2026年3月1日日曜日

法則の働き



今から500年前、日本は戦国時代でした。

武力がものを言う時代であり、各地の大名が領土争いを繰り広げていました。

そこに住んでいた者は争いに巻き込まれ、多くの命が失われたことでしょう。

時代が進むにつれて、争いは少なくなって行き、日本は平和な社会となっています。



昔は、女性が政治に参加することは許されませんでした。

家で食事を作ったり、掃除や洗濯をするのが、女性の仕事と思われていました。

今は、女性が首相になる時代となりました。

多くの男性が、当たり前のように家事に参加しています。



世の中も人も、時代と共に変化しています。

500年前に生きていた人が現代に生まれたとしたら、あるいは現代を生きている人が500年前の世界に生まれたとしたらどうでしょう?

周りの人間との間に大きな隔たりを感じて、適応するのが困難でしょう。

その時代に見合った、進化の程度の人が生まれて来ると考えられます。



進化とは、知性が高くなることではありません。

霊性が高くなり、より神の心が表現されるようになることです。

進化した世界とは、個々の生命が持っている特性が全体のために活かされて、高度に調和している状態を指すと思います。


もし、宇宙の彼方から知的な生命が訪ねて来たらどうでしょう。

最も進化していると言われている人間が、ところどころで傷つけ合い、殺し合っています。

飢えている人、苦しんでいる人がいても、見て見ぬふりをしています。

自分が住んでいる星を汚して、他の動植物たちの生存を脅かしています。

そんな姿を見て、何て野蛮で愚かな生命だろうと思うでしょう。

現代人が500年前にタイムスリップした時よりも、強い違和感を感じるかもしれません。

形跡があるのに、人前に姿を現さないのは、進化の程度に大きな差を感じて、友好関係を結ぶ気になれないからなのかもしれません。

無用な争いをせず、協調性に富み、自然と調和して生きている、海の中にいる知的でフレンドリーな生き物の方に、親しみを感じているような気もしています。



争いがない社会になって行くのも、男女の分け隔てがなくなって行くのも、偶然ではありません。

もちろん人間がそうなるように努力をしているのですが、最大の理由は目に見えない自然法則が働いているからだと思います。



自然法則と言っても、さまざまな次元のものがあります。

水が0℃で凍り、100℃で沸騰するのは、物質的次元の法則の働きによるものです。

助けてもらうとうれしくなり、裏切られると怒りが生じるのは、精神的次元の法則の働きによるものです。

より平和で平等な世界になって行くのは、霊的次元の法則の働きによるものです。

あらゆる現象に、自然法則が伴っています。



法則の根底にあるのは「因果律」です。

原因があれば結果が生じます。

「法律」に背いた行いをしても、見つからなければ咎められることはありません。

「法則」に背いた行いをすれば、相応の結果が必ず生じます。

人や動物を傷つければ、自らの魂を貶める結果が生じて、相応の苦痛を味わって償わなければいけなくなります。



神の心が法則によって顕現しています。

法則は神の公正によって貫かれています。

苦痛は公正を保つために必要であると同時に、自らの過ちに気付いて正すために存在しています。



乗り越えられない出来事は存在しないのは、神の法則の働きによって起きているからです。

苦しめるため、挫けさせるためではなく、学び成長させるために起きているので、ぎりぎりのところまで追い詰められたとしても、乗り越えられるようになっています。



どんな出来事にも原因(目的)があります。

それが分からないと、偶然としか思えません。

不幸や凶事と言われる出来事であれば、理不尽に思えて、運命を呪ってしまうこともあります。



死んで霊界に行くと、霊的な目が見開かれます。

地上にいる時に分からなかった原因(目的)が分かるようになります。



自分に足りない資質を手に入れるために、その出来事を経験する必要があり、そのために起きているのかもしれません。

あるいは、過去の人生に原因があって、今回の人生で結果として現れているのかもしれません。



自分の言動や想いが原因となり、自動的に結果を生み出しています。

生み出された結果に対する、自分の言動や想いが、新たな結果を生み出しています。

原因と結果を繰り返しながら人生が営まれていますが、その一局面として出来事が起きているのかもしれません。



いずれにせよ、偶然や不運ではなかったことを知ります。

地上にいた時に抱いていた、理不尽な思いは消えます。

そして、出来事が起こった時の対応によって、自分が形作られて行くのを知ることになります。



自分が原因を作っていないのに、苦痛を伴う出来事を経験することがあります。

そこに埋め合わせの法則が働いています。

恨まずに、その出来事を乗り越えようとすることで、魂の成長という報いがあり、神の公正が完全に保たれていたことを知るでしょう。



あらゆる存在は、法則の働きによって、神とつながっています。

神の心は愛です。

法則の働きによって、喜びが感じられる方向へと導かれています。

時に、つらく、悲しい出来事が起きますが、その経験により霊的に成長して、その先でより深い喜びが感じられるようになります。

霊的な真実が分からなくなる地上では、その時が必ず来ると強く信じて生きるしかありません。


0 件のコメント: