最近、聞き慣れない言葉を耳にしました。
それは「親ガチャ」です。
透明のカプセルの中に、フィギュアなどの玩具が入っている自動販売機のことを「ガチャガチャ」と言います。
入っている玩具は、当りもはずれもあり、どれが出て来るのか判りません。
それになぞらえて、子供は親を選べない、どんな境遇に生まれるのかは運まかせという意味だそうです。
その言葉の中に、世の中に対する不平不満が含まれていると思います。
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| 正式名称は「カプセルトイ」 |
生命(魂)は生まれる前にも、死んだ後にも存在しています。
どの人の子供になるのかは、生まれる前に自分で決めています。
そんなはずはない、あんなひどい親の元に生まれることを、自分で決めていたはずなどないと、言う人も中にはいるでしょう。
もし選べるとしたら、優しく、裕福な親にするだろうと言う人は多いと思います。
この世に生まれて来る目的は、自分を成長させるためです。
逆境を乗り越えて行くことで、魂は成長します。
逆境とも言える家庭環境を克服して行くことを、1つの目的として生まれて来る人もいるでしょう。
また、過去生において何らかの過ちを犯し、償いのために苦痛を伴う環境に生まれて来る人もいるでしょう。
およその人生も、生まれる前に自分で決めています。
人生のどこかで、自分に足りない部分を補ったり、弱い部分を強くするための出来事が起きるように計画されています。
つらく苦しいのですが、それを乗り越えて行くことで、望んでいる自分に変わって行きます。
人生に偶然はありません。
全ては計画的に、目的を持って起きています。
私たちは、生まれてから今までの間、数限りない決断をして来ました。
小さな決断もあり、大きな決断もあります。
決断を実行することにより、何らかの結果が生み出されます。
生み出された結果に対して、また何かを決断し実行し、更に結果が生み出されます。
何かを決める前に、人から意見を聞いたり、忠告を受けたりすることもあるでしょう。
背後霊からの導きもあります。
しかし、最後に決めるのは自分です。
そこには誰も干渉できません。
自分で決めたことは、自分が責任を持つのが道理です。
好きに決められますが、常に責任が伴っているのです。
生まれる環境は、自分で決めています。
そして、生まれてからも、いろいろなことを自分で決めながら生きています。
今の自分は、その結果です。
全てが因果律の働きによるものです。
そこに不公平や不平等は存在しません。
今まで生きて来た通りの自分でしかいられません。
それ以上にも、それ以下にもなり得ません。
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| ロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手 |
環境に恵まれ、才能に恵まれ、成功して地位や名誉を得ている人もいます。
そんな人生を、羨ましがる人がいるかもしれません。
豊かな才能を持っているほど、さらに高めて行くためには、並外れた努力を強いられます。
高い志を持ち続けられず、誘惑に負けてしまい、堕落してしまう人もいるでしょう。
地上では、外面しか見ることができません。
内面にある、苦しみや痛みや葛藤は窺い知れません。
もし、その人の人生をつぶさに見ることが出来たのならば、今の人生で良かったと胸を撫で下ろすかもしれません。
地上に生まれて来たからには、その人に果たすべき目的が存在しています。
もし何も目的がなければ、生まれて来る必要などありません。
目的がそれぞれ違えば、自ずと人生も違ってきます。
生まれる環境も、目的に応じたものになります。
従って、他人と自分の境遇を比べて不公平だと言うのは間違っています。
学び、成長するための機会が、公平に与えられています。
時々、こう思う時があります。
今までどれくらい、避けたり、諦めたりする方を選んでしまったのか?
愚痴を言って、自分を変えようとしなかったのか?
運命のせいにして、努力を怠ってしまったのか?
許ぜずに、怒りをぶつけてしまっていたのか?
人よりも自分を優先する方を選んでしまったのか?と
今までに、学び、成長する機会を逸するような、決断をどれ位してきたのか想像もできません。
死んで、向こうの世界に行くと、地上の人生を振り返る時が必ず来ます。
自分の行いの全てを見せられます。
自らが決めて取った行いが、どんな結果をもたらしていたのかが判ります。
すっかり忘れていた自分の行いが、思いもよらぬ結果となって表れていることも判ります。
過去生での行いの結果が、時を経て、この人生で表れていたことも判ります。
原因が全く判らなければ、理不尽な出来事にしか思えません。
運命や神を呪っている自分を見るかもしれません。
遠い過去から、原因と結果の連鎖を繰り返しながら、現在の自分に至っています。
運や偶然の入り込む余地は全くありません。
向こうの世界に行くと、そのことを知るので、不平不満を抱く人はいなくなります。
不平不満を言っている自分の姿を見たのならば、何も知らなかったとは言え、恥ずかしくなるでしょう。
原因が自分にあるのに、環境や運命のせいにしている姿は、ひどくみっともなく映るでしょう。
そして、不平不満を言うほど、周りのせいにするほど、自分が変わる機会を失っていることに気付くことになります。
変われなかった原因が、自分にあったのを知ったのならば、もう1度地上に生まれることを切望すると思います。
今度は、どんなことがあったとしても、不平不満を言ったり、周りのせいにしないと固く誓うでしょう。
逆境に生まれ、人生のどこかで相応しい出来事が起こり、試される中で、目的を果たして行くことになると思います。
過酷な環境に生まれ、苦難の多い人生なのに、不平不満を一言も言わず生きている人がいます。
そんな人は、過去の人生のどこかで、そのような経験をしていたのかもしれません。
成長を妨げてしまうことを、魂はすでに学んでいると思います。
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| 尾瀬の歩荷(強力) |































