2026年5月3日日曜日

自分で決めて来た人生を歩みながら学んでいる


人生には計画(ブループリント)がある。

そう思ったのは、約20年前に起きた3つの出来事からです。

6月のある朝、ヒーリングの力が手から出ているのに気付きました。

そして、霊的真理(シルバーバーチの霊訓)に出会いました。

しばらくして、今までに経験したことのない苦難が起こりました。

人生を変える大きな出来事が、わずか1ヶ月の間に立て続けに起きたので、鈍感だった私も偶然ではないと思いました。



望んでもいなかったヒーリングの力がこの時に発現することは、生まれる前に決まっていたと思います。

力が出た直後に霊的真理に出会えたのは、霊界の導きによるものです。

降りかかった苦難は、霊的真理を受け入れるために必要でした。

3つの出来事が密接に関わりながら起きていて、どれ1つが欠けたとしても、今の自分はなかったと思います。



「計画された人生を歩んでいる」

この真理を確信を持って伝えるために、自らがこのような経験をする必要があったと考えています。


人間には、成長したいという根源的な欲求があります。

もしなければ、苦労の多い地上に生まれる必要はなく、居心地の良い霊界でずっと過ごしているでしょう。

地上しかできない経験を通して、自分に足りない霊的な資質を手に入れて、魂を成長させるために生まれて来たと考えられます。

もし(霊的な資質の1つである)寛容さが足りないと自覚した人がいれば、それを手に入れるために、自分とは違う人と暮らさなければいけない環境に生まれ、許すことを強いられる出来事が起きる人生になるかもしれません。



人生の計画が立てられた時に、その環境に生まれて、その出来事が起きることを、自分の意志で決めていたはずです。

思念(意志)は具現化します。

その意志に因果律が働いた結果として、出来事が具現化すると考えられます。



もし、人生が偶然に支配されていたらどうでしょう?

自分の成長にとって必要な出来事が起きるのは、運任せになります。

何回地上に生まれたとしても、経験できるとは限りません。

既に経験した出来事が、重複して起きるかもしれません。



無限の愛、無限の叡智によって、人生の計画が立てられます。

そこに成長に必要な出来事が、組み込まれると考えられます。

最善のタイミングで、最善の出来事が起きることで、効率良く、短い期間で、霊的な学びが得られ、足りなかった資質を手に入れることができると考えています。

ただ、地上に生まれると、そんな計画があったことなど忘れてしまいます。

最悪のタイミングで、最悪の出来事が起きたと思うかもしれません。



人間には自由意志が与えられています。

計画に従って起きた出来事を、どのように捉えて、どのような行動をするのかは、本人に任されています。

運命や人生を嘆き続けてしまったのなら、そこから大切なことを学び取り、成長することはできません。

感情に支配された、何も残らない人生となってしまいます。



霊界に行くと、人生を振り返る時が訪れます。

あの出来事には、こんな意味が隠されていたのかと知って、驚く人もいるでしょう。

生まれる前に決めていたのと、違う生き方をしてしまい、予定されていた学びや成長ができなかったことを知ったのなら、後悔することになります。



どう捉えるのかは自由です。

ですが、自由には責任を伴うことを忘れてはいけません。

後悔が大きければ、もう一度地上に生まれて、同じような出来事を経験して、学び直すことになるかもしれません。



偶然はありません。

自分にとってどんな意味があるのかを、自分自身に問い質してみる必要があります。

おぼろげながら、その意味が見えて来る時もあるでしょう。



全く分からないのであれば、過去生に原因があるのかもしれません。

出来事の意味が分からずに、苦しんだり痛みを感じる日々がその人にとって必要であり、計画されていることがあります。

そうであれば、苦しみや痛みを享受し終わったのなら、その出来事から解放されるはずです。



学んでいない(知らない)ことから生れる苦しみがあります。

もし私が霊的真理に出会わず、因果律の働きを学んでいなかったのなら、20年前に出来事が起きた時も、何で自分だけがと不満や怒りが生まれ、苦しんでいたでしょう。

つらい日々に耐えられたのも、乗り越えられない苦難は決して起きないことを学んでいたからです。



大切な人を失って、もう2度と会えないと思うと苦しみが生じます。

魂(生命)は不滅であり、また会えるという事実を知ることで、その苦しみは和らぐでしょう。



傷つけられたり、貶められたりして、その人が何の罪にも問われなければ、理不尽さや怒りから苦しみが生じます。

霊的な罪が問われ、同等の苦しみや痛みによる償いをすることで、完全な公正が保たれていることを知れば、苦しみは和らぐでしょう。



シルバーバーチの霊訓にはこうあります。

「ある段階以上に進化すると、憎しみを抱かなくなります。苦しみを感じず、幸せばかりを感じるようになります。難しいことですが真実です。」

多くを学んでいる魂ほど、憎しみに代わって哀れみを抱くようになります。

神性が発揮されることで流れ込む愛によって、苦しみではなく幸せが感じられるようになると考えられます。




どんな出来事が起きたとしても、苦しみとして感じられなくなった人は、地上に生まれて学ぶ必要がなくなり、霊界で成長して行くことになると思われます。