2026年5月10日日曜日

地上に生まれて来た目的


留学して学位を取った、仲の良い大学の先輩がいます。

アメリカで学位を取るのは難しく、言葉の壁を克服しなければならないのはもちろんのこと、膨大な数の論文を読みながら知識とスキルを身に付けなければならず、審査も日本に比べて厳しいです。

その後、日本に戻りましたが、異国の地で学んだ経験は、今の仕事に十分に活かされています。



ふと、こんなことを考えました。

私たちは、地上という異次元の場所に留学しているようなものかもしれない。

目的は同じで、元いた場所では学べないことを学ぶためです。

けれども、その期間は数年ではなく一生です。

1度肉体に宿ったら、死ぬまで戻れないので、並々ならぬ決意で、地上に生まれて来たと思います。



本来の住処は霊界です。

そこでは肉体はありません。

食べて行くために働く必要はなく、病気や障がいも老化もありません。



周りにいるのは、自分と似通った人たちばかりです。

嫌いな人と会うことはなく、煩わしい人間関係もありません。



霊界では、肉体という障壁が取り払われています。

それにより、周りとの間に、霊的な一体感が感じられるようになります。

地上で自分に向いていた意識は、周りに向かうようになります



ミクロからマクロの世界まで、同じ神の摂理(自然法則)が働いています。

それぞれの細胞が、それぞれの役割りを果たすことによって調和が生まれ、全身が正常に機能することができます。

それぞれの生命が、それぞれの役割りを果たすことによって調和が生まれ、全体が健やかに生きて行くことができます。



もう1つ、大切な摂理があります。

与えられた役割りを果たし、誰かのために役に立つことで、人は悦びを感じるようになっています。



霊界では(低い界層を除いて)、お互いがお互いのために役に立つ悦びを感じながら生きていると思われます。

けれども、しばらくすると現状に満足できなくなります。

自分をもっと高めたいという欲求があるからです。

さらに次元の高い役割りを果たし、全体のために役に立ちたいと想うようになります。



いくら役に立ちたくても、自分にその資質がなければ、想いが叶えられることはありません。

役に立つために必要な資質が自分に足りないことを自覚した魂は、その資質を身に付けるために、地上に生まれようとします。

その意志に、因果律が働くことによって、最適な環境に生まれます。



いざ地上に生まれると、霊界では当たり前のように感じられていたことが、感じられなくなります。

五感が絶対的なものとなるので、それぞれの人は独立して存在しているように見えます。

それに伴い、一体感が感じられなくなります。

霊的な感覚は、五感に埋もれてしまいます。

そのために、実体として感じられた愛は、存在すら分からなくなります。



地上に生まれた瞬間、肉体と魂との間に自我が生まれます。

自分を守ろうとしたり、自分を優先しようとするのは、自我の働きによるものです。

助けを求めていたり、困っている人がいても、見て見ぬふりをしてしまうのも、自我があるためです。



普段、私たちは自我を前面に出して生きています。

ところが、いくら考えても解決できない、深刻な出来事に直面すると状況は一変します。

追い詰められた自我に代わって、その奥に隠れていた魂(霊的な自我)が前面に出て来ます。



前面に出た来た魂は、それまで意識することが少なかった、生命や愛など霊的なものを強く意識するようになります。

そして、霊的な真実を見つける人もいるでしょう。

見つけた人は、内部に変革が起こります。

霊的なつながりが深まり、克服する力が与えられる人もいるでしょう。



そんな出来事は、生まれる前に立てられた計画に従って起きているのかもしれません。

目覚めた魂が、霊的な真実を見つけることも、予定されていたのかもしれません。

もしそうであれば、見つけた真実を大切にし、守りながら生きることによって、必要だった霊的な資質が身に付けられているのかもしれません。



例えば、「勇気」という資質が足りなかった人がいたとします。

その人は重い病気を抱えて生まれて、人生のある時期に手術を受けなければいけなくなるかもしれません。

成功する確率が低い手術であれば、臨むのに相当な勇気が必要になります。

もし、無事に手術が終わり、生きながらえることができたのなら、勇気を出すことの意味を学び、それからの人生に活かして行くでしょう。

地上で培った勇気は、役に立つための強い意志に転化されて、霊界で活かされることになります。



「信じる」という資質を手に入れたかった人がいたとします。

その人は、全く動かすことのできない体に宿って、ベッドの上で過ごすことになるかもしれません。

周りの人からの援助がなければ、数日も生きられないことを、魂は知っています。

死の不安や怖れに押しつぶされずに生きるためには、人を信じるしかありません。

一生涯に渡って信じ続ければ、それは自分の資質となるでしょう。

信じられるようになった魂は、周りの魂との結びつきも強くなります。

地上で受け続けた援助によって、周りの人に愛を表現したくなるでしょう。



神の叡智は完全です。

さまざまな人の目的(原因)が絡み合い、それが完璧に計算された上で、それぞれに最善の結果が生まれるように、人生の計画が立てられていると考えられます。



何故、霊界ではなく地上の経験により、資質を身に付けなければならないのでしょうか?

安全で快適でリスクを冒す必要のない霊界よりも、肉体があり不完全な地上の方が、「勇気」を出さなければならない局面に恵まれています。

お互いが分り合えている霊界より、肉体があり相手の想いが分からなくなる地上の方が、「信じる」ことが求められます。



ロウソクの光は、明るい陽ざしの中では、その存在は分かりません。

暗闇の中で、はっきりと分ります。

霊的な暗闇が広がる地上だからこそ、霊的に大切なものが光り輝き出し、目覚めた魂が見つけることができます。