2026年3月8日日曜日

魂は不滅であり、永遠に生き続ける


「魂とあの世が存在する可能性は何%でしょう?」

こう聞かれたとしたら、迷うことなく100%と答えます。

何を根拠にと言う人がいるでしょうが、私なりの根拠があります。

それを少し書いてみようと思います。



20年前に左手から病気を癒す力が突然出ました。

霊的なことなど興味もなく、そんな力があることなど知らなかった私には驚きでした。



力の正体をどうしても知りたくなり、出会ったのが「シルバーバーチの霊訓」でした。

そこには、その力は「霊界」から届いていると書かれていました。

この世界のものではないと感じていたので、素直に信じることができました。



この本を貪るように読みました。

シルバーバーチは霊界にいる存在(魂)です。

交霊会において、参加者から受けた質問に対して、間髪入れず淀みなく答えていますが、霊媒であるモーリス・バーバネルが考えているとは思えませんでした。

何より、その答えに地上の人への慈愛が感じられます。

無知な私でも、高次の存在からのメッセージだと思いました。



私自身も霊界にいる存在からメッセージを受け取ることになります。

十数年前のある朝、起きる直前に、ある単語が心に浮かびました。

最近出会ったある人に、浮かび上がった単語を伝えなければならないと言う衝動が生まれました。

その単語を伝えてもらいましたが、それは少し前に亡くなった家族しか知らないものだったようです。



数日後、今度は手紙のような文章が伝わって来ました。

しばらくして、その単語を伝えた人が、家族を連れて私のところに訪ねて来ることになりました。

その文章が、亡くなった人からのものと保証するものは何もありません。

間違っていたら人間性を疑われかねませんでしたが、「根拠のない確信」がありました。



霊界にいる人の想いを感じながら、その文章をお伝えしました。

伝え終わると、ご家族は号泣されていました。

どうして泣いているのだろうと、不思議な気持ちになったのを覚えています。

ご家族もそうだったでしょうが、私自身も死んでも人は生きていると、実感することになります。



霊界の計らいを感じた出来事がありました。

16年前、義父が亡くなりました。

仲の良かった義母は憔悴し、心ここにあらずと言った状態となり、子供たちは心配しました。

半年くらい経った頃でしょうか、亡くなった義父の魂に意識を合わせ、「(義母に)何か伝えたいことはありますか?」と問いかけてみました。

返って来た答えは「早くこっちへ来い」でした。

義母まで逝ってしまうような気がしたので、戸惑いました。

けれども、託されたものと考え、伝えました。



それから数か月して、義母が末期のガンであることが分かります。

家族の誰もが少しでも長く一緒にいたいと思っていましたので、遠隔ヒーリングを行うことにしました。

効果があったのかは分かりませんが、医者の予想に反して生き続けてくれました。



ついに向こうに逝く時が来ました。

その日は、奇しくも義父母の結婚記念日でした。

再び結ばれたうれしさでいっぱいだと感じたのは、私だけではないと思います。



余談ですが、付き添っていた妻の話によると、病床の義母は義父が来ていると言っていたそうです。

遠く離れたところに住んでいて、普段は一緒にいられなかった妻の気持ちを察して、早く迎えてやりたい想いを抑えて、もう少しこの世にいるように義父が促していたと考えています。



同時に、友人の奥さんに向けてヒーリングも行っていました。

新居を建築中であり、そこでの暮らしを楽しみにしていた矢先に、ステージ4のガンの宣告を受けました。

脳に転移して予断を許さない状態にもかかわらず、一時退院して完成した新居でしばらくの間、家族と過ごすことができました。

30代の若さで逝く時が訪れますが、その日は友人の誕生日でした。

友人がどう感じたのか分かりませんが、いなくなっても忘れずにいて欲しいというメッセージのように思えました。



もちろん、二人が逝く日を選んでいたわけではありません。

偶然ならば、この記念日に逝く確率は、(単純に計算しても)5万分の1以下です。



家族にとって、言葉を超えたメッセージとなっています。

私にとって、この世の人を想う霊界の人たちの計らいを、強く感じた出来事になりました。



このような偶然とは考えられない出来事を、いくつも経験しました。

魂が存在していなければ説明することのできない出来事を、いくつも経験しました。

それらの積み重ねによって、否定する気持ち、疑う気持ちは全くなくなりました。




人間は疑い深い動物です。

目の前で証拠を見せてもらわないと、信じない人たちはたくさんいます。



そんな人たちに、「愛は存在していますか?」と質問してみたいです。

誰かに愛された経験、誰かを愛した経験がある人ならば、「存在している」と答えるでしょう。



続けて「存在しているのなら、その証拠を見せて下さい」と言ってみたいです。

返答に困り、「それはできない」と答えるでしょう。



そして「証明できない愛の存在は肯定しているのに、証明できない魂の存在をどうして否定できるのですか?」と問いかけてみたいです。

さらに返答に困ってしまうと思います。



愛も魂も、物質的次元の存在ではないので、科学的に証明することはできません。

けれども、存在しているのです。 



        

愛は、魂から放たれている最も波動の高いエネルギーです。

放たれた愛を感じているのも魂です。

魂が存在しなければ、愛は存在せず、感じることもありません。



魂の存在を信じられない人は、証明されていないからではなく、信じるに足るような経験をしていないだけです。

どんな人でも、自分が実際に経験すれば、信じるようになります。



魂や霊界の存在を信じることによって、この世を生きている意味、死の意味について理解できるようになります。

霊界で経験できないことを経験し、大切なことを学び、魂を成長させるために、この世を生きています。

寿命が来て、霊界に移行するための自然現象が死です。



「存在すると信じて、間違っていたらどうするのか?」と言う人もいるでしょう。

もし魂や霊界が存在しなかったとしたら、死んだら無になり、意識はなくなります。

信じていたのを後悔することも、騙されたと憤慨することもないので、心配はありません。



私がこれまでに経験してきたことが夢幻でない限り、精神がおかしくない限り、死んで無になることはないと断言します。

「魂は不滅であり、永遠に生き続ける」

これが真実です。