昔の私が「何のために生きているの?」と、誰かに質問されたのならば、答えられなかったでしょう。
答えを知っている人がいれば、教えて欲しいと尋ねたかもしれません。
今、同じ質問をされたのなら、迷わず「成長するため」と答えます。
生まれて来た目的も、生きる目的も、その1点に集約されます。
死の後も生命は続いています。
この世界で成長して、次の世界で自分をより活かすために、今、生きています。
「どうすれば成長するの?」と質問されたのなら、「誰かのために、何かをすること」と答えるでしょう。
そして「人生で起きる出来事を乗り越えて行くこと」と付け加えるでしょう。
「何でそうなの?」と問いただされたら、「そのような決まりになっている」としか答えようがありません。
肉体的な成長と違って、霊的な成長は目に視えるものではないので実感はありません。
自分は成長しているのだろうか?と思う時もありますが、特別なことをしていなくても、少しずつ成長していると考えられます。
私たちは、生活して行くためにお金を稼がなければなりません。
そのためには、働かなければなりません。
また、家の中にも働く人がいなければ、生活は成り立ちません。
働くとは、すなわち誰かのために何かをすることです。
地上は、生きていくために、誰かのために何かしなければならないので、自然に成長するようになっていると思います。
生きていると様々な出来事が起こります。
起きた出来事は、寸毫たりとも変えることはできません。
人生が大きく狂わされる出来事や、立ち直れそうにない出来事も起きることがあります。
そこから、失意、絶望、挫折、あるいは怒りや憎しみや恨みなどの想いが生じるかもしれません。
それは、人間として自然なことだと思います。
けれども、そんな想いを抱き続けていると、人は苦しみを感じるようになっているようです。
成長を妨げているからです。
水は上流から下流に流れています。
流れの中に留まっていると、水の抵抗を感じるのと同じです。
生命は成長するように定められています。
成長を妨げているものがあると苦しみを感じるのは、自然法則(神)が生命を成長させるように働いているからです。
自然の流れに従って生きるようになっています。
今から20年前の6月8日に、大阪で大きな事件が起きました。
小学校に男が突然乱入して、児童生徒8人が殺害されました。
安全であるはずの学校で起きたこの事件は、社会に大きな衝撃を与えました。
元気に登校したはずの我が子が、冷たくなって自宅に帰って来る。
これ以上、信じがたく、理不尽なことがあるでしょうか?
まだ小さく、罪のないお子さんを失ったご家族が、どのような心境だったのか、想像すら出来ません。
突き付けられた現実に、きっと地獄のような苦しみを味わっていたと察せられます。
この事件は、犯人の自由意思によるものですが、この世を憎む霊が憑依をして、想いが増幅されて、犯行に及んだ可能性があります。
死刑の判決が下され、反省や謝罪もないまま、2004年に刑が執行されました。
肉体を失った後、今度は憑依する立場になるかもしれないことを、裁判官は知る由もありません。
ご遺族や被害者も、納得できるはずはありません。
ご遺族や被害者には、事件を忘れてはいけない、無駄にしてはいけないとの思いがあるようです。
当時7歳(小学2年生)の本郷優希ちゃんを失った、ご両親の紀宏さんと由美子さんは、そんな思いを持つご遺族です。
![]() |
| 本郷優希さん(遺族提供)産経新聞より |
その時の事を、お母さんである由美子さんは、こう語っています。
「娘は心臓を刺され、即死だったと警察から聞かされていました。でも事件からしばらくして、教室で刺された娘が、致命傷を負いながらも廊下まで逃げ出て、校舎の出口に向かって懸命に歩いていたことがわかったんです。私は娘が力尽きた現場に行き、廊下に点々と続く血の痕をたどりました。私の足で68歩分。娘はどんな気持ちだったのか、私は少しでも感じたくて、毎日毎日その廊下を歩きました。最初は「お母さん、助けて」と言っている娘の苦しそうな顔しか浮かんできませんでした。
でも痛みに寄り添っていくうちに、本当に最期の瞬間まで一生懸命生きようとした娘の笑顔が浮かんできたんです。ああ、人が生き抜く力はこんなに強いんだって、娘が命がけで教えてくれた。だから私は、ここで止まってはいけない、ちゃんと歩いて行こうと思いました。だけど、あまりにもつらいことだから、「神様、私はこの68歩分をしっかりと生きます。もし願いをかなえてもらえるなら、69歩目を娘と一緒に歩かせてください」と誓ったんです。」
苦しいときに、静かに寄り添ってくれた人たちの存在が何よりも支えとなり、自分は一人じゃないと感じることができたそうです。
自分も誰かの支えになりたいと思うようになった由美子さんは、事件から4年後、対話を通じて傷ついた人をケアする精神対話士の資格を取得したそうです。
「生きる力~愛(かな)しみと共に生きて~」というセミナーの中では、「あなたは、これだけ大変なことがあって、今こうして生きている。私はちゃんとそれを 見ているよ、見守っているよ。共にいるよ。」これが本当にうれしい寄り添いになると思う、と語られています。
そして、昨年11月に、お寺の敷地内に「ひこばえ」という、グリーフケアのための小さなライブラリーを開設しました。
講演をすれば事件のことを思い出すのでつらいでしょうが、今までに150回行って来たそうです。
どんなに行っても、ご自身の悲しみや苦しみが消えるわけではありません。
それでも続けて来られたのは、こんな悲劇が2度と起こってはならない、子供の死を無駄にしてはいけないと強い思いがあったからです。
何かをせずにはいられなかったのだと思います。
優希ちゃんは学校の先生になりたかったそうです。
この世を生きられなかった優希ちゃんのために、お父さんは子供たちのために何かをしたかったのでしょう。
子供たちに、命の大切さを伝えているそうです。
「あなたがどれだけ大切な存在か、自分が愛されていると分かれば、他人の命の尊さにも気付くはず」と、お父さんは語っています。
それは、優希ちゃん自身が、この世を生きている子供たちに伝えたいことでもあると感じました。
優希ちゃんの想いは、お父さんを通して、地上の人に伝えられていると思います。
事件から20年が経ち、今のお父さんの気持ちが新聞記事に載っていました。
ある文章のところで目が留まりました。
お父さんの魂は目覚めていて、優希ちゃんの生を確信していると思いました。
文字が小さいので、下記の切り抜きより文章を抜粋します。
「優希のどんな気持ちにも寄り添おうと思い始めてから、普通に会話が出来るようになった」~本文中段より~
「日々を重ねてこられたのは、優希さんの名前の通り「優しい希望の光」として自分の中に生きているから」~本文下段より~
あまりの悲しみのために、精神に変調を来してしまったのではありません。
生きている次元は違っても、信じることができれば、想いを交わし合うことはできるのです。
強い愛で、お父さんの魂と優希ちゃんの魂はしっかりと結ばれているのです。
![]() |
| 2021年6月9日上毛新聞より |
引用した上記の講演記録からも抜粋します。
~優希が大好きだった1年生のときの担任の先生は、4月から他の小学校に転勤していたのですが、発表会のことを聞き、優希の代わりに弾かせてほしいと言ってきてくださいました。発表会で、先生は優希の順番だった4番目に登場。プログラムにない特別演奏で、「剣士の入場、本郷優希ちゃんです」とのアナウンスを受け、ピアノを弾きました。終了と同時に、約150 人の客席から拍手が沸き、全員で黙とうをささげてくれました。
先生は演奏後、「甘えん坊の一方で愛嬌のあった優希ちゃんがまだそばにいるようで、1人で弾いている気がしなかった」と、思いを語られていました。私には、一緒に演奏している優希と、演奏後先生をうれしそうに見上げ、笑顔で寄り添っている優希の姿がはっきりと見えていました。先生の暖かいお気持ちに、感謝の思いで胸が熱くなりました。~
これ以上ない悲しみの中で、優希ちゃんは生きていることに気付かれたのです。
そして、苦しみの果てに、人は誰かのために生きていると言う真実に辿り着かれたのです。
胸を張って、笑いながら、優希ちゃんと一緒に「69歩目」を歩くために、ご両親は今生を生きています。
地上を去った瞬間、その願いは叶えられます。
神の公正は完全です。
生きる意味を見失うほどの出来事を経験しながら、誰かのために何かをしようとする想いに対し、自動的に成長と学びがもたらされます。
そのことを知っている優希ちゃんは、会える時までご両親を優しく励まし続けるでしょう。
参考ページ:「その一瞬の時のために強く生き抜く」




























