2020年5月24日日曜日

新型コロナウィルスの流行について ~収束に向けて~



幸いにも、日本国内の感染者数は減って来ています。

流行が収束していると言うよりも、多くの人の努力により、人と人が接触する機会が少なくなった結果が表れていると考えています。

日本は「自粛」と呼ばれるように、自主的な判断で行動を制限して来ました。

一方、諸外国で行われていた「ロックダウン」は、強制的に行動を制限するものであり、それにより感染の機会を完全に断とうとするものです。
ロックダウンされた都市(スペイン)
その間は、人との接触がなくなるので感染は起こりません。

しかしながら、解除されれば人との接触が始まり、生物学的法則に則って再び流行が始まる可能性は高いと考えられます。

他の国とは違う政策をとっている国があります。

スウェーデンでは、ある程度の行動制限をしていますが、店を閉めることもなく、小中学校も休みにならず、ほとんどの人は普段通りの生活をしているようです。
4月のスウェーデン(ストックホルム)
これは、集団免疫理論に基づいていると考えられます。

予想通り感染者は増えて、それに伴う死亡者数も近隣の国に比べて多くなっています。

しかし、当局はそのことを織り込み済みであり、もうしばらくすれば、一定数以上の人が抗体を持つことで集団免疫を獲得して、収束に向かうと予測しています。

ロックダウン→解除→感染者の増加→ロックダウンを繰り返していると、収束までに長期間かかり、経済的損失が大きくなるので、それならば、普段通りの生活をしてもらい、(多少死亡者が増えても)損失を少なくしようと考えているようです。

どの政策が正しいのかは判りませんが、流行を防ごうと力を入れるほど、抗体を持つ人の割合が少なくなり、再び流行が起きるリスクは高くなると考えられます。

過去の経験からは再び流行が起きて、数年をかけて収束に向かって行くと予想されます。




余談ですが、今回のウィルスの流行を予見していたような文章を見つけました。

「In around 2020, a severe pneumonia-like illness will spread throughout the globe, attacking the lungs and the bronchial tubes and resisting all known treatments," it said.
(2020年頃、重度の肺炎のような病気が地上に蔓延して、肺や気管支を侵してしまうようになるが、既知の全ての治療法に効果がない。)

「Almost more baffling than the illness itself will be the fact that it will suddenly vanish as quickly as it arrived, attack again ten years later, and then disappear completely.」
(病気以上に全く持って不可解なのは、(病気が世界中に)到達するのと同じくらい早く、突如として消滅してしまうことです。10年後にまた現れて、今度は完全に消滅します。)Silvia Brown: 『End of days』 2008  CNN worldより引用

予知能力は存在すると思いますが、全てが的中するわけではありません。

むしろ外れることが多いと感じていますが、今回は後半部分が的中して、再び流行せずに収束することを願わずにいられません。




感染しても約3人に1人(35%)は無症状と言われ、そのために知らない間に拡がってしまうのが、このウィルスの怖いところです。

再び流行が始まったとしても、しばらくは気付くことが出来ないでしょう。

流行を防ぐためにはワクチンが必要です。

しかしながら、行き渡るまでにあと数年かかると言われています。

それまでの間、ウィルスの脅威に晒されていると思うと気が重くなりますが、引き続き、移さない、移らないような自助努力を続けるべきです。




いつの日か、流行が収束する時が来ます。

それまでに世界中でどれ位の人が亡くなるのか予想もつきませんが、戦争に匹敵すると考えられます

この出来事が人間が享受する結果であるならば、それを深く受け止め、原因を検証しなければいけません。

何事もなかったように忘れて、元の生活に戻ろうとするならば、何の教訓も得られずに終わります。

それでは亡くなった人たちが報われません。




ところで、今回のウィルスの流行に対して、日本の対応は国内外の評価が低いようです。

3月後半から、ニューヨークと同じことが東京で起きると言われており、戦々恐々としていました。

結果として、全国の死亡者数は814人(5月22日現在)で、人口当たりの死亡率が世界で最も低い国の1つとなっています。

一方、アメリカでは未だに感染拡大が続いており、予測される死亡者数は15万に上るとも言われています。

アメリカは世界で最も経済的に豊かな国であり、医療資源にも恵まれています。

何故、これだけの差が出てしまうのでしょうか?




視えないところに原因があるのかもしれません。

「日本人の特徴」で検索してみたところ、トップのサイトにはこんなことが書かれていました。

1、周囲から目立たないように、大人しくする
2、礼儀正しく、マナーを守る
3、我慢強さがある
4、自分を表現するのが下手
5、非常に温厚である
6、他国の流行や文化を積極的に受け入れる
7、完璧主義者が多い
8、周囲に合わせることが多い
10、約束や時間をきっちり守る

どれも頷けますが、1と8などは日本人の短所とまで言われたことです。

個性がない、主張がない、何を考えているのか判らないと言う、ネガティブな意見を良く耳にします。

しかし、裏を返せば周囲との調和を重んじ、協調性があると言うことではないでしょうか。

自粛が成功しているのは、こんな特徴を有する国民だからかもしれません。

ゴールデンウィークの新幹線の乗車率は前年の10%以下だったそうです。
GW中の東京駅の新幹線ホーム
こんな光景が見れるとは、私も想像していませんでしたが、もし他の国で同じことが行われたとしても、こうはならなかったでしょう。

2の
礼儀正しくマナーを守る、この日本人の特徴はマスクを着けることにつながり、人に移さないことに大きく貢献していたと思います。


一方、「アメリカ人の特徴」で検索してみると、こんなことが書かれていました。

1、フレンドリーな人が多い
2、自己主張が強くはっきりしている
3、ポジティブで楽しいことが大好き
して、何より個人の自由を尊重する国だと思います。

誰とでもすぐ仲良くなり、自分の考えを積極的に発現し、自由に行動する姿に憧れている日本人も多いのではないでしょうか

しかし、自分の意見を持ち、自己主張が強くなると、衝突しやすくなるのも確かです。

それを回避するために、人は人、自分は自分という気持ちになってしまう気もします。

結果として、日本人と比べて、協調性に欠けてしまうのかもしれません。(ただし同じ方向を向いた時の勢いは凄まじいものがあります)

それ故に、ロックダウンのような強制的な処置が必要なのでしょう。




周囲との調和や協調を重んじ、マナーを守り清潔好きな日本人の特徴が、ウィルスの流行を防ぐために非常に有利に働いたと考えられます。

周囲と調和し、協調するのは道徳的規範を超えたものだと思います。

自分よりも、他者に重きを置いているので、自然法則にも適っています。

そのために、良い結果がもたらされたのではないでしょうか。




国の政策が、国民の生命や健康に大きく影響を与えているのは明らかです。

政策にも自然法則は働いていて、動機が利己的であれば、良い結果は得られません。

また、生命よりも経済を優先しているのであれば、それは自然法則に反しているので、因果律の働きにより、多くの生命を失う結果が生じると考えられます。

経済はいつの日か再生しますが、人命は再生しません。

施政者の責任は極めて大きく、動機如何によっては、多大な罪を背負うことになると思います。

無知ほど恐いものはありません。

一刻も早く、自然法則の働き(霊的真理)を知り、それに適った行動を取って欲しいです。




今回のウィルスの流行で亡くなった人たちは、どんな人でしょう。

肉体的、社会的、経済的な弱者が多くを占めています。

向こうの世界に行くこと自体は悲劇ではありませんが、弱者を助けようとしないで、見殺しにしてしまうのは、自然法則に反しています。

周りの人が、危害が加わらないように、守らなければいけません。




貧困、無知があるところに、ウィルスは容赦なく拡がって行きます。

そこには、不公正、不平等が存在しています。

高みから静観することは許されません。

解消するためには、自分が持っているものを、分け与えれば良いはずです。

分け与えようとしないのは、差別があり、利己心があるからです。

それらは神のに反しています。
サンパウロ(ブラジル)のスラム



ウィルスは自然法則の働きに従って、人間社会の未熟さを露呈させながら、拡がって行きます。

露呈された未熟さを認識し、改めなければいけません。






私たちの住む世界は1つです。

ウィルスは、国境も人種も宗教も文化も関係なく拡がって行きます。

世界単位で、この出来事を捉えなければいけません。

もし、個々の人の協調で国が救われるのであれば、今度は個々の国が協調することで世界が救われるはずです。

それぞれが独自の主張をしていたら、協調は生まれません。

「人類を救う」

目的をこの1つにして、この難局に立ち向かわなければいけないのではないでしょうか。




弱い人たちのために、手を差し伸べることが出来るのがこの世です。

そこに神性が発揮されます。

成長する絶好の機会が与えられているのであり、地上に生まれた意味があります。

叡智を結集して得られた知識や治療法を、弱い人たちに分け与えなければいけません。



多くの人たちがそのことに気付き、弱い人たちのために動くことで、世の中は明るく、希望に満ちたものに変わって行きます。

神の愛が地上に行き渡り、癒され、進化が促されます。




調和や協調が乱されると、自然法則の働きにより、何かしらの結果(問題)が生じるようになっています。

自由意思のある人間が、地上で調和や協調を乱したことによって、このウイルスは人間の間で流行していると考えられます。

解決に必要なのは、ミクロとマクロにおける、調和と協調です。




弱い人たちのために何かをすることです。

今できることは、ウィルスを移さないようにマスクを着ける、無用な人との接触を避ける、寄付をするくらいしかないのかもしれませんが、それでも良いのです。

助けを求めている人が現れたら、良心に従って行動するようにして下さい。



WFPはコロナの影響でさらに1億3千万人が加わり、10億人が飢餓の瀬戸際に追い込まれると試算しています


お金を持っている人が助かり、持っていない人が助からないのは許されません。

貧しい人は、さらに貧しくなることを忘れてはいけません。

飢えた人が、さらに飢えてしまうことを忘れてはいけません。

苦しみや痛みの叫びが、黙殺されることがあってはいけません。




世界は1つであり、全ての人間がつながっていることを、今回のウィルスの流行は教えてくれています。

世の中が大きく変わろうとする時に、弱い人たちのために声を上げ、働きかけなければいけません。

まずは、全ての人に食べ物とワクチンが行き渡るように働きかけましょう。









2020年5月10日日曜日

新型コロナウィルスの流行について その4



コロナウィルスの流行により、今世界は深刻な事態に陥っています。

様々な情報が氾濫して、何が正しいのか判らなくなり、不安になってしまいます。

そこで、日本の状況を少し整理してみることにしました。




このウィルスの特徴は、感染しても全く症状のない人がいることです。

慶応大学病院の調査では、症状のない67人にPCR検査(4月13日~19日)を行ったところ、4人が陽性でした。

調査人数が少ないので信頼度は高いとは言えませんが、約6%の人が感染していたことになります。

この数値から換算すると、東京では既に55万人がコロナウィルスに感染していることになります。




55万の感染者が東京にいると考えると怖い感じがしますが、この結果から、少し安心する数字も出て来ます。

正確な感染者の数は全員にPCR検査を行わないと判りませんが、死亡者数ははっきりと判っています。(PCR検査の30%程度は偽陰性になるので注意が必要です)

5月1日現在、日本では455名の人が亡くなっています。




前述したように、症状のない感染者がとても多くいると考えられます。

どれ位の割合なのか判りませんが、東京が6%であれば、全国ではもっと少なく見積もって1%としましょう。

すると、全国に感染者は120万人いることになります。

120万人の感染者に対し、死亡者は455人だとすると、死亡率は0.04%です。

感染率をさらに低く見積もって0.1%とすると、死亡率は0.4% です。

ドイツのある地域で抗体検査を行ったそうですが、15%の人が陽性だったそうです。

そこから死亡率を計算すると0.37%となるそうです。

もし、そうであるならば、インフルエンザと比べて死亡率が際立って高いとは言えません。




それでも、欧米の国々では数万人単位で亡くなり、死亡率は十数%に達しています。

その理由は、重症者が次々と病院に運び込まれ、十分な医療の提供が出来なくなったことが大きいと考えられます。

日本の死亡者数が少ないのは、諸外国から注目されているようです。

一部の地域で、重症患者に対する医療の提供は切迫していますが、崩壊は免れているようです。

現場は戦場でしょうが、医療従事者の使命感によって、たくさんの命が救われています。

日本は、感染が拡がった後も海外からの渡航者を検査もしないで受け入れていました。

初期の対応が適切とは言えなかったにもかかわらず、欧米のような爆発的な感染者数の増加は起きていません。

それには何か要因があるはずです。

以前のブログにも書きましたが、もしかしたら国民全員が受けているBCG接種が関係しているのかもしれません。

科学的根拠は見つかっていませんが、BCG接種を行っている国と行っていない国の間では死亡率に有意な差があり、BCG接種がコロナウィルスに対して重症化せずに免疫を獲得させる何らかの役割りを果たしている可能性があります。




そして、生活習慣や文化も大きく影響しているのかもしれません。

一般的に売られているマスクでは、外部からウィルスの侵入を完全に防ぐのは難しいかもしれませんが、感染者が飛沫(ウィルス)を不用意にまき散らすのは防げると思います。

日本人は風邪を引いたり、花粉症でマスクをする習慣があり、違和感を感じる人はあまりいません。

それに比べて、欧米ではマスクをする人は少ないようです。

その理由は表情が見えなくなるのが嫌だからと考えています。

口元から歯を見せて微笑むのは、自分に敵意がないことを相手に示す意味があると言われています。(握手は武器を持っていないことを示すためであり、単一民族である日本はそのどちらもが必要なかったと考えられます)

微笑む文化によって、マスクを付けるのを嫌がり、それが感染拡大の一因になっていた可能性があります。




また、人と人との距離が近く、おしゃべりが大好きなラテンの国であるイタリアやスペイン、フランスなどで急速に拡がってしまったようです。

ハグやキスなどの挨拶は、感染リスクの高い行動です。

当たり前に行っている習慣が、ウィルスを移してしまう可能性があることを十分に認識している人は少なかったのかもしれません。


死亡者の50%前後が老人ホームの入所者のようです。

ヨーロッパでは、知らない内にウィルスが蔓延し、多くの高齢者や有病者などのリスクの高い人たちが感染してしまったと考えられます。

リスクの高い人たちと関わっている人は、高い感染防御の意識が必要なのですが、警告が出される前に、あっという間に蔓延してしまったと考えられます。

手洗いをこまめにする習慣の有無が、感染の拡大に深く関わっていることに異議を唱える人はいません。




皮肉なことに「自由」を謳う国ほど、感染が拡がったように感じています。

個人の意見や行動の自由を尊重するあまりに、ウィルスを人に移してしまうリスクの高い行動に対して、警告や注意喚起がされていなかったように感じています。

自由には責任が伴います。

無責任な自由が横行していたのかもしれません。


このウィルスの流行で、生命を優先するのか、それとも経済(お金)を優先するのかが問われていると思います。

イギリスでは、感染拡大初期の段階で経済を優先して早期の収束を目指したために、その間にウィルスが蔓延してしまい、ヨーロッパで1番の死者数となってしまったと考えられます。

世界で1番、経済を優先している国はアメリカです。

感染者、死亡者の数は群を抜いて多いのですが、それでも尚、経済を優先しようとしています。

人間が神の摂理に逆らおうとしているように見えます。

それに対し、どの様な結果が待ち受けているのか判りませんが、自然法則に適っていなければ、自然現象を通して正されて行くと思います。




最近、感染者数は減少傾向にありますが、第2波が来ると言われています。

約100年前にスペイン風邪が流行した時のように、今回も来る可能性が高いと思います。
日本におけるスペイン風邪の死者数

その理由は、一定の割合の人が感染しない限り、流行は収まらないと考えられるからです。

唯一の解決策はワクチンです。

先は長いのですが、それまで油断してはいけません。




コロナウィルスは誰でも怖いです。

怖い気持ちは、肉体を守ろうとしている心(以下地上の自我)から生じていると考えられます。

地上の自我は全ての人間に備わっていますが、その働きが強い人ほど恐怖を強く感じ、逆に弱い人はあまり感じないと考えられます。




それでは、肉体のある私たちが、怖れや不安を感じないようにするのは無理なのでしょうか?

稀ですが、感じなくなる時があります。

小さな子供が水に溺れていたらどうでしょう?

何も考えずに、水に飛び込んで助けようとします。

ホームから線路上に落ちた人を、助けようとした人がいます。

自分も巻き込まれて、死んでしまうかもしれないのに、その様な行動が取れるのは、怖れや不安を越える、何者かが存在しているからです。




人間は肉体を超えた存在です。

人間の本質は魂(霊)です。

そこに神性が宿っています。

神性が発揮された時、怖れや不安を超えて、助けようとする衝動が生まれます。

怖れや不安を克服するもの、それは自らの中にある神性であり、愛です。



感染の怖さを克服するものも同じです。

私たちは、外出時にマスクをしています。

理由は、もちろんウィルスに感染しないためです。

なるべく外出は控えたかったのですが、連休最後の日に仕事で必要な物を買うために、ホームセンターに行ってきました。

移らないようにと身構えると、他の人はウィルスを自分に移すかもしれない危険な存在に思えてしまいます。

お客さんやレジにいる人も、いつもと違うように見えてしまいます。

不安になり、話しかけられても、思わず避けてしまうかもしれません。

それが高じると、外に出るのが怖くなってしまいます。




前述したように、症状のない感染者が多いのがこのウィルスの特徴です。

自分が感染していて、知らずに他の人に移してしまう可能性があります。

移されないようにではなく、人に移さないようにと、気持ちを切り替えてみました。

するとどうでしょう、他の人が危険な存在に見えなくなりました。

移さないようにするのは、他の人を守ろうとする気持ちから発しています。

他の人を守るべき存在と思えば、そこには愛が存在するので、怖れや不安が生じないと考えられます。




移らないようにするのも、移さないようにするのも、マスクを着けて、なるべく人と近くで接触しないようにする行為自体は同じです。

結果は全く変わりません。

であるならば、移さないようにと思っていた方が、怖がらずに済みます。




人を怖れたり、避けたりすると、世の中が暗い雰囲気になってしまいます。

移さないようにしようと思えば、そうならずに済みます。



移さないように、マスクを着けて、人との距離を保ちましょう。

人を思いやることによって、怖さから免れることが出来ます。

心がウィルスに負けていないことにもなります。


赤城自然園のHPより
いつもと同じ青い空が広がっています。

若葉の緑が目に新鮮です。

5月の爽やかな風が吹いています。

小鳥がさえずっています。

そんな周囲のことに、意識が内(自分)に向いてしまうと気付かなくなります。

外に出るのが難しいこんな時こそ、意識は外に向けるようにしましょう。






ウィルスの流行は自然現象であり、自然法則の働きに従って起きています。

今、起きていることが結果であれば、過去に原因があるはずです。

苦痛を伴うものであるならば、何かしらの法則に反した過ちがあったはずです。




地球は人間のものではありません。

人間が自己中心的で、傲慢になり、地球の環境を破壊したために、この様なウィルスと接触する機会を持ってしまったのかもしれません。

限りない人間の欲望に歯止めをかける1つの手段として、ウィルスは自然環境の中に最初から組み込まれていたのかもしれません。

生命や健康を脅かすことで行動を制御して、社会に大きな影響を与え、多くの人の心を変える、その結果として世界が変わる、ウィルスの流行ほど実効性があるものはないのかもしれません。

流行が収束したとしても、多くの人の心が変わったのなら、元のような世界に戻らないような気もします。





地上的な欲望が拡がれば流行も拡がり、思いやる気持ちが拡がれば収束して行くと思われます。

何故なら、人間の地上的な欲望と霊性のせめぎ合いの様相が、ウィルスの流行という物質的次元の現象として正確に反映されていると考えられるからです。




神は、生命に愛を表現させるために自然法則を創ったと考えられます。

愛に反する人間の行動によって、この自然現象が起きているのであれば、愛を表現することで終息するはずです。

どんなに悪い方向に向かっているように見えても、苦痛を伴いながら、神の意図する世界に近づいているので、心配はありません。