2026年8月2日日曜日

意志は感情よりも強い

 

前回のブログで、強制収容所で拷問を受けたオランダ人女性コーリー・テン・ブームのことを取り上げました。

「赦しは意志による決断です。感情がついてこなくても、その意志は働かせることはできます。」

彼女のこの言葉が、とても印象に残っています。

コーリー・テン・ブーム 出典: Wikipedia


地上の人間は、「肉体」と「精神」と「魂」の3者から構成されています。

厳密には、肉体の他に霊体があります。

そして、精神には肉体と強く結びついている「地上的な自我」と、魂と強く結びついている「霊的な自我」が存在しています。(シルバーバーチの霊訓に書いてある「パーソナリティ」と「インディビジュアリティ」がそれに当たると考えています。)




本当の自分とは、霊的な自我です。

霊的な自我の一部分が、地上的な自我として顕現していると言っても良いのかもしれません。

死んで霊界に行くと、霊的な自我で自己表現が始まり、意識の拡大が起こります。



シルバーバーチの霊訓には、こう書いてあります。

「ものごとは自分次第で善にもなり悪にもなります。そこであなたの選択権、自由意志、決断力、判断力を使用する必要があるわけです。それは大霊があなたに与えた神性の1つです。」

人間は自由意志が与えられています。

自由意志が神性の1つならば、霊的な自我によって決断が行われていると考えられます。



肉体(五感)によって得られた情報は、地上的な自我を通して、霊的な自我に伝えられていると考えられます。

霊的な自我はその情報を基に、魂に内在されている良心(神)に照らし合わせて、どのような行動をするのか決めていると考えられます。

霊的な自我で決められたことが、地上的な自我に伝えられて、肉体に命令を出して行動に移されていると考えられます。

この往復が繰り返し行われることで、地上の人生が営まれています。



霊的な自我が意志を決定するのに際し、地上的な自我は大きな影響を及ぼしています。

例えば、踏切の中で倒れている人を見たとすると、霊的な自我からは(良心の働きにより)助けようとする意志が生まれます。

ところが、地上的な自我からは、自分の身を守るために、怖れの感情が生まれます。

その感情が大きくなると、助けるという意志決定は困難となり、行動に移せなくなります。



法則に反した行いをしようとすると、それを引き留めるような、言葉を超えた良心の声がします。

それを無視して行動に移すと、その罪は霊的な自我に印記されます。

例えばお金が欲しくなり、人に危害を加えて手に入れたのなら、その先で苦痛を伴う償いが生じます。

霊的な自我が決めた行動に対する責任は、霊的な自我が取ることになり、その間は成長することができなくなります。



「物的身体は霊が自我を実現するための道具であり、精神はそのためのコントロールルームと思えばよろしい。」シルバーバーチの霊訓にこう書いてあります。

霊(魂)が上位にあり、次に精神があって、その下位に肉体があります。



最上位にある霊(霊的な自我)から生まれる意志の力には、精神(地上的な自我)から生まれるいかなる感情も敵いません。

そのことから、冒頭のコーリーが語ったことが理解できます。

怒りや憎しみと言う「感情」よりも、赦すという「意志」の力が勝ったのです。



難易度の高い仕事をする前に、私も不安や心配が生じる時があります。

そんな時に、上手く行くように願うのではなく、自分を信じるという意志、「患者さんのために成功させる」と言う意志を持つことで、不安や心配を追い払うようにしています。



仕事や趣味など、夢中になってしている時はどうでしょうか?

それまであった感情から解放されていることに気付くはずです。

意志を持つことにより、感情に捉われずに済みます。



話が少し逸れるかもしれませんが、スポーツの世界などで「ゾーン」という言葉を聞くことがあります。

ゾーンに入った時は高度に集中していて、最高のパフォーマンスができると言われています。

また、試合中にチームメートが何を思っているのか、何を望んでいるのか分かっていたと語っていたアスリートがいましたが、そんな時もゾーンに入っていたのでないかと思われます。



ゾーンに入っている時は、地上的な自我の働きが抑えられ、霊的な自我が前面に出て来ていると考えています。

時間の感覚も希薄になり、感情や考えに捉われない、俗に言う無我の境地に入っていて、自分の意志が忠実に表現されているように思います。

その時の感覚は、霊界にいる時の感覚に近いのではないかと想像しています。



以前、踏切内で倒れている老人を助けようとして、巻き込まれて死んでしまった女性がいました。

「助ける」という強い意志により、死の恐怖を感じなくなっていたと考えられます。

その瞬間、地上的な自我の束縛から解放され、霊的な自我から生じている神性が遺憾なく発揮された結果だったと考えられます。



1947年、インドはイギリスの植民地支配から独立をしました。

その立役者がマハトマ・ガンジーです。

インドは長い間、イギリスから理不尽な要求や対応を受け続けていました。

国民に強い憤りが生まれていましたが、ガンジーは「非暴力」「不服従」を選択しました。

その意志を持つことにより、感情を封じ込めようとしていたと考えられます。

もし、感情に任せて力で対抗していたのであれば、力によって封じ込められて、独立は叶わなかったでしょう。

因果律の働きを熟知していた偉大な霊覚者だったのです。



怒りや憎しみなど、成長を妨げるような感情を抱き続けると、苦しみを感じるようなっています。

法則に適った意志を持つことによって、それらの感情は打ち消されて、その苦しみから解放されます。



地上と違い、霊界では何もしなくても生きて行けます。

そして、思念(意志)が直ちに具現化される世界です。

見方を変えると、意志がなければ何も始まらない世界です。



周りのために何かをすることで、人は悦びを感じ、成長して行きます。

地上では、さまざまな出来事が起こります。

出来事を克服するために、意志を持って臨まなければいけない局面に遭遇します。

そのような経験を繰り返すことによって、思念が全ての霊界において、周りのために何かをする「意志」が培われていると考えられます。