いなんだ 側にいてくれているんだと 驚きと歓びに と少し信じられないという想いが混じりあっているとき

ある日
私がひとり二階にいき 押し入れを 真っ暗な部屋で開けたとき 後ろから さゆり おれが側にいるのわかる?と想いが伝わり 涙が止まらず うんと言って しばらく 後ろから抱きしめられているようで それが忘れられず

その時から 確信するように なりました
その前にも 色々とメッセージは 受け取ってはいたのですが

そして 数ヵ月まえ 私が幽体離脱しかけたときのことを イクミ様より 教えていただき
物凄く気持ちはよかったのですが
もっと上にいってみたいと思ったのですが
自分の横たわった姿を みて
少しびっくりしました

あの体験から そうなんだ 肉体をはなれて こんな風にみえて こんなに 自由で軽やかなんだ と思い
さらに 彼の魂からのメッセージの意味も わかってきたように 感じました

最近ですが
ひとり 静かに部屋にいると
なんというか 意識がすこし ぴんとして
動作がとまり
kさん?と 想いが浮かび 目をとじて
本当にうしろから 抱きしめられている感じがして
涙が溢れてしばらく そのままでした

先週末から とても かれを いつもに増して近くに
感じています

きっと イクミ様より
私達が それぞれ お別れを言い合っていたこと
彼が「story」の曲を 教えてくれて
それをふと思い出したのを きっかけに
生前に 私がきづかなかった 彼の想いなどを
イクミ様にお手伝いいただき わかりかけたからかな 等と思っています

本当に 自分や人の言動には 深い意味が隠されているのですね ん?となにかひっかかることは ありますが 後にならないと その意味は わからなかったりします

最後に彼とすごした日 私が 「あえてうれしい」と彼を抱きしめたこと その日 別れたあとも
心から 楽しかった 合えてよかったと 暖かい気持ちでした

なんで あの日そんな風に思ったんだろう?
よっぽどつかれてたのかな?と 亡くなる前から
考えていましたが

合えてうれしい は 私の人生で 合うことができて
本当に嬉しかったょ と 伝えていたんですね

とりとめなく 長くなってしまいました

いつも本当に ありがとうございます
また 色々おしえていただけたらうれしいです

おやすみなさい

Yula Athha Cagalli さんのコメント...

はじめまして。
初めてコメントさせて頂きます、宜しくお願い致します。

こちらのサイトは1年位前から読ませて頂いております。
その前はシルバーバーチの霊訓を一通り読みました、
しかし時代にリアルタイムに合うのと読みやすく参考に
なるので今はこちらを訪問させて頂いております。

Yula Athha Cagalli さんのコメント...

コメント欄に重なる文字があり見えなくて2通になりすみません。
実は今朝がた6月に亡くなった父が会いに来てくれました。
職場の人間関係で悩んでいたのですが...父は自分を強く抱きしめながら
愛を伝えるんだと教えてくれました。なぜか自分はたくさん泣きました。
父が会いに来てくれたのは初めてです。事情があり葬儀にも行けませんでした。
愛を伝えること...好きな相手には難しくはない。しかし嫌いな人いや、自分を
嫌っている相手に愛を伝えることは本当に難しいって思ってます。
でも父の教えを無理無い範囲で実行していこうと思っています。

イクミ さんのコメント...

さゆり様

今年は、最愛の人が突然亡くなると言う人生で最もつらい1年であったと思います。
彼が亡くなった後に、理解を超えた不思議な現象がいくつも起きて、あなたは少し怖れを抱いていたように感じました。
その全部が、自分が生きていること、変わらずに愛していることをあなたに知らせたかったために、彼が霊界の協力を得て起こしていたものです。
知識がないと、ビックリしてしまいますね。
でも、起きていることを正しく理解出来たようなので、良かったです。
彼も、あなたが敏感に反応してくれる人なので、とても幸せを感じていると思います。

愛は死を乗り越えて存続していること(霊的真理)を、あなたに証明してもらっているようで、私も嬉しいです。
彼はこの世の寿命が来て、少し早かったのですが、一足先に向こうに行きました。
将来、あなたたち家族の仲間入りをしようと思っていたでしょうから、お子さんたちを含め、自分の家族だと思って守ってくれているでしょう。

この世とあの世に別れて生きるようになりましたが、最愛の人との物語は、今も続いています。
何回も言っていますが、彼はあなたをより身近に感じながら生きているので、うれしいのです。
これからも、あなたに寄り添い、必要あれば存在を示し、守護霊と共に成長する方向へと導いてくれるでしょう。
あなたは感受性の高い人なので、きっと気付くことが出来ると思います。

イクミ さんのコメント...

Yula Athha Cagalli 様

こんばんは。
所用で返信が遅れて申し訳ありません。
ブログを読んでいただいて、ありがとうございます。
シルバーバーチの霊訓を読んでいるのですね。
このブログは、霊的真理にに基づいて書いているつもりですが、誤りがあるかもしれません。
あくまでも原典はシルバーバーチの霊訓ですので、繰り返しお読みになって下さい。

今朝、6月に亡くなったお父様が会いに来てくれたのですね。
職場の人間関係で悩んでいあなたに、お父様は強く抱きしめながら「愛を伝えるんだ」と教えてくれたのですね。
驚いたでしょうが、言葉にならないくらい、うれしかったでしょう。
距離的に離れていたのでしょうか、葬式に出れなかったこと、一緒にいてやれなかったことを悔やんでいるあなたのために、肉体の束縛から放たれて、自分が傍にいられるようになったと伝える目的もあったと思います。

この世では、何となく愛は大切だと思うくらいでしょうが、お父様が今いる世界は想い(思念)の世界であり、愛の大切さを実感し、本当の意味が明確に判っていると考えられます。
人間関係で悩まない人はいません。
人間関係で悩みながら、学びながら成長するために、この世に生まれて来たと言って良いと思います。
嫌いな人や、自分を嫌っている相手に愛を伝えるのは、誰でも極めて難しいです。
イエス・キリストは「汝の敵を愛せよ」と言っていましたが、それが最高度の愛の表現であり、究極の努力目標でもあり、もし出来るようになったのなら、この世に生まれて来る必要はないのかもしれません。

シルバーバーチの霊訓を読んでいるのでお判りだと思いますが、全宇宙に因果律という絶対的な法則が働いています。
自分の蒔いた種は、自分で刈り取るというものです。
自分が嫌だと思えば、因果律の働きにより、相手もますます自分のことを嫌だと思うようになります。
逆に、愛することが出来れば、因果律の働きにより、愛を返したくなるはずです。
最初は見える形で返ってこなくても、続けて行けば、自分に対する想いに変化が生じ、笑顔を返してくれるかもしれません。
自分が相手を愛することによって、相手が変わって行くことを、お父様は伝えたかったのかもしれません。
あなたを悩ましている問題の多くは、愛によって解決できることを、お父様は判っていて、そのことを伝えたかったのかもしれません。

来年も、嫌いな人や、自分を嫌っている人と会うことになるでしょうが、その時に、お父様の言葉を思い出すようにして下さい。

Yula Athha Cagalli さんのコメント...

イクミ様こんばんは。
御返答頂きましてありがとうございました。

なかなか返信を書けずにいました。年を跨いでいたのはそのきっかけになる出来事が年末の仕事納めの頃で。
自分の中で苦悩している時に父が現れて・・・そしてイクミ様の所でコメントさせて頂きましてそして返信を頂きまして・・・なかなか自分自身すっきりすることは無かったと思います。もやもや考えながら・・・けれど少しづつですが何かを掴んでいる感覚はあるんです、まだまだなんですがけれどここを乗り越えないと自分は前に進めない気もしています。

自分にこれといった落ち度も無く責められる事が続いたのと、簡単に言うと職場でパワハラを受けていて納得いかない点が何度もあって。結果として自分を守る為に相手を憎むという感情が沸いてきたのは事実です。そして憎む前から嫌われる態度を取られていたのも感じていましたので、自分から相手を嫌った訳ではなかったのですが・・・しかしそれではいつまで経っても学びの過程を終えることは出来ないのだと悟りました。

父が教えてくれた言葉は非常にシンプルでしたが的を得た回答だったのです。しかしそのシンプルな回答を実行していくことが時として非常に難しいのです。それが難しくなることの理由はたった一つなんですね。自我が邪魔しているだけなんです。分かっているんです頭では。自我を捨て去ること、これが本当に難しいです。少なくても今生の人生で培ってきた自分という存在を完全に捨て去ることがなかなか難しいのです。

完全に自分の自我を捨て去りまるでキリストの如く(キリスト自身が十字架に磔にされながらも)この罪を犯している方々について「神よ、この方々をお許しください」と言える位の境地にならないと本当の意味で自我を捨てて相手を愛せる行動とは言えないのだと思っています。自分自身がこの残された僅かな時間においてここまでの境地に至れるのか甚だ疑問ではありますが・・・

長くなりまして大変に恐縮ではございますが、今回はスマホからではなくPCからの投稿の為か画面が重なって字が見えづらくはないのでもう少し続けさせて頂きます。

年明け仕事始めでその職場の相手と会って仕事上の話等をした際に相手から「年を越して迄(悪い感情を)引きずってはいけない」という思いを感じました。自分自身は父からの言葉を相手にどう表現していいのか正直まだ戸惑っていたのですが相手からの感情を感じ、自分のこわばった気持ちが多少和らいで素直な気持ちになれた気もします。正直相手と敵対し相手の間違いも指摘してやろうかと色々企んでいたこともあったのですが、徐々にそんなつまらない気持ちは失せてきました。

今後もまだまだ未熟な自分に対して人間関係上の難しく思う出来事は発生するとは思っています。しかしそれでも自分は少しづつですが成長していけるのだと・・・色々な方のお力を借りることもあるとは思いますが、決して諦めたり投げ出したりしないで成長を続けていきたいとそう思っています。
イクミ様にもご助言頂いたことを大変に感謝しております。ありがとうございました。

イクミ さんのコメント...

Yula Athha Cagalli 様

こんにちは。
職場の人間関係で、大変苦労されている様ですね。
理不尽なことで叱責されれば、持って行き場のない怒りが生じるのは当然であり、高じると憎しみになってしまうこともあります。
この社会は、上下関係があるので、どうしてもあなたのような思いをする人が出てきてしまいます。

去年のお父様からのメッセージはうれしかったですね。
お父様が今いる世界について少し説明しますと、完全な界層社会であり、同じ霊性の高さの者が共に暮らしていて、霊性が高い者が上の界層にいます。
他者に愛を表現できる人ほど霊性が高いので、自然の成り行きで上の者が下の者に対して優しくなります。

この世界は大きく違い、あらゆる霊性の高さの者が、交じり合いながら生きています。
類は友を呼ぶと言うことわざがありますが、この世界でも同じ霊性の高さの人が、魂の親和性によって集まる傾向があると考えられます。
しかし、職場は違います。
魂の親和性によって集まっているわけではなく、それぞれに目的があって、さまざまな霊性の高さの人が、1つの組織に所属していることになります。
自分とは違う考え、価値観を持つ人の集まりであり、そのために時に軋轢が生じてしまいます。

あの世と同じ様に、霊性の高い人が上に就いていれば、職場でのストレスは激減すると思いますが、得てしてそのようには行きません。
もし、低い人がなれば、周りの人や部下は大きな迷惑を被る可能性があります。
霊性の低い人は、自己中心的で、協調性に乏しく、穏やかさに欠けるところがあるからです。
もしかしたらあなたも、そのような状況に置かれているために、つらい思いをされているのかもしれません。
もし、相手が好ましくない態度を取ったら、こちらも同じ様な態度で臨みたくなってしまいます。
しかし、あなたの年齢が下であったとしても、魂は一歩先に進んでいるかもしれないので、寛容な態度で臨むようにして下さい。
それは、自己犠牲を伴うものであり、間接的に相手に愛を伝えていることになり、お父様が伝えてきたことを実践していることになります。

(この世の)自我が大きくなると、良くない感情に苛まれることになりますが、自我を捨てるのは難しいと言うよりも、不可能だと思います。
本当の自分(魂)を表現するために、この世では必要なものであり、努力したら捨てられるようなものではないと思います。

この世に生まれて来たのは、あらゆる状況下で、自分を律しながら対応することにより、霊性を高めるためです。
必死に耐えたり、苦しい思いをしているのは、無駄にはなっておらず、あなたの霊性を高めています。
霊性が高くなることにより、以前は許せなかったことが、許せるようになります。
霊性が高くなればなるほど、怒りや憎しみが生じ難くなって行くと考えられます。
怒りや憎しみの感情から解放されている人ほど、霊性が高いと言えます。
イエスキリストほどの霊性の高さになると、自分を殺そうとする相手に哀れみの情を抱くようになりますが、その境地に達するまで、どれくらいの試練を経験しなければならないか想像もつきません。
多くの人に、最高度の愛の表現とはどのようなものか模範を示したのであり、容易に真似できるものではないと思います。

仕事始めでその職場の相手と会って、仕事上の話をした際に相手から「年を越して迄(悪い感情を)引きずってはいけない」という思いを感じたそうですね。
相手がそう思っているように感じたのであれば、素直に受け取れば良いのではないでしょうか。
ほとんどの人は、仲良くやって行こうと思っているはずです。

あなたにとってつらい環境、嫌な相手が、あなたの魂を成長させています。
嫌な思い、つらい思いをした時は、成長の機会が与えられていると考えて下さい。