私には恩人がいます。
その人は、4学年上の大学の先輩で、同じスタディーグループ(歯科医師の勉強会)に入っています。
私は16年前に行政処分を受けて、3ヶ月間仕事ができなくなりました。
代わりに診療してもらえる先生を探しましたが、なかなか見つかりません。
困っていた時に、その先輩に相談したところ、免許を持っていて主婦をされている奥様を通わせると言ってくれました。
東京から新幹線で1時間以上をかけて来てもらいましたが、窮地にいる私たちを気遣って、無償で診療をして下さいました。
それにより、患者さんは他院へ散逸せずに済み、医院を存続させることができました。
今、仕事ができているのは、先輩ご夫婦のお陰と言っても過言ではありません。
それから、しばらく経ってからです。
奥様が血液のがんになり、入院して治療を受けていると聞きました。
聞いた瞬間、あの時の恩を返すために、ヒーリングをして差し上げようと思いました。
けれども、先輩はアメリカの大学院を卒業し、EBM(科学的根拠のある治療)に特別こだわっている人でした。
証明することのできない、この力の存在をどう受け止めるか心配でしたが、勇気を出して申し出たところ、了承してもらいました。
早速、ヒーリングを行ったところ、痛みが和らいで良く眠ることができたと、奥様からうれしい返答がありました。
しばらく続けて行っていましたが、心労のためでしょう、今度は先輩が脳内出血で倒れてしまい、手術を受けることになりました。
心配した奥様は、ご自分の代わりに先輩をヒーリングして欲しいと連絡がありました。
自分のことより、周りを優先する人でした。
先輩は無事退院して、仕事に復帰しました。
しかし、奥様は病気の進行が止まらず、病状は悪化の一途を辿りました。
一縷の望みをかけて、骨髄移植を受けるためにアメリカに渡りましたが、その先でご家族の願いもむなしく、お亡くなりになりました。
残念で、悔しかったです。
優しく、思いやりがあり、誰からも好かれる人ほど早く逝きやすい、そんな法則のようなものを改めて感じました。
先輩のアメリカ留学を勧めたのは奥様でした。
小さなお子さんもいて大変だったでしょうが、夢を叶える後押しをされていました。
仕事の成功は、奥様がいなければあり得ません。
先輩にとって奥様は、精神的な主柱であると共に、同志であり、親友のような存在だったと思います。
そんな奥様を亡くした先輩の想いは、私には想像も付きません。
大勢のスタッフを抱えた法人の経営者でもある先輩は、休むことなく働かなければいけませんでした。
疲れて家に帰って来ても、優しく迎えてくれる人はいません。
真っ暗な部屋の電気を、溜息をつきながら付ける、先輩の姿が思い浮かびました。
本当におつらかったと思います。
今月の始めに勉強会がありました。
その帰りに先輩と一緒になり、歩きながらこう尋ねました。
「奥様が亡くなって何年経ちますか?」
「もう5年だけど、実は俺、結婚したんだ」
意外な答えにびっくりして、おめでとうございますと言うのを忘れてしまいました。
相手の方も、配偶者との別れがあったそうです。
60歳を越えての再婚に、既に独立しているお子さんたちは強く反対されたようですが、それを押し切ったのは何か理由があるはずです。
先輩は、人があまりしていない経験をしています。
ご両親が拵えた数億円の借金を、ご自分が働いて返済しています。
返済が終わったらアメリカに渡り、日本で初めて専門分野の認定医を取得しました。
そして、東京で最も有名なビルの1つにクリニックを開業しました。
ご自分の力によって、ご自分の人生を切り拓いて来ました。
そして、奥様を亡くされました。
こればっかりは、自分の力でどうすることもできません。
何もする気が起きず、部屋の中でじっと物思いに耽る先輩の姿が思い浮かびます。
変えようがない現実と向き合う中で、何を思っていたのでしょう。
これまでの先輩の生き方を傍で見ていて、こう思うようになったと考えています。
「このままじゃいけない」
現状を変えたいと願った先に、出会いが待っていたと思います。
結婚したと聞いたすぐ後に、奥様のことが思い出されました。
「先輩が脳内出血をした時に、自分ではなく○○(先輩の下の名前)にヒーリングをお願いしますと頼まれました」と話しました。
そして「憎まれっ子、世にはばかるの逆で、奥様みたいな優しい人が早く逝ってしまいます」と言いました。
先輩は「そんなことを言われると涙が出ちゃうじゃないか」と言っていました。
別れを乗り越えたから、結婚することができたと言う人もいるでしょう。
私はそうではないと思います。
乗り越えられない自分をどうにかしたくて、活路を見い出すために、思い切って結婚されたと思いました。
それが先輩らしいのです。
その後、私はこう言っていました。
「奥様は全然許しています」
そのことは、先輩が気にしていたことであり、奥様が伝えたかったことなのかもしれません。
そして「先輩の幸せだけを願っています」と続けました。
1人では何もする気が起きない、先輩らしくない姿を見ていた奥様は、何とかしてやりたいと思っていたのに違いありません。
肉体を失っても、支えてやりたい気持ちは変わりません。
「このままじゃいけない」と思う先輩の気持ちを、奥様はご自分の想いを投げかけることによって、後押しをしていたような気がします。
地上を生きて行くために、必要な人と出会わせ、一緒になるように導いていたのかもしれません。
他の女性と親しくなるのを、傍で見ている奥様が嫉妬をしないのかと思う人もいるでしょう。
幸せを願う純粋な想いに、嫉妬は相容れません。
そんなことに捉わないれ人だからこそ、早く逝くことが許されたと思います。
「○○(先輩の下の名前)を、どうぞよろしくお願いします」と、その女性に想いを送っているような気がします。
先輩らしく生きる姿を見届けたい、その想いだけだと思います。
先輩は、この人生を選択しました。
同じ経験をしても、どのような選択をするのかは人それぞれです。
正しい、間違っているなどありません。
どんな選択をしても、許してくれるでしょう。
許せないような人であれば、早く逝くことも許されないと思います。
信号待ちをしている時、「奥様はいなくなってなんかいません。」と、少し強い口調で言いました。
亡くなって間もない頃に同じことを伝えたのですが、その時と同じように「ありがとう」と返ってきました。
その言葉には「俺もそう思いたいけど、その証拠を見せてもらったわけではないので、お前のように信じることはできないよ」という想いが込められているように感じられました。
魂の存在が信じられなくても、仕方がありません。
けれども、生命の本質は魂です。
魂は不滅です。
これは変えようがない事実なのです。
人は霊的な存在です。
感度の差こそありますが、誰もが霊的な感覚を持っています。
誰かが傍にいるのを、ふと感じる瞬間が、先輩にもあったはずです。
見守られているような感覚もあったはずです。
根拠はないのに、また会えるような気がする時もあったはずです。
想いがある限り、離れ離れになることはありません。
魂と魂で結ばれた人にとって、死は無力です。
魂から生まれる力が愛であり、磁力のようにお互いを引き付けます。
別れていないどころか、奥様にとって先輩は生前よりはるかに身近な存在となっています。
向こうに行くと、地上で学び得たことを活かす生活が始まります。
肉体がなくなり、より一層、誰かのために、何かをしたくなります。
残してきた人が一段落ついたのを見届けると、自分がやりたかったことをするようになります。
今いるのは、想いがことごとく叶えられる世界です。
思う存分、何かをしてあげられることに、奥様は深い悦びを感じているでしょう。
先輩が肉体を失った瞬間、奥様と同じ次元の存在となり、はっきりとその姿が視えるようになります。
そして、満面の笑顔でこんなやり取りをするのかもしれません。
「この日が来るのを、ずっと待ち望んでいた」
「私もよ」
「ところで、何で俺を置いて先に逝ったんだよ。大変な思いをしたんだぞ」
「全部知っているわよ。私がいなくなることが、あなたのために必要だったからなの」
「俺のために必要だった?」
「そう、あなたのためなの。決めていたことなの。悲しんだ分、苦しんだ分、あなたは大きく成長したのよ。神様がいて私たちは同じ方向に導かれているの。」
もしも、そんなやり取りがあったとしたら、そう言えばあの時イクミも同じことを言ってたなと、思い出してくれるのかもしれません。
田坂広志さんと言うビジネススクールの塾長が興味深い話をされています。1時間を超える講演になりますが、お時間が許す方はご覧になって下さい。(字幕は誤字が多いです)