霊的真理を知って、心がけるようになったことがあります。
それは、行動する前に想い(動機)を問い質すことです。
シルバーバーチはこう言っています。
「自分で正しいと思うこと、良心が指示することを忠実に実行しないといけません。最後は自分が自分の裁判官となります。振り返ってみると正しかったこともあれば間違ったことをしていることもあります。しかし、動機が人のためということであれば、たとえ間違っていても咎められることはありません。動機が何よりも考慮の対象となります。」
戦争で人を傷つけるのは、もちろん良くない行為です。
けれども、動機が国や家族を守るためであれば、霊的に罪を問われないと言われています。
そして、こうも言っています。
「何事も動機がその価値を決めます。慈善事業(チャリティ)に気前よく大金を寄付する億万長者は、その行為によって少しも霊性は伸びません。反対に、これは絶対に意義があると信じて無い金をはたいて援助する人は、その動機ゆえに霊性が伸びます。」
どれほどのことをしたのかではなく、どんな想いでしたのかが問われています。
近年、動物愛護に対する関心の高まりと共に、保健所で殺処分される犬猫の数は着実に減っています。
残念なことですが、動物愛護活動をしている人の中には、動機が好ましくない人もいるようです。
近隣の街で、飼い主のいない犬や猫を自分が作ったシェルターで保護して、その様子を動画に挙げている人がいます。
それを観て、金銭面で支えてやろうと寄付をする人も少なくありません。
しかし、寄付された浄財の多くは動物たちのためではなく、自分の生活のために使われているようです。
動物を利用して人の善意に付け込んでいます。
当初は可哀想な動物たちのためにという純粋な動機から始めたのかもしれませんが、年月と共に利己的な動機にすり替わって行ったようです。
どこかで動機を問い質していれば、過った方向に進んで行くのを防げたのかもしれません。
私も気を付けなければいけないと思っています。
約20年前にヒーリングの力が私の手から出ているのに気付きました。
直後に霊的真理に出会いました。
目に見えない力が存在していることを多くの人に知ってもらいたい、そして真理に出会い救われた私は他の人にも同じ恩恵を受けてもらいたい、そんな想いからこのブログを書き始めました。
かつての私がそうであったように、必要としている人にとって、真理は人生を変えるほど重要な意味を持っています。
例えば、魂が存在し、あの世でまた会えるという真理は、最愛の人を亡くした人にとって救いをもたらします。
救われた人は、必要としている人に伝えたいという想いが生まれ、真理は少しずつ広がって行きます。
真理の普及は霊界主導で行われています。
必要としている人が、伝えようとしている人や書かれている本と出会うように、霊界が導いていると考えられます。
今はインターネットが普及しているので、昔よりも容易に両者を出会わせることができると考えられます。
詳細は明らかではありませんが、真理を必要としている人に適切な言葉を打ち込んで検索させるように、霊界がインスピレーションを送っている時があると思います。
そして、伝えようとしている人のサイトや本が現れたら、特別なものを感じさせるインスピレーションを送って、開かせていると思います。
それとは逆のパターンもあります。
あるブログを観ていて、何か特別なものを感じました。
ブログの管理者の女性はカウンセラーとして活動をしていましたが、読み進めてみると、小学生のお子さんを突然の事故で亡くされていたことが分かりました。
この人の役に立てるのでは、という思いが生まれました。
しばらくすると、その女性とお子さんがキッチンで戯れているイメージが心の中に浮かびました。
何か伝えたいことがあるのではと思い、お子さんの意識に焦点を合わせると、心の中に言葉が生まれて来て、手紙のような文章になりました。
伝わって来たことは、伝えなければいけないと思っています。
突然で驚かれること、失礼なことを承知の上で、その文章をコメント欄に書き込んで、お伝えしました。
しばらくしてブログを観ると、同時期に私以外の複数の人からも同様なメッセージが伝えられていて、(お子さんが)生きているとしか思えないと綴っていました。
この件により、必要としている人に真実(真理)が伝わるように、霊界の人が地上の人を使って、計画的に働きかけていることを実感しました。
霊界の人たちは、地上の人の心の中が分かっています。
どのような想い(動機)で、行動しているのかも承知しています。
霊界の人たちが導いているのは、地上の人たちへの愛情があるからです。
地上の人から、苦しんでいる人や悲しんでいる人を何とかしてやりたいという想いが発せられると、その想いは霊界の人たちに届いて、必要としている人とつなげていると思われます。
いくら知っていたとしても、何とかしてやりたいと言う想いがなければ、霊界の人たちと同じ想いで協調することはできないと考えられます。
以下のシルバーバーチの言葉は霊界の人たちの想いを代弁していると思います。
「ストレスと難題の尽きない時代にあっては、正しい知識を手にした者は真理の使節としての自覚を持たなければなりません。残念ながら、豊かな知識を手にし悲しみに中で大いなる慰めを得た人が、その本当の意義を取り損ねていることがあります。(中略)真理の啓示を受けた者ー永いあいだ取り囲まれていた暗闇を突き破って目も眩まんばかりの真理の光に照らされて目覚めたはずの人間の中にさえ、往々にして我欲が先行し滅私の観念が忘れられていくものです。まだまだ浄化が必要です。まだまだ精進が足りません。まだまだ霊的再生が必要です。真理普及の仕事を託された者に私が申し上げたいのは、現在の我が身を振り返ってみて、果たして自分は当初のあの純真無垢の輝きを失いかけてないか。今一度その時の真摯なビジョンにすべてを捧げる決意を新たにする必要はないか。時と共に煤けてきた豊かな人生観の煤払いをする必要はないか。そう反省してみることです。霊力の地上への一層の顕現の道具として、己の全生活を捧げたいという熱意にもう一度燃えていただきたいのです。」
死んで霊界に行くと、地上の全人生を振り返る時が来ます。
どんなことを言ったか、どんな行いをしたかを逐一思い出し、それによりどんな結果が生じたのかが分かります。
その時の想い(動機)を同時に思い出します。
行ったことの霊的な価値は想い(動機)により決まります。
利己的な動機であれば価値は見つけられず虚しさを覚え、利他的な動機であったのなら価値を見つけてうれしくなるでしょう。
真の喜びは、誰かの役に立った時に生まれるからです。
魂を成長させ、今生に生まれて来た意味を成就することにつながっています。
必要としている人はたくさんいます。
そんな人たちに心を寄せて、何とかしてやりたいという想いを持ち続けることが何よりも大切だと、改めて感じています。


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