この世界を、たった1人で生きているのではありません。
家族がいなくても、友達がいなくても、決して1人ではありません。
目には見えませんが、傍で一生涯に渡って守り導いている存在(守護霊)がいます。
シルバーバーチの霊訓には、こう書かれています。
「受胎の瞬間から、時にはそれ以前から、誕生してくる魂を守護する霊が付き添います。”神がそなたの管理を配下に天使に託し、諸事にわたり配慮させ給う”という『祈祷書』の言葉は、文字通り真実です。その霊は、あなたが死の関門を通過してこちらへ来るまで、能力の限りを尽くして守護してくれます。」
地上でしかできない経験をするために、私たちは生まれて来ました。
楽しい経験ばかりであれば良いのですが、そうは行きません。
苦しい経験や悲しい経験、痛みを伴う経験、時には逃げ出したくなるような出来事も経験することになります。
霊的な眼が閉ざされている地上の人が、予定されていた方向へと進んで行くように、守護霊は導いています。
地上の人が、経験を通して学び成長することで、守護霊としての役割りを果たしています。
守護霊の他にも、地上の人に親愛の想いを持っている霊たちがいます。
地上で親だった霊は、生前と同じように、子供たちのことを気にかけているでしょう。
亡くなった子供たちは、今もお母さんやお父さんや兄弟が大好きです。
この世に生まれた目的、別れの目的を果たすよう、励ましたり、勇気付けたり、時に慰めたりしているでしょう。
霊的に結ばれていた者同士であれば、死んでもその関係は失われていません。
愛は魂を引き付ける力です。
互いの愛によって引き付けられて、傍に寄り添い、可能な限りの援助をしているでしょう。
話は変わりますが、作曲家が「メロディーが降って来た」、作家が「言葉が降りて来た」と語っていることがあります。
それは、同じ志を持つ霊界の存在からのインスピレーションを、地上の人が受け取った瞬間の様子を表現しています。(当事者は自分の才能だと思っていることが多いのですが…)
シルバーバーチの霊訓には、次のように書かれています。
「精神と魂に宿されているものは何1つ失われません。それは霊的であり、無限であり、霊的で無限なるものは絶対に無くならないからです。その魂と精神に宿された資質はその後も生長し、広がり、発達し、成熟していきます。そうした霊性を宿しているからこそ、こちらへ来てしばらくすると、地上の人間たちに何か役立つことをしたいと思うようになるわけです。やがて自分と同質の人間を見出します。あるいは見出そうと努力しはじめます。地上で詩人だった人は詩人を探すでしょう。音楽家だった人は音楽家を探すでしょう。そして死後に身に付けたことの全てを惜しげもなく授けようとします。」
1915年11月、後にイギリスの首相となるチャーチルは、ある将軍と落ち合うことになっていました。
泥だらけの畑を進んで目的地に到着しましたが、待てども将軍は来ませんでした。
来ないという知らせを受けて、腹を立てながら元いた場所に戻りましたが、そこはドイツ軍の爆撃を受け破壊されて、多くの人が死んでいました。
このような九死に一生を得た経験を何度かしたそうです。
「より高次の存在が自分により大きな運命を用意している(ので救ってくれた)」とチャーチルは語っています。
後に、歴史的に重要な役割りを果たすことになる彼を、霊界にいる存在がインスピレーションを伝えて救っていたと考えられます。
特別な人物でなくても、胸騒ぎがしたために行くのをやめて難を逃れたという話は良く聞きます。
先のこと(結果)が視えている霊界の存在が、行きたくなくなる衝動を起こさせるインスピレーションを伝えて、回避させていたと考えられます。
私自身も、自分の思いとは明らかに違う衝動が生まれた時があります。
それに従って行動したところ、予想もしなかった事態に発展しましたが、それをきっかけにしてある人との間に縁が生まれて、霊的奉仕につながった経験があります。
後になってから、その衝動は霊界の存在からのインスピレーションにより生まれていて、目的(霊的奉仕)に向かって導かれていたことに気付きました。
自分の考えなのか、霊界の存在から伝わったインスピレーションなのか、判別するのは容易ではありません。
インスピレーションは、言葉を超えた想いや概念として、突然伝わって来ることが多いです。
そのために地上の人は、「気のせい」や「思い付き」として片付けてしまうことがほとんどです。
「いるのなら、もっとはっきりと分る形で示して欲しい。」
そう思う人も少なくないと思います。
理由があって、はっきりと分らないようになっていると考えています。
AIが瞬く間に普及し、利用しない日はありません。
膨大な情報を基に、瞬時に合理的な判断をしてもらえるようになりました。
自分の考えよりも、AIから提示されたものを信用する人も多いでしょう。
人生には、さまざまな局面があります。
1つ1つの局面で、どのような行動を取るのかを決めなければいけません。
もし、霊界の働きかけ(導き)がはっきりと分るようになったらどうでしょう?
霊界の存在は、地上の人より先を見通せていて、視野もはるかに広いです。
AIと同じように、どのような行動を取れば良いのかを、霊界の判断に任せようとする人は少なくないでしょう。
けれども、霊界の存在に決めてもらうことはできません。
地上の人が決めることに、霊界の存在は干渉もできません。
地上の人が決めて、地上の人が責任を取るようになっています。
はっきりと分からないようになっているのは、そのことを知らない地上の人が、霊界の存在に頼ったり、依存させないための、配慮だと考えています。
霊界の存在は、地上の人がどう決めて、どう行動するのかを、じっと見守っています。
予定されていた方向に進んで行く、あるいは成長が促される行動を取ったのなら、我がことのように喜んでいるでしょう。
もし、霊界の存在が決めてしまったら、自由意志を奪ってしまうことになります。
地上の人の決断と行動に、人間としての真価が問われているのです。
他にも不都合なことがあります。
愛する人を亡くした人は、もう1度会うことを強く望んでいます。
もし、はっきりと分ったのなら、霊界にいるとの確証を得たことになります。
会いたい衝動を抑え切れずに、自らの意志で霊界に行ってしまう人もいるでしょう。
会うことのできない日々の中で、大切なことを学び成長することが、生まれる前に約束していたことかもしれません。
もしそうであれば、自分でした約束を、自分で破ってしまうことになり、相応の代償を払うことをになります。
そんな過ちを犯さないための配慮だと考えています。
守り導いている存在がいるのは確かです。
ただ、地上の人はまだ霊的に未熟なので、はっきりと分らないようになっていると考えられます。
シルバーバーチの霊訓には、こうも書いてあります。
「その関係は、あなたがその事実(守り導いている存在がいること)を知っているほど行き届いたものになります。まったく知らずにいると、何かとやりにくいものです。守護霊は1人ですが、それを補佐する指導霊が何人かいます。あなたの人生にどういうことが待ち受けているのかは、守護霊には分かっていますし、そのことに関して勝手な干渉は許されません。誰の守護霊になるかについての選り好みも許されません。」
守護霊を始めとする霊界の存在が望んでいるのは、信じてもらうことです。
それによって、霊的なつながりが深まり、地上の人を導きやすくなるからです。
首尾よく期待していた通りの方向に進んで行くことができたのなら、そこからは地上の人を励まし、勇気付けるような想いを伝えて、目的が果たされるまで援助を続けるでしょう。
私たちに求められているのは、霊界の存在に守り導かれていると、心から信じることです。
その事実を知った人は、感謝の想いを忘れてはならないと思います。
見返りなど求めていませんが、信じてもらえているという確かな証になるからです。

