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2026年4月12日日曜日

戦争が起きる1つの理由



上の写真は、アルテミス計画で月に向かう宇宙船の窓から見た地球です。

漆黒の宇宙空間に浮かぶ地球は、美しいオーラを放つ、1つの生命体のように感じられます。



月面に立ったある宇宙飛行士は「宇宙から地球を見た時、圧倒的な一体感を感じた。すべてがつながっているという体験だった。」と語っています。

地上と隔絶された環境に置かれて、霊的な意識が高まり、そのように感じる宇宙飛行士は少なくありません。



地上にいる私たちは、目に見えるものが全てだと思ってしまいます。

肉体があるために、個別に存在しているように見えてしまい、一体感は失われます。

意識は自分に向かい、自分を中心に考えるようになります。



最近になって、○○第一主義、○○ファーストという言葉を聞く機会が多くなってきました。

自分たちのことを最優先するのは、当たり前のように思えるかもしれませんが、他者はどうなっても良いという考えにつながります。

聞こえが良くても、自己中心的であり、利己主義者の言うことのように思えます。



宇宙は自然法則によって支配されています。

その法則を、神の心が貫いています。

神の心とは、「全体を想う無限の意識」と考えています。

一字で表現するのなら「」です。



利己的な行いは、法則(愛)に反しています。

因果律の働きによって、その行いを正すような結果が生じます。

周囲との間にトラブルが起きたり、無視されるなどして、苦痛を感じて、行いを改めることになります。



国家が利己的な行動をしていたらどうでしょうか?

周囲と国との間に、不調和が生まれます。

不調和が高じると、争いに発展します。

自国だけでなく、周りの国も巻き込んで、大きな争いに発展して行く可能性があります。



神が良心となって、私たちの中に顕現しています。

法則に適った(善い)こと、法則に反した(悪い)ことは、誰かに教えてもらわなくても分かっています。

法則に反したことをしようとする時、良心は声なき声で働きかけて、止めさせようとしています。



利己的な考えに支配され、良心の声が聞こえなくなってしまった人たちによって、戦争が引き起こされています。

そんな人たちを選んだ人や、容認している人も、似たような傾向があるのかもしれません。



霊界で立てられた計画が、地上で実行に移されています。

お互いの違いを、認め合うこと、信じ合うことで乗り越えて、慈しみ合うことで、人類は1つになって行く計画が立てられていると考えています。



戦争は街を破壊し、人を傷つけるだけではありません。

長い年月をかけて築き上げて来た、信じ合う心を壊してしまいます。

人と人、国と国とのつながりを分断します。

生まれるのは、怒りや憎しみ、悲しみや嘆き、そして恐怖です。



霊界で立てられた個々の人生の計画、人類の進化の計画を狂わすものが戦争です。

神の計画の実現を、最も遅らせるものの1つです。



シルバーバーチの霊訓にはこのように書かれています。

「何千何万という人間が、何の備えもなく霊界に送り込まれている現実があります。その一人一人が休みなく私たち霊界の者に何らかの要求をしてきます。大変な数の人間が霊的無知のまま、あるいは誤った信仰を持ったままやってまいります。」

亡くなった人たちは、霊界の人たちの援助を受けて、新しい世界に順応して行きます。

戦争によって、平常時とは比べものにならないほどたくさんの人たちが、何の備えもないまま霊界に送り込まれて来ます。



そんな人たちの多くは、死んだことさえ分かっていないために、対応するのが難しいようです。

霊界の人たちは、それぞれに与えられた役割りを果たしていますが、それを中断して対応に当たっていると思われます。

地上で起きていることは、霊界にも大きな影響を与えているのです。



戦争によって、地上は不穏な空気に包まれます。

恐怖、不安、疑念、悲しみなどが生じると、霊界の人たちの地上の人たちへの接触が妨げられます。

霊界の人たちからのインスピレーションや援助を受けにくくなります。

それによって、事態がますます悪化して行く可能性があります。



国や人種や宗教は人間が精神上に作り出した概念です。

お互いを隔てるものは、どこにも存在しません。



私たちの本質は霊(魂)です。

霊的につながっていて、1つです。



この意識の欠如から戦争は起こります。

戦争を始めた人たちを宇宙船に乗せて、地上から離れた場所から地球を見せれば、(意識が変わり)少しは分かってもらえるのかもしれません。

それは無理なので、少なくても知っている者が、そのことを意識しながら生きて、伝えて行かなければと思っています。



2026年4月5日日曜日

霊界に行った子供たち


イラン南部にある小学校がアメリカ軍に誤爆され、170人以上の子供たちが犠牲になりました。

あってはならないことであり、亡くなった子供たちのご両親、ご家族の心中を想像すると胸が痛くなります。

ご存じのように、イランはイスラム教国家です。

イスラム教(シーア派)では、戦争で亡くなった子供たちはどうなると説かれているのかが気になり、調べてみました。

子供たちは無条件で天国に迎えられると言われています。

殉教者として見なされ、神に近い特別な存在として、天国で安らぎの中にいると言われています。

家族が来るのを天国で待っていて、時に導く存在になると言われています。



霊的真理に近いものがあると感じました。

生きていて、待っていてくれると信じることができれば、せめてもの救いになります。




誤爆で亡くなった子供たちは、どうしているのでしょうか?

直後は、その場に留まっていたと考えられます。

目の前に動かなくなった自分がいて、置かれている状況を全く理解できずに、混乱していたと思います。

無理やり肉体から引き離されたので、ショック状態に陥っていたと考えられます。



心配はありません。

霊界は助け合いの世界です。

ショックで茫然自失となっている子供たちの周りには、霊界の医師をはじめとして看護する人たちが集まって来ます。

その人たちから受ける献身的なケアと、降り注いでいる癒しのエネルギーによって、本来の自分を取り戻して行きます。

先に逝った肉親や知り合いがいれば、傍に寄り添って、これまでのいきさつを伝えるでしょう。



しばらくすると、ほとんどの子供が家に帰ります。

そこには嘆き悲しんでいるお父さん、お母さんの姿が見えます。

「自分はここにいるよ」と、いくら訴えても、全く気付いてもらえません。

体を叩いて教えようとしても、手が素通りしてしまいます。

家族とは違う世界にいることを、改めて実感することになります。



一人ぼっちになることは、決してありません。

子供が大好きで、愛情に溢れた人たちが付いて、不安や寂しさを和らげてくれるでしょう。

クラスメートや友達の姿も見つけるでしょう。


戦争などで、不意に霊界に行ってしまうことがあります。

亡くなった子供たちは、これから地上でさまざまな経験をする予定だったのに、それが叶わなかったので、 予期していた学びや成長ができなかったのではと考えてしまいます。



もしそうであれば、もう1度地上に戻ってやり直したいと訴える子供たちがたくさんいてもおかしくはありません。

けれども、そんな話はあまり聞きません。



神の公正は完璧です。

何の落ち度もなく、霊界に行った子供たちには、シルバーバーチの霊訓にある「埋め合わせの法則」が働いていると考えられます。



地上は肉体を介した経験によって、学び成長する場です。

私たちは何度も地上に生まれ、霊的資質を身に付けながら、向上進化して行きます。

一方、地上に1度も生まれずに、向上進化した(天使的な)存在がいると言われています。

地上での経験を必要としない、学びの方法があることになります。



子供たちに不満が生まれないのは、地上と同じ学びが、霊界でもできるためと考えています。

戦争で亡くなった子供たちに、このような埋め合わせの原理が働くことによって、公正が保たれていると考えています。


いきなり暗い海に落とされたとしたらどうでしょう。

絶望的な状況に、もう終わりだ、生きては行けないと思う人もいます。



戦争で子供を失った家族の中にも、そんな絶望を感じている人もいるでしょう。

生きて行けないと思う中で、生きなければならないほど、つらく苦しいものはありません。



愛は魂を引き付け合う力です。

生きている次元が違って、その姿が見えなくなっても、愛する者同士が離れてしまうことは、絶対にありません。



思念の世界にいる子供たちには、悲しみの本質が愛であることが分かっています。

とめどもなく流れる涙を見て、いかに愛されているのかを知ります。

地上を生きていては分からなかった愛の側面を、霊界から学ぶことになります。

そんな想いに応えて、つらい思いをしている家族に、励ましや労りの想いを送っているでしょう。



以前、このブログにコメントを送ってもらった、お子さんを亡くされたお母さんのことを思い出しました。

霊界にいるお子さんは、悲しみに堪えながら必死に生きているお母さんの姿を見ながら、たくさんのことを学んでいると伝えて来ました。



霊界にいる子供たちは、地上にいる人の傍にいて、その人が経験している出来事や想いを共有しているようです。

共有することによって、地上にいる時と同等の学びが得られ、それによって成長することができると考えています。



神の摂理は完全です。

愛で結ばれた者同士は、想いを共有し、共に成長して行くことができて、それによって埋め合わせが行われていると思います。

地上にいる人の経験が、子供の学びにつながることによって、早く霊界に行ったとしてもハンディは生じないと考えています。



この人生は、ずっと続いている物語の1章です。

何度も地上に生まれ変わり、物語を綴って行く中で、先の章で経験する予定だった出来事を、この人生で経験することになったのかもしれません。

この経験を通して得られた貴重な学びは、子供たちの魂にも刻まれていて、活かされているはずです。




2025年8月3日日曜日

私たちは霊的に一体



人がクマに襲われる事象が多く起きています。

温暖化の影響でしょう、木の実などの食料が山で採れなくなったために、人里に降りて来るようになったと考えられます。

人とクマが出くわした時、人が怖くなるように、クマも怖いのです。

人を襲って来るのは、多くの場合、自分の身を守ろうとしているからと思われます。




今、起きている戦争も同じような気がします。

地上は自分と違う人たちと暮らす世界です。

違う人たちのことが理解できないと、不安に思ったり、警戒したりします。

自分を守ろうとする気持ちが高じると、対象を攻撃してしまうことがあります。

お互いが理解できないことから生じる「怖れ」が争いの原因になっていることが多いと考えられます。




肉体を持つことにより、(地上の)自我が生まれ、そこから怖れが生じます。

外部から自分(肉体)を守るために、怖れを感じることは必要です。

もし感じなければ、高い所から落ちて死んでしまうかもしれません。

ただ、過度な怖れを抱いてしまうと、過度な行動を取ってしまう可能性があります。




過度な怖れを抱かないようにするのには、どうすれば良いのでしょうか?

地上の人間には、外面上さまざまな違いがあります。

けれども、本質は同じ魂です。




魂とは生命そのものです。

神性を帯びた意識です。

困っている人を見ると、何とかしてやりたいと思うのも、私たちに神性があるからです。

嘘を付きたくないと思うのもそうです。

全ての人は神が内在している善なる存在であることを理解すれば、過度な怖れを抱かなくなり、尊ぶようになるはずです。



戦争は、遠い場所で起きている、自分には関係のない出来事のように思えます。

それは違います。

地上で起きていることは、自分にも深く関わっています。




少し話が逸れますが、長い間、盲腸は役割りがない組織と思われていました。

最近になり、腸内の免疫力を高める役割りを果たしていることが分かりました。

全ての細胞(組織)は、全身のために、何らかの役割りを果たしています。

用のない細胞(組織)は存在しません。




それと同じで、全ての人は全体を構成する1部として、何らかの役割りを果たしています。

自分には役割りはないと思っている人がいたとしても、それは分かっていないだけであり、知らずに役割りを果たしているのです。




1つ1つの細胞には、同じ血液が流れていて、全身とつながっています。

1人1人の魂にも、同じ霊(生命)力が流れていて、全体とつながっています。

人と人の間には、目に見えないつながりが存在しています。




戦争により飢えてやせ細ってしまった子供たちを見ると心が痛みます。

それは、霊的なつながりを通して、子供たちの苦しみや痛みを魂で感じているからです。




自分に関係ないと思うのは、自分の身体の一部が傷ついているのに関係ないと思うのと同じです。

霊的な感覚が鈍麻しているせいかもしれません。




肉体はばらばらに存在しています。

けれども、霊的には一体です。

霊界にいる時には、当たり前のように感じられていた霊的な一体感は、地上に生まれてしまうと、自我の働きが強くなるため、分からなくなってしまいます。




それでも、一体感を取り戻す時があります。

危機的な状況に直面すると、意識が一変します。

東日本大震災の時、悲惨な光景を目の当たりにして、霊的な意識が目覚めた人も少なくないはずです。

そんな人は、人とのつながりを意識するようになり、一体感を感じていたと思われます。

もし、お互いの違いを乗り超えて、この一体感を共有できるようになったならば、地上から戦争はなくなるでしょう。




戦争で非道な行いをしている人たちがいます。

そんな人たちを憎むのではなく、哀れみましょう。

神は法則となって顕現しています。

1つ1つの行いに対して、厳格に法則は働いて、苦痛を伴う結果をもたらします。

地上を生きている時に結果が出なくても、霊界に行って内在している神(良心)と向かい合い裁かれることになるからです。




互いの違いを認め合い、許し合うという、神性が発揮されると、争いは回避されます。

遠い先になりますが、神の法則(因果律)の働きによって、いずれ戦争のない世界になります。




今、できることは限られています。

平和な世界になることを祈りましょう。

1人の祈りの力は小さくても、多くの人が祈れば、大きな力となります。

祈る心は、内に平和をもたらし、それが外の平和へとつながって行きます。




「全ての人は霊的に一体」

この事実が少しずつ広まるのに従い、争いのない平和な世界になって行きます。









2025年6月29日日曜日

戦争は人類の進化成長を遅らす


世界の各地で戦争が起きています。

以前は、遠い国で起きている、自分には関係のない出来事のように感じられました.。

霊的真理を知った今、他人ごとのように思えません。



住んでいる国は違っていても、魂の成長という同じ目的を持って、この地上に生まれて来ています。

それぞれの人に、目的を果たすために計画された人生があります。



戦争は身体や建物を破壊します。

それだけではなく、計画された人生も破壊してしまいます。



戦争で亡くなった人たちは、地上の人生が中断されます。

次の世界に移っていることに気付かなかったり、ショックを受けて順応できない人たちが多くいます。

中には、戦闘を続けている人もいるようです。



そんな人たちのために、霊界の人たちが寄り添って介抱します。

注がれる愛によって、魂は癒されて行きます。

神の公正は完璧です。

地上で得られる予定だった学びや成長が、「埋め合わせの原理」により、霊界においても得られるようです。

不利益を被らないように配慮されていますが、計画された人生を全うするのに越したことはありません。



大切な人を失った人は嘆き悲しみます。

あまりに理不尽な現実に、憎しみや恨みを抱く人も少なくありません。

中には、復讐するために、テロ組織に入る人もいるでしょう。

テロ組織を壊滅するために行っていることが、テロ組織を生み出しているのが現状です。



銃の引き金を引いた人も、苦しんでいます。

たとえ命令であったとしても、罪もない人たちに向けて引き金を引いてしまったとしたら、真ともな人間なら良心の呵責に苛まれてしまうでしょう。


たった1発の銃弾が、撃たれた人、その家族、そして撃った人の人生を狂わせます。

これまでに、どれくらいの数のミサイルが落とされ、銃弾が撃たれたのでしょうか。

膨大な数の人生を大きく狂わせてしまうのが戦争です。



生きるか死ぬかの状況下で興奮状態となり、理性が失われ獣性がむき出しになる人がいます。

欲望を満たすために、武器を片手に非道な行いをして、無用なカルマを作ってしまう人も少なくありません。

カルマを作ったら、その償いが済むまで、成長は許されません。

成長するために生まれて来たのに、償いをするためにまた地上に生まれなければならないほど、大きなカルマを作ってしまうのも戦争です。



戦争の本質は怒りと恐怖と悲しみです。

そんな感情に捉われてしまったら、自分本来の表現ができなくなります。

他者を愛することもできなくなります。

戦争は、人が進化成長して行く機会をことごとく奪って行きます。



シルバーバーチの霊訓には、こう書いてあります。

「これより先もまだまだ地上から戦火が消えることはないでしょう。人類全体が巨大な霊的家族であるという、この単純な真理が未だに理解されてないからです。」



個々の人間は、身体の細胞のようなものです。

小さな存在であっても、全体のために何らかの役割りを果たしています。



全ての細胞には同じ血液が流れ、つながっています。

従って、どこかの細胞に異変が起きたら、他の細胞にも影響を与えます。



個々の人間も、つながっています。

出典:Anadolu via Getty Images

戦争で悲惨な状況に置かれている人たちを見て、感じているであろう苦しみや痛みや怒りや怖れや悲しみに同情するのは、神性でつながっているからです。

世界のどこかで起きている戦争は、少なからず全体に影響を与えています。

多くの人の進化成長する機会を奪ってしまう戦争は、人類全体の進化成長を遅らせていることになります。

私たちは霊的に一体だということを忘れてはいけません。



自我(エゴ)と神性とのせめぎ合いの中で生きています。

エゴが勝れば不調和が起こり、神性が勝れば調和が訪れます。

エゴから生じる欲求や感情に打ち克って、神性を発揮させることは、この世に生まれて来た大きな目的の1つです。



エゴの働きが強くなり、本来の自分を見失った人たちは、因果律の働きにより、苦しみや痛みを伴う出来事を経験することになります。

それにより、魂が目覚めて、本来の自分を取り戻します。

その時から、内在している神性を発揮できるようになります。



戦争をなくす特効薬はありません。

さまざまな出来事を経験することによって、魂は学び成長し、より神性を発揮できるようになります。

全ての争いは、神性が発揮されることで回避されます。



人は何度も地上に生まれて来ます。

これから生まれて来る人たちは、過去生でさまざまな出来事を経験して、より神性が発揮できる人たちと思われます。

そんな人たちが多くなるのに従い、戦争は姿を消して行き、調和のとれた平和な世界へと変わって行きます。





2025年5月4日日曜日

霊的に目覚める


全世界の軍事費は約390兆円だそうです。

一方、全世界の飢餓人口はおよそ7億3千万人と言われています。



もし、軍事費を飢えている人に回せたらどうでしょう?

その額は一人当たり53万円ほどになります。

武器を必要としない平和な世界になれば、飢餓に苦しむ人はいなくなるはずです。



何故、そうならないのでしょうか?

人間には、地上的な自我(以下自我)が存在するからです。

自我が発達していない動物たちは、生きるために他の動物を捕えたり敵対することはありますが、物欲や所有欲がないので、無用な争いをすることはありません。



戦争は、国と国の間で行われることが多いです。

ところで国とは何でしょう?

国とは、人間が作りだした概念です。

概念なので、実際には存在していません。

頭の中にしか存在しない概念に固執する自我によって、無用な戦争が起きています。



仕事でアメリカに行き、国内線の飛行機に乗った時のことです。

昼食の時間になり、CAが前から順番に機内食を配っていましたが、私の席を飛ばして行きました。

うっかりして忘れたのかと思いましたが、そうではなく意図的なようです。

これが人種差別というものかと思いましたが、表情1つ変えずに平然とこのような行為が行われていることに怖さを感じました。

外見で人を判断するのも、差別的な行いをするのも、同じく自我の働きによるものです。



悪者のように思える自我ですが、地上で自己表現するために必要不可欠なものです。

自我は肉体と密接に関係して、安全かつ快適に生きることを志向しています。

けれども強くなり過ぎてしまうと、様々な問題を引き起こすことになります。



人間の本質は魂です。

目に見える肉体ではありません。

五感で認識して、頭で考えている自我には、それが分かりません。



自我の働きが強くなると、自分を守ろう、自分が良くなろうとする気持ちが強くなります。

それに伴い、人を信じる気持ちや思いやる気持ちは薄れて、殺伐とした気持ちになります。



地上の人間には、自我の他に、真の自分とも言える「霊的な自我」が存在しています。

死んで肉体がなくなると、この霊的な自我が直接自己表現するようになります。



霊的な自我の働きが強くなると、相対的に地上的な自我の働きは弱くなります。

それに伴い、人を信じる気持ちや思いやる気持ちが高まり   温和な気持ちになります。



普段、私たちは地上的な自我を前面に出して生活しています。

けれども、状況によっては霊的な自我が前面に出て来ることがあります。

東日本大震災の時、津波で街は押し流されて、たくさんの人が亡くなりました。

現実とは思えない悲惨な状況を目の当たりにして、霊的な自我が前面に出て来た人が多くいたと推察されます。

そんな人たちは、普段考えることもなかった命について思いを巡らし、つながりの大切さに気付いて、励まし合い、助け合っていたと思います。

しばらくの間、日本全体の霊的な意識が高まり、同じ想いを共有して1つになっていたように感じられました。



人類は1つです。

霊的につながっています。

自我には肉眼を通した世界しか見えないので、そのことに気付けません。

もし、人類の半分くらいが死んでしまうくらいの大きな隕石が、近いうちに地球に衝突すると分かったらどうでしょう?

多くの人の、霊的な自我が目覚めると考えられます。

戦争をしている人たちは、無意味さに気付いて、直ちに止めるでしょう。

国を超えて知恵を出し合い、生き残るためにどうすれば良いかを話し合うでしょう。

同じ想いを共有することで、世界は1つになるのかもしれません。



目覚めさせようと思っても、霊的に目覚めるものではありません。

危機的な状況に陥ったり、深刻かつ重大な問題に直面して、初めて目覚めます。

霊的な自我が前面に出て来ると、霊的な眼が見開かれて、それまで気付かなかった大切なものが見えて来ます。



国を動かしているのは、概して権力欲の強い人たちです。

悲しいことに、そんな人たちの霊的な眼は閉じられています。

人類は1つと思うようなことはなく、自分(自国)のことしか考えようとしません。

自然法則の働きに反する利己的な行動をして、世界に不調和が生まれて、不必要な苦痛を味わっている人が多くいます。

でもそれは一時的なものです。

因果律の働きによって、利己的な行動をした人(国)に、苦痛を伴う結果が返って来ます。

苦痛を味わうことで、霊的に目覚めます。

過ちに気付いて、全体を意識して協調するようになるでしょう。

長い長い年月をかけて、神の心である自然法則の働きと、神の力である愛によって、全体は1つになって行きます。


NASA公開画像より
「全生命は霊的に1つ」

「個々の生命は全体のために生きている」

この事実を受け入れる人が多くなるほど、平和で平等な世界になると思います。



2025年3月30日日曜日

内在する愛によって許すことができる



死んだ後にも、生きる世界(霊界)があります。

あるのは確かですが、残念ながら客観的に証明することはできません。


眠っている間は、魂は肉体を離れて、霊界に行っています。

爽やかで、新鮮な気持ちで目が覚める時があります。

そんな時は、霊界でリフレッシュされ、余韻を残しながら肉体に戻って来たのではないかと考えています。



小さい時は悩みや心配などなく、日が暮れるまで無中になって友達と遊んでいました。

霊界も同じで、生きて行く上での悩みや心配はなくなり、友達よりもさらに親しい人たちと、やりたいことを思う存分することができるようになります。



霊界のことを知るほど、早く行きたくなります。

地上に戻ることなく、できるなら霊界で成長したいと思うのは、私だけでしょうか。



若い時、社会で成功することはとても大切であり、自分の価値の多くはそれで決まると考えていました。

少しでも高い地位、たくさんのお金を求めて、努力している人は少なくありません。

けれども、霊界に持って行けるのは自分(魂)だけです。



霊界に行ってしばらくすると、地上の人生を振り返る時が来ます。

想ったこと、言ったこと、行ったことの全てが、オーラに刻み込まれています。

自分の言動が、周りにどのような結果をもたらしたのかを知ることになります。



因果律の働きは、正確無比です。

人や動物に喜びを与えれば、相応の喜びとなり自分に返って来ます。

苦しみを与えれば、相応の苦しみとなって自分に返って来ます。

与えた喜びは自らの成長を促し、与えた苦しみは成長を妨げます。



成長したいと言う根源的な欲求が私たちにあります。

成長を妨げる原因(カルマ)を取り除かない限り、欲求を満たすことはできません。

原因(カルマ)を取り除くために、生まれて来た人も少なくないようです。



霊界で経験できないことを、地上では経験できます。

経験を通して大切なことを学び、自分に足りない霊的な資質を手に入れるために、生まれて来ている人も多くいます。



思念が直接伝わる霊界と違い、地上では自分の想いや概念を言葉に変えて、五感を通して伝えなければいけません。

けれども、自分の想いや概念を正確に言葉に変えられるわけではありません。

住んでいる場所によって、言語も違います。

言語が違えば、自分の想いを正確に伝えるのは、さらに難しくなります。



心が似通っている人たちだけと接している霊界と違い、地上では心が似通っていない人たちとも接して生きなければなりません。

たとえ自分の想いを正確に伝えられたとしても、考え方や価値観が違う人と、同じ想いを共有できるとは限りません。

お互いを理解し合うのが困難な世界に生きていると言えます。



肉体を持つことにより、意識は自分に向かいます。

自分が大切になるほど、他者の想いはどうでも良くなります。



これら地上ならではの要因によって、いさかいが起きやすくなります。

高じると戦争になります。

肉体を持たない霊界では、戦争は起こり得ないのです。



考え方や価値観が違う人間と共に生きているのが地上です。

そのことを、まず認識しなければいけません。

自分の考えの方が正しい、あるいは優っていると主張し合うのではなく、相違があるのは当然として受け止め、相手の考えを認めなければいけません。



肉体を介して自己表現しなければならないのが地上です。

思った通りに表現できるとは限りません。

表現できたとしても、意図した通りに相手に伝わらない時もあります。



不完全な人間が、完全に近づくために生まれて来るのが地上です。

不完全であるがゆえに、時に過ちを犯してしまいます。

自分は完全だと言う人がいますが、それ自体が不完全さを証明しています。



お互いが不完全な存在であることが認められたのなら、相手の過ちを許すことができるはずです。

侵害しようとする相手から自分の身を守ることは許されますが、相手の過ちを許せずに、感情に任せて報復したのなら、自然法則の働きに背いたことになり、好ましくない結果が返って来ます。

難しいことですが、感情を抑えて、因果律の働き(神)に委ねなければいけません。



地上は、認め合い、許し合うことの大切さを学ぶ場です。

寛容さが求められています。

それらが欠けていると、因果律の働きによって苦痛を伴う事象が起きて、経験的に学ぶことになります。



自然法則を貫いているのは愛です。

寛容であるためには、自己犠牲が求められ、大きな意味の愛を表現しなければなりません。

自然法則に叶っているので、好ましい結果が生まれます。



認められない、許せないのは、地上の表現媒体である自我(エゴ)の働きによるものです。

魂には神が宿っています。

エゴから生じた怒りや憎しみの感情は、内在している神の愛によって、完全に鎮めることができます。



自分にも神が内在していると強く信じましょう。

何が起きたとしても、そこから愛を引き出すことができたのならば、許すことができるはずです。



地上にいる私たちは、魂に内在する愛とエゴから生まれる感情の間で、日々揺れ動いています。

エゴに打ち克って、内在している愛を表現することで、霊性は発達して行きます。

それこそが、地上に生まれて来た目的です。



地上で身に付けた寛容の精神は、魂の財産として持って行けます。

博愛の精神となって、霊界で花開くと思います。




 

2024年10月13日日曜日

この戦争を終わりにするために



今、中東で起きていてる戦争が拡大しそうです。

この戦争は、私が生まれる前から続いています。

どちらが正しい悪いと単純に決め付けられないこと、いくつもの原因と結果が折り重なっていることが、この戦争が終わらない理由になっていると思います。



イスラエルに住む人の多くはユダヤ教徒です。

ユダヤ教の聖典(出エジプト記)には「もし損害があれば、命には命を、目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を」と書かれています。

自分が受けた危害と同じものを相手に与えるという意味だと思っていましたが、実際には損害を受けた分を公正に保証してもらうという意味合いが強いようです。

ところが、今起きていることは、目を傷つけられたら、相手の目だけではなく歯も耳も鼻も傷つけようとしているように感じられます。



ユダヤ人には、ホロコーストで何百万人も殺された忌まわしい過去があります。

その時に誰にも助けてもらえなかったという悔しい思いがあります。

傍目からは過剰な攻撃に見えますが、自分の身は自分で守るしかないという意識が強く、それを当然と考えているのかもしれません。

やり返さなければ、相手の為すがままになってしまうという強い怖れが、このような行動に駆り立てているのかもしれません。



今から2000年前、イスラエルの地はローマ軍の支配下にありました。

抑圧されたユダヤ人は、怒りや憎しみが渦巻いていたでしょうが、強大なローマ軍の前に為す術がありませんでした。

昔のユダヤ人は、今のパレスチナ人の境遇と似ている気がします。



そんな時代に、イエス・キリストが現れました。

「汝の敵を愛せよ」

「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と言いました。

当時のユダヤ人にとって、これまでとは全く違うこの教えは、極めて新鮮に感じられたと思われます。



現実に、このような対応をするのは極めて難しいです。

けれども、やられたらやり返すのでは、さらに傷つくだけです。

報復の連鎖から抜け出すためには、この「愛」の精神がどうしても必要となって来ます。



人は自分が受けた被害にばかりに目が行ってしまいます。

相手はどのような理由でその行為に及んだのかを知ろうとはしません。

そこには、大切な人を殺された怒りや憎しみや悲しみ、住む土地を追われた絶望があるはずです。

激しい憎悪を感じる相手にも、自分たちと同じ感情があり、それによって突き動かされている同じ人間であることに気付くでしょう。



ユダヤ教もイスラム教も、神は唯一絶対で全知全能の存在と言っています。

それ自体は間違っていませんが、人間から超越していて、全く別の存在と考えるのは誤りです。

シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

私たちもミニチュアの神としてもちろん大いなる慈悲を宿してはいるのですが、地上の人間性という覆いをかぶっているがために、それをきわめて不完全にしか表現できていないからです。



全ての人間に神が内在しています。

地上の人間は、内在する神性を表現しようとする存在です。

けれども、表現媒体(肉体や精神)が未熟なため思うようにできません。

神性は閉じ込められ、エゴから生まれる怒りや憎しみの感情に支配されています。

その感情を表現してしまうと、相手にも同じ感情が生まれ、エゴの連鎖が始まります。



人を傷つける行為は、神を傷つけようとする愚かな行為です。

人を傷つけた者は、神の法則(因果律)によって、自らが傷つきます。

憎しみに燃えて、やり返さなくても、宇宙を支配している神の法則により、等価の報いを受けるようになっています。



相手を愛する行為は、神を愛する行為です。

敵を愛する行為は、最大限に神を愛する行為です。



あらゆる感情に優越する力が愛です。

エゴから生まれる感情は、愛によって打ち消すことができます。

愛を表現することで、エゴの連鎖は止められますが、少なからず自己犠牲が伴うので、簡単ではありません。

それでも、許すことで愛を表現しなければ、この戦争を終わりにすることはできません。

愛を表現することのできた者が真の強者であり、勝者であると考えています。



私はミサイルが爆発した音を聞いたことはありません。

住む家を失ったり、戦争で傷ついた人を直接見ることもありません。

死の恐怖を感じたこともありません。

戦争を止めさせるために、何かできるわけでもありません。

けれども、同じ地上を生きている同胞として、想いを共有しようと努めることはできます。



肉体を使って意念を具現化しているのが地上の人間です。

意念はエネルギーです。

1人の人間から放たれる意念は弱くても、より多くの意念が集まれば、この物的世界においても具現化する方向に向かって動き出すと信じています。

1947年にインドはイギリスから独立しました。

ガンジーが放つ「非暴力と不服従」の意念は神の法則に反することなく、その意念に多くの国民が同調することで、独立を勝ち取ったと考えられます。

同じ意念を発することで、世界は具現化する方向へと変わって行きます。



多くの人が神に平和を祈っています。

戦争の最中にいる人は「もう終わりにして欲しい」と切望しています。

もし、世界中の人たちが想いを共有し「この戦争を終わりにする」という同じ意念を一斉に放つことができたとしたら、具現化する方向に動き出すと思っています。

意念は地上的労苦の代用とはなりませんが、何もできない現状において、有効な手段になり得ると考えています。


2024年6月30日日曜日

分け与えることで進化する

 

シルバーバーチの霊訓に、こんな一文があります。

「地球は宇宙の惑星の中で最も進化の程度の低い部類に属します。」

人類は宇宙へロケットを飛ばせるくらいなので、かなり進化していると思っていたので意外でした



科学技術の発達は、どうでも良いことなのかもしれません。

進化の程度は霊性の発達によって決まります。



地球はどうでしょう?

最も進化していると言われる人間が、お互いに傷つけ合っています。

他の生命を虐げています。

そして、多くの生命が暮らしている地球を汚しています。

霊界から見ると、とても進化しているようには見えないのでしょう。



高度に進化している惑星はどうなっているのか想像してみました。

争いなどなく、助け合いながら生きているでしょう。

それぞれの生命が果たしている役割りを知っていて、互いに尊重し合っているでしょう。

文明に溺れることもなく、自然と調和した生き方をしているでしょう。

物的世界に生きていながら、神の摂理(自然法則)の働きを遵守していると思います。



人類が一足飛びに進化するとは考えられません。

摂理の働きに反した行いをして、因果律の働きにより苦しみや痛みを味わい、摂理を学びながら、少しずつ進化して行きます。

その行程が、霊界から見ると歯痒く感じられるのでしょう。

初めから摂理の働きを知っていれば、無用な苦痛を味合わずに済むので、あらゆる手段を講じて地上に霊的真理を普及させようとしていると思います。



けれども、真理の普及は容易ではありません。

地上に生まれると、五感により外部を認識するようになり、それに伴い霊的な感覚が失われ、目に視える物が絶対的なものになるからです。



意識は自分(肉体)に向かうようになります。

自分が1番可愛くなり、他者への関心が薄れて行きます。

戦争が起きても、飢餓で死んでいく人がいても、自分には関係がないように思えてしまいます。



人間の重要な役割りの1つに、地上にいる動物の進化を促すことがあります。

愛を与えることによって進化が促されますが、現実は多大な苦痛や恐怖を与えています。

おびただしい数の牛や豚やニワトリが、酷い環境で飼育され、恐怖を味わいながら殺されています。

人間の食料になるために創られたわけではありませんし、人間の身体も肉を食べるように創られていません。

動物たちが果たしている真の役割りを、まだ知りません。



多くの物を持っていると、豊かになったような気がします。

悲しいことに、物質的な欲望には際限がありません。

手に入れても、しばらくすると飽き足りなくなり、もっと欲しくなります。

物を持つことで豊かになったという錯覚が、地球環境を壊しています。



シルバーバーチの霊訓にはこう書かれています。

「唯物主義はその本質が貪欲、強欲、自分第一主義に根ざしています。同じ天体に住んでいながら、自分以外の者への思いやりも気遣いも考えず、ひたすら快楽と蓄財に励みます。敵対関係、戦争、怨念ーこうしたものを生み出すのは唯物主義です。物質がすべてである、死はすべての終わりである、だったら自分の思うままに生きて何が悪い、と言う論法です。こうした自己中心の考えが地上界に暗黒と困難、闘争と暴力と憎み合いを生み出すのです。」

目に視えるこの世界がすべてだと思うと、利己的になりがちです。

目に視えない世界が存在し、死んだら誰もがそちらに移行します。

そのことが客観的に証明されれば、世界は大きく変わるでしょう。

けれども証明されたら、この世に見切りをつけて、そちらの世界に行こうとする人が後を断たなくなると思います。

未熟な人間がそのような過ちを犯さないために、神の配慮によって証明されないようになっていると考えられます。



世の中は急速な勢いで、2極化が進んでいます。

同じ惑星の中で、貧困で飢えて死にそうな人もいれば、莫大な富を持っている人もいて、その差が著しくなっています。



イエス・キリストがこんなことを言っています。

「金持ちが神の国に入るより、ラクダが針の穴を通る方がやさしい」

持てる者が持たざる者に分け与えないのは、想像以上に罪なことなのかもしれません。

生活して行くためにはお金は必要であり、あるのに越したことはないと思ってしまいますが、利己主義に陥らないように気を付けなければいけません。



支えになっている言葉が、シルバーバーチの霊訓にあります。

「あなた方の人生は楽ではありませんし、これまでも楽ではありませんでした。しかし、そうした問題に関わる法則があります。施す人は決して困窮することはない、必要なものは必ず与えられるというものです。そのためには、経験によって得たことを人生の中で精一杯表現することです。そうすることで神との絆が強くなることを悟るでしょう。その絆を強くすればするほど、援助と力が流れる通路として、今まで以上に役立つことができるのです。」

人や社会のために役に立とうとしていれば、贅沢はできないけれども、生活して行くことはできるようです。



「神の愛の宣教者会」という組織があります。

1950年にマザーテレサによりコルカタに創設されましたが、その後、拠点は増え続けて、現在世界145か国にあります。

貧しい人、困っている人、弱った人たちを救うためにと言う動機が摂理に適っているために、神から援助の力が与えられていると思います。

援助の力は、人間に内在している神を通して、奉仕活動や寄付という形で与えられていると考えられます。



社会においても、摂理の働きは認められます。

社会貢献を目的にし、利益を社会に還元している会社は、摂理に適っているので、末永く発展して行くと考えられます。

一方、利益だけを追求している会社は、動機が利己的で摂理に適っていないために、一時的に発展しても、いずれ衰退して行くと考えられます

せかけの社会貢献は通用しません。

神を欺くことは不可能であり、奥底にある動機に摂理が働いているからです。



私の家の裏に、ある乳飲料製造販売会社の保育所がありました。

保育料は格安で、小さなお子さんのいるお母さんたちに、安心して働いてもらう配慮がありました。

商品に価値があるのは当然ですが、時代に先駆けて外で働きにくい女性の雇用を創出し、守り続けて来たことも、会社が長く存続している大きな理由になっていると考えられます。



人や社会や国、そして人類全体にも神の摂理が働いています。

摂理を遵守することで、繁栄して行くようになっています。



「四海同胞、協調、奉仕、寛容─こうした精神こそ人生の基本であり、これを基礎としない限り真の平和はあり得ません。持てる者が持たざる者に分け与えることによって互いに奉仕しあい、睦みあい、援助しあうこと─この単純な真理は繰り返し繰り返し強調しなければなりません。」

シルバーバーチはこう言っていますが、争いに費やされる人やお金を、困窮している国や人のために分け与えれば、世界はどんなに良くなるだろうかと思ってしまいます。



分け与えるもので、もっとも価値のあるものは、やはり霊的真理(神の摂理)です。

真理を知れば、物的なものも分け与えるようになり、人や動物を傷つけたり、苦しめたり、悲しませることができなくなります。



真理が広まるのに従い、進化の速度は早まり、地球は「最も程度の低い部類」から抜け出すことができるでしょう。

進化をしながら、霊的に1つになって行きます。




2024年4月7日日曜日

戦争のない世界にするために


大きな戦争が始まって2年の月日が経ちました。

直接被害を被っているわけではないので、徐々に関心が薄れているのを感じます。

どうすることもできないと諦めている自分がいます。

そんな気持ちが、戦争を長引かせてしまっているような気がします。



戦争を終わりにするためには、どうすれば良いのでしょうか?

地球上の全ての人に神が宿っています。

神が良心となって顕現しています。

地上は、思念を肉体を使って表現する世界です。

1人ひとりが、自分の良心に従って、何かを表現すれば良いはずです。

SNSなどを通じて、戦争に異を唱える人もいれば、反対運動に参加したり、署名をする人もいるでしょう。



マハトマ・ガンジーの非暴力運動も、当初はささやかなものでした。

徐々に周囲を巻き込んで国中に広がり、最終的にはインドの独立を勝ち取りました。

たとえ小さな表現であっても、それが周囲に影響を与えて、次第に大きなうねりとなって、世界を変えてしまうこともあります。



霊界に向かって祈るのも良いでしょう。

祈りを受け取った霊界の人たちが、同調する地上のキーマンに戦争を終わらせるよう、より強く働きかけてくれると思います。



出典:戸田記念国際平和研究所HP

人が死に、傷つき、家や街が破壊されています。

物的なもの以上に、霊的な被害も深刻かもしれません。

怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、嘆きに支配されてしまいます。

予定されていた人生が送れなくなってしまいます。

多くの人に無用なカルマを作ってしまいます。

引いては、人類全体の霊的進化を遅らせることにつながります。



霊界では戦争は起こり得ません。

周りには同類の人間しかおらず、地上的な欲望もなくなるからです。

地上では、肌の色、言葉、性格などがそれぞれ違っていて、誰一人として同じ人間はいません。

肉体があるために、利己心も生れます。

国や組織の間で、互いの違いを認められず、利己的になってしまうと、戦争に発展してしまう可能性があります。



戦争が始まれば、大きな苦痛を味わうことになります。

苦痛を通して、お互いを認め合い、許し合い、信じ合うことの大切さに気付きます。

それは宇宙を支配している自然法則の働き(真理)を学んでいることに他なりません。

初めから真理を知っていて、実践していたのならば、戦争が起きることはありません。

もちろん、苦痛を経験する必要もありません。



進むべき目的地は同じです。

真理を実践して直線的に進んで行くのか、知らずに遠回りをして進んで行くのかのどちらかです。

無用な戦争を起こさせないために、真理を知っている人は、まだ知らない人に伝えるという、重大な責務を担っていることになります。



漠然としているもの、何となく感じていることを、はっきりとさせたものが、霊的真理(シルバーバーチの霊訓)だと考えています。

例えば善と悪です。

定義はあいまいで、人によって解釈は違います。

善とは自分の良心(神)の声に従うことであり、悪とは良心の声に背くことです。

自我(エゴ)の働きが強くなると、良心が顕現しにくくなります。

悲しいことに、世界を変える力(権力や富)を持った人ほど、エゴの働きが強い傾向にあります。

戦争を始めた人たちは、良心の声がエゴにかき消されてしまったか、聞こえていても蓋をして背いてしまったと考えられます。



悪いことをすれば、罪を償わなければならないと教えられました。

ところが、戦争で悪いことをしても、罪を問われず、償いをしない人もいます。

この事実を、子供たちにどう説明すれば良いのでしょうか?

法律から逃れられても、法則から逃れることはできません。

自然法則の働きによって間違いなく霊的な償いが果たされ、完全な公正が保たれることを併せて教えなければいけません。



同胞が傷つけられたと報復して、戦争が始まることがあります。

同胞とは何でしょう?

同じ国、同じ地域、同じ人種、同じ宗教に所属する者だけが同胞ではありません。

人類全体が同胞です。

目に視えない霊的なつながりのある関係が同胞です。

同胞を傷つけているのが戦争です。



戦争と言う大きな過ちを犯してしまうのは、そのことを知らないからです。

全世界に適応される法律はありません。

全宇宙を支配する不変の自然法則を絶対的な基準にして、戦争が過ちであることをはっきりと指摘し、罪を犯した者を追及することが望まれます。



「大自然の働きの基調は革命(レボリューション)ではなく、進化(イボリューション)です。進化の過程はゆっくりと、そして着実に進行します」とシルバーバーチは言っています。

まだ知らない人に真理を伝えることで、心の底から戦争に異を唱える人が増えて行きます。

そのようにして、ほんの少しずつですが、戦争のない平和な世界に変わって行くと信じています。


愛のトンネル(ウクライナ)


自分の住む地域で、ささやかですが真理を広める活動をしています。

然るべき時期が来たら、活動の場を広げて行きたいと考えています。




2023年11月12日日曜日

自然法則の働き

 

「人に親切にしましょう」

子供の頃、親や先生から良く聞かされた言葉です。

「何で親切にするの?」と、子供に聞かれたらどうでしょう?

善いことだからと、答える人もいるでしょう。

自分がしてもらいたいことを、人にしてあげるのよと、答える人もいるかもしれません。



一般的に、法律に触れることは悪いとされています。

人の身体をナイフで傷つければ、法律に触れて罪が問われます。

けれども、人の心を傷つけても、罪を問われないことが多々あります。



この世では、善悪の基準は実にあいまいです。

それでは、真の善悪の基準とは何でしょう?



この宇宙の隅々にまで自然法則が働いています。

自然法則に適っていれば「善い」行いであり、反していれば「悪い」行いと定義できます。

今、子供に聞かれたとしたら、「人に親切にするのは、自然のきまり(自然法則)に適った行いなので、どんどんするべきだよ。人を傷つけるのは反する行いなので、決してしてはいけないよ」と答えるでしょう。

そして「自然のきまりに適った行いには善い報いが、反した行いには悪い報いが必ずあるんだよ。だから、いじめなどしてはいけないんだ」と付け加えるでしょう。



自然法則には、いくつかの種類があります。

万有引力の法則など、物質的な自然法則は検証が可能であり、本から学ぶことができます。

霊的な自然法則は検証が不可能であり、経験を通して学んでいます。



霊的な自然法則の根幹を為しているのは「愛」です。

我がままを言ったり、自分勝手なことをすると、仲間外れにされて痛い思いをします。

それは自然法則の働きによるのものであり、愛に反した行いをしたからです。



親切にして喜ばれると、こちらまで喜ばしい気持ちになります。

それも自然法則の働きによるものであり、愛に適った行いをしたからです。

私たちは、自然法則の働きによって生まれる痛みと喜びを通して、愛を表現する方向に進んでいます。



同じ行為であっても、動機によって自然法則の働き方は違ってきます。

愛に根差した動機であれば、その行いによって人は成長します。

恵まれない人たちのためにと、お小遣いを溜めて寄付した子供たちは成長しています。

周りから評価されたいなど動機が利己的ならば、いくら多額の寄付をしても、子供たちのような成長は得られません。



毎日の仕事や家事はどうでしょう。

多くの人は、生活して行くために、必要に迫られて行っています。

動機が自分の生活のためであっても、結果的に社会や組織や家族に奉仕をしていることになり、長い間、続けていれば相応の成長が得られると考えられます。

何かをしなければ、生活して行けないのが地上です。

半ば強制的に何かをしている中で、私たちは成長しています。

同じ行いでも、生活のためではなく、誰かのために(という動機で)することができたのならば、より大きな成長が得られると考えられます。



一昔前は、利益を追い求めるだけの会社が多かったです。

今は、社会貢献をして利益を得るという意識に変わって来ました。

それは、自然法則の働きにより、社会が進化しているからと考えられます。

私が子供の頃は、障がいがある人は家で過ごしている人が多かったです。

今は、外で活躍する場が増えて来ました。

それも、自然法則の働きにより、世の中が進化しているからと考えています。

女性が社会で活躍し、男性が家事をするようになったのも、時代と共に人や社会が進化しているからと考えています。

自然法則の働きにより人や社会は、より自由で平等で利他的な方向へと向かっています。



今から500年前、日本は戦国時代でした。

県よりも小さい領土が1つの国となっていて、国同士で争っていました。

それが、長い年月をかけて1つにまとまり、日本と言う国家になりました。



世界も同じです。

初めは小さな領土から始まり、争いを繰り返しながら、次第に大きな領土となって行き、現在の国となっています。

小さな枠組みから大きな枠組みへと進んで行くのも、自然法則の働きによるものです。



現在の枠組みで終わりではありません。

さらに進んで、国という枠組みが、少しずつ取り払われて行くと思います。

どれ位、先になるのか想像も付きませんが、最終的に国という概念はなくなり、世界全体が1つの共同体になると考えられます。

その流れを、最も妨げてしまうものが「戦争」なのです。



余談ですが、宇宙には知的生命体が存在する惑星が無数にあると考えられます。

高度に進化した生命がいる惑星では、全体が1つの共同体になっているので、争いは全く起きないと想像しています。

争いがあるかどうかは、その惑星の進化の程度を的確に反映していると思います。



自然法則は人だけでなく、国に対しても働いています。

国のエゴ、あるいは過ちによって生じる苦痛を享受するのは、そこに住んでいる人たちです。

国を構成しているのは、個々の人だからです。

利己的な人が多くなるほど、国も利己的になり、争いが起きやすくなります。

他者を思いやる人が多くなるほど、他国を思いやるようになり、平和な国になります。

平和な世界を望んでいながら、自分のことしか考えないのでは、つじつまが合わないのです。



道端のタンポポは、ただ咲いているのではありません。

太陽の陽を浴びて、大気から二酸化炭素を吸収して、酸素を放出しています。

その量はわずかであっても、酸素を必要としている動物が生きるために、立派に役割りを果たしていることになります。

1人ひとりの人間も同じであり、全体のために何らかの役割りがあるはずです。



自分ひとりでは生きられません。

全体に支えられて生きています。

全体に支えられていると同時に、全体を支えながら生きています。

持ちつ持たれつ、相互扶助の関係です。

この意識は、地上に生まれる前に誰もが持っていましたが、肉体に宿り、五感で世界を感識するようになって、極度に薄れています。


宇宙から地上を見れば、国境線はありません。

陸地や海や空を通して、全てがつながっています。

地球全体が1つです。



個々が集まって、全体を形成しています。

地球全体が運命共同体です。

お互いがお互いのために生きています。

そのことを認識していれば、戦争は絶対に起こりません。



戦争がない世界を望むのならば、その一部である自分が変わるしかありません。

エゴを鎮めて、違いを認めて、寛容であるように努めなければいけません。

平和な世界を望むのならば、自分自身が平和な心でいるように努めなければいけません。

1人ひとりが変わって行けば、世界も変わって行くはずです。




2023年11月5日日曜日

神の一部であると強く信じる


霊的真理と出会い、死ぬのは怖くなくなりました。

死後の世界があり、そこがどんなところか判ったからです。

どんなところか判った分、この世を生きるのが大変に感じるようになりました。



この世を学校に例える人がいます。

さまざまな経験を通して、自分(魂)を成長させ、神の叡智(自然法則の働き)を学んでいるので、その通りかもしれません。


学校で漢字を習うのは、好きではありませんでした。

何で覚えなければならないのだろうと思いました。

けれども、あの時苦労して覚えたものが、今、生活して行く上で活かされています。



この世での経験も同じです。

何でこんな経験をしなければいけないんだと思う時があります。

次の世界に行くと、経験を通して学んだことが活かされていることに気付きます。



学校に通っている時は、得意な教科もあれば、苦手な教科もありました。

苦手な教科を勉強をするのは苦痛でした。


この世を生きている人は、苦手とするところ、言い方を変えると欠点があるはずです。

そのままにしておくわけにはいかず、克服するために、私たちは生まれて来ています。

苦手な教科を勉強をするのが苦痛だったように、苦手なところを克服するのも苦痛を伴うことが多いと考えられます。



人それぞれ苦手なところは違います。

例えば、勇気がなく臆病な人がいれば、それを克服するのに最適な出来事を経験することになるでしょう。

そんな人生の計画を承知して、私たちは生まれて来ています。




「1番大切なものは何ですか?」

こんな質問をすると、1番は「命」であり、その次は「お金」と答える人は少なくありません。

死んだ後も、命は変わりなく続いています。

お金は価値を失います。

そんな人たちは、次の世界に行くと現実に戸惑うことになるでしょう。



本当に大切なものは、五感では分りません。

地上的なものではなく、霊的なものだからです。

学校のように、誰かに教えてもらうわけにも行きません。

自らが経験して、見い出すようになっています。

徹底的に追い詰められる出来事を経験し、霊的に目覚めることで、初めて大切なものが分かります。



生きる目的は、自分を成長させることです。

困難や障害を乗り越えること、他者に愛を表現することで成長して行きます。



次の世界に行くと、この世のような困難や障害はなくなります。

嘘のように生きるのが楽になります。

何もしなくても生きて行ける世界ですが、何もしなければ成長もしません。



そこで、何かをしなければ生きていけない地上に生まれます。

誰かのために何かをする中で、喜びを見い出すのは、きわめて意味のあることです。

次の世界に行っても、霊的な喜びを感じるために、進んで他者に奉仕するようになるでしょう。

自律的に、霊界で成長して行けるようになります。



ところで、この世で愛を表現するために不可欠なものは何でしょうか?

それは信じることです。



この世では、本質(魂)が見えなくなってしまいます。

周りにいるのは、自分とは違う人間ばかりです。

そのために、信じることが難しくなります。

愛を表現して、成長して行くためには、「能動的に」信じるようにしなければいけません。



宇宙全体が神です。

私たちは神を構成する一部です。

神と一体不可分な関係です。



今、起きている戦争は、お互いを信じられないことから始まっています。

報復が許されているカビの生えた教義に捉われ、私たちは皆、神の一部であるという認識が欠落しています。

そうでなければ、平気で人間を傷つけたり、殺したりすることはできないでしょう。



神の一部である人間を傷つけるのは、神に逆らう行為です。

自分の中にいる神(良心)への裏切りです。



人間の本質(魂)は同じです。

敵対する人間も、神の一部と思えたのならば、戦争はなくなるでしょう。

お互いを敬い、慈しむようになります。

人間だけでなく、あらゆる生命も同じです。

もっと尊重するようになるでしょう。



ひどい仕打ちをする人でも、神の一部であることに変わりはありません。

エゴに振り回され、自分の中にいる神を無視している哀れな人と言えます。

そんな人は、自分で裁こうとするのではなく、神(因果律の働き)に委ねれば良いのです。



人間が神の一部であることを、証明はできません。

証明できないことは、信じるしかありません。

信じることにより、エゴから生まれている怒りや怖れが鎮まり、穏やかな心になったのであれば、それは神とのつながりが強くなり、神の心(愛)がより顕現するようになったからと考えられます。







2023年10月22日日曜日

今、始まろうとしている戦争で思うこと


起きてはいけないことが、また中東の地で起こりました。

破壊された建物と傷ついた人、泣き叫ぶ子供が画面に映る度に、心が痛み、やり切れない思いを感じます。



このままでは、争いは収まりません。

報復が繰り返されるだけです。



歴史に詳しくはありませんが、少し振り返ってみます。

約2000年前、イスラエルの地に住んでいたユダヤ人は、ローマ帝国に追われて世界各地に散らばりました。

散らばったユダヤ人は異教徒として疎ましがられていたようです。

その極めつけがホロコーストです。

そんなユダヤ人たちは、安住の地を求めて、遠い昔に住んでいたパレスチナの地に国家を創ろうとしました。



しかし、そこにはアラブ人(パレスチナ人)が住んでいました。

それでも、国連や欧米諸国の後押しもあって、多くのユダヤ人が移り住んで、1948年にイスラエルが建国されました。

それまで住んでいたパレスチナ人は土地から追われ、決められた地域に強制的に移住させられることになります。

当然のことながら、パレスチナ人は激しく抵抗します。

建国から現在まで70年以上に渡り、両者の間で大小の争いが繰り返されています。

今回のテロもその一環です。



安全に暮らせる自分たちの国家を創りたい、そんなユダヤ人の気持ちは分からなくはありません。

けれども「ここは2000年前、自分たちの土地だったので、直ぐに出て行ってもらいたい」と言われて納得する人はいません。

話し合いも、了解もなく、住んでいた人たちを追い出すのはあまりに身勝手です。


出典:長周新聞

罪のない人たちを殺し、人質として連れ去っているテロ組織の行為は決して許されるものではありません。

しかし、その行為の元々の原因は、74年前に力ずくでパレスチナ人を追い出したことにあると考えられます。

原因を正さない限り、この戦争は解決しないと思います。


左側が白人居住地区、右側が黒人居住地区 南アフリカ

今から30年ほど前まで、南アフリカ共和国ではアパルトヘイト(人種隔離政策)が行われていました。

先住者が追いやられ、隔離され、徹底的な差別が行われていました。

それと似たようなことが、現代のイスラエルで行われているように見えます。



ロシアがウクライナに侵攻してから1年半以上経ちます。

多くの国はロシアを非難して、国交を断絶しています。

侵攻の動機があまりに自己中心的なのは明白です。

強い国が弱い国を力により屈服させようとしている姿に反発を覚えます。



テロ組織は、人の心理を良く観察していると思います。

74年前にパレスチナで起きた出来事は、今、ウクライナで起きている出来事と、何ら変わりがないことを、世界中の人に想起させようとしている気がします。

軍による攻撃で、子供たちが傷つき、家族を失った人が泣き叫び、罪のない弱い人が死んでいく姿を映像として発信して、世界に訴えるしたたかな戦略を展開しているような気がします。



人間には良心があります。

どちらが良い、悪いかの理屈を超えて、罪のない者、弱い者が傷つけられ殺されて行く姿を見ると、何とかしなければという衝動が生まれます。

世界各地で起きているデモも、良心の顕れだと思います。



テロ組織さえ壊滅すれば戦争は終わると思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。

敵に大切な人を殺された人たちが、次から次へとテロ組織に入ると考えられます。

怒りや憎しみや恨みの想いがなくならない限り、テロ組織はなくならないと思います。



繰り返しになりますが、テロ行為は決して許されるものではありません。

けれども、74年前の出来事がなければ、テロ組織など存在せず、平和な地であったはずです。

根本原因をなくすには、パレスチナ人から奪った土地を返して、ユダヤ人は出て行かなければいけません。

それが非現実的ならば、少なくても限られた地域に閉じ込められたパレスチナ人を解放しなければいけません。

恐れから自由を奪うことが許されるはずはありません。



宗教や人種が異なっても、共存できるはずです。

もし無理と考えるならば、アラブ人の国家を認めるべきです。

74年前のユダヤ人と同じように。


イスラエル(エルサレム)は、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の3つの宗教の聖地です。

そこには現代の宗教が抱ええている問題の縮図があるようです。

真理は1つです。

同じ神を見ていたはずです。

けれども、人間が作ったドグマにより真理が塗り固められてしまい、それぞれの宗教は似ても似つかないものになりました。

宗教の本来の目的は、地上の人を霊的に目覚めさせ、お互いを慈しみ合うためにあると考えられます。

現実は、宗教間で争いが起きています。



シルバーバーチの霊訓には、こう書かれています。

「地上最大の罪とは、神の存在を知りながら、神の意思に背く生き方をすることです。」

神を信じ、忠実であろうとしている人たちは、神の意思に背く行為、人を殺したり傷つけたりすることをどう考えているのでしょうか?

今、始まろうとしている戦争は、私たちが考えているよりも愚かで罪深いことであり、霊界も憂いているでしょう。



戦争は最も愚かな行為と言われるのは、信頼関係を破壊し、人と人とのつながりを断ってしまうからです。

多くの人や国に霊的に大きな負債を作り、引いては人類全体の進化を妨げてしまうからです。



既存の宗教からドグマを取り除いたものが、霊的真理です。

宗教が機能不全に陥り、見切りをつけた霊界は、計画的に霊的真理を地上に降ろしました。

それを広めようとしている人は、宗教とは無縁の人たちです。



遠い国にいて何もできませんが、この文章がたった一人でも良いですから、争いの最中にいる人に届くことを願っています。


「どうか気付いて下さい。

あなたが銃の引き金を引いて作り出されるものは、平和ではなく悲しみであることを。

どうか知って下さい。

あなたの怒りから生み出されるものは、痛みとなって返ってくることを。

どうか分かって下さい。

私たちは霊的につながっていて、1つであることを。

信じ合うこと、許し合うことでしか平和は訪れません。

平穏な日々を取り戻すことを心から祈っています。」


「אנא היו מודעים לכך.

מה שאתה יוצר כשאתה לוחץ על ההדק של אקדח זה לא שלום, אלא עצב.

תדע בבקשה.

זכרו שמה שיוצא מהכעס שלכם יחזור אליכם בצורה של כאב.

בבקשה תבין.

שאנחנו מחוברים רוחנית ואחד.

שלום יכול לבוא רק כאשר אנו מאמינים אחד בשני וסולחים אחד לני.

אני מתפלל בכנות שיחזרו ימים שלווים.」


「يرجى أن يكون على علم بذلك.

ما تخلقه عندما تضغط على زناد البندقية ليس السلام، بل الحزن.

يرجى العلم.

وتذكر أن ما يخرج من غضبك سيعود إليك على شكل ألم.

من فضلك إفهم.

أننا مرتبطون روحياً وواحداً.

السلام لا يمكن أن يأتي إلا عندما نؤمن ببعضنا البعض ونسامح بعضنا البعض.

أدعو الله بصدق أن تعود الأيام الهادئة.」




2023年2月26日日曜日

夢想 ~この戦争の終わらせ方~


全国で大学入試が行われています。

神社に行き、合格祈願をする人は少なくありません。

祈ることで、不安な気持ちが和らぐような気がしますが、点数を取れば合格し、取れなければ不合格となる現実は変わりません。

もし、結果が変わってしまうのであれば、公正とは言えません。



この世界は、目に視えない自然法則(因果律)の働きにより、完全な公正が保たれています。

自然法則の働きに適った行いは成就し、反した行いは頓挫するようになっています。



読売新聞オンラインより
ロシアのウクライナへの侵攻が始まり、1年が過ぎました。

その動機は利己的です。

人を傷つけ、国土を破壊する行為は、自然法則の働きに反しています。

始めた時点で、頓挫する運命にあります。



今、私たちが生きているのは物質的な世界です。

そのため結果が直ぐに現れるとは限りません。

不公正がまかり通っているように見える時があります。

けれども、頓挫させる事象(結果)がどこかで生じます。

過ちに気付き、悔い改めることになり、公正さを取り戻すようになっています。



今の状況はロシアにとって想定外です。

自然法則の働きによるものでしょうが、そんなことなど知る由もありません。

思い描いていた通りになりそうもないと感じ始めています。

しかしながら、引くに引けません。

撤退すれば国家の威信は失われ、罪を問われることになるからです。

負けることが許されす、勝つこともできない、出口の見えないこの戦争を終わりにする方策は見当たりません。



トルコの地震で倒壊した建物 © Sputnik / Sertaç Kayar
トルコで大地震が起きました。

たくさんの建物が倒壊し、5万人以上の人が亡くなりました。

今もたくさんの人たちが助けを求めています。



今すぐに、ロシアはこう宣言したらどうでしょうか。

「隣国であるトルコを助けることを最優先する。」

ウクライナからロシア軍を直ちに撤収させて、その足で黒海の対岸にあるトルコの被災地に向かわせます。

銃をスコップに持ち替えさせ、戦車から重機に乗り替えさせて、瓦礫の前で助けを求めている人たちのために働きます。



復興には、膨大な人力を必要とします。

数十万の兵士の力は頼りになるでしょう。

たとえ本心からではなかったとしても、負けを認められないロシアの事情を察して、トルコの人たちは快く受け入れてくれるかもしれません。



人を傷つけ、街を壊す行為は、事態を悪化させるだけです。

これ以上戦況が悪くなると、(核兵器の使用など)起きてはならないことが起きてしまうかもしれません。

人を助け、街を建て直す行為は、自然法則に適っているので、事態を好転させます。

失墜した信用を、少しでも回復させることにつながります。

夢みたいな話だと笑われてしまうかもしれませんが、これが最善の方策だと私は思います。



自然法則の働きは完璧です。

犯した罪から逃れることはできません。

それぞれの人に、過不足のない償いが待っています。



償いをしている時、その人の魂の成長は止まります。

戦争で殺された人たちは、この世で予定されていた成長ができません。

大切な人を奪われた人たちには、怒りや憎しみや失望が生まれて、成長の妨げとなります。

良心の声を無視して引き金を引いた人は心に深い傷を負い、成長が妨げられてしまいます。

多くの人の成長を妨げてしまう愚かな行為が戦争です。



人は物的にばらばらです。

けれども、霊的に1つです。

人を傷つけるのは、自分を傷つけているのと同じです。

一蓮托生なのです。

人類の進化の妨げてしまう戦争を、一刻も早く終わりにしなければいけません。






2022年4月3日日曜日

心の痛み


仕事で毎日のように虫歯の治療をしています。

ご存知のように虫歯は痛みを伴います。

ひどくなると夜眠れなくなったり、日常生活に大きな支障を来すこともあります。

痛みに耐えられなくなって、来院する人も少なくありません。


もし、痛みを感じなかったとしたらどうでしょう?

虫歯が進んでも気付かず、最終的には歯を失ってしまう可能性があります。

痛みは、身体に異変が起きていることを知らせる大切なシグナルと言えます。



甘いものが好きだったり、ブラッシングを疎かにすると虫歯が生じます。

痛いのは嫌なので、多くの患者さんは甘いものを控えたり、ブラッシングを丁寧にするようになります。

痛みを通して、誤った生活習慣を正していると言えます。



苦痛を感じるのは肉体だけではありません。

心も感じます。

他者から傷つくような言動を受ければ苦痛を感じます。

自分で自分を責めてしまっても苦痛を感じます。



人が傷ついたり、殺されたり、街が壊されたりしているのを見ても、心に痛みのようなものを感じます。

どうしてなのでしょう?



悪いことをしてはいけない、嘘をついてはいけない、人を傷つけてはいけないなど、やってはいけないと思うのは、親から教えられただけではありません。

人は、生まれながらに良心が備わっています。

良心とは、私たちに顕現している神です。

人を傷つけるのは自然法則に反した行いであり、自分の中にある良心が痛みを感じていると考えられます。



人は霊的な存在です。

肉体は別々であっても、霊的につながっています。

そのつながりを通して、無意識のうちに想いを受け取っています。

言葉を交わさなくても、人の想いを察する時があるのはそのためです。

人が感じている苦痛を、自分のことのように感じることがあります。



NASA(RF)の画像

宇宙空間から見れば、地球は1つの美しい生命体のようです。

どこを探しても国境線などありません。

人間が勝手に作った国という概念によって、無用な争いが起きています。



今日、コロナウィルスが地球全体に広がっています。

ウィルスに国境は存在しません、

人間同士はつながっていて、一体であることを物語っています。



戦争は、全体の一部が深い傷を負ったようなものです。

遠く離れていても、全体の一部で起きていることに変わりありません。

霊的につながっているので、痛みを感じると考えられます。



国、人種、言語、宗教などが違っていても、人は同じものを愛しく思い、同じものを悲しみ、同じものを恐れます。

人間の本質は、同じ魂だからです。

その魂に神が宿っています。



神(良心)の声を無視して自然法則に反した行いをすると、因果律が働いて、苦痛を伴う事象が生じます。

そこから免れるためには、自然法則の働きを学んで、従うしかありません。

苦痛を通して、神が望んでいる方向に、私たちは導かれています。

一時的に悪い方向に進んだとしても、最終的には正しい方向に進んで行きます。

私たちの中にいる良心(神)が、悪い方向に進んで行くと、心に痛みを覚えるからです。



過去よりも現在の方が、総じて霊的に進化しています。

それに伴い、人や動物を傷つけることに対して、より心の痛みを感じるようになっていると思います。

何が正しいのか、過っているのかが、以前よりもはっきりと判っている人が多くなっているはずです。



私たちにできるのは、戦争が早く終わるのを祈るくらいなのかもしれません。

その祈りは霊界に届いています。

霊界の人たちが手をこまねいているはずはなく、あらゆる手段を講じて終わらせようとしています。

戦争に関わっている人たちに、良心の呵責を生じさせるような思念を吹き込んでいると思います。

それにより、銃の引き金を引きたくない、ミサイルのボタンを押したくない衝動にかられるでしょう。

上官の命令に逆らって、良心の声に従っている兵士も出て来ていると信じています。



戦争は誰にも知られる事実です。

しかし、世界には誰にも知られず、助けを求めている人たちがたくさんいます。

私の子供の頃から、飢えや疫病に苦しんでいる人たちがいました。

最初に知った時「可哀想だから、何とかしてやりたい」と痛みのようなものを感じました。

時が経ち、その事実が当たり前のようになると、何も感じなくなって行きました。

それは、とても恐いことだと思います。



自分だけ、自国だけが、平和で豊かであれば良いと言う時代は終わろうとしています。

個のことばかりを考えている限り、人間を悩ませる事象が次々と生じます。

全体で考えない限り、根本的に解決しないでしょう。



個は全体のために存在しています。

全体のために何かの役割を果たすように、個が創られています。

ミクロからマクロに至るまで、個と個が協調することで、全体に調和がもたらされます。



私たちは霊的に1つです。

生命はつながっています。

心の痛みは、そのことを教えていると思います。