2019年9月15日日曜日

この人生で終わりではない



私は50代の後半になりました。

年を取るのに従い、肉体の衰えを感じます。

ちょっと悲しいですが、これも自然の摂理です。



肉体の衰えが限界に達した時に、人は死を迎えます。

それが何時なのか、大体は決まっていますが、知ることは出来ません

死んだ後、どうなるのかも、知ることは出来ません。



もし、死んで終わりになるのであれば、こう考えてもおかしくありません。

人生なんか意味はない。

どんな生き方をしようと関係ない。

所詮、無になってしまうのだから。

たった1度きりの人生。

たくさんのお金を稼いで、好きなことをするのが最高の人生。

苦しいことなど、何の得にもならないので逃げてしまおう。

自分さえ幸せならば、それで良い。

神様なんていないので、ばれなければ悪いことをしても構わない。



けれども、そう思っていない自分がいて、こう言っているようです。

金持ちになり、好きなことだけをしていても、幸せにはなれない。

苦しくても、逃げたくはない

自分さえ幸せならば良い、それは間違っている。

ばれなくても、悪いことはしたくない。



確かに、好きなものを食べて、好きなものを買って、好きなところへ行っても、一時は幸せな気持ちになれますが、ずっと心が満たさるわけではありません。

苦しいことから逃げてしまうと、後で後悔します。

自分さえ幸せならば良いと言う考えは、利己的で好ましくありません。

悪いことをすると、良心の呵責に苛まれます。



どうして、心の中にそんな思いが生まれて来るのでしょうか?

頭で考えて、そう思っているわけではなさそうです。



人は肉体だけではなく、精神が存在しています。

そして、精神の上位に魂が存在しています。

地上の人は、肉体と精神と魂(霊)の複合体です。

魂から生じた思念が、精神に反映されて、肉体を媒体として表現され、具現化しています。

人の本質は魂です。



魂に課せられている宿命は、成長です

この世に生まれて来た目的も、魂を成長させるためです。

逃げてしまうと後悔するのは、成長する機会を逃してしまうからです。



人生で遭遇する出来事は、全て自然法則の働きによって生じています。

自然法則は、無限の叡智、無限の愛によって創造され、不備は一切なく、その働きは完璧です。

自然法則の働きにより、宇宙の秩序が保たれています。

そして、自然法則の働きにより、宇宙は進化しています。



生命の進化とは、知性(頭脳)の発達ではなく、霊性の向上です。

魂が成長して、より多くの神性が発揮されるようになることです。

自己を犠牲にして他者に愛を表現すること、そして自己に打ち克ち困難や障害を乗り越えることで、魂は成長て行きます。



進化させる目的を持って自然法則が創造されたのであれば、自然法則の働きによって起きた出来事は人を進化(成長)させているはずです。

つらく、苦しく、逃げ出したくなるような出来事であっても、私たちを成長させるために起きているはずです。

成長させる目的があるのならば、乗り越えられない出来事が起きるはずはありません。

出来事が起きた時点で、乗り越えられることが、無限の叡智によって保証されていることになります。



乗り越えられないと思っているのは、この世で作り上げて来た自分(自我)です。

自我は、この世で自分(魂)を表現をするために存在していますが、肉体と密接に関係していて、地上の環境から自分を守るために、安全で楽な方向に進んで行こうとします。



本当の自分(魂)は、成長をするために乗り越えようとしますが、自我は安全で楽になる方向に進んで行こうとするので、両者の間で葛藤が生まれます。

どちらが主導権を握るかで、進んで行く方向が決まります。

逃げるように囁いている自我に打ち克って、覚悟を決めて一歩前に進んで行くのが正解です。

そうすれば、必ず乗り越えられるので、迷わずに前に進んで行きましょう。

起きることの全ては、成長するかけがえのない機会となっています。



苦しみから逃げれば良いはずなのにそうしたくない理由は、魂が成長することを希求しているためと考えられます。

つらくても、苦しくても乗り越えようとするのは、その過程において魂が成長するからであり、この世に生まれた目的を果たそうとしていると考えられます。



利己的になったり、わがままはいけないと思うのは、理屈ではありません。

自分のことだけを考えて生きていても、人は成長しません。

人を蹴落としたり、傷つけてしまえば、それは自然法則に反した行いになり、償いが生じてしまいます。

人や社会や動物の悦びのために何かをすることで、魂は成長します。

そのことを、本当の自分(魂)は承知しているので、自分だけが幸せになろうとはしないと考えられます。



悪いことをしようとすると、心の中の何者かが止めさせようとしています。

それが良心です。

良心とは、魂に内在している神です。

良心を無視して実行すると、神の忠告を無視したことになり、自然法則に背いて罪を犯していることになります。

罪を犯してしまったのならば、相応の苦痛による償いが必要になります。

そして、償いをしている間は、成長は許されません。

悪いことをしてはいけないと思うのは、魂に内在する良心の働きによるものであり、それを無視して行動に移すと、自然法則に背いたために償いが必要となり、成長が出来なくなるからです。



人生は、誰一人として同じではありません。

同じ人間なのに、何故ここまで違うのかと、不満を感じてしまう時があるかもしれません。

自分(魂)には、いろいろな側面があります。

成熟しつつある側面、未熟な側面もあり、人それぞれ違っています。

この世の人生で、未熟な側面を通して自己表現をすると、苦しみや痛みを伴う結果が生じます。

人は誰しも、苦しみや痛みを味わいたくありませんので、未熟な側面を変えて行くしかありません。

未熟な側面を変えて行く過程が、地上で繰り返されて、魂は少しずつ成熟(完成)して行きます。

人から教えてもらって変えるのではなく、自らが苦痛の経験によって、自然法則の働きを学ぶことで、変わって行きます



魂の1側面である、寛容さが足りない人がいたとします。

寛容さが足りないと、周囲の人や出来事が許せなくなり、そのために怒りが生じます。

その想いは、神の心に反しているために、自分の中に苦しみが生れると同時に、因果律の働きにより、周囲から自分が許されなくなり、その苦しみも味わうことになります。

苦しみによって、自分に足りないものに気付き、寛容さを身に付けながら、魂は成長して行きます。



死んだ後も、生命は続いています。

次に赴く霊界においても、引き続き魂は成長し続けます。

霊界には同類の魂しか周りにいません。

煩わしい肉体もありません。

人間関係で苦しんだり、病気になることもなく、地上的な苦痛が完全に取り払われています。

平和で快適な世界ですが、そんな世界で自分を変えるのは難しいのかもしれません。

人は成長して行かなければならない宿命があります。

再び地上に生まれて、霊界にはない苦痛の経験を通して、自然な形で自分が変わって行くと考えられます。


人は目的を持って、この世に生まれて来ます。

共通しているのは魂の成長です。

自分に課した目的を果たすために、それぞれが相応しい経験をしています。

それぞれ目的が違うので、違う人生になるのは当然です。

従って、他者の人生と比べても全く意味がありません。



苦難が多い人生は、不幸な人生ではありません。

苦しければ苦しいほど、自分が大きく変わり、成長します。

大きな負荷がかかり、心身はきしみ、悲鳴を上げますが、その負荷こそ自分(魂)を変えて行く原動力になります。


限界は存在しません。

揉まれて、しごかれて、どん底に突き落とされて、魂が目覚め、これまでにない大きな力を出した瞬間、魂は成長しています。

自分の限界が拡がり、表現する力がより強くなっています。

絶望的で悲惨な状況になっている人を見て、世の中の多くの人は不幸な人として、哀れんだりします。

しかし、それは見当違いかもしれません

記憶にはありませんが、大きく成長する人生を選んでいる、あるいは償いを自分に課している可能性が高いからです。

地上の苦しみは、霊的な成長として報われることで、完全な公平、公正が保たれています。

この世の人生が終わった後に、大きな成長と学びを手にした深い悦びを味わいながら、偉大な存在に感謝するはずです。



心身に大きなハンディーキャップを持っている人がいます。

当然のことながら、生きて行くのに常に困難が付きまとい、周囲の援助が必要になります。

逃れることができないので、生きているだけで、魂は着実に成長しています。

肉体から解放された瞬間、自由に表現出来る大きな悦びを味わい、今度は思う存分、周囲に奉仕をして返すようになるのかもしれません。



この人生で終わりになるのであれば、生まれて来た意味を見つけるのは困難です。

消えてなくなってしまうのかもしれないのに、人は正直であろうとし、目標に向かって努力し、苦しみや悲しみに必死に耐えて生きようとしています。

その事実こそが、この人生で終わりにならないこと、自分を成長させるために、この世に生まれて来たことを証明しています。













2019年9月1日日曜日

うつ病は薬では治らない


私は歯医者をしています。

毎日のように虫歯の治療をしていますが、時々無力感に襲われることがあります。

それは、歯ブラシをしていない患者さんの治療をする時です。

ご存知のように、虫歯や歯周病の原因は口腔内にいる細菌(プラーク)です。

患者さんが歯ブラシをして、口の中にいるプラークを取り除いてもらわないと、治療をしても虫歯は再発します。

言い方を変えると、プラークを取り除けば原因は除去されるので、虫歯にはなりません。

もし、全ての人が丁寧に歯ブラシをして、砂糖の入った甘いものを食べなければ、虫歯は激減するでしょう。

治療に入る前に、歯ブラシの指導を十分にして、原因を取り除く努力をしてもらうのが何よりも大切ですが、虫歯になる人が後を絶たないのは、指導が足りていないからなのかもしれません。



治療をする前に、患者さんの全身状態を問診しますが、最近、高血圧症と申告する人が多くなったような気がしています。

高血圧症の基準が厳しくなったこともありますが、高齢者ではなく50代の人も珍しくありません。

昔は、血圧が高くなると、医者から塩分を摂り過ぎないように注意されて、体重を減らすように言われていたと記憶しています

今は、すぐに降圧剤が出されるようです。

煩わしい運動療法や食事制限よりも、手っ取り早く血圧が下がれば、患者さんにとっても良いのかもしれません。

しかし、根本的な原因は何も解決されていないので、本当に健康なったとは言えません。



現代医学は、病気の症状を改善するのに精力を傾けているように感じるのは、私だけでしょうか?

症状は改善しても、原因が取り除かれなければ、病気は治ったと言えません。

虫歯になったり、血圧が高くなったりするのは、誤った生活習慣があることが多いと考えています。

何かが自然法則に反しているために病気になったのであり、それを改めることが全てにおいて優先されるはずです。



夜、眠れないのは、つらいものです。

個人的には、昼間のストレスや悩み事が、不眠の原因になっていることが多いと考えています。

現代社会では、ストレスから解放されるのは難しいと承知していますが、不眠を解消するには、ストレスを軽減したり、上手く発散することが重要と考えられます。



2000年頃ですが、ある製薬会社が「うつは心の風邪」と大々的にキャンペーンを行いました。

コマーシャルが頻繁に流れたこともあり、元気がなくなったり、眠れなくなると、精神科を受診する人が多くなったようです。

そこで、うつ病と診断されて、抗うつ剤や睡眠薬が処方されるのが一般的になったようです。



昼間の生活に支障が出ていれば、薬の力を借りてでも眠って、心身を休める必要があるかもしれません。

しかし、原因を取り除かない限り、いつまでも薬に頼らなければいけなくなります。

海外の研究では、睡眠薬を飲み続けると約4分の1が依存症になるそうです。

また、耐性が出来てしまい、より多くの量が必要になってしまうのも、薬の怖いところです。

薬を飲むのを止めようとして、離脱症状に苦しむ人のブログを拝見していますが、想像している以上のつらさであり、人生を狂わされてしまった人も少なくありません。



現代医学は、唯物的な考えに立脚しています。

対象としているのは目に視える身体です。

目に視えない精神(心)については、未知の領域と言っても過言ではありません。



精神は大脳の活動から生まれると、ほとんど人は思っています。

しかし、大脳の活動で作り出されるものではありません。

1人の人間は、肉体と精神と魂(霊)により構成されています。

精神は自己の本質である魂(霊)が投影され、肉体から入って来る情報によって統合されて、作り出されると考えられます。

魂(霊)と肉体の中間に存在するものであり、両者の影響を受けて絶えず変化しながら、活動していると考えられます。


それでは脳はどんな役割をしているのでしょか?

脳は肉体の一部であり、肉体(五感)から来る情報を処理すると共に、精神から出される指令を電気的信号に変えて肉体を動かしていると考えられます。

物質的な脳から、非物質的な精神は生まれません。



花を見て、美しいと感じたとします。

花を見ているのは、もちろん目です。

網膜で画像が結ばれて、精神によって認識されています。

そして、美しいと感じているのが魂です。

魂は霊的次元の存在であるために、美しいと言う言葉自体は存在しません。

魂で生じた抽象的な思念や概念が、精神の働きによって「美しい」と言う言葉が見つけ出されて、地上的表現として置き換わります。

ちなみに、動物は霊的に未発達なために、美しいと言う概念は存在しません。



話は変わりますが、食事を1日取らないと、エネルギー不足で身体活動は低下してしまいます。

しかし、精神活動には、それほど影響することはありませんので、食物から摂る栄養が精神活動のエネルギー源でないことが判ります。

それでは、どこから供給されているのでしょうか?

精神の上位にある魂から供給されていると考えられます。

魂から霊的なエネルギーが伝わり、それが精神的次元のエネルギーに変換されて活動をしていると考えられます。

エネルギーとは生命力です。

生きる気力が充実している時、自信に満ちている時には、魂にエネルギーは多く供給されます。

逆に、不安や恐怖、心配等があると、エネルギーの流れを妨げてしまいます。



強い不安や恐怖や心配があると、供給されるエネルギーが低下して、消費しているエネルギーが上回ってしまう時があります。

また、供給されるエネルギーは変わらなくても、消費しているエネルギーが増えてしまう時もあります。

長時間に渡って思考をしたり、強い感情が生じ続けると、多くのエネルギーが消費されます。

供給より消費が大きくなり、バランスが崩れてしまうと、脳の活動を低下させたり、感情が生じるのを抑えることにより、(精神で消費するエネルギーを減らして)均衡を取り戻そうとします。

の時の状態が「うつ病」あるいは「うつ状態」と考えられます。

病的な状態ではなく生理的な反応であり、精神が破綻を来さないための安全装置のような役割を果たしていると考えられます。



情はどこで生まれるのでしょうか?

快、不快と言った反応は脳内で生じるようです。

特定の物質を血液に注入すると、快感を得ることが出来ますが、その時、精神は全く関与していません。

精神で悦びを感じて、脳は快感を感じる物質を分泌していると考えられます。

しかしながら、怒りや悲しみなどを引き起こす物質は見つかっていませんので、感情は脳ではなく、精神で生じていると考えられます。

感情が生じる時に、精神でエネルギーが消費されていると思います。



精神で思考をしている時に、脳は活発に働いています。

脳の活動をコントロールしているのが、神経伝達物質です。

代表的な神経伝達物質の1つにセロトニンがあり、感情のコントロール、精神の安定にも深く関わっています。

うつ病になるとセロトニンの働きが弱くなると言われていますが、それは脳の働きを抑えることで、精神で消費しているエネルギーを減らすためであり、自然の摂理の働きによるものと考えられます。

脳の働きが抑えられ、昼間の情報や問題を処理し切れなくなると、夜眠れなくなってしまうかもしれません

その現象(症状)は、人間にとって不快かつ不都合なので、何とかして解消しようとして、多くの人は医者を訪ねます。



うつ病は脳の病気ではありません。

しかし、医者が処方するのは、脳に働く抗うつ薬です。

その代表的なものとして、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)があります。

薬の作用により、脳内のセロトニン濃度は上昇し、脳の活動は再び高まり、心身に起きている現象(症状)は軽減します。



身体が疲労を感じたら休ませることが出来ます。

それでも、休みなく身体を動かし続けたらどうでしょう?

体力が限界に達したら、倒れてしまいます。

精神に身体のような感覚器はないので、疲労を感じません。

意識的に精神を休ませることが出来ないので、自然法則の働きによって、強制的に休ませることになります。

神経伝達物質を介して、脳の働きが弱められ、精神で消費するエネルギーが抑えられています。



しかしながら、現代医学では脳内でセロトニン(神経伝達物質)の働きが弱まった結果として、うつ病(状態)になると考えています。

そして、抗うつ薬を投与して、脳の働きを再び強めようとします。



狭心症の人が胸の痛みを感じているのに、ニトログリセリンを服用し症状を消して、心臓に負荷をかけ続けたら、どうでしょう?

心筋梗塞に移行する危険性があります。

身体に痛みが出ているのに、鎮痛薬により誤魔化して酷使し続けたらどうでしょう?

組織が損傷してしまう危険性があります。

精神が疲弊しているのに、薬によって無理に活動をさせ続けたらどうでしょう?

ブレーキを踏んでいるのに、同時にアクセルを踏んでいるようなものです。

破綻してしまう可能性があります。



抗うつ剤によって、脳の活動は再び高まるため、精神で消費するエネルギーのバランスを保つために感情の働きが強制的に抑制されます。

様々な想い(思念)が魂で生まれていますが、精神で感情として顕在化せずに、溜まって行きます。

溜まった想いが限界を超えると、理性的な思考を経ないで、肉体で表現されてしまう可能性があります。

衝動的に死にたくなったり、攻撃的になったりするのは、そのためだと考えられます。




下のグラフは自殺死亡者数の推移です。

平成10年(1998年)に死亡者数が顕著に増加し、その後も高い水準で推移しています。

尚、自殺者の90%近くが、死亡前1ヶ月以内に精神科を受診しており、65%が1年以上の通院しています。



下のグラフは雑誌からの切り抜きですが、うつ病の患者数と抗うつ剤の市場の推移です。

1998年を境に、うつ病患者数が右肩上がりに増えています。

それに伴い、市場規模が拡大していますが、売り上げの大部分をSSRIが占めていると考えられます。



これらの事実から類推すると、霊界が憂うような、利己的で罪深いことが起きているように思えてなりません。

薬を飲むと深刻な副作用が現れる可能性があることを、私たちは知っていなければいけません。



それでは、薬を飲まずに、うつ症状を改善するためには、どうすれば良いのでしょうか?

「リズム運動」と「太陽の光」、「スキンシップ」という3つの要素によって、セロトニンは活性化されるそうです

「リズム運動」は、良く噛んで食べること、散歩するのが良いそうです。

「太陽の光」は、太陽の陽の下で過ごす時間を日常的につくることが大切だそうです。

「スキンシップ」は、顔と顔を会わせたフェイストゥフェイスの情動的コミュニケーションが効果的だそうです。

これらの行為を、ただ漫然と行うのではなく、「集中」して「継続」して行うのが非常に重要だそうです。

また、専門機関を受診して、カウンセリングなどの心理学的な療法を受けるのも有効と考えられます。



そして、精神で消費されているエネルギーを少なくするように努めましょう。

少なくするためには、頭をあまり使わない、心が穏やかでいられる環境で過ごすことが何よりも大切です。

最も避けたいのは、抗うつ薬を飲み続けながら、頭を酷使し、激しい情動が生まれる環境に居続けることです。

環境を変えるのは、決して容易ではありません。

しかし、環境が原因でうつ病になった可能性が高いのであれば、思い切って変えてみる必要があります。



薬を飲んだ後に、うつ病(状態)が治った人がいるかもしれません。

それは薬によって治ったのではなく、供給と消費のエネルギーのバランスが改善することで治ったと考えられます。

精神へのエネルギーの供給を増やすことによって、バランスを改善させることが可能と考えられます。

人や動物や社会のために何かをする、換言すれば他者に愛を表現することで、魂は霊的なエルギーを多く取り入れることが出来ます。

魂から精神へと、より多くのエネルギーが供給されてバランスが改善すれば、正常な状態に戻ることが出来ます。



うつ病になったのは、本当の自分(魂)を目覚めさせ、生き方や考え方を改めるためかもしれません。

追い込まれないと、人は変われません。

今の生き苦しさは、自分を変えるためにあります。

自分本来の、力まない自然な生き方をするようになれば、うつ病は癒されると思います。